東アジア共同体研究所

クインシー研究所による『米国の新・東アジア戦略』~ファースト・インプレッション Alternative Viewpoint 第17号

 今回のAVP で注目するのは、去る1月11日にクインシー研究所――正式名称はThe Quincy Institute for Responsible Statecraft(責任ある政治手腕をめざすクインシー研究所)――という米シンクタンクが発表した『包括的でバランスの取れた地域秩序に向けて:新しい米国の東アジア戦略』という報告書である。[i] 最初に断っておくが、バイデン新政権の外交防衛戦略がこの報告書の示すラインに沿ったものとなる可能性は低い。しかし、激動期に入った米外交を中長期的に展望するためには、押さえておかねばならない〈新思考〉だ。

 

クインシー研究所とは?

クインシー研究所(Qi)は「米国の外交政策を終わりなき戦争から引き離し、国際平和を追求する活力あふれた外交に変える」という理念を掲げ、2019年12月に設立された。名前の由来は、国務長官時代にモンロー宣言を起草し、「米国は破壊すべき怪物を求めて海外に出ない」と述べたジョン・クインジー・アダムズ――後に第6代米国大統領(1825~1829年)となった――にちなんでいる。

Qiはその立ち上げの際、保守派の実業家チャールズ・コークリベラル系の投資家ジョージ・ソロスが揃って大口の資金提供者となったことで注目を集めた。コークは世界の億万長者10~20傑の常連で、2018年の総資産は約7兆円にのぼった。保守派と言っても筋金入りのリバタリアン。ヴェトナム戦争以来、米国が過剰に海外へ軍事介入していることを厳しく批判してきた。リバタリアン系のシンクタンクとして有名なケイト―研究所の創設メンバーの一人でもあり、Qi以外のシンクタンクが行う不介入主義に関する研究プロジェクトにも多額の寄付を行っている。イラク戦争等に批判的なことで知られるソロスとは不介入主義の一点で目指す方向性が一致したというところだろう。

今回の報告書の著者は、カーネギー国際平和財団に20年近く在籍し、対中国安全保障政策の専門家として知られたマイケル・スウェイン、韓国系アメリカ人協会役員や下院外交員会スタッフ等を務めたジェシカ・リー、海洋安全保障等に詳しいレイチェル・オデルの3人の名前がクレジットされている。カーネギー時代のスウェインはバランスの取れた対中軍事戦略の専門家だったが、リバタリアンには見えなかった。

 前置きはこの辺までにして、Qiの東アジア報告書の中身を早速見ていこう。

 

基本思想=パワー・バランスの変化を受け入れ、軍事抑制・関与重視への戦略転換を図る

 Qiの報告書は、東アジア戦略を組み立てる現状認識として、以下の3つの〈重要かつ転換不可能な潮流〉を指摘する。

①    経済力及び軍事力のバランスが変化していること。典型的には中国の台頭

②    地域の緊張が増加していること。朝鮮半島、台湾、南シナ海、中印国境、尖閣周辺など。

③    脱国家的な挑戦が厳しさを増していること。具体的には、地球温暖化や新型コロナ感染症に象徴されるパンデミックサイバー攻撃、サプライチェーンなど。

 一見すると、こうした認識、特に中国の台頭というパワー・バランスの変化を重視するところは他のシンクタンクと大きく変わるところはない。だが、他の米国の戦略が「台頭する中国に対抗するため、中国を抑え込まなければならないし、抑え込むことは可能である」という前提に立っているのに対し、Qiは「米国がすべての分野で中国に勝つことは非現実的である」と考えているのが決定的に違う。さらに、スウェインたちは中国の(必ずしも攻撃的ではない)対外行動パターン、中国軍や中国経済の抱える問題点、政治システムの内実等にも目が向け、中国が米国を一方的に脅かし続けることはないと主張する。

