東アジア共同体研究所

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【東アジア共同体研究所(E​ACI) News Weekly Vol.122 「青い眼が見た大琉球no.33 ペリー提督日本遠征記pt.12」】

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    EACI News Weekly 第122号(5月12日号)
  東アジア共同体研究所(East Asian Community Institute )
    http://eaci.or.jp/

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【目次】

【1】《今週のニュース 2017/5/6-2017/5/12》
  政治(1)、経済(2)、国際(7)、社会(4)

【2】《UIチャンネル放送予告 No.199》
  第199回UIチャンネル放送「辺野古訴訟の最高裁判断とは」
出演:木村草太氏(法学者)、鳩山友紀夫氏、孫崎享氏
  http://ch.nicovideo.jp/eaci/blomaga/ar1263345

【3-1】《EACIレポート》
  鳩山由紀夫理事長、明日より北京にて開催予定の
「Belt and Road Forum for international cooperation」(一帯一路会議)に
出席、「東アジア共同体構想」について講演

【3-2】《EACIレポート》
  目くらましのために北朝鮮危機を過剰に煽る“便乗詐欺”
 (日刊ゲンダイ/高野孟)

【4】《研究員コラム》
  「青い眼が見た大琉球 no.33 ペリー提督日本遠征記pt.12」
緒方修(東アジア共同体研究所 琉球・沖縄センター長)
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【1】《今週のニュース 2017/5/6-2017/5/12》
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【政治】
■天皇退位特例法案全文 第1条に「陛下お気持ち」 国民共感と共に明記
(東京新聞 2017.5.12)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201705/CK2017051202000244.html

【経済】
■特別リポート:東芝傘下のWH、破たん招いた新型原子炉の誤算
(ロイター 2017.5.12)
http://jp.reuters.com/article/toshiba-accounting-westinghouse-nuclear-idJPKBN188059

■原油価格急落の原因を作ったサウジアラビア副皇太子
(JBpress 2017.5.12)
 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49973

【国際】
■「文在寅統一外交政策」南北関係修復、米中と北朝鮮核・THAAD調整を最優先
(ハンギョレ新聞 2017.5.10)
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/27307.html

■[インタビュー 延世大学行政大学院キム・ギジョン院長]
「韓米同盟に対する変化要求があれば、韓国の国益に沿って再調整」
 (ハンギョレ新聞 2017.5.10)
 http://japan.hani.co.kr/arti/politics/27327.html

■日韓合意「責任持ち実施を」=首相、文大統領と初電話会談-北朝鮮問題で緊密連携
(時事ニュース 2017.5.11)
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017051100836&g=pol

■文在寅氏当選:韓国の外交・安保の重鎮、新政権に注文
(朝鮮日報 2017.5.10)
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2017/05/10/2017051000954.html

■韓国大統領選挙に勝利した文在寅氏-バランス配慮の政策運営は困難な課題-
(みずほ総合研究所 2017.5.10)
https://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/insight/as170510.pdf

■なんと、北朝鮮が「一帯一路」サミットに ?!--文在寅効果か?
遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
(NewsWeek 2017.5.12)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/05/---.php

■北朝鮮メディア、韓国大統領当選の結果を2日遅れで報じる
(Daily NK 2017.5.11)
http://dailynk.jp/archives/88521/2

【社会】
■米軍基地の集中「差別だ」54% 沖縄県民調査
(朝日新聞 2017.5.12)
 http://www.asahi.com/articles/ASK5B64S2K5BTPOB001.html

■辺野古「今日が本当の着工」 砕石投下で粉じん、白く濁る海
(沖縄タイムス 2017.5.12)
 http://ryukyushimpo.jp/news/entry-492159.html

■韓国最高裁「原発誘致の賛否を問う住民投票は正当」
(ハンギョレ新聞 2017.5.11)
 http://japan.hani.co.kr/arti/politics/27322.html

■本土復帰45年 沖縄で「平和行進」始まる
(日テレ 2017.5.12)
http://www.news24.jp/articles/2017/05/12/07361281.html
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【2】《UIチャンネル放送予告 No.199》
 第199回UIチャンネル放送「辺野古訴訟の最高裁判断とは」出演:木村草太氏(法学者)、鳩山友紀夫氏、孫崎享氏
  http://ch.nicovideo.jp/eaci/blomaga/ar1263345
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 5月15日(月)20時からの第199回UIチャンネル放送は、首都大学東京教授であり法学者の木村草太氏氏をゲストにお招きして、鳩山友紀夫×孫崎享×木村草太鼎談「辺野古訴訟の最高裁判断とは」を生放送でお送りいたします。
【辺野古訴訟】翁長雄志知事による名護市辺野古の埋め立て承認取り消しを巡り、国が県を相手に提起した不作為の違法確認訴訟。

