東アジア共同体研究所

「もしトラ」(トランプ2.0)と世界 ~ 安倍流は通用しない  Alternative Viewpoint 第61号

2024年2月27日

 

はじめに

本号のテーマは、トランプが大統領に再選された場合の米外交である。

ドナルド・トランプ前大統領は共和党の大統領候補指名争いで圧倒的優位に立ち、今年11月5日の本選でもバイデン大統領を破りそうな勢いを見せている。それに伴って最近は、「もしトラ」という言葉を耳にする機会が増えた。「もしもトランプが再び大統領になったら?」という意味だ。海外では「Trump 2.0[トランプ政権の第2版]」という用語が使われる。本稿では、「もしトラ」と「トランプ2.0」を文脈と文法に応じて適宜使い分けることにする。

私自身はまだ、トランプ再選を確実視しているわけではない。直近の世論調査によれば、本選までにトランプが有罪になった場合、7つの激戦州で有権者の53%は「トランプに投票しない」と答えている。[1] トランプは現在、4件の起訴に直面しており、判決が出れば有罪となる可能性も十分にある。ただし、本選の前に判決が出るかは見通せず。また、トランプは選挙戦だけでなく、収監と破産につながりかねない裁判に時間・金(莫大な弁護士費用)・エネルギーを費やしている。77歳の体と心にかかる負担は尋常ではないはず。世論調査で「トランプ優勢」と言っても、〈本選まで有罪にならず、健康体でいる〉という前提が崩れれば、砂上の楼閣となる。

しかし、仮にトランプ再選の確率が五分五分であっても、今から「もしトラ」を議論しておくことには大きな意味がある。第二次世界大戦後の米外交の本筋から見た時、トランプの思考と行動は〈異端〉だ。それでも1期目は、マティス国防長官やティラーソン国務長官(いずれも途中で退任)など、共和党穏健派とも連なる良識派の閣僚がブレーキ役になったため、トランプは必ずしも思ったとおりに振る舞えなかった。だが今や、共和党はトランプの党となった。2期目の閣僚はトランプに忠実な者だけで占められる可能性が高い。[2] トランプ2.0が世界に与える衝撃は、1.0の比ではない今年11月以降に慌てても遅い

 

トランプ外交~4つの癖と1つの注意事項

「もしトラ」を議論するに当たり、1期目のトランプ外交を振り返って、その特徴(癖)が見つけておこう。

第1にして最も根源的な癖は、〈取引(ディール)重視〉であること。中国に関税戦争を仕掛けて米製品の輸入拡大を約束させたのが典型例だ。このようなスタイルは「Transactional」と呼ばれる。丁々発止のやり取りで取引を追求する、という意味だ。トランプは不動産王時代と変わらず、目先のディールで勝ち負けや損得を競うことに熱中する。その際、「損得」が米国の国益との関連で計算されるとは限らない。支持者に報いることや政敵を叩くことも外交ディールの動機となり得る。なお、「取引好き」=「取引上手」ではない。1期目の実績を見る限り、対中交渉を含め、トランプが〈取引の達人〉だったという評価はあまり見かけない。

第2は、物事の善し悪しを金に換算して判断する傾向が強いこと。同盟関係ですら、戦略判断よりも金払いの方が重要。「米国だけが膨大な国防費を支出して同盟国を守ってやっているのはフェアではない。同盟国は防衛費をもっと増やすべきであり、そうでなければ米軍は撤退させるべき」ということになる。

第3は、価値観にまったくこだわらないこと。「民主主義」「人権」「法の支配」や「世界秩序」などといった高尚な理念や建前についても、何のためらいもなく棚に上げるし、プーチン、習近平、金正恩など、独裁者たちを「いい奴だ」と言って憚らなかった。トランプにとって大事なのは〈取引ができる相手か〉である。即断即決の権威主義の方が、合法性・透明性・手続きを重視する民主主義よりも性に合っている

第4は、マルチ(多国間)を嫌い、バイ(二国間)を好むこと。TPP然り、NATO然り、多国間の国際秩序を維持するためには、指導的な国がコストを多めに持つことが不可欠。でも、トランプはそれが気に食わない。加えて、米国以外の国々が団結すれば、アメリカ・ファーストの取引はまとめにくい。だから、トランプにマルチは生理的に合わない。逆に、バイであれば世界一の総合国力を持つ米国は相手に露骨に圧力をかけ、有利な取引をまとめられると考えている。