従来の米外交(ブッシュ・オバマ・トランプ政権)に対しても中国の台頭という現実を受け入れず、東アジアで米国が圧倒的に優越した地位にある(あった)という現状を維持(回復)しようと試みたが失敗した、とQiは手厳しい。

 例えば、オバマ政権はアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を拒否する一方で、TPPを「中国への対抗戦略」と位置付けて交渉を進めた。トランプ政権に至っては中国に露骨な関税戦争を仕掛けた結果、米国の雇用やGDPを減少させた。
 「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」や「日米豪印(QUAD)」は対中政策の調整に具体的な効果をあげていない(中国以外の)東アジア諸国に「ワシントンと北京のどちらを選ぶのか」と迫り、関係をギクシャクさせている。
 軍事面では、東アジアにおける米軍の〈支配的優越〉を一層強めるため、中国沿岸部にまで及ぶ圧倒的支配を再構築しようと試みてきた。しかし、米国が支配的優越を取り戻せる見込みははっきりしないまま、中国と衝突した際にエスカレーションを招く可能性のみが拡大した。
 米国政府が〈ゼロ・サム〉的な発想に立って中国に厳しく当たれば、中国側は「安全保障のジレンマ」に駆られて対抗措置を強める。その結果、気候変動やパンデミックといった国境を越えた問題に対してすら、米中が協力することはできなくなったと批判する。

 では、Qiの報告書は〈米軍を西太平洋地域から完全に引き上げる〉ことや〈中国が東アジアに排他的な勢力圏を作るのを認める〉ことを提言しているのか? それはまったく違う。Qiの東アジア戦略は、少なくとも当面の間は米国が既存の同盟を維持することを前提としている。米軍の大幅な撤退は長期的には可能だし、望ましいと述べてはいるものの、今それをやれば軍拡競争と核拡散を招き、朝鮮半島や中台などで軍事衝突も起こり得ると釘を刺す。また、中国の軍事拡張と強制外交によって近隣諸国が圧迫されることは米国の国益に反する、とも明言している。

 Qiの主張の〈肝〉は、すべての分野で米国が中国に対して圧倒的優越を回復するという間違った夢にしがみつくのをやめること。そのうえで、軍事的には抑制を基調とし、強力な外交的関与を中心に新しい東アジア戦略を組み立てるべきだと強調する。

 Qiの報告書は、3分野にわたって10の中核的要素からなる新戦略を提示している。その中から特に注目すべき項目をピックアップし、私のコメント付きで以下に紹介する。人権問題と米国が国内で行うべき改革に関する提言は省略した。分量が多いため、関心項目だけを飛ばし読みしていただいても構わない。

 

【総論】 包括的な地域外交と協調的安全保障への転換を図る

 

○      中国と他のアジア諸国が直接的に――米国を介することなく――良好な関係を築くことを米国は奨励すべき。

○      気候変動、パンデミック、金融安定化、海洋安全保障、大量破壊兵器の拡散といった相互に協力できるテーマで(中国を含めた)包括的な多国間主義を促進すべき。

○      米国は東アジアサミットなど、ASEANを中心とする既存の地域機構に対して関与を強めるべき。

○      東アジアでめざす安全保障関係は、〈対中軍事抑止〉のための同盟のみとせず、〈中国等を含む協調的安全保障〉を並立させるべき。後者を通じ、武力不行使のコミットメント、軍縮・軍備管理、大量兵器不拡散等を追求する。

○      (気候変動やパンデミックなど)脱国家的安全保障課題や開発問題をテーマとして、東アジアにおける一連の国際会議を米中が共同で主宰すべき。

○      国務省の予算を増額するとともに、アジア外交で主導的役割を果たす政府機関の座を軍から国務省に戻すべき。大使等の任命についても、大統領選における大口政治献金者などではなく、当該国についての識見を持った人物を充てる。

 

