東アジア共同体研究所

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【東アジア共同体研究所(E​ACI) News Weekly Vol.115 「青い眼が見た大琉球no.28 ペリー提督日本遠征記pt.9」】

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    EACI News Weekly 第115号(3月24日号)
  東アジア共同体研究所(East Asian Community Institute )
    http://eaci.or.jp/

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【目次】

【1】《今週のニュース 2017/3/18-2017/3/24》
  政治(3)、経済(2)、国際(3)、社会(2)

【2】《UIチャンネル放送予告 No.193》
 第193回UIチャンネル放送 
 「チェンバレンの琉球・沖縄発見」講師:山口栄鉄氏(文学博士)
  http://ch.nicovideo.jp/eaci/blomaga/ar1232605

【3-1】《EACIレポート》
 首相の安直な“対米追従”のツケが産業や国民に回ってくる
 (日刊ゲンダイ/高野孟)

【3-2】《EACIレポート》
 「事務局長日記No.33」
瑞慶覧 長敏(東アジア共同体研究所 琉球・沖縄センター事務局長)

【4】《研究員コラム》
 「青い眼が見た大琉球no.28 ペリー提督日本遠征記pt.9」
緒方修(東アジア共同体研究所 琉球・沖縄センター長)

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【1】《今週のニュース 2017/3/18-2017/3/24》
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【政治】
■日米ACSAが衆院通過
(ロイター 2017.3.23)
 http://jp.reuters.com/article/idJP2017032301001281

■【リポート】辺野古から 議員座り込み再開、活動立て直し
(47ニュース 2017.3.22)
 https://this.kiji.is/217176175140634630?c=39546741839462401

■翁長知事、辺野古集会に初参加へ 25日、県民との連帯強調
(沖縄タイムス 2017.3.22)
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/89580

【経済】
■日本株4日ぶり小反発、内需や石油に見直し-米金利懸念で銀行は軟調
(bloomburg 2017.3.22)
 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-03-22/ON8MMU6K50XT01

■G20声明、貿易構造の改善目指す内容=IMF
(ロイター 2017.3.24)
 http://jp.reuters.com/article/g20-imf-idJPKBN16U31D

【国際】
■中国が退去命令、米爆撃機は応じず 東シナ海上空
(CNN 2017.3.23)
http://www.cnn.co.jp/world/35098612.html?tag=top;subStory

■クリミア併合3年 ロシア軍事演習やインフラ整備進む
(NHK 2017.3.23)
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170323/k10010920981000.html

■安倍首相の4月訪露を確認
(ロシアNOW 2017.3.21)
 http://jp.rbth.com/politics/2017/03/20/723413

【社会】
■韓国セウォル号引き揚げ、沈没事故から1073日目で姿を現す
(Newsweek 2017.3.23)
 http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/03/1073.php

■東日本大震災関連自殺21人=16年、前年比2人減-厚労省
(沖縄タイムス 2017.3.23)
 http://www.jiji.com/jc/article?k=2017032300430&g=eqa

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【2】《UIチャンネル放送予告 No.193》
  第193回UIチャンネル放送 
  「チェンバレンの琉球・沖縄発見」講師:山口栄鉄氏(文学博士)
  http://ch.nicovideo.jp/eaci/blomaga/ar1232605
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 3月27日(月)20時からの第193回UIチャンネル放送は、半世紀にわたってチェンバレン研究を専門分野としてきた山口栄鉄氏を講師にお招きして「チェンバレンの琉球・沖縄発見」お送り致します。

【内容紹介】
 バジル・ホールの来琉200周年、除幕式、ペリー以前と以降の対琉外交、チェンバレン書籍の紹介。

山口栄鉄氏プロフィール
 1938年沖縄県那覇市生まれ。「国際琉球学」「欧文日本学・琉球学」研究者。チェンバレンの先駆的な琉球研究の全貌を『英人日本学者チェンバレンの研究―〈欧文日本学〉より観た再評価』『琉球語の文法と辞典―日琉語比較の試み』『チェンバレン日琉語比較文典』『王堂チェンバレン―その琉球研究の記録』等の著書、編訳書にまとめて紹介。國學院大学文学博士。米国在住。