<木村草太氏プロフィール>
1980年生まれ。2003年東京大学法学部卒業。
2003年東京大学大学院法学政治学研究科助手、憲法学専攻(2006年まで)
2006年首都大学東京大学院社会科学研究科法学政治学専攻・都市教養学部都市教養学科法学系准教授。
2016年 より首都大学東京大学院社会科学研究科法学政治学専攻・都市教養学部都市教養学科法学系教授。
テレビ朝日2016年3月まで「報道ステーション」でコメンテーター、沖縄タイムスでの連載「憲法の新手」、その他ラジオ番組等、メディアでの活動も多い。
木村草太氏ブログ「木村草太の力戦憲法」http://blog.goo.ne.jp/kimkimlr
【著書】
「憲法という希望」 (講談社現代新書)
「平等なき平等条項論―equal protection条項と憲法14条1項」(東京大学出版会)、「憲法の急所―権利論を組み立てる」(羽鳥書店)

■第199回UIチャンネル放送
 「辺野古訴訟の最高裁判断とは」出演:木村草太氏(法学者)、鳩山友紀夫氏、孫崎享氏
  http://ch.nicovideo.jp/eaci/blomaga/ar1263345

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【3-1】《EACIレポート》
  鳩山由紀夫理事長、明日より北京にて開催予定の
「Belt and Road Forum for international cooperation」(一帯一路国際協力会議)に出席。14、15日に講演
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明日より14、15日と北京で開催される「Belt and Road Forum for international cooperation」(一帯一路国際協力会議)に鳩山由紀夫理事長が出席します。
14日は「シンクタンク交流分科会」、15日には「The 5th Global Think Tank Summit」にて「東アジア共同体構想」について講演致します。
詳細につきましては、以下のURLよりご確認ください。
http://thinktank5en.cciee.org.cn

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【3-2】《EACIレポート》
  目くらましのために北朝鮮危機を過剰に煽る“便乗詐欺”
 (日刊ゲンダイ/高野孟)
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 「東アジア共同体研究所」理事の高野孟の最新コラムが日刊ゲンダイに掲載されました。

  * * * * *

 安倍晋三首相のゴールデンウイークの過ごし方といえば、4月27~30日に何の用事で行ったのか分からないロシア・英国を訪問し、5月1日は午前中に官邸で会議があって、午後は散髪、夜は新憲法制定推進大会で挨拶し、2日は東北被災地視察。3日に山梨県の別荘に移って7日まで滞在し、その間にお友達とのゴルフが3回、中華料理店での会食2回、庭でバーベキュー1回、温泉旅館で入浴1回と、本人も「非常にゆっくりした。明日からまた頑張る」と言うほど、のんびりしたリフレッシュ休暇だった。

 とすると、今にも米朝間で戦争が始まって、日本にも北朝鮮のミサイルが降ってきそうだというあの一連の騒ぎはいったい何だったのか。元外務官僚が言う。

「意図的に危機感を煽って国民を脅し、政権への求心力を高めようとする心理作戦です。米国はもちろん、もし戦争になれば日本より遥かに大きな被害に遭うはずの韓国でも、そんな話にはなっていない。韓国のネットでは、北のミサイル発射のニュースを聞いただけで東京メトロが列車を止めたことが、『日本人って臆病なんだね』と笑い話になっているほどです」

 実際、5月1日午前に官邸で開かれたのは、内閣危機管理監、国家安保局長、外務・防衛幹部を集めた国家安保会議で、当然、北朝鮮をめぐる情勢が議題となったが、何ら差し迫った危険はないということで、わずか15分間で散会となっている。だから安倍はそのあと散髪に行ったり…(続きは以下アドレスより)

■《EACIレポート》
 目くらましのために北朝鮮危機を過剰に煽る“便乗詐欺”
 (まぐまぐニュース/高野孟)
 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/205070/2
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【4】《研究員コラム》
「青い眼が見た大琉球 no.33 ペリー提督日本遠征記pt.12」
緒方修(東アジア共同体研究所 琉球・沖縄センター長)
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露艦到来

米艦隊が北方を目指して琉球を出航後、間もなくにして露艦三隻―汽船―ヴォストック号、フリゲート艦「パラス号」、24個の砲を備えた小型軽武装高速コルヴェット艦がやってきた。
琉球に残されたペリーの下士官ら(注・17人)は、すぐさまその侵入者に向かい、琉球が「すでに提督によって米国の保護下にある」と警告した。艦隊司令副長官プチャーチンは、笑みを浮かべただけで、すぐさま水兵らを上陸させた。艦隊員は10日間、泊(注・那覇市泊港近く)で軍事訓練を行った上、那覇を踏査、そして友好的な琉球人の悪口を言い続けるベッテルハイムの言動を半信半疑で聞いたりしていた。