 ここは総論と言える部分。アジア戦略の基本姿勢を〈中国を排除し、孤立させるアプローチ〉から〈プラス・サムのテーマで中国の参加を促すアプローチ〉へと劇的に転換する旨を表明している。中国に対しては〈軍事的な封じ込め〉ではなく〈外交的な関与〉を前面に出す一方で、同盟国を含め、アジア諸国に対しては「米国は過度に介入しないから自分で頑張りなさいよ」と促す。後で見るように中国に対して軍事的アプローチを捨て去る考えとは全然違うが、これまで所謂「日米安保村」で外交防衛に携わってきた人たちが聞けば、のけぞるような話である。

近年の日本外交は、「中国との決定的対立は極力避けたい」としながらも、その中心にあるのは「米国の威を借りて中国に対抗する」という思想だ。今回、日本の「米国頼み」外交を突き放す動きが米国内ではっきり出てきたことは注目に値する。なお、日本を含むアジア諸国が米国に対する〈お任せ外交〉からいつまでも脱却できないようだと「アジアの将来は米中二国が共同で差配させてもらう」という無言の圧力を私はQiの報告書の行間から感じ取った。印象論に過ぎないが、付け加えておく。

 

【経済】 東アジアでの経済的関与を深め、グローバルな技術標準を促進する

 

○      米国は包括的・先進的環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)に参加すべきであり、地域的包括経済連携(RCEP)への参加についても検討すべき。参加の見返りで増える国富は国内のインフラ、教育、クリーンエネルギーに投資する。

○      中国が米企業に不利となる行為を慎むという確約を得るのと引き換えに、トランプ時代に引き上げて大失敗した関税は解除する協定をめざすべき。制裁や関税は最後の手段として限定的に使うこととし、WTOの紛争管理メカニズムを強化して一義的にはそれを使った解決をめざす。

○      データ・プライバシーや安全保障上の懸念に対応するため、米議会は米国・中国企業を含めたすべての企業に適用される高い技術標準(standards)を定めるべき。5Gインフラ等の安全保障上敏感な分野では中国企業の国内投資を制限し、中国のサプライチェーンに対する依存を減らすべき。

○      サイバー・セキュリティに関する中国の受け入れがたい行為に対しては、当面は有志連合的な枠組みで対抗しながら、最終的には地域的・国際的制度作りによって対処すべき。なお、規制の対象には、国家の行動のみならず、プラットフォーマーを含める

○      COVID-19や将来のパンデミックの発生に備え、中国への米専門家の派遣、米中間での情報交換促進、途上国援助のための米中協力などを行うべき。

○      米中が協力し、パリ合意を超えて炭素排出量を減らすための合意を主導すべき。

 

 経済政策の大きな枠組みとしては、トランプが脱退を表明したTPPの後身であるCPTPPへの参加を明言している。バイデン・チームも本音では「参加すべし」と考えているようだが、彼らは〈対中封じ込め〉という戦略面を強調する傾向が強い。いずれにしても、CPTPPへの参加は米国内にある根強い反対論を乗り越えられるかが最大の課題。Qiは自由貿易協定への参加がもたらす(間接的な)税収増加分を米国内へ再投資することで国内の反対派を説得するのだと言う。果たして理解を得られるかどうか…。

 最大の焦点課題である米中の経済摩擦に関してはどうか? Qiの見解には曖昧な部分も少なくないが、一言で言えば、ハイテク分野以外ではデカップリングをめざさない、ということである。少なくとも一般的な物品貿易についてトランプのように関税引き上げという手段には出ない。一方で、安全保障やデータ・プライバシーにかかわるハイテク分野では、中国企業への規制を強化し、中国由来のサプライチェーンから脱却すべきと主張する。WTOや地域機関で厳しい技術標準を制定し、長期的には中国製品も共存できる仕組みを考えているようだが、その道のりは相当に遠い。結果的にハイテク分野では対中デカップリングが進む、ということが避けられまい。中国との協調を最も熱心に説くQiにして「ハイテク分野ではデカップリングやむなし」と考えている――。このことはしっかり留意しておいた方がよい。

