東アジア共同体研究所

「台湾有事は日本有事」の真実 ~ 米国と台湾のために日本はどこまでの犠牲を許容するのか?  【Alternative Viewpoint 第82号】

2025年11月28日

はじめに~高市総理の台湾有事答弁

去る11月7日の衆議院予算委員会。高市早苗総理は台湾有事について、台湾の右派がよく言う具体的な想定に幾つも触れたうえで、「それ(海上封鎖)が戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースである」などと答弁した。[1] 高市には、師と仰ぐ故・安倍晋三元総理の語った「台湾有事は日本有事」への強いこだわりがあるようだ。[2] 私はテレビでその様子を見ていたが、現職の総理大臣が中国や台湾の名前を出し、少しムキになりながら語気を強めて自分の言葉で存立危機事態を語るものだから、思わずのけぞった。外交目線で見た時、あれでは台湾有事への軍事介入に意欲を見せたと思われても仕方がない。(だからと言って、中国の大阪総領事が放った威嚇的・非人道的で愚かな発言を正当化する気は微塵もない。)

驚いたのはそれだけではない。テレビ朝日が11月15~16日に行った調査によれば、「台湾をめぐって中国とアメリカの間で武力衝突が起きた場合、日本が集団的自衛権に基づいて、武力行使に踏み切ること」について、「必要ない」が48%だった一方で、「必要だ」も33%あった。[3] 共同通信が11月16日に配信した調査に至っては、台湾有事で集団的自衛権を行使するとの考えについて、「どちらかといえば」を合わせて「賛成」が48.8%、「反対」が44.2%だった。[4] 日本で「台湾有事は日本有事」という言説が広く浸透していることは厳然たる事実なのであろう。

悪いことに、ほとんどの人たちは――高市も?――「台湾有事は日本有事」というキャッチ―な言説の真の意味を十分に理解しないまま、雰囲気で強硬論を支持しているように見える。これはとても危険な兆候だ。AVP本号では、少し長くなるが「台湾有事は日本有事」について丁寧な解説を試みる。[5] 私も「台湾有事は日本有事となる可能性がある」ことは全否定しない。だが、〈台湾有事はいかにして日本有事になるのか(ならないのか)〉を仔細に見ていけば、台湾有事を日本有事にするもしないも日本の〈選択〉の問題であること、そして、我々がまともなら台湾有事を日本有事にする決断を下すのはごく例外的なケースだけであることもわかるはずだ。

 

台湾有事と日本有事の定義

本稿では、台湾有事を「中国と台湾の間で武力衝突が起こること」とシンプルに定義して議論を始める。台湾有事には、①中国軍による台湾本島への侵攻、②台湾の海空封鎖、③限定的なミサイル攻撃、等の形態が考えられる。高市が国会で触れたのは、台湾封鎖の中で軍事色が強いケースだった。なお、台湾封鎖については、今年7月に米戦略国際問題研究所CSIS)がウォー・ゲームの結果を発表している。[6]

日本有事とは、武力攻撃事態と存立危機事態のことである。 前者は、日本が中国から武力攻撃を受けるか、その明白な危険が切迫していると考えられる事態。いわゆる個別的自衛権の行使に当たる。 後者は、台湾防衛に当たる米国と中国の間で武力紛争が発生し、それによって我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態。いわゆる集団的自衛権の行使に該当する。 ミサイルの時代となった今日、日中台の地理的近接性在日米軍基地の存在を考慮すれば、武力攻撃事態と存立危機事態は(ほぼ)同時認定される可能性が高い。[7]
日本有事では防衛出動が下令され、自衛隊は武力行使が可能になる。武力行使には、①我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある、②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない、③必要最小限度の実力行使にとどまる、という3要件がかかる。

問題の核心は、どのような場合に台湾有事は日本有事になるのか、である。高市も言葉の上では、台湾有事が起きればその中のいくつかは日本有事(存立危機事態)になり得る、と言ったにすぎない。以下では、台湾有事が日本有事になる条件を探る。

 