最後に、「トランプは軍事行動を起こしやすい大統領か?」という問いにも触れておこう。基本的には、答は「No」。トランプと親交のあった安倍晋三元総理も「トランプは、国際社会で、いきなり軍事行使をするタイプだ、と警戒されていると思いますが、実は全く逆なんです。彼は、根がビジネスマンですから、お金がかかることには慎重でした」と述べている。[3]
ただし、強烈なナルシストであるトランプの場合、政治的窮地に立たされた時に〈自己保身のための戦争〉を起こさないとは言い切れない。トランプ政権1期目で米軍統合参謀本部議長を務めたマーク・ミリーは、2020年11月に行われた大統領選の4日前と2021年1月に起きた議会襲撃の2日後の2回にわたり、トランプが中国に対して軍事行動をとるのではないか、と本気で心配した。[4]

 

トランプ2.0の米外交

以下では、〈トランプが再び大統領になった場合の米外交〉を私なりに予測してみる。参考にするのは、前節で見たトランプ外交の〈癖〉のほか、今回の選挙キャンペーンにおけるトランプの発言去る1月31日に発表した「経済・通商公約」1期目の外交実績などである。[5]

 

1. パリ協定再離脱

トランプは1期目でパリ協定から離脱した。[6] その後バイデン大統領が就任すると、米国は2021年2月からパリ協定に復帰している。地球温暖化対策に背を向けるトランプの姿勢は何一つ変わっていない。[7] トランプ再選なら、パリ協定からの再離脱は避けられない。

 

2. ウクライナ

昨年5月、トランプは「自分が大統領なら戦争を24時間で終わらせられる」と述べた。[8] その心は、ゼレンスキーに対しては「停戦交渉に応じろ、さもなければ援助は止める」と言い、プーチンには「停戦に応じなければ、これまで以上の援助をウクライナに与える」と迫るということらしい。トランプは「私は勝ち負けではなく、事態を落ち着かせるという観点で考えている」とも述べており、再び大統領になれば、ロシアとウクライナの停戦を仲介する可能性は高い。

ただし、停戦実現には、クリミアと東部・南部4州の取扱いという難題を解決しなければならない。玉虫色の決着を図るにせよ、当該地域にロシア軍が残るか去るかはプーチンとゼレンスキーにとって死活問題だ。簡単にまとまるとは思えない。その場合、トランプは支援を完全に止めてウクライナを見殺しにするのか? それとも、欧州諸国やウクライナ政府と新たな取引を行い、ウクライナ支援を継続するのか?

トランプは現在、議会共和党に働きかけてウクライナ支援予算の成立を執拗に妨害している。ただし、その主目的は〈バイデン政権の無能ぶりを演出する〉こと。トランプ自身は「戻って来る見込みがない金(米国の儲けにつながる)紐付きでない金これ以上与えるべきではない」と述べてはいるものの、「再選されればウクライナへの資金提供を一切やめる」とまでは(まだ)明言していない融資なら認めるような口ぶりの時もある。[9] トランプ2.0では、欧州諸国が米国の分も一部肩代わりすることや、バイデンの親族等がウクライナで不正を働いた証拠を(なければ捏造して)ウクライナ政府が提供すること等を条件に、減額されたウクライナ支援を容認する可能性も残っている。

 

3. 米欧関係の亀裂

あるNATO加盟国の指導者から「もしも私の国がNATOの防衛予算上の義務を果たしていないとして、ロシアが私の国を攻撃したら、米国はどうするのか?」と尋ねられた。私は「だったらうちはおたくを守らない。むしろ、(ロシアに)好きにするよう促す。金は払わないとだめだ」と答えた――。去る2月10日、トランプはこんな逸話を披露してみせた。[10] トランプが再び大統領になれば、NATO諸国、特に防衛費がGDPの2%に届かない国々に対して支出増を求め、様々な圧力をかけるだろう。[11] 2020年7月、ドイツが防衛予算を十分に増やさないこと等に業を煮やしたトランプは、在独駐留米軍の3分の1に当たる約1万2千人を削減すると決めた。(その後、バイデン政権が誕生して撤回。)第1次トランプ政権で国家安全保障担当補佐官を務めたジョン・ボルトンは、大統領在任中にトランプがNATOからの完全脱退を口にしていたと証言している。[12] トランプ2.0では公式の席で米大統領がNATO脱退を口にするという〈前代未聞の事態〉もあり得る。[13]

