東アジア共同体研究所

21世紀のINF条約をめざせ ~ その2.米中ミサイル軍縮の前途多難 Alternative Viewpoint 第19号

2021年3月20日

 

前号のAVP では、米中間あるいはロシアも加えた東アジア全体で近い将来、ミサイル軍拡競争が起きる可能性が高いと指摘した。それは米国がINF条約を2019年に破棄し、地上発射式の長射程ミサイルを第一列島線に沿って配備しようとすることが「引き金」となって加速するものだ。ただし、中国がこれまで地上発射式を中心に長射程ミサイルを増強してきたという事実も無視できない。中国に言わせれば、台湾有事で米国が軍事介入した時に備えた自衛措置の一環と言うことなのであろう。しかし、中国の論理だけを認めて米国の論理は認めない、というのでは道理が通らない。

今後、東アジアのミサイル軍拡問題を論じる時に必ず出てくると思われるのが、「冷戦期の米ソINF条約に倣って、東アジアに米中のミサイル軍縮・軍備管理体制をつくりあげるべき」という議論である。今回のAVP シリーズでもそのことを主張し、タイトルにまでしている。しかし、今日の東アジアで米中、あるいはロシアや関係国を加えたミサイルの軍縮・軍備管理体制を実現することは、「針の穴に糸を通す」と言うよりも「大海を手で塞ぐ」がごとき難事である。そうなってほしい、と思うだけではもちろん、多少の努力をしたくらいでは絶対に実現しない

こんなことを言うと、「お前は『21世紀のINF条約をめざせ』と言いながら、水を差してばかりじゃないか!?」とお叱りを受けるかもしれない。しかし、私は「第二のINF条約をめざせ」と言うだけで自己満足に浸り、それで終わりにしたくない。不都合な真実を含め、目の前の現実を直視したうえで、いかにすれば東アジアでミサイル軍縮・軍備管理体制を前進させられるのか、その術を必死で考えるべきだと思うのである。

本号は、INF条約の締結に至った1970~80年代と今日の情勢を比較することを通じて、我々が行くべき道の厳しさを思い知るために用意した。

 

米ソINF条約の輝き

我々が目標とすべき〈モデル〉ははっきりしている。1987年に米ソが締結したINF条約だ。

1970年代半ば以降、ソ連はウラル以東からも欧州全域を射程に収め、多弾頭化した地上発射・移動式の中距離核ミサイルSS-20の配備(旧型ミサイルからの更新)を進めた。1979年に12月、これに危機感を強めた米国とNATO同盟国はドイツ等へ地上発射・核搭載可能な巡航ミサイル及び中距離弾道ミサイル〈パーシングⅡ〉を配備し、それと同時にソ連に対してミサイル軍縮を呼びかけることを決めた。西側のこの対応は「二重決定」と呼ばれることになる。

我々は歴史の経緯を知っているため、西側によるこの硬軟両様の対応が功を奏して順調にミサイル軍縮が成ったと考えがちである。だが、1979年12月の時点で交渉の先行きはまったく予断を許さなかった。二重決定のわずか2週間後にソ連がアフガニスタンに侵攻、米ソ関係は極度に悪化した。1983年に米国がミサイル配備を開始した際も、ソ連側は交渉の席を立った。しかし、1985年にミハイル・ゴルバチョフが共産党書記長になると、ソ連側はSS-20の数と西側ミサイルの数を揃えることを提案し、交渉は動き始める。結局、1987年12月にロナルド・レーガン米大統領とゴルバチョフ書記長が射程5,500㎞までの地上発射式ミサイルを全廃するという中身のINF条約に署名した。それを受け、両国は1991年までに約2,700発(うちソ連が約1,700発)のミサイルを廃棄した。

あれから30年以上がたった。条約は2019年に失効してしまったが、INF条約の締結は〈軍縮・軍備管理のサクセス・ストーリー〉として今も語り継がれている。

 

1970~80年代の欧州と2020年代の東アジア

INF条約とのアナロジーで行けば、21世紀の今日、米国が東アジア・西太平洋地域に地上発射式の長射程ミサイルを配備し、同時に中国に対してミサイル軍縮・軍備管理交渉を呼びかければ、米中間でアジア版INF条約のようなものが締結できるのではないか、という〈期待〉が膨らまないでもない。しかし、現実はそんなに単純ではない。1970~80年代の米ソ/欧州と2020年代の米中/東アジアの情勢を比較すれば、先行きの厳しさが嫌と言うほどわかる。

 