触媒としての米軍介入

まず、法律的にも現実的にも確実に日本有事とならない台湾有事がある。中台間で軍事紛争が起きても米国が軍事介入しないケースだ。 法律的には、米軍が中国と戦わなければ、「我が国に対する外部からの武力攻撃」も、「我が国と密接な関係にある他国(=米国)に対する武力攻撃」も起きないので、前節で見た日本有事の認定は行われない。[8] 現実的にも、勇ましい政治家、官僚、自衛隊関係者のお歴々が「中国と戦う」「台湾を守る」と叫ぶのは、米国の威を借りることが大前提である。米国が台湾を見捨てれば、日本も「右へならえ」する。

では、台湾有事の際に米国は軍事介入するのだろうか? 中国と国交を正常化して以降、米国政府は〈曖昧戦略〉を採用している。「必ず台湾を守る」と言えば、中国の大反発を招き、台湾は安心して独立に向かいかねない。逆に、「守らない」と言えば、中国は米国が武力統一を黙認したとみなして台湾侵攻を始めかねない。だから、台湾有事の際の米国の軍事介入については曖昧にしておくのがベスト、というわけである。[9]

軍事戦略の観点からみても、米国が台湾有事に軍事介入するかどうかは、その時になってみないとわからない。第1に、米中は共に核保有国だ。2022年にロシアがウクライナへ侵攻した時も、バイデン大統領(当時)は早々に米国が核大国であるロシアと直接戦うことはないと言明した。第2に、台湾を巡って米中が戦えば、勝敗にかかわらず、米軍は(中国軍も)極めて大きな損害を受ける。例えば、2022年にCSISが中国による台湾侵攻を題材にしたウォー・ゲームを行ったところ、米軍は2隻の空母、10~20隻の艦船、200~400機の戦闘機、3千人以上の兵士を失う結果が出た。(中国軍も多大な損失をこうむり、ほとんどの場合で台湾支配に失敗した。)[10] 今年発表された台湾封鎖に関するウォー・ゲームでも、米国が軍事介入すれば、20週間で数百単位の軍用機、空母を含む数十隻の艦船、最悪で2万人を超える将兵が犠牲になった。

誰が大統領でも、台湾有事に米軍を派遣するか否かは究極の選択になる。裏返して考えれば、台湾有事が起きても米国が軍事介入しないことは十分にあり得ると思う。2025年3月、エルブリッジ・コルビー(現・戦争省次官)は「台湾は米国にとって国家の存亡に関わる国益(existential interest)ではない」と議会で証言した。米国の研究者の間でも、「台湾を巡って中国と戦うべきではない」という議論がちらほら聞かれるようになった。[11]

 

台湾有事+対米軍事支援=日本有事

次は、台湾有事が起きて、さらに米国も軍事介入する場合、それが日本有事になる条件について。答を先に言うと、それは「日本が米国(米軍)を軍事支援する」ことだ。

台湾有事が日本有事になる基本的な流れは、「中国と台湾の武力衝突→米国の軍事介入」で存立危機事態を認定するか、「中国と台湾の武力衝突→米国の軍事介入→日本が米国を軍事支援→中国が日本を攻撃」で武力攻撃事態を認定するかのいずれか(または両者の同時認定)になる。 ここで注意してほしいのは、存立危機事態の場合も、上記で「日本が米国を軍事支援」というステップは明記されてものの、米国は日本の軍事協力を織り込んでいるということだ。

では、台湾有事における日本の対米協力(=台湾防衛への貢献)にはどのようなものがあり、それらはどんな意味を持つのか? ここで概観する。

【1.  米軍に対する基地等の使用許可】

多くの読者の第一印象では、中国軍と戦う米軍に在日米軍基地の使用を許可することは〈最も軽い貢献〉に思えるかもしれない。無理もない。それだけで済めば、自衛隊は中国軍と直接戦わないのだから。
しかし、米国から見れば、日本へ要求する項目の中でこれこそが最重要かつ死活的なものだ。台湾進攻であれ、台湾封鎖であれ、米軍が中国軍と直接戦うことになれば、米軍の主たる出撃拠点は在日米軍基地になる。在日米軍基地を使えなければ、米軍はおそらく中国軍に勝てない。[12] 加えて、中国軍のミサイル攻撃による被害を減らすため、米軍は空軍機や艦船を日本列島に広く分散配備したい。自衛隊基地や自治体が管理する空港・港湾の使用許可も要求してくるはずだ。[13]