トランプは2018年にEUから輸入する鉄鋼(25%)・アルミニウム(10%)に追加関税を課し、EU側も米製品に報復関税をかけた。[14] バイデン政権下で双方は関税引き上の応酬を2025年3月まで停止することに合意している。[15] トランプ政権が再び発足すれば、来年初から関税引き上げ合戦が再開されるだろう。加えて2023年8月、トランプは〈米国の全輸入品に対して10%関税を導入する〉ことを提唱した。額面通りに実施されれば、EUも対象になる。

トランプ2.0に対する欧州諸国の対応は、一枚岩ではあるまい。トランプの1期目においてポーランドはトランプに取り入り、米軍駐留を増やしてもらった。一方で、独仏などは、米国依存を減らしながらロシアに対抗できるよう、欧州独自の軍事機能強化を図る可能性が高い。[16] 例えば、2017年に立ち上げたEU合同司令部を強化・発展させたり、ドイツ連邦軍主導で欧州各国の軍をネットワーキングさせたりする構想が検討されよう。[17]

 

4. 中東

バイデン政権はイスラエルとハマスの戦争で一貫してイスラエルを支持・支援している。トランプ2.0でも、イスラエル支持が強まることはあっても弱まることはなかろう。トランプの重要な支持基盤であるキリスト教福音派は旧約聖書をも聖典としており、イスラエル支持・パレスチナ排除は宗教的な信念になっている。しかも、トランプはパレスチナに冷淡だ。1期目の2019年には国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への拠出金をゼロにした。[18]

中東和平の将来像については、次期大統領がバイデンかトランプかで違いが生じる。バイデン政権はイスラエルとパレスチナの「2国家共存」の旗を降ろしていないが、トランプはそれにこだわらない。トランプ1期目の米国政府はエルサレムを「不可分の首都」と認め、大使館もテルアビブから移した。

トランプのディール好きは中東でも発揮された。2018年9月には、トランプ政権の仲介によってイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)・バーレーンは国交を樹立した。[19] バイデン政権もサウジとイスラエルの国交樹立を働きかけていたが、イスラエルとハマスの戦争勃発によって頓挫している。[20] 将来イスラエルとハマスが停戦すれば、米国は再びサウジとイスラエルの国交樹立に取り組むかもしれない。ただし、サウジがその条件として米国が対イラン安全保障を確約することに固執すれば、トランプは熱意を失いそうだ。

2019年10月、トランプは中東政策について演説し、「米国は(中東から)出て行く。この血まみれの砂漠を巡っては、誰かの他の国に戦わせよう。米軍の仕事は世界の警察官役を担うことではない」と述べた。[21] これこそがトランプの個人的な本音に違いない。トランプ2.0では、現在中東地域に駐留している米軍約4万5千人の削減が進むかもしれない。[22] そうなれば、イラン及びイランが支援する組織の攻勢が強まり、中東の不安定化は一層進む。米軍が退いた分は中国やロシアとの関係強化で補おう、と考える国も出てくるだろう。

 

5. 中国

バイデン政権は中国を念頭に置いたサプライチェーンの強靭化等を企図し、「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を主導してきた。だが、昨年11月にトランプは「第2のTPP(註:IPEFのこと)は(自分の大統領就任の)初日に死ぬ」と述べている。トランプにとって、IPEFは政敵が推進した多国間の協定。トランプ2.0では白紙に戻るだろう。

その代わりにトランプは、米中2国間で関税を武器にしてビッグ・ディールを仕掛けるつもりのようだ。去る2月4日には「中国からの全輸入品に60%以上の関税をかけることを検討する」と語った。[23] 「全品目、60%」にこだわるとは限らないが、ミシガンなど激戦州での支持を得るために打ち上げた品目――例えば自動車部品――の関税は必ず引き上げるだろう。中国も黙ってはいまいから、待っているのは関税引き上げの応酬。散々揉めた挙句に、米中は何らかの貿易取り決めに合意するのだろう。(何たる既視感!)
トランプが1月31日に発表した「経済・通商公約」の筆頭には「対中最恵国待遇(MFN)の撤回」が掲げられている。実行されれば、対中関税は40%を超える可能性があると言う。[24] これも要注意だ。