つまりペリーの下士官らの警告はまったく無視された。ロシアは自由に軍事訓練を行い、上陸して那覇を歩きまわった。
以下、「ゴンチャローフ日本渡航記」(講談社学術文庫)の第6章 琉球諸島から引く。
―那覇港 1854年1月31日から2月9日まで
(現在の那覇市泊の南隣、波の上宮あたりと思われる陸地を見ながら記した文章)
「向うの雑然と群がるあの樹々の緑は何だろう?田畑には何を播いてあるのだろう?どんな家々だろう?…さあさあ早く、上陸だ!灰色の珊瑚礁の巌が二つ海岸からずっと突出して、海の上にかかり、その一方の頂きにプロテスタントの教会の屋根が見え、並んで鬱蒼たる草叢と林の中に、さまざまな形をした、円筒や、半円や、楕円のどっしりとした石塊が重々しく身を伏せている。遠くからだと建物と勘違いする―それほど大きい。それは墓碑なのだ。」

ゴンチャローフは琉球諸島を「この世ならぬ島」、「生きている遺跡」、「古代の里」とほめあげている。ただし女性に対しては「美女のいぬ国?」と厳しい。
「風景に悩殺さる」の項を引用する。
「目移りがして、何を見てよいかわからなかった。荷を積んだ小さな馬たちとともに、急ぎ足で首都へ出入りする者もいれば、ゆるやかな緑の傾斜に手招きさせ、登って来てヒマラヤ杉の下に腰を下ろしなさいと呼んでいる彼方の山もあれば、太陽がその山を鮮やかに見せびらかしているそのすぐ横の涼しい木陰には、高い石垣をめぐらし、ほとんどすっぽりと木の枝に覆われている茅屋を抱く渓谷が隠れていた。この植生の何たる力!土壌の何たる多様さ!至る所に清潔と秩序がある。」

ところが商店街に入ると、住民たちはいっせいに隠れてしまう。
「驚いて私たちの方を指さしている。ゆとりのあった者は店を閉め、他の者は店を開けっ放しにして四方八方へ逃げて行く。こちらはむなしく彼らに手を振り、お辞儀をし、帽子を振るのみだ。向うはさらに一生懸命逃げて行く。」
琉球人たちにとってペリー一行の来琉は四度経験したが、ロシアは初めて。顔かたちはアメリカと似ているが別の白い野蛮人が襲来した、と思ったのかもしれない。

滞在3日目にイギリス人の宣教師ベッテルハイムが姿を見せる。この時すでに彼は妻子を先に「シナ」へ旅立たせ、自分も5月(3カ月後)にはペリー艦隊と共に琉球を去ることが決まっていた。彼は、8年間を琉球で過ごし琉球語・日本語訳聖書の原稿を完成させていた。
作家ゴンチャローフは彼の印象を次のように記している。
「何一つ魅力的なものがないところへもってきて、彼の話しぶりにも、そのトーンにも、話にも、歓迎の辞にも、何か無味乾燥なうちとけないもの、好意を与えない何かがあった。」
ベッテルハイムは琉球人を「無学な、いやらしい、粗暴な連中です・・」と非難する。
一方、ゴンチャローフは仲間の連中の話として、琉球人が宣教師に対してあからさまに嫌悪の色を見せ、次のように言うのを聞いている。
「Bad man,very bad man」(意訳―悪党です。とても悪い奴。)

話している間にイギリスの旗を掲げた商船が到着し、ベッテルハイムの後任が到着した。
ゴンチャローフは「恐るべき人の群れがひとかたまりになって身動きもならず、羊の群れさながらに甲板にひしめいていたのである。」と記している。
この船は香港から一カ月かけて到着し「500人のシナ人の男女を乗せてサンフランシスコへ行く」途中であった。
「おんなたちはたいてい年の若い者たちで、娘はみな14歳から20歳までである。」
当時の移民船は船長が「乗客」を虐待し、険悪な雰囲気だったようだ。前に「石垣島唐人墓」の項で記したように、船内の喧嘩の結果、船長や水夫たちが殺される事例もあった。
ベッテルハイムと後任の宣教師から頼まれてゴンチャローフは「乗客」の不満を聞く。
「おれたちはちゃんと水をくれとしかいってないのに、ちょっとしかくれない、滅茶苦茶ですよ。樽が漏って、水がなくなっていってるのに、船長はここから金山Nolotaja Gora(カリフォルニアの)までどこにも寄港するつもりはない。けれどおれたちは、一人あたり70ドルずつ船賃を払ったんだ。」
ゴンチャローフは「シナ人たちに(船長の)命令に服するという一札を入れさせて、彼らを仲裁し、船長にはもう少しきちんと秩序を設け、もう少し水を多く備えるようにし、サンフランシスコに直航せずサンドウィッチ諸島に寄航するよう忠告した。」