日本が米軍に基地等の使用を認めた時、中国軍がどう対応するかは容易に想像がつく。米軍の出撃拠点である日本やグアムをミサイルで叩くことは軍事戦略上、極めて合理的な判断だ。各種のウォー・ゲームでも、中国軍は日本にある米軍基地等をミサイル攻撃するのが一般的である。

これらは日本の領土に対する大規模な武力攻撃だ。日本有事以外の何ものでもない。[14] 要するに、米軍に基地等の使用を認めることは日本有事と紙一重なのである。(緒戦段階で戦局が中国軍優位に推移したような場合には、次項に挙げるような自衛隊の積極的関与を招かないよう、中国軍が在日米軍基地等への攻撃をしばらく見合わせる可能性もなくはない。[15] )

【2. 主に台湾防衛にあたる米軍への支援】

烈度が比較的低い米軍支援としては、後方支援(米軍に対する燃料等の輸送や支援役務の提供)捜索救助米軍基地の防護等がある。武力攻撃事態や存立危機事態が認定されているので、戦闘中の米軍に対しても支援は可能だ。(重要影響事態では不可。)中国軍との間で戦闘となる可能性は比較的低いが、ないわけではない

 自衛隊によるもっと列度の高い作戦行動としては、台湾防衛に当たる米軍機や米艦船の護衛(エアカバー)索敵活動もあり得る。その場合、自衛隊が中国軍と直接戦闘に至ることは避けられない。ただし、日本防衛との兼ね合いや犠牲が拡大する可能性を考えれば、自衛隊も積極的にやりたくはないはずだ。なお、台湾攻撃を企図する中国軍を自衛隊が撃退することについては、「武力行使のための3要件」との関係で不可能という話を聞いたことがある。詳細ははっきりしない。[16]

【3. 日本防衛】

台湾有事=日本有事とは言え、自衛隊の本義はあくまでも日本防衛だ。ミサイル防衛はもちろん、日本の領土攻撃を企図する中国軍の迎撃には基本的には自衛隊が当たるはず。ただし、南西諸島を含む日本の領土防衛は、米軍基地等の米軍出撃拠点を守ることでもあり、台湾防衛への間接的な貢献と言える。

2022年の安保戦略以降は、反撃(敵基地攻撃)能力の行使、すなわち、中国本土に対する攻撃も可能になった。ただし、実行に際しては、米軍の協力が不可欠だろう。[17] 当然ながら、反撃能力の行使に踏み切れば、中国軍の対日攻撃もエスカレートすることは避けられない。

以上が日本のとる対米軍事支援の内容である。論理的には【1】のみもあり得るが、現実には【1】をやれば【2】と【3】もやらざるを得ない。米軍支援や反撃能力をどこまでやるかは、全体の戦局、中国軍の攻撃による被害状況、米軍の要求、日本の継線能力、エスカレーションの可能性等を勘案しながら決めることになるだろう。いずれにせよ、米軍に在日米軍基地等の使用を認めれば、台湾有事が日本有事になるのは時間の問題だ。

もう1つの選択肢=中立

だが実は、日本には上記とは別の道もある。台湾有事が起きて米国が軍事介入を検討する時点で「米軍への基地使用を認めず、中立を保つ」という選択肢だ。そうすれば、中国が日本の領域を攻撃する理由は基本的になくなるので、武力攻撃事態の芽は消える。それどころか、在日米軍基地を使えないとわかれば、米国は台湾有事への軍事介入を諦める可能性も出てくる。在日米軍基地を使わずに軍事介入し、グアム等から出撃した米軍が攻撃されても存立危機事態の要件を満たすことにはならない(はずである)。

 

日本が軍事介入するコスト

台湾有事が日本有事になるかどうかは、最終的には〈日本が米軍と共に台湾防衛にコミットするか否か〉にかかっている。つまり、これは日本の選択の問題だ。その判断は、軍事介入すべき理由そのコストを比較衡量して行わなければならない。本節でコストの方から先に検討する。コストの試算はもちろん、シナリオによって変わる。ここでは既に発表されたものを紹介するが、実際にはこれよりも大きいかもしれないし、小さいかもしれない。だが、台湾有事に日米が介入した場合、各種のウォー・ゲームで〈エスカレーションの誘惑〉が見られることには注意が必要である。