経済安全保障では、ハイテク分野の規制から目が離せない。トランプは1期目でファーウェイ等を標的にしてハイテク技術の対中輸出・投資規制を仕掛けた。バイデン政権が現在行っている「デリスキング」の先駆けと言ってよい。昨年、バイデン政権と習近平指導部はデリスキングを急加速しないことで〈あうん〉の合意に達したように見える。トランプが再登場すれば、〈ちゃぶ台返し〉をして対中ハイテク規制のアクセルをもう一度踏む可能性が出てくる。

「もしトラ」と絡めて、「トランプが再び大統領になれば、台湾を見捨てる」という見方も出ている。ディール好きのトランプならば、〈習近平が貿易・投資面で譲歩すれば、中国による台湾併合を黙認しかねない〉というわけだ。2023年7月、「中国が台湾を奪取しようとしたらどうするか?」と問われたトランプは、「その質問に答えたら、中国と交渉するうえで私の立場がとても悪くなる」と述べた。このやり取りも上述の見方に拍車をかけている。[25] しかし、いくらトランプが拝金主義者でも、このディールは割りが合わない。それに、1期目の実績を見る限り、トランプは決して台湾に冷たくない。[26] トランプ発言を素直に解釈すれば、「自分は習近平と大きな経済ディールをまとめたい。だから、愚かなバイデンのように『台湾を守る』などと公言することはない」という意味であろう。[27]

私は、台湾を巡るトランプ2.0の米中関係は、基本的には現状維持だと思う。その嗜好からして、トランプの本音は「台湾をめぐって中国と戦争をするほど損なことはない」というものだろう。従って、「台湾は自分で中国と戦うべきであり、そのために必要な兵器類は米国が売ってやる。戦わずに儲かるから、これが一番いい」と考えているはず。習近平の方も、近い将来、台湾武力統一のような〈冒険〉に乗り出す余裕はなさそうだ。下記のグラフのとおり、トランプは1期目で「オバマ軍縮」を転換させ、軍拡路線に舵を切った。それ以降、中国は差を詰めきれていない。トランプ2.0でもこの傾向は続くと考えてよい。しかも、最近の中国軍は汚職が横行し、規律が緩んでいる模様だ。[28] 内部統制を確立するまでには時間がかかる。

(データはSIPRI。[29])

 

6. 日本

前述のとおり、トランプ2.0では〈米国が輸入する全品目に一律10%の関税〉をかける可能性が出てきている。そのまま実行されれば、対米輸出は当然減る。何らかの取引の結果、日本が除外された場合でも、中国や世界全体の経済に悪影響は避けられない。[30] それでなくても〈ひ弱〉な日本経済は、2020年代後半にもマイナス成長に陥るかもしれない。

トランプはかつて「日本が攻撃されれば、米国は第3次世界大戦を戦う。でも、日本は攻撃をソニーのテレビで見ている」と述べ、日本は安保タダ乗りだと批判した。大統領1期目にそれが表面化しなかったのは、安倍総理がF-35やイージス・アショアをはじめ、高額の米国製兵器を大量に購入してトランプのご機嫌を取ったためだ。

日本政府は2022年12月に安保3文書を閣議決定し、2027年までに調達する防衛装備品の中身と予算を既に決めている。「もしトラ」では、時の総理大臣がトランプに「日本は2027年までに防衛費を1.6倍に増やし、広義の防衛関連予算もGDP比2%にする」と説明するだろう。しかし、トマホーク・ミサイルの購入(約3,500億円)を含め、今回の防衛費大幅増での米国製兵器購入額は案外少ない円安が進み、米国からの購入に充てられるドル建て予算も目減りする。[31] 何よりも、それらは全部〈バイデンとのディール〉だ。トランプが米国製兵器の大口追加購入を迫ってくることは確実と読む。

2019年7月、日本政府はトランプ政権から米軍駐留費負担を4倍(年8,700億円程度)にするよう求められた。実際にかかる経費の3倍を払え、というとんでもない要求だった。2020年の大統領選挙や新型コロナのため、交渉は決着しないまま、トランプは退陣。2022年1月、日本政府はバイデン政権との間で特別協定を締結し、2026年度まで毎年平均2,110億円を負担することになった。この問題がトランプ2.0で蒸し返される可能性も十二分にある。