 番組内では質問を受け付けておりますので、コメント欄またはinfo@eaci.or.jpまでお寄せ下さい。

■第193回UIチャンネル放送 
 「チェンバレンの琉球・沖縄発見」講師:山口栄鉄氏(文学博士)
 http://ch.nicovideo.jp/eaci/blomaga/ar1232605

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【3-1】《EACIレポート》
  首相の安直な“対米追従”のツケが産業や国民に回ってくる
 (日刊ゲンダイ/高野孟)
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 「東アジア共同体研究所」理事の高野孟の最新コラムが日刊ゲンダイに掲載されました。

  * * * * *

 米通商代表部(USTR)代表に指名されたロバート・ライトハイザーが3月14日、米上院での公聴会で、「農産品の市場開放を求める地域として、日本は最優先のターゲットだ」と言い放ったことで、日本の与野党の農林系議員に衝撃が走った。彼は80年代にはレーガン政権のUSTR次席として、日本の鉄鋼業界に対米輸出の自主規制という煮え湯を飲ませた張本人。その後も海外企業の反ダンピング訴訟など通商専門の弁護士として敏腕をふるってきた。その彼が、農産品での第一標的は日本だと早々と宣戦布告したわけだから、TPPに代わる日米FTAの交渉は最初から波乱に満ちたものとなるだろう。

 その日米FTA問題は、4月中旬にペンス副大統領が来日して開かれる麻生太郎副首相との第1回「日米経済対話」で議題の一つとなる。その席で早期の交渉開始が決まれば、すぐにでも交渉実務者としてライトハイザーが登場し、日本の農産品に対する関税や自動車に関わる非関税障壁などについて、TPPを上回る厳しい条件を突きつけてくるに違いない。

 農協をはじめ農民層は、安倍自民党が総選挙で「TPP断固反対」を公約に掲げて戦い、勝つとそれをあっさり投げ捨てて締結に走ったばかりか…(続きは以下アドレスより)

■《EACIレポート》
  首相の安直な“対米追従”のツケが産業や国民に回ってくる
 (日刊ゲンダイ/高野孟)
 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/201946/2

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【3-2】《EACIレポート》
「事務局長日記No.33」
瑞慶覧 長敏(東アジア共同体研究所 琉球・沖縄センター事務局長)
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事務局長日記No.33
今年最初の事務局長日記になる。あっという間にバタバタと過ぎ、既に3月末に差し掛かってしまった。日本国内では、森友学園、豊洲、南スーダン、共謀罪が国会・マスコミで取り上げられている。苦し紛れの衆院解散があるのだろうか。何が起こるかわからない。
忘れてはならないのが、“福島”から丸6年が経ったこと。“アンダーコントロール”の検証はどうなった。マスコミも国会も追及して欲しい。

お隣韓国では大統領の失脚があり、北朝鮮は相も変わらず存在感を示すがための揺さぶりをかける。そして、自信に満ちた言動を続ける中国の圧倒的存在感。世界は中国中心に回り始めるのだろうか。
トランプ政権は今のところ空回りばかり。果たして起死回生はあるのか。厳しいだろう。英国のEU離脱、オランダ・ドイツ・フランスあたりでの極右政党の動向も注目を集める。言えるのは、国内でも国外でも排外主義勢力が幅を利かせていく。変な時代になったものだ。

沖縄はというと、変なものを押し付けられる、その構図は変わらない。本当に変だ。変なものだらけが世の常かもしれないが、そこは流されてはいけない。常に発信をし続けなければならない。
昨日『トランプ政権と東アジア』講演を沖縄キリスト教学院大学協力の下で開催した。講師は、孫崎享氏。講演の前には、写真家牧志治氏によるスライドショーで辺野古・大浦湾の生態系を学んだ。170名近くが参加し、会は大いに盛り上がった。