【1. 軍事的なコスト】

CSISが2022年に実施した中国軍の台湾侵攻に関するウォー・ゲームでは、自衛隊は緒戦から3週間でシナリオに応じ、航空機=90~161機、艦船=14~26隻を失った。やはりCSISが今夏発表した台湾封鎖に関するウォー・ゲームによれば、最初の20週間で受ける犠牲・損害は、最悪の場合で自衛隊員=4662人、航空機=240機、艦船=14隻だった。いずれのゲームでも、日本中の――南西諸島だけではない!――米軍基地、自衛隊基地、民間空港等が中国のミサイル攻撃を受けた。

新アメリカ安全保障センター(CNAS)が2022年に実施したウォー・ゲームでも、日本中の米軍関連施設等がミサイル攻撃を受けた。[18] このゲームは、劣勢に陥った中国がハワイ沖上空で戦術核を爆発させたところで終了している。

【2. 経済的なコスト】

経済的なコストも仮定次第で大きく変わる。[19] 2024年に報じられたブルームバーグの試算では、米中が台湾絡みで戦争に突入した場合、最初の1年で日本はGDPの13.5%を失う。コロナ禍が直撃した2020年度(-4.6%)の3倍近い損失だ。同じく、台湾は40%、中国は16.7%、米国は6.7%のGDPが消えた。[20] 一方、中国が台湾を経済封鎖したケース――米国の軍事介入はなし――で失われるGDPは、台湾=12.2%、中国=8.9%、米国=3.3%となった。(日本の数字は不明。)

【3. 人命・財産】

日本の領土が攻撃を受ければ、誤爆も含め、少なからぬ民間人が日本中で犠牲になるだろう。戦争が長期化・エスカレートした場合には、防衛産業拠点やエネルギー施設等もミサイルやドローンで攻撃されるかもしれない。地上戦の可能性こそ低いものの、日本もウクライナのようになる可能性は否定できない。[21]
なお、ウォー・ゲームでは、設定上、核兵器の使用は禁止されることが多い。だがそれは、米中戦争で核兵器が使われる可能性がゼロだと考えられているからではない。万が一にも日本に対して核兵器が使われれば、被害は広島・長崎を凌駕するだろう。

 

日本が軍事介入すべき(?)理由

本節では、日本が台湾防衛や対米軍事支援に立ち上がるべき理由について検討する。台湾有事への軍事的関与に熱心な人たちは何と言っているのか? それらが前節で見たコストに見合うものなのか、私の見方も披露する。

台湾の民主主義を守る

〇我が国は国家安全保障戦略で台湾を「民主主義を含む基本的な価値観を共有し、緊密な経済関係と人的往来を有する極めて重要なパートナーであり、大切な友人」と位置付けた。2024年4月には岸田文雄総理(当時)が米議会で「自由、民主主義、法の支配を守ることが日本の国益だ」と強調している。その延長線上で考えれば、日本は台湾の民主主義を守るために台湾防衛に駆け付けなければならない。

実に高尚な理想である。だが率直に言って、私は他国(他地域)の民主主義を守るために前節のようなコストを甘受する気にはなれない。G7をはじめとする米欧諸国も、ウクライナの民主主義を守ると息巻いてはいても、ロシアと交戦する気など毛頭ありはしない。各国とも〈核保有軍事大国と戦うコスト〉が許容範囲を超えていることを十分にわかっている。

台湾の半導体を守る

〇台湾は世界の半導体の6割以上、7ナノメートル未満の先進的な半導体では9割以上を製造している。台湾が中国の手に落ちれば、スマホもAIも中国が独占することになりかねない。

台湾の武力併合や封鎖が行われれば、TSMCに頼る半導体のサプライチェーンが大混乱することは間違いない。しかし、半導体産業のコアである設計分野はエヌビディアなど米国勢が圧倒的に強いし、やがては米欧日韓等からTSMCに取って代わる企業が出てくるはずだ。何よりも、半導体のサプライチェーンを守るために前節で見たようなコストを正当化しようなど、狂気の沙汰である。

シーレーンを守る

〇日本が輸入する原油の9割以上は台湾とフィリピンの間のバシー海峡を通ってくる。台湾が併合されれば、中国はシーレーンを攪乱して日本経済の首根っこを押さえ、威圧姿勢を益々強めるようになる