 

安倍元総理とトランプ

日本の「もしトラ」談義を聞いていると、「安倍元首相がトランプの1期目にとった手法を再び採用すべきだ」という主張によく出くわす。[32] しかし、安倍さんを神格化しても、「もしトラ」の対応策は見えてこない

2016年の大統領選でトランプが勝利すると、安倍はすぐさまニューヨークに飛び、ゴルフクラブを贈るなどしてトランプに取り入った。安倍がトランプと親密な関係を構築したおかげで、日本はトランプによる〈イジメ〉の標的にならずに済んだ。安倍はトランプと欧州首脳の仲介役となり、米朝首脳会談ではトランプに拉致問題を提起させた――。これが日本で一般に信じられている「安倍神話」である。しかし、これは〈良いとこ取り〉の見方に過ぎない。

大統領就任直後のトランプは政治も外交もズブの素人だった。各国首脳の多くも、眉をひそめて彼を迎えた。そこへ首相通算5年を超す安倍がお世辞を交えて親しく接したのだ。トランプが安倍を頼りにした面は確かにあった。その結果、日本はトランプから目を付けられることが少なかったのも事実であろう。ただし、それは最初の1年程度の話にすぎない。

トランプが大統領として経験を積むに従い、安倍の〈お友達路線〉は機能しなくなった。そこで安倍は、F-35の爆買い(100機で1兆円?)イージス・アショア(総額2兆円超?)など、トランプが求めた米国製兵器の爆買いに応じることによって、日米間の波風が表面化しないよう努めた。安倍はトランプの〈取引相手〉になったのである。その後、イージス・アショアの配備は中止になったが、注文のキャンセルまではできなかったので陸上イージスを海に浮かべるという奇妙な計画に変わり、世界の失笑を買っている。トランプの不興を買いたくない一心で日本の防衛戦略をないがしろにした報いと言えよう。しかも、そこまでやっても、政権末期には米軍駐留経費4倍増をふっかけられた。安倍がトランプを制御できていたというのは幻想だ。[33] 米国の識者の1人は「トランプ大統領と関係して面目を失ったり、消え去ったりした人は多数いるが、安倍首相ほどはっきりと恥をかかされたり、軽んじられた世界のリーダーはほかにはいない」と述べた。[34]

さらに、安倍のとった手法をトランプ2.0で再現することは、以下の3つの理由により、現実問題としても無理がある。
第1に、2期目のトランプはもう外交の素人ではない。岸田であれ誰であれ、友人面でアドバイスをしても、聞く耳は持たない。
第2に、今の弱体化した自民党政権では、トランプに足許を見られる。〈強い者好き〉のトランプが安倍に一目置いたのは、「安倍一強」と言われたように政治基盤が盤石だったから。
第3に、トランプを満足させられる「買い物」をしようにも、財政的な余裕がない。日本政府は現在、2022年末に決めた防衛予算増額と経済対策・子育て支援等のための財源探しにさえ、四苦八苦している有り様だ。米国製兵器を追加購入する場合でも、安倍のような「爆買い」はとてもできない。[35]

 

おわりに

本稿では、「もしトラ(トランプ2.0)」をなるべく丁寧に論じてみた。とは言え、トランプの行動は我々の合理的推論を突き抜けることが多い。トランプ大統領が本当に再登場すれば、本稿の見立てを遥かに超えた混沌が待っていると覚悟しておいた方がよい。

同時に我々は、来年以降、日本外交はどうすべきかについて、もっと根源的に考えるべきだ。トランプから理不尽な因縁をつけられても、じっと我慢して下を向き、その矛先が他国に向かうのを祈るのでは、あまりにも惨めであり、かつ上手くいかない

トランプ政権の1期目、ドイツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領は、トランプとの間で揉め事が極力起きないようにしつつも、〈米国抜き〉の事態に備えてEUの機能強化に努めた。[36] その試みは必ずしも成功したわけではないが、〈自立の追求〉と〈米国以外との協力〉という点は参考になる。
日本一国で「トランプのアメリカ」に対峙しようとしても、絶対に無理だ。ただし、「トランプにはついて行けない」と考える国々は少なくない。欧州諸国、韓国、ASEAN諸国、そして場合によっては中国とも連携し、「トランプのアメリカ」というガリバーを縛る方法を追求したい。トランプがマルチ嫌いだからこそ、そこを突くのである。