彼はこの船が持ってきた新聞からクリミア戦争の勃発を知る。
「トルコとの戦闘が始まった。イギリスとフランスは引き続きわが国に対して陰謀を企んでいる。ヨーロッパ全体が先を案じて戦々競々(恐々)としている。」

ちょうどこの時期、日本もペリーの二度目の来航に震えていた。

アメリカ横断鉄道

欧米の列強は中国、日本を狙う。中国の苦力たちはアメリカへ向かう。サンフランシスコの金山へ、アメリカ横断鉄道の工事現場へ。イギリス領の香港とポルトガル領のマカオは、苦力の送り出しの拠点だった。ゴンチャローフの日記に記された「イギリスの旗を掲げた船」は、香港からサンフランシスコへ向かう途中、おそらく強風を避けて琉球へ立ち寄ったのだろう。
琉球人が中国の福州、アメリカのサンフランシスコで活躍する物語がある。
陳舜臣の「天球は翔ける」。毎日新聞で連載され、単行本に、今は集英社文庫に入っている。文庫本のサブタイトルは「アメリカ大陸横断鉄道秘話」。主人公は琉球出身の梅天球。福州の琉球館で進貢貿易に従事していたが、サンフランシスコ、次にニューヨークをめざす。そこに太平天国の首領洪秀全の幼なじみやアメリカの苦力輸送船バウン号で起きた反乱の生き残り。李鴻章の幕閣を務めたエリート、牧志朝忠の自殺に絶望した琉球の青年、客家の女性でスリの名人などがからむ。
アメリカの西部劇はもっぱらインディアンとの戦いが多い。ジャッキーチェンが主演の珍しい西部劇を見たことがある。弁髪姿で登場していた。アメリカ横断鉄道の工事現場を舞台にした映画だった。余談だが、横断鉄道の会社の幹部が、万里の長城を作った中国人なら出来るのでは、と考えた。それに苦力たちは決して生水を飲まず沸かして飲んでいた。アイルランドから来た白人労働者たちと違い、病気で倒れる者が少なかった、とのことだ。

「1869年5月10日、アメリカ最初の大陸横断鉄道が完成した。サクラメントから東へのびるセントラル・パシフィック鉄道が、ネブラスカ州オマハから西へのびるユニオン・パシフィック鉄道と、ユタ州のプロモントリーで連結したのである。―クーリーの屍体が、一本一本の枕木になって完成した。といわれるほどの犠牲を払ったのである」(天球は翔ける)
開通祝賀会には中国人は一人も招かれなかった。開通100周年記念の翌年(1969年)に著者の陳舜臣はサンフランシスコを初めて訪れた。
「100年たってそのことを反省したのか、大統領から華人の協会にそのことを詫びる書簡が届いていたのを知った。中国系の人に、そのときいろんな話をきいたが、鉄道工事に来た人のなかには、太平天国の残党もかなりいたとのことである。」(同書あとがきより)

太平天国の乱が起きたのはペリー来航のわずか2年前。自らをキリストの弟と信じた洪秀全(注・客家人)を天王とした。ペリー来航の1853年には南京を占拠。天京と改称し太平天国の首都に定めた。1864年には清国による弾圧により滅ぼされた。攻めたのは曽国藩。
なお孫文が生まれたのが2年後の1866年。同じ客家人として太平天国の悲劇を聞きながら育った。1911年、度重なる失敗の末、革命成就。「華僑は革命の母」という言葉が有名だ。アメリカや南洋各地の客家を中心とする華僑たちの支持が、革命のエネルギーとなった。
アメリカでは既に1845年には横断鉄道の経路沿いの調査が始まっていた。1859年には東部から中西部のネブラスカ州オマハまで鉄道が到達した。西海岸までの延伸が決まったのは1862年。1861年~65年が南北戦争。70万人以上が死んだとされる。一方では破壊、一方では建設。こんな戦いを続けながらよく建設が進んだものだ。完成は7年後の1869年。
東部から陸伝いに西へ西へと向かい、遂に太平洋が見えるカリフォルニアまで来た。
海から日本・中国へ向かう「西向くアメリカ病」は、以前からあった。その動きは、ペリーの日本への「武装訪問」の成功によっていっそう煽られた。

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