これもよく聞く議論だ。しかし、中国が日本のシーレーンを妨害すれば、南シナ海全般で日米(韓)との緊張が高まる。中国は全輸入の約4割が南シナ海経由(日本は約2割)なので、中国経済も大打撃を受ける。[22] 〈シーレーンの武器化〉は簡単にはできない。[23] バシー海峡の封鎖に対しては、迂回路を取る選択肢もある。

日本侵略を予防する

〇台湾が武力併合されれば、ドミノのように次は日本が狙われる。中国は最近、沖縄に対する野心も見せ始めた。沖縄の目と鼻の先の台湾に中国軍の基地が置かれれば、尖閣諸島をはじめ、日本への軍事的圧力は格段に強まる。地政学上も軍事戦略上も台湾を失うわけにはいかない。

万一台湾有事が起こりそうになった時、中国がヒトラーのドイツや大日本帝国のように領土の拡張に血道をあげる国になっていれば、このような懸念は当然のものと言える。「次は日本」という事態を避けるため、前節で見たコストを覚悟して台湾防衛と対米軍支援に立ち上がる選択もあるかもしれない。台湾が特に独立に向かう動きをしていないのに中国が一方的に武力併合の挙に出たりすれば、やはり〈警戒信号〉が出るだろう。
だが現実には、今日の中国は、決して穏健な国とは言えないものの、ヒトラーのドイツはもちろん、プーチンのロシアとも異なっている。中国共産党にとって譲れない〈失地回復〉の主な対象は香港と台湾まで。しかも、基本戦略は平和的統一であり、台湾が法的独立に向かったり日米がそれを支援したりしない限り、武力行使の可能性は低い。沖縄の件は日本に対する嫌がらせで発せられ非公式なメッセージにすぎない。尖閣諸島については中国政府も領有権を主張しているが、同諸島は経済的にも戦略的にも価値が低い無人の小島にすぎない。日本が防衛力を適切に整備し続ければ、万一中国が台湾を併合したとしても尖閣侵攻を抑止することは十分に可能だ。

日米同盟を守る

〇日米同盟は日本外交の基軸だ。それが揺らげば、国家の存続も揺らぐ。米軍の基地使用すら認めなければ、米国は烈火のごとく怒り、日米安保条約の破棄さえ言ってきかねない。台湾有事が起きた時、米国の協力要請を断るという選択は日本にはない。

日本が台湾有事への軍事介入を決めるとしたら、この米国要因による部分が最も大きいと思う。第二次世界大戦後、日本人には骨の髄まで〈米国依存〉が染み込んでいる。ある米国人研究者から直接聞いた話では、彼らが日本人の政治家、外務・防衛官僚、自衛隊OBに「台湾有事で日本は米軍を支援するか?」と質問したときの答は、例外なく「日本にはそれ以外の選択肢がない」だったと言う。
だが、心を強く持って冷静に考えるべきだ。「日本の安全が重要なので日米同盟を維持する必要がある」と思って台湾防衛に乗り出した結果、前節で見たような甚大な損害を甘受することが本当に日本の国益に叶うのか? 答がイエスなのは、よほどの場合であろう。台湾有事の起こり方や中国の動向によっては、日米同盟が壊れてもいいから台湾防衛への関与(=対米支援)は断固断るべきである。

 

おわりに

何らかの理由で台湾有事が起き、米国が軍事介入を決めた時、台湾有事は日本有事になるのか?「それを決めるのは日本の選択である」というのが本稿の答だ。

日本が今後も対米依存症から抜け出そうとせず、「今日のウクライナは明日の東アジア」というナラティブに流され続けるのであれば、日本は自ら台湾有事を日本有事に〈する〉だろう。
逆に、日本が台湾有事に軍事介入するコストを冷静に認識し、日米同盟や台湾防衛ではなく日本を第一に考えるのであれば、台湾有事が日本有事になる可能性は劇的に下がる