 

【軍事・米軍配備】 戦略概念を「支配」から「拒否」に変え、米軍配置を見直す

 

○      長期的には「同盟」から「集団安全保障メカニズム」への転換をめざすべき。ただし、当面は同盟の再構築を進める。

○      米国はこれまで、西太平洋における米軍の圧倒的優越を達成し、それを通じて地域を支配することを目標としてきた。今後は同盟国と協力しながら、侵略してくる中国軍に対する「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」の実現を戦略目標とすべき。

○      戦略概念の転換に伴い、東アジア地域における米軍の兵力構成も10~20年かけて抜本的に見直すべき。分散配備された米軍の役割は、同盟国の防衛を補助することになる。

・東アジアに駐留する陸上兵力を大幅に減らす。

空母及び航空機の前方展開を減らす。

潜水艦、小型艦船、中長距離ミサイル(非核)を増強する。

海空の米軍基地は、現在よりも広範な地域に分散する。

○      同盟国は、米軍の兵力構成見直しと並行して自らの防衛能力を強化すべき。その際、各国は自国の防衛力強化が地域の不安定化や軍拡競争を招かないように配慮する。

〈韓国〉

# 米韓同盟の目的は対北朝鮮抑止であり、それを対中封じ込めへ拡大すべきではない

# 防衛能力の強化については、韓国は既によくやっている。

# 北朝鮮情勢に応じ、在韓米軍(陸軍)を削減すべき。

〈日本〉

# 日本は豪州と共に、対中「拒否」戦略を遂行するためのパートナーとして(韓国等よりも)ふさわしい。

日本は現状GDP1%未満にとどまっている防衛予算を増額すべき。

# 「分散、抗堪性強化、沿岸及び防空能力の向上」に努め、(敵基地攻撃能力よりも)もっと防衛的で短距離の攻撃力を増強すべき。米国は潜水艦及び空中発射の中長距離ミサイルを提供――在日米軍への配備という意味であろう――したうえで、有事の際には(分散展開された遠方の基地や米本土から)米海空軍を来援させて自衛隊を補完する。

〈豪州〉

# 米軍による豪州の港湾や基地へのアクセスを向上させることを優先するとともに、日本に駐留する海空兵力の一部を豪州に移転すべき。

〈フィリピン、シンガポール、タイ、インドネシア〉

# 有事における航空機及び艦船の駐留、給油、荷揚げ等のアクセス協定を結ぶべき。

# フィリピンに対し、基地や港湾の安定的な利用や米軍基地の新設等を期待することは現実的ではないし、望ましくもない中比関係の安定化は地域の平和と安定につながるため、米国はそれを歓迎すべき。

 

少し虚を突かれた。接近阻止・領域拒否(A2/AD)と言えば、急速に近代化を進めてきたとは言え、全体的には米軍に劣位していることを自覚していた中国軍が米軍に対抗するため、21世紀に入ってから「開発」した中国製の戦略概念である。米中の力関係が接近してきたことを受け、Qiは米国も中国の戦略概念を模倣すべきだと提言した。中国の精密誘導ミサイル能力等が向上したため、米軍が中国の近傍にまで出張っていくことはリスクもコストも高まっている。米軍も〈中国本土まで叩き潰せる軍事力を持つ戦略〉を諦め、〈中国が出張ってきた時に耐えがたい損害を与える戦略〉に転換した方が賢明、というわけだ。

昨年8月22日付AVP 第7号で述べたように、現在米軍が検討中の対中軍事戦略の基本は〈中国軍のミサイルの射程の中に拡散配備された米軍が迅速に動き回り、接近してくる中国軍を精密誘導中長距離ミサイル等で叩く〉というスタンド・イン構想である。[ii] 考えてみれば、そこにも既にA2/ADの要素はあった。だがQiの戦略は米軍の配置面においてスタンド・アウトの考え方をより強く反映している。