もちろん、このアプローチをとれば、トランプから様々なブラフと実害を受け、日本は大きな困難に直面するだろう。しかし、中長期的に見れば、トランプの太鼓持ちとなって世界の劣化を促進する方が、日本の失うものは大きい。トランプ2.0で(あるいは、バイデン2.0であっても)試されるのは、日本が自立の道を行く覚悟である。

 

 

 

[1] Poll points to deep trouble for Trump if he gets convicted (thehill.com) ここで7つの激戦州とは、アリゾナ、ジョージア、ミシガン、ネヴァダ、ノース・カロライナ、ペンシルバニア、ウィスコンシンのことである。

[2] 焦点:トランプ氏再選なら人事は忠誠心重視、「破滅」に身構える同盟国 | ロイター (reuters.com)

[3] 「トランプの本性を隠すのに必死でした」安倍元首相が生前に語っていた”日米外交交渉の舞台裏” じつは軍事行動に消極的な人物だった (2ページ目) | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

[4] ミリーは当時、中国人民解放軍の連合参謀部参謀長だった李作成に電話し、万一トランプが中国を攻撃するようなことがあれば、(米国の攻撃が奇襲にならないよう)事前に知らせると伝えた。 Book: Top US officer feared Trump could order China strike | AP News

[5] American Workers Have No Better Friend Than President Trump | News | Donald J. Trump (donaldjtrump.com)
トランプ前大統領、政権奪取後に米国の労働者を守るために実施する10項目を発表(米国) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース – ジェトロ (jetro.go.jp)

[6] トランプは2017年6月にパリ協定からの離脱を表明し、米国政府は2019年11月に国連に対して離脱を通告。協定に従い、離脱は1年後の2020年11月に発効した。

[7] 2023年12月5日、トランプは「再選されれば就任初日のみ独裁者になり、(メキシコ国境を閉鎖すると共に)石油掘削をガンガン拡大する」と発言した。トランプ氏、大統領再選でも「初日」以外は独裁者にならず | ロイター (reuters.com) また、また、今年1月31日の経済・通商公約には「政権発足初日にバイデン大統領による電気自動車(EV)普及命令を廃止」するとある。

[8] 因縁CNNでトランプ節、ロシア侵略「私なら24時間以内に終わらせる」 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

[9] GOP senators speak with Trump about Ukraine aid loan pitch  | The Hill

[10] この逸話の真偽のほどは確認されていない。

[11] ストルテンベルグNATO事務総長によれば、NATO加盟31カ国中、ドイツを含めた18カ国は2024年にGDP比2%のガイドラインを達成する見込みである。イタリア、カナダ、スペイン等は目標未達となりそうだ。

[12] 【社説】「トランプ大統領」のNATO脱退を防ぐ策 – WSJ

[13] ボルトンはトランプと仲違いした後、トランプ批判を自己アピールに使うようになった。トランプと同じく、彼の言動にもフェイクと扇動が多い。トランプがかつてNATO脱退に言及していたとしても、どの程度本気だったかは(今のところ)はっきりしない。

[14] 日本もトランプ政権の関税戦争から完全に無縁だったわけではない。2018年3月、米国政府は鉄鋼に25%、アルミに10%の関税を上乗せしている。ただし、日本は報復関税を導入しなかった。

[15] バイデン政権も選挙対策上、トランプが行った関税引き上げ自体は撤回していない。米国が撤回しない以上、EUも同様の態度をとっている。

[16] トランプ氏の「ロシアの侵攻促す」発言受け欧州で自主防衛強化の動き | 東亜日報 (donga.com)

[17] ドイツが独自の「EU軍」を作り始めた チェコやルーマニアなどの小国と|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (newsweekjapan.jp)

[18] バイデン政権は2021年に拠出を再開した。なお、昨年10月のハマスによるイスラエル攻撃にUNRWAの職員が関与した疑いが浮上し、日米などは今年に入ってから資金拠出を停止している。