今日の日本の状況は厄介だ。高市を含めた右翼的な人たちは反中・親台感情に溺れている。政治家や外務・防衛官僚の多くは相も変わらず日米同盟至上主義。そして一般国民の多くは中国脅威論に取りつかれている。正直なところ、このままでは日本は前者の道をたどるのではないかという不安が日々募る。[24] でもだからこそ、国民の良識を信じて「台湾有事は日本有事」の意味するところを発信し続けることが大切なのだと思う。幸か不幸か、最近の日本人は自国中心主義に傾きつつある。「台湾有事は日本有事」の本質について理解が十分に深まれば、台湾有事という最悪の事態で選択を迫られた時、日本人は〈台湾を見捨て、日米同盟を捨て去る〉という究極の自国中心的な選択肢をタブー視しないはずだ。

 

【追記】

蛇足として、本稿を書きながら思いついた提案を紹介する。日本は、岸・ハーター交換公文の見直しや国家安全保障戦略への記述を通じ、有事の在日米軍基地の利用に関して〈日本が米国に対し拒否権を持つ〉ことを明確化してはどうか?[25] それによって台湾有事を日本有事にしないための手段が強化されるだけではない。台湾有事を起こさないための外交的役割を日本が果たすうえでも大きなプラスとなる。
悔しいかな、日本には米軍基地がある。すぐになくせないのなら、せめて米軍基地を利用して日本の外交的発言権の強化を狙うくらい、やってもいいではないか。

 

 

[1] 高市の答弁については、Youtubeや以下を参照のこと。11/7 予算委員会質疑(総理の外交基本姿勢、存立危機事態、在日米軍基地からの直接出撃、川崎重工事件) | 衆議院議員 岡田かつや

[2] 2021年12月、安倍晋三元総理による「台湾有事は日本有事」発言を中国政府が批判したことに憤った高市は「日本の閣僚を含む政治家が台湾有事、つまり中台有事を想定した発言をすることは、中国の内政に対する干渉か」と国会で質問している。高市は、閣僚が台湾有事を想定した発言を慎むことについても不満を抱いていたに違いない。予算委員会質疑報告④:台湾有事への考え方 | 9期目の永田町から 令和3年11月~ | コラム | 高市早苗(たかいちさなえ)

[3] 台湾有事で集団的自衛権による武力行使「必要ない」48% 内閣支持率は67.5%に上昇

[4] 【速報】台湾有事での集団的自衛権行使に賛成48%|47NEWS(よんななニュース)

[5] 断っておくが、私自身は実際に台湾有事が起こる可能性は低いと思っている。だが、それを言ったら議論が始まらないため、本稿では台湾有事が起こるという前提で検討した。 » 台湾で考えた台湾有事   Alternative Viewpoint 第73号|一般財団法人 東アジア共同体研究所

[6] Lights Out? Wargaming a Chinese Blockade of Taiwan 日本語では小西誠氏が下記で概要を紹介されている。中国による台湾封鎖のシミュレーション――中国の台湾封鎖をウォーゲームで分析(JULY 2025・戦略国際問題研究所・CSIS)|小西 誠

[7] 台湾と日本は地理的にあまりに近いため、ミサイルの時代となった今日、台湾有事が起きて他国(米国)に対する攻撃を自国(日本)に対する攻撃とみなせるようケース(存立危機事態)では、ほとんど同時に中国から日本へミサイルが飛んできて、武力攻撃事態になる。

[8] 台湾と南西諸島は隣り合っているので、中台間で軍事衝突が起これば、中台の空軍機が日本の領域内で交戦するなど、それが日本に飛び火して被害が出る可能性も皆無ではない。しかし、事態がエスカレートして武力攻撃事態が認定されたとしても、米国が軍事不介入の姿勢を保つ限り、自衛隊と中国軍が本格的に交戦することはない。中国に日本を巻き込むメリットは皆無だし、日本もわざわざ火中の栗を拾って台湾側に立つことはしない。

[9] 米国には台湾関係法があるが、それが米国の台湾防衛義務を定めているという解説は誤りである。台湾防衛法で定めているのは、「台湾人民の安全または社会、経済の制度に危害を与えるいかなる武力行使または他の強制的な方式にも対抗しうる合衆国の能力を維持する」ことや、「十分な自衛能力の維持を可能ならしめるに必要な数量の防御的な器材および役務を台湾に供与する」ことにとどまる。台湾関係法 – データベース「世界と日本」