東アジアにおける米軍のプレゼンスは減らしていく方向だ。それに伴い、同盟国やアジア各国に対する米国の影響力は当然に下がるが、Qiはその点は割り切っているように見える。ここもメインストリームの考え方とは大きく異なる。 

在日米軍基地も減るだろうという〈期待〉も自ら高まる。だが、喜んでばかりもいられそうにはない

在韓米軍は大幅削減する方針が明記されている。普通に考えれば沖縄海兵隊も削減対象となるはずだが、こちらは辺野古のことを含め、何の記述もない。まあ、辺野古の基地建設は当の日本政府が絶対にやると言っており、費用もいくらかかろうが全部日本持ちだ。米国の立場に立てば、急いで持ち出す問題ではないと考えても仕方がない。

空母と航空機は(遠方に)退かせるとはっきり書いているから、横須賀、佐世保、嘉手納などの位置づけは大きく変わりそうだ。その一方で、米軍は潜水艦及び航空機から発射する中距離ミサイルを在日米軍基地に配備する――もちろん、日本の了承が必要になる――とともに、潜水艦や小型艦船は増強する方針。この部分は上記AVP 第7号で見た米軍戦略と重なる。ただし、地上発射中距離ミサイルについては、中国を刺激しすぎるためか、触れられていない。中国と効果的に戦ううえで、減らすべきは減らすが、増やすべきは増やす、ということにほかならない。

同盟国に自助努力を求める矛先は、日本に対して最も強く向けられている。韓国は国防費の対GDP比が2%台後半であり、2023年まで年率7.5%で国防予算を増額することにしている。日本の防衛予算の対GDP比は1%未満、NATO基準でも1.3%程度。トランプ政権下でもエスパー国防長官が2%への引き上げを要求していたが、バイデン政権も「同盟国としての協力」を盾にして要求を強める可能性が高い。いずれにせよ、自助努力を言わずに沖縄の負担軽減だけを理由に在日米軍の縮小を求めても、米国で聞く耳を持つ者はますます減っていく情勢にあると言わざるを得ない。

防衛予算の件はともかく、Qiの報告書には「韓国にやさしく、日本にきびしい」印象が強い。日韓双方とも米中の間で板挟みになる中、米韓同盟は対北朝鮮オンリーで、日米同盟は対中国に最大限活用するという位置づけだ。日本が「(敵基地攻撃能力など)長距離攻撃能力と攻撃的な揚陸システムの強化に予算を注ぎ込んでいることも、中国や韓国との間で軍拡競争を起こしかねないとして批判する。一方で、中国や韓国が日本を射程に収めるミサイルを配備していることについては何一つ言及していない。「中距離ミサイルは在日米軍で面倒見てやるから、日本は長柄の刃物は持たなくてもよい」と〈上から目線〉で言われると、敵基地攻撃能力の是非は別にして、ムカッと来てしまった(苦笑)。日本に対して〈自助努力は求めても指図はやめない〉というメンタリティがあるのだとすれば、問題である。

 

【台湾問題】 台湾海峡の緊張を鎮静化する

 

○      短期的には、米国は台湾海峡での軍事活動を減らし台湾との合同軍事演習等は今後も控えるべき。

○      米中国交正常化以来の「一つの中国」政策を変更するのではなく、再確認すべき。

○      台湾がこれ以上独立色を強めないよう、注意を与えるべき。台湾が中国の攻撃に長期間耐えられるようにする「ヤマアラシ戦略」を引き続き支援する。

○      米国は中国との間で台湾海峡における相互軍事抑制と信頼醸成のための合意をめざして交渉すべき。

 