孫崎氏の講演スタイルは独特だ。挑発的な質問を敢えて参加者に投げかける。
何かあったとき米軍は日本を守ると日米安保条約に書いてありますか。思われる方は挙手を。
そうです。書いてないんです。じゃ、なんて書いてあるのですか。(条約を読み始める)米国議会の承認が必要と書いてありますね。そうなんです。大統領が勝手に戦争を起こすことはできないのです。
PACK3は機能すると思いますか。20%は機能する?挙手を。30%?50%?80%?ほぼ0%?
ほぼ0%です。ミサイルは秒速2000m~3000m、PACK3はマッハ5、秒速1800m程。どうやって打ち落とすんですか。あんなもの何の役にも立ちません。じゃ、何で日本はPACK3を配備するのですか。アメリカの軍需産業に協力をさせられているだけでしょう。
防衛大学に7年も務めた氏の説明は具体的数字や事例に基づいており、非常に説得力がある。お一人の方が帰り際に『あー、スカッとした!これでネトウヨとかにも反論できる。今日はホントに来てよかった』と話していた。
講演会の様子は4月24日放映のUIチャンネルで見ることができる。必見だ。

最後に、東アジア共同体研究所 琉球・沖縄センターの新しい動きについて2つほど皆さんに報告する。
1つは『東アジア若者会議』がセンター内の部会として立ち上がったこと。大学生3人高校生3人でスタートし、月1回の勉強会を重ねている。昨日は講演会の最後で『皆さんに負けないように我々若者も頑張ります』と力強く決意を述べた。もう1つは女性中心の会だ。3人でスタートし、彼女たちは早速FM那覇(エフエム那覇78.0MHz)で番組を持つ。毎週火曜日夜7時~8時放送。『アジLOVEあがりっ』4月4日スタート。ご声援頂きたい。

山城博治がやっと釈放された。非暴力運動の先頭に立つ人間に傷害罪などと在らぬ嫌疑をかけ5か月も勾留するという本当に変な時代になっている。今年も憂鬱なスタートとなってしまったが負けてなんかいられない。淡々と友愛を貫き、非暴力を実践し、理想の社会を作ることに邁進する。

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【4】《研究員コラム》
「青い眼が見た大琉球no.28 ペリー提督日本遠征記pt.9」
緒方修(東アジア共同体研究所 琉球・沖縄センター長)
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三つの上陸記念碑 伊豆下田

下田といえばハリス、という思い込みが強く。ペリーが寄ったことを忘れそうになっていた。
ペリーは「外海に近いこと、たやすく安全に近づけること、出入りが便利であることを考えるとき、あらゆる必要な目的を満たすのに、これより望ましい港を選ぶことはできなかったであろう。」(遠征記)とまで褒め称えている。
1854年4月18日から6月28日の朝まで、途中の箱館訪問を除いても2か月近く滞在している。江戸から陸地をたどれば5日、しかし蒸気船では一日。ペリーがポーハタン号に乗って江戸湾を出発したのが4月18日の朝4時、午後3時13分すぎに下田港に着いた。

東京から新幹線を利用して熱海駅へ、乗り換えて伊豆急下田駅まで3時間半もかかる。特急に乗れればもっと早いが。たいていは各駅停車だ。私が上京する時は、神奈川県高座郡倉見の妻の実家に泊まる。富士山が東京よりはだいぶ大きく見える。そこからでも3時間以上かかる。新幹線が使えないからだ。快速や特急がうまく来ても最速で2時間15分。
2017年2月14日。晴れ。9時44分の相模線で倉見駅から茅ヶ崎駅へ。東海道は戸塚横浜間で架線事故のため40分遅れ。快速アクティも、熱海からの特急踊り子もあてが外れた。到着は13時15分。事故のせいとはいえやはり3時間半かかった。
途中の河津では桜並木がいっせいに花を咲かせている。ちょうど沖縄の桜のように赤い。調べてみると「オオシマザクラとカンヒザクラの自然交配種と推定」とのこと。2月10日~3月10日が桜まつり、と車内のポスタ―にあった。
進行方向左手に海が開け、伊豆大島が見える。空も海も青くとても冬景色とは思えない。
伊豆下田駅に着くと、左に切り立った山が見える。寝姿山だ。

「遠征記」には次のように記されている。
「一方には100フィート以上の切り立った岩があり、もう一方には樹木が密生した丘の斜面に墓地が広がり、まったく絵のような眺めだった」。宿舎の了仙寺から見た風景だ。
ペリーの時代には寝姿山は岩だらけの山だったのだろう。小さなロープウェーで山頂へ向かう。右手に見える山は岩が垂直に露出している。
頂上の駅から数分上がると黒船見張り所があった。眼下に大島港。左下には弁天島が見える。海岸とつながった小さな島だ。伊豆七島も水平線に青くかすんでいる。