[19] イスラエル、UAE・バーレーンと国交正常化に署名 トランプ氏が称賛 – BBCニュース

[20] 2023年10月7日にハマスがイスラエルをミサイル攻撃した理由としては、サウジとイスラエルの国交樹立を阻止するためだったという見方も存在する。イスラエルとパレスチナの間で戦争になれば、アラブの盟主を任じるサウジはイスラエルと国交を持つわけにはいかなくなる、というわけだ。

[21] Donald Trump vows to get out of ‘blood-stained’ Middle East | Donald Trump News | Al Jazeera

[22] 2023年10月現在の内訳は、クウェート13,500人、バーレーン9,000人、カタール8,000人、UAE3,500人、ヨルダン2,936人、サウジ2700人、イラク2500人等である。40,000 U.S. troops in the Middle East: What to know (axios.com)

[23] トランプ氏、再選なら「中国に60%超の関税も」 – CNN.co.jp トランプは1期目にも、中国からの輸入の一部に対して断続的に(追加)関税をかけた。今回の「全品目、60%」発言からは、トランプの必死さが伝わってくる。何せ、当選できなければ、破産と収監が待っているのだから…。

[24] 中国国内投資家、「トランプ2.0」の影響など懸念-ゴールドマン調査 – Bloomberg

[25] ただし、国務省はその都度、「従来からの対中政策は変わらない」と釈明している。

[26] 振り返ってみると、トランプの1期目では、「一つの中国」政策の形骸化が進んだ。2016年12月にトランプは蔡英文と電話で話したが、米国大統領(予定者)と台湾総統が直接接触したのは米中国交回復以降初めてのことだった。米国政府と台湾当局の高級事務レベル交流を禁ずる長年の指示もトランプ時代に廃止された。オバマ政権下では米海軍が台湾海峡を通過するのは年に1~3回だったのに対し、トランプは2020年に13回通過させている。オバマ政権が止めていたF-16戦闘機を含め、政権の後半2年間でトランプが認可した台湾への武器輸出額は150億ドル(現在のレートで2兆2,500億円相当)に及ぶ。How Biden is Building on Trump’s Legacy in Taiwan | New Perspectives on Asia | CSIS

[27] 米中国交正常化以降、米国の台湾政策は「曖昧戦略」と評されている。〈台湾独立の不支持〉と〈中国による武力統一反対〉をセットにし、台湾有事における米国の軍事介入については明言しないことで、台湾と中国の双方を牽制するものだ。トランプも表面上はこの伝統的な曖昧戦略に忠実だが、その目的は「中国と経済ディールを切り結ぶため」という面が大きい。

[28] 中国 「ロケット軍」トップ務めた高官など9人を解任 汚職か | NHK | 中国
習氏、軍の腐敗に大なた – 日本経済新聞 (nikkei.com)

[29] SIPRI Military Expenditure Database | SIPRI

[30] トランプ関税による世界経済への影響 ~GDP水準は米国で-1.0%、世界で-0.4%下押しされる可能性~ | 前田 和馬 | 第一生命経済研究所 (dlri.co.jp)

[31] 予算積み上げ時に使った為替レートは、2023年度が137円、2024年度以降は108円(!)である。焦点:日本の防衛力増強、円安で縮小 ヘリ半減・飛行艇見送り | ロイター (reuters.com)

[32] トランプ氏再選なら、より過激な“アメリカ第一主義”に…「安倍チームで構えよ」と甘利氏|FNNプライムオンライン
【岩田明子 さくらリポート】安倍晋三氏不在の「トランプリスク」 米欧の仲介役、貿易では戦略的に抑え込み 想定される危険事態に関係構築急ぐべき(1/2ページ) – zakzak:夕刊フジ公式サイト

[33] トランプが金正恩との会談で拉致問題に触れたのも、口にするだけなら何のコストも払わなくてよいうえ、それで安倍に恩を売っておけば後々圧力をかけやすい、と踏んだからに過ぎない。

[34] 安倍首相大慌て!トランプ心変わりの深刻度 日米首脳会談が「分かれ道」になる可能性 | 外交・国際政治 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)

[35] とは言え、日本政府の恐ろしいところは、トランプの歓心を買うために米国から大量の武器を追加購入し、財政のツケは将来の増税に回しかねないことである。外務省には「何があっても日米関係を安定させることが国益である」と本気で考える輩が少なくない。

[36] The Real Challenge of Trump 2.0 | Foreign Affairs

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