台湾問題に対するQiの提案は、中台の軍事バランスが中国有利に傾くことは長期的に避けられないという見通しの中、米国が台湾海峡で軍事的な活動を増やしたり、台湾の独立志向を支持したりしても、中国の態度を硬化させるだけ、という一種の諦観に基づいている。確かに、台湾問題は共産党支配の正統性と直結しているため、米国が中国に圧力をかけても共産党指導部が膝を屈することは決してない。逆に中国は台湾に対する政治的・軍事的圧迫を強め、中台間及び米中間に戦争――最悪の場合は核戦争――が起きる可能性もあるとQiは懸念する。台湾自身が(米国に頼るばかりでなく)中国に対するA2/AD能力を高めるためにもっと自助努力すべきだ、という突き放した見方も行間に滲む。

Qiの見方について、私は冷静な判断だと思う。しかし、党派を超えて反中感情の強まる米世論、専門家、議会とQiの温度差はかなり大きい。昨年9月、外交評議会(CFR)のリチャード・ハース会長までもが〈台湾への武力行使があれば米国は中国と戦うことを大統領が公式に明言し、米軍は台湾防衛のための戦力を強化――日韓と台湾有事の際の対応を調整することを含む――すべき〉と主張したのには、私もちょっと驚いた。[iii] Qiの主張が米国内ですんなり通ることは望み薄かもしれない。

 

【南シナ海・東シナ海】 海洋における軍事的緊張を減らし、紛争事案で妥協を奨励する

 

○      中国及び関係国と米国の間で共有されている利害関係を重視し、海賊、海上交通路の混雑、自然災害等に対処してシーレーンの安全性を高め、海洋環境を保護する戦略に転換すべき。〈航海の自由〉に関する中国の脅威を誇張することはやめる

○      西太平洋地域で海洋及び空中における軍事衝突のリスクを減らすため、中国や関係国との間で交渉を行うべき。第一段階では、米中の海上警察・海軍・空軍が遭遇した場合の安全確保協定をめざす。第二段階では、東シナ海と南シナ海における米軍と中国軍の警戒監視活動について取り決める。米国は、中国側が主要海峡及びシーレーンにおける米軍の哨戒活動に干渉しないことを条件として、中国沿岸部や中国海軍基地付近で行う監視活動を減らすことを約束する。

○      東シナ海及び南シナ海における小さな島嶼、環礁、海洋資源をめぐる争いについて、米国は中立という伝統的立場に戻るべき。領有権を主張する国々の間で交渉が行われ、合意可能かつ現実的な妥協が成立することを米国は支持する。

 

Qiの報告書は、南シナ海を今から非軍事化したり、米軍の海にしようとしたりすることは現実的でないという判断に立ち、衝突回避に専念すべきと主張する。最終的には、米軍と中国軍が南シナ海で一種の〈棲み分け〉できる状況をめざしているように見える。

南シナ海(=パラセル諸島及びスプラトリー諸島等)や東シナ海(=尖閣諸島)の領土問題については、米国が介入して同盟国や友好国の肩を持ったところで、中国国内のナショナリズムを掻き立てるだけで逆効果になると考えている。Qiの本音は、どの国の主張が通ろうと領土紛争が解決しさえすれば、(米中間の軍事衝突が避けられるので)それでよい、というドライなものであろう。

AVP第14号(2020年11月3日付)で述べたように、私自身は尖閣諸島について日本政府も領土問題の存在を認め、中国との間で日中共同管理に向けた交渉を行うべきだと考えている。[iv] しかし、日本政府の立場は、尖閣諸島について「領土問題は存在しない」というもの。Qiが東シナ海の島嶼をめぐって関係国(日中)間で交渉が行われることを支持すると言うのは、日本政府の立場との間で齟齬をきたす。なお、尖閣諸島への日米安保条約第5条の適用について、Qiの報告書は何も言及していない。

 

【軍縮・軍備管理】 核政策と対中軍備管理で主導権を発揮する

 