ペリー艦隊は11日に父島へ向かったマセドニアン号を除いて6隻が湾内にそろった。江戸湾から14日にサザンプトン号、サプライ号。16日にヴァンダリア号、レキシントン号が出発した。(この4隻は帆船なので所要時間1日程度と推定)それに4月18日には旗艦ポーハタン号とミシシッピ号(この2隻は蒸気船)が下田港内に投錨している。

吉田松陰、密航を企てる

自転車を借りて海岸線沿いに東へ向かう。弁天島をめざす。小さな黒船が港に泊まっている。船側の動輪の外周に白地に黒のSUSUQUEHANNA(サスケハナ)の文字。来航、一回目の旗艦に使われた船の名前だ。下田湾を20分で遊覧している。
海辺の公園にはクロンシュタット広場の碑。1854年11月、ロシアのプチャーチン提督はペリーの半年後、下田に寄港した。安政の大地震に伴う大津波で乗っていたディアナ号は大破。しかし「海上での町民救出や陸上への医師派遣申込など国境を越えた救出活動に踏み出しました」
この広場の名前は、プチャーチン提督がロシアのサンクトペテルブルク市クロンシュタットから出港したことにちなみ名づけられた。
さらに進むと坂本龍馬の石像。おなじみの右手を置いて立っている写真と同じ姿だ。昔の写真は何分もじっとしていなければならなかった。それで台にもたれかかったらしい。
裏には「下田で語られた龍馬の夢」と刻まれている。元治元年(1864年)勝海舟の乗った船の機関が破損し、下田港に停泊。勝の要請にこたえて龍馬が馳せ参じ、蝦夷地開拓の夢を語った、と刻まれている。
1854年4月にはこの港に6隻の米艦隊、11月にはロシアの船、10年後には勝海舟と坂本龍馬が率いる船が現われた・・ここは幕末の歴史を見てきた海岸だ。吉田松陰がここを通って弁天洞にたどり着いたと言われていることから「松陰の小径」とも呼ばれている。この先に見えるのが柿崎弁天島。

松陰は3月5日に江戸を出ている。艦隊に近寄り、ペリーに手紙を渡そうとした。船に乗せてもらって米国へ密出国する目的であった。もちろん露見すれば死罪だ。横浜では約束していた漁師の舟が見当たらず失敗。下田までやって来た。
以下、吉田松陰著作選(講談社学術文庫―奈良本辰也)の中の回顧録から引用する。
「(4月)25日 夕方4時頃、村を出て海岸をぶらつきながら外国船の状況を観察して、夜になった。寒気は非常に厳しかった。下田の町へ行き餅汁を食べる。」
船を盗み、川の流れに沿って海に出る。
「川口に、数隻の警備船がいるのを発見し、僕らの胸は激しく波打った。そこで渋木(注・金子の仮名)に『警備船に見つかって捕らえられるかどうかも、すべて運命一つにかかっている。もし天が僕らの味方ならば決して見つかりはしないだろう』といった。幸い無事に通り過ぎ、海に出ることが出来た。しかし波が高く、相当荒れ模様だったので、櫓を使うことが出来なかった。そのうえ下田の岸からポウパタン号までは、非常に遠かった。このままでは成功もおぼつかないので舟を捨て海岸に戻って次の機会を待つことにした。まだ夜明けまでには相当時間があったから、柿崎弁天の社(やしろ)に戻ってひとねむりした。夜がいったいいつ明けたのか知らなかった。誰かがやって来て祀戸を開いて、はじめて僕らは驚いて起き
る始末だった。しかしその人の方が僕らよりは一層驚いていたようだった。」