[10] 230109_Cancian_FirstBattle_NextWar.pdf
» 「反撃能力」は台湾防衛のために ~ウォー・ゲームから読み解く新防衛戦略①  Alternative Viewpoint 第48号|一般財団法人 東アジア共同体研究所

[11] Taiwan is not a vital US interest | Responsible Statecraft
Taiwan: An Important but Non-Vital U.S. Interest  – Quincy Institute for Responsible Statecraft
Is defending Taiwan a vital U.S. interest? Experts offer differing views | PBS News
上記のスウェィンの議論に絡めて高市総理の外交防衛戦略を論じたマイク・モチズキの論考は下記。 First female Japan PM takes hawkish position on China, Taiwan | Responsible Statecraft

[12] 台湾進攻に関するCSISのウォー・ゲームでは、日本が米軍に基地使用を認めなかったシナリオは、中国軍が米軍を圧倒して台湾を屈服させられた数少ないシナリオの1つであった。

[13] 米軍に自衛隊基地や自治体が管理する空港・港湾等を使わせ場合は、最低限でも「重要影響事態」を認定する必要がある。

[14] 中国側が機先を制する必要があると考えれば、米軍と中国軍の間でまだ戦端が開かれていなくても、それが避けられないと判断された時点で日本へのミサイル攻撃は始まるかもしれない。だとすれば、日本政府が米国に基地等の使用許可を与える段階で、武力攻撃事態や存立危機事態を認定せよ、という議論も出てくるだろう。(法的には、実際に攻撃を受ける前の段階であっても、攻撃が切迫していると判断されれば、有事認定はできる。)

[15] そのような場合には、米軍は劣勢を挽回するために中国本土の基地を叩くだろう。結局、苦境に陥った中国軍は在日米軍基地への攻撃に踏み切る可能性が高い。

[16] 正直なところ、一旦〈戦争〉が始まってしまえば、戦局の推移によっては米軍から強い要請を受け、政府が〈拡大解釈〉に踏み切る可能性もゼロではないと思う。

[17] 反撃能力の行使が台湾防衛のためと疑われるケースがあれば、法律上の問題が出てくるかもしれない。

[18] CNAS+Report-Dangerous+Straits-Defense-Jun+2022-FINAL-print.pdf

[19] 台湾有事なら推計コスト1440兆円、世界経済に重大リスク-13日総統選 – Bloomberg
Japan’s GDP would be contracted by 13.5% if China Invaded Taiwan, Bloomberg Economics Says : r/japan
Xi, Biden and the $10 trillion cost of war over Taiwan – The Japan Times
台湾総統選挙と台湾有事:有事の際の日本のGDP押し下げ効果は1.4%~6.0%と試算 | 木内登英のGlobal Economy & Policy Insight | 野村総合研究所(NRI)

[20] 前掲。

[21] 中国にとっては台湾を屈服させることが主目的であるため、日本方面に上陸用艦船と部隊を割くことは軍事戦略的に不合理である。したがって、中国が日本(南西諸島)に着上陸侵攻してくるシナリオはメインとなりにくい。

[22] International – U.S. Energy Information Administration (EIA)

[23] 中国は原油消費量の4分の3を輸入に頼り、中東依存度は4割を超える。中国の海上封鎖に対し、米国はペルシャ湾で中国原油の輸出を妨害する等の対抗措置を取れる。中国の海軍力では手も足も出ない。

[24] 冒頭で触れた高市答弁についても、問題視する国民は驚くほど少ない。
高市政権、支持率高止まり 「台湾有事」発言の影響見えず 毎日調査 | 毎日新聞
高市内閣支持率75%、高水準維持 存立事態答弁「適切」6割 産経・FNN合同世論調査 – 産経ニュース

[25] 岸・ハーター交換公文(untitled)には米軍基地からの出撃に関して日本政府との間で事前協議を行う規定がある。しかし、日本の同意が必要なのかを含め、その効力についての解釈は曖昧漠としている。

pagetop

■PCの推奨環境

【ブラウザ】
・Microsoft Edge最新版
・Firefox最新版
・Chorme最新版
・Safari 最新版

■SPの推奨環境

【ブラウザ】
・各OSで標準搭載されているブラウザ
【OS】
・iOS 7.0以降
・Android 4.0以降