○      現在米国政府が進めている低出力戦術核兵器等の配備に向けた準備は、中国から核戦争を遂行するための動きと受け止められるため、取りやめるべき。

○      中国に軍拡競争を控えさせるための交換条件を検討しながら、米国は中国との間で広範な軍備管理交渉に入るべき。その分野には、通常兵器・核兵器の運搬手段とC4I(指揮・統制・通信・コンピュータ及び情報)システム、攻撃型弾道・巡航ミサイル、弾道ミサイル防衛、極超音速滑空体、先制核不使用と拡大抑止の関係等を含める。

○      中国側に交渉参加のインセンティブを与えるため、「中国が既に信頼のおける核抑止力を有しており、米中は双方が脆弱である」ことを公式に認め、米国とその同盟国が核攻撃されない限り、核兵器を使わない政策に道を開くべき。

 

 中国との間で軍縮・軍備管理を大胆に追求すべし、という主張はQiの報告書が持つ極めて大きな特徴の一つである。もちろん、中国はなかなか乗ってこないだろう。しかも、Qiの提案は最新のテクノロジー動向を踏まえて広範な分野をカバーする、極めて野心的なものだ。実現までのハードルは極めて高い。しかし、「相手が軍拡するなら、こちらも軍拡して競争だ」という近年の風潮に一石を投じるものとして、私は高く評価したい。今後、米中間で中距離ミサイル配備競争が進み、日本列島がその最前線になる可能性があることを思えば、この種の構想に肩入れすることこそ、日本の国益だと思う。

米中間に相互核抑止が成立しているか否かは議論のあるところ。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、2020年1月時点で米国の保有する核弾頭数5,800に対して中国は320[v] 米ソ冷戦期のようなパリティは成立していないため、Qiも「相互確証破壊(MAD)」という言葉は使っていない。しかし、国家が消滅するまで核攻撃を繰り返さなくても、米国にとって耐えがたい人的・物理的・経済的損害を与えるには十分すぎる核戦力――弾頭数のみならず、運搬手段(ICBMやSLBM)や核兵器管理システムなど――を中国は既に保有している。そこに着目すれば、米国は先制核不使用を宣言できるとQiは説く。それに伴って、米軍が南シナ海で実施している〈中国軍のSLBM発射態勢の監視〉活動を大幅に縮小すれば、南シナ海における緊張を緩和できる、とも述べる。

 

【北朝鮮】 朝鮮半島の平和と段階的非核化を追求する

 

○      北朝鮮のレジーム・チェンジを狙うのではなく、米国と北朝鮮の行動を相互に同期させながら、段階を踏んで漸進的に朝鮮半島の平和体制と非核化を達成する政策に転換すべき。米国は北朝鮮に安全保障上の保証を与える。また、米朝の合意事項については議会の同意を得る必要がある。

○      北朝鮮が完全な非核化に応じることはおそらくない。したがって、短期的な目標は、朝鮮戦争の終結を宣言して(米国、中国、北朝鮮による)平和条約の締結を目指すこと、北の核戦力の規模を制限すること、北の核配備戦略を尖鋭化させないこと、北に核兵器を拡散させないこととすべき。

○      長期的には、米国は「核を持たず、外国軍隊が駐留せず、外部勢力との間に同盟ほど強い関係を持たない」形での朝鮮半島の統一を支持すべき。米国・日本・中国は統一コリアに対し、経済、政治、安全保障上緊密な関係を享受できるという保証を与える。日本は核兵器や統一コリアが脅威に感じる通常兵器(大量の精密誘導ミサイルなど)を保有しないと確約すべき。

 