「ペリー提督日本遠征記」によれば、記録は一日違う。25日深夜に吉田松陰と金子重之助(注・金子重輔)の二人はペリー艦隊に接触している。前日、24日の昼には上陸した士官のひとりに近づいて「時計の鎖をほめるような振りをしながら、畳んだ紙を上官の胸に滑り込ませた。」
その日の深夜のことだ。
「午前2時頃(4月25日)、蒸気艦ミシシッピ号の艦上で夜間当直をしていた士官は、舷側についた小舟から聞こえてくる人声に呼び起こされた。舷門に行って見ると、二人の日本人がすでに舷側の梯子を登ったところだった。」(遠征記)
二人は乗ってきた小舟を放棄し、なんとしても海岸には戻らない意志を示す。艦長は旗艦(ポウハタン号)へ行くよう指示する。港内の波が高かったため苦労して旗艦に達し、甲板に着く。そこで二人は「自分たちの目的は合衆国に連れて行ってもらうことであり、そこで世界を旅して、見聞したいという願望を果たしたいのだと打ち明けた。」
彼らの願いは入れられず、投獄される。吉田松陰が運ばれた籠、収容された牢屋は下田開国博物館内に再現され展示されている。
この後の松下村塾での指導、刑死については有名なので割愛する。
弁天洞への階段の手前にはペリー艦隊の絵師ハイネの描いた絵が、鉄板の上に写真のように再現されている。小さな公園には「踏海の朝」と名づけられた二人の銅像がある。二人とも二本差し、羽織袴の正装。松陰が立って海の彼方を指差し、右横に金子が座って同じ方向を見つめている。
松陰の生まれ故郷の萩市と下田市は昭和50年から姉妹都市の盟約を結んでいる。

ペリー艦隊来航記念碑

下田市はペリーの生まれ故郷であるロードアイランド州ニューポート市とも姉妹都市となっている。

弁天島から海岸通りを引き返し、港橋をわたり左折。港には漁船がたくさん並んでいる。石畳の続くペリーロードを経由して、ペリー艦隊来航記念碑へ向かう。ペリーポイントと英語で標記された建物。外国人の別荘らしい。
その先に小さなペリーの胸像、左の石碑は下がガラスで覆われ、中に小さなガスの火が灯っている。
日米交流150周年によせて ジョージ・ブッシュ大統領から下田市へのメッセージ
として、大統領のサインと2004年3月31日の日付が記されている。下には「日米友好の灯」の説明。
この灯は、平成15年7月、日米交流の発端となるペリー来航150周年の節目を祝う第20回ニューポート黒船祭のおり「NEW!!わかふじ国体」の炬火リレーに使用するため採火されたものです。ニューポート黒船祭の祝砲の火種をはるばるアメリカロードアイランド州ニューポート市から空輸し、「日米友好の灯」と名付けられました。炬火リレーとして利用後、平成16年3月31日、下田開港150周年の際にこのモニュメントに採火され、日米友好のシンボルとして灯もり続けています。

ペリーロードをたどり、日露和親条約が締結された長楽寺を横目に見て、了仙寺へ。境内にある黒船美術館は3000点を超える黒船・開国の資料を持つ。映像を3本見た。当時の瓦版を大写しにした中に、ペリー艦隊一行の行動が漢字とカタカナ、絵で報告されている。中には「遠征記」では秘された怪しげな場所への「上陸」の記事もあった。

黒船美術館で貰ったパンフレットを紹介する。
ペリー黒船おもしろ話には、軍楽隊の演奏を奉行も町民も一緒に聞いた。軍楽隊の編成は太鼓やシンバル、クラリネット、フルート、トランペット、トロンボーン、ホルン、クラヴィコールなど。よく演奏されたのが1850年代アメリカで流行していたフォスターの曲。
おおスザンナ、スワニー河などで有名だが、下田では「草競馬」が演奏された。おなじみの「ドゥダー、ドゥダー」だ。これが日本における西洋音楽の初めてのコンサートといわれている。三味線や尺八、笛、太鼓になじんでいた下田町民は度肝を抜かれたことだろう。
黒船博物館には当時の瓦版も展示してある。ペリーは赤鬼のような怖い顔もあればお多福が困ったような顔もある。

横浜市開港記念館には、ポーハタン号のステンドグラスがある。一階から2階の階段の窓全面に黒煙を吐く巨大な黒船、よく見ると下には乗りつける小舟。下田では、吉田松陰が夜陰に乗じて密航を企てた。決死の形相だったろう。横浜では、幕府の役人らしい数人が小舟で近づく平和な光景が描かれている。
このステンドグラスは、戦後すぐ、館が一時進駐軍に接収された時に覆われていたがすぐに外された、と聞いた。

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