Qiは、北の非核化ではなく〈核の制限〉を獲得目標とし、朝鮮戦争の終結宣言と平和条約の締結、(報告書には明記されていないが)制裁の解除や経済協力などを〈餌〉にすることを提案している。トランプ政権は(途中からこの言葉を使わなくなったが)「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID)」を標榜していた。米議会にも北朝鮮には非常に強硬な空気が満ちている。それに比べると、Qiの方針は、甘いと言えば甘い。しかし、トランプのように北朝鮮に厳しい要求を突きつけても、北は核・ミサイル能力を着々と強化してきた。そのことを思えば、Qiの提案は、現実的と言えば現実的である。バイデン政権も短期的には、CVIDを無理に追求するよりも、北の核・ミサイル能力の〈制限〉に力点を置く可能性がある。いずれにせよ、Qiの報告書からは、北朝鮮との間で〈より柔軟な交渉〉を行うべきだというニュアンスが醸し出されている。

 長期的な目標として謳う統一コリアの項については、スウェインがどこまで本気なのか定かではない。私の感想では、報告書のこの部分は「韓国の要望を盛り込んだ感」が強い。韓国が一番の当事者であることは否定しないが、統一後の米中関係を含め、戦略的な分析の弱さを感じる。日本にのみ安全保障上の注文をつけていることも、〈韓国寄り〉の誹りを免れまい。北朝鮮が日本を射程に収めるミサイルを大量に保有していることは言うまでもない。韓国も弾道ミサイル(最大射程800㎞)やクルーズミサイル(最大射程1,500㎞?)を保有・開発中だ。統一後は米韓同盟の縛りがなくなるか大幅に減るという想定と併せて考えれば、日本にとって統一コリアのミサイルは十分に脅威となり得る。注文をつけるのなら両方につけないと、報告書の信頼性・客観性が損なわれてしまおう

 

結語

クインシー研究所が日本で紹介される時、よく使われるのが「非介入主義」という言葉だ。また、Qiが理念として〈軍事的抑制〉を掲げていることもリベラルな人たちから好意的に受け止められがちだ。しかし、その意味するところは〈海外での過剰な軍事介入を控える〉こと。Qiにとって、国家の行為として武力行使(戦争)の正当性を認めることは当然である。米外交の目標を米国の国益追及に置くことにも疑いを挟まない。非介入や軍事的抑制にしても、その方が米国の国益になると考える限りにおいてあてはまる、と考えるべきだ。こうした根本的なところで日本のリベラル的な考え方とは一線を画すことを理解しておかないと、大きな思い違いをすることになりかねない。

聞くところによると、今回とりあげたQiの報告書はまだ最終的なものではなく、今後も見直しの余地があるらしい。Qiに限った話ではないが、米国の戦略思考に日本の声――日本政府の意見とは限らない――をインプットする努力は不可欠であろう。
 ちなみに、ワシントンをはじめ、米国の外交防衛サークルで活動する日本人は中国人や韓国人に比べても圧倒的に少ない。私がワシントンにいた20年前よりも日本(人)のプレゼンスはさらに低下しているのではないかと思う。こうした〈やればできるはずの外交インフラ強化〉を何十年もさぼり続けてきたのが日本外交である。

だが、本筋はもっと別のところにある。米国の政府やシンクタンクの考える東アジア戦略はどこまで行っても米国のための戦略であり、日本の戦略ではない。今回、Qiの報告書を読むことによって、我々の理解する〈米国の戦略思考の幅〉は少し広がった。次に我々がやるべきは、米国の戦略思考の幅を踏まえたうえで日本自身の東アジア戦略を構築することでなければならない。


[i] A-New-Strategy-in-East-Asia.pdf (quincyinst.org)

[ii] » 米中対立時代の安全保障論議~その2.米軍の新戦略がもたらす激震|一般財団法人 東アジア共同体研究所 (eaci.or.jp)

[iii] Taiwan Needs Unambiguous American Support (foreignaffairs.com)

[iv] https://www.eaci.or.jp/archives/avp/191

[v] Nuclear weapon modernization continues but the outlook for arms control is bleak: New SIPRI Yearbook out now | SIPRI

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