≪衰退するソ連、台頭する中国≫

第一に、当時のソ連と今日の中国では、国力の勢いが違う。端的に言えば、「落ち目のソ連」と「盛りの中国」といったところか。

1970年のソ連経済(名目GDP)は米国経済の4割程度の規模だった。この時点でも十分に劣勢と言えたが、1990年になるとソ連経済の規模は米国経済の13%となり、地盤沈下がさらに進んだ。[i] 米ソ間に中距離核ミサイルの問題が浮上し、INF交渉が行われたのはまさにこの時期だった。ソ連が国力の停滞・低下に苦しむ中、レーガン政権はパーシングⅡの配備を進めたのみならず、海軍力・空軍力・核戦力の大増強に乗り出し、スターウォーズ(ミサイル防衛)計画を打ち上げた。ソ連がこれに対抗することは、国力上もはや困難になっていた。ゴルバチョフがINF条約の締結に応じた最大の原因は、こうした情勢を彼が深く自覚していたためであろう。

近年、成長率が低下してきたとはいえ、中国はまだまだ元気だ。2020年の中国の名目GDPは米国経済の約7割に達した。最新の予測では2028年にも米経済を超えると見られている。[ii] 中国経済には、米国の地上発射式長射程ミサイルに対抗して新型ミサイルを開発し、米国が増強する以上の数のミサイルを配備するだけの余力が十分にある。少なくとも、中国の指導部はゴルバチョフのように弱気になる必要はない。

 

≪軍事バランスとパリティの有無≫

第二に、往時の米ソ間の戦略バランスにはパリティ(対等)が成立していたが、今日の米中間の戦略バランスはパリティに至っていない。少なくとも中国側は「中距離ミサイル等の限られた分野でキャッチアップに成功したものの、戦力全体で見た場合には中国軍の方がまだまだ劣勢である〉と認識しているはずだ。このことによって、軍縮・軍備管理に応じるインセンティブに違いが生じることになる。

米ソ冷戦の時の戦力比較については、田岡俊次氏の説明がいつもながらクリアなので、下記にそのまま引用させてもらう。

 

冷戦が終了した1989年当時、ソ連軍の総兵力は約510万人、東欧の同盟国は約100万人の兵力を持っていた。これに対し、米国は総兵力216万人とNATOの同盟国の310万人余の兵力で対峙した。

冷戦当時、ソ連は大陸間弾道ミサイル1386基、中距離弾頭ミサイル608基、弾道ミサイル原潜63隻、爆撃機1195機の核戦力を持ち、米国は大陸間弾道ミサイル1000基、弾道ミサイル原潜36隻、爆撃機390機を保有していた。

米海軍は空母14隻、対艦船用の原潜95隻、水上戦闘艦(巡洋艦、駆逐艦等)225隻を持ち、ソ連海軍は空母4隻、潜水艦370隻、水上戦闘艦264隻を保有していた。[iii]

 

このように米ソの間では、核兵器レベルで「相互確証破壊(MAD)」が成立し、通常兵器レベルと併せた戦力全体もほぼ均衡状態にあった。この状態で双方が(INF条約で合意したように)地上発射式中距離ミサイルを廃棄しても、米ソの戦略バランスが崩れることは基本的になかった

また、米本土はソ連のSS-20の射程外だったのに対し、西ドイツに配備されたパーシングⅡは首都モスクワやソ連領内の軍事拠点を射程に入れていた。ソ連には米国に対抗して軍拡を続ける余力がなかったため、SS-20とパーシングⅡを同時に廃棄するというのはソ連にとって悪い話ではなかった。

今日の米中間では事情が大分異なる。米側が中国によるキャッチアップに不安を募らせているのは事実だ。特に、「中国が多数配備した地上発射式長射程ミサイルによって対中抑止に穴が開いた」という焦燥感は大きい。しかし、だからと言って現時点で米中が軍事的にパリティに達したわけではない

2019年の軍事支出を比較すると、米国の7,186億89百万ドルに対して中国は2,664億49百万ドル。2020年1月時点で米国は5,800個の核弾頭を保有するが、中国は320個にすぎない。[iv] つまり、最後まで戦えば、中国は米国に絶対勝てない。中国は2027年に「西太平洋での派遣国家(米国)による脅威に対抗できる能力を持つ軍」の実現を目標にしていると言われる。だが、その目標が達成されても戦略核レベルでパリティは実現しない。[v]

地上発射式長射程ミサイルは、中国軍がやっとの思いで対米優位を築き上げた数少ない分野である。そこで軍縮・軍備管理に応じれば、対米軍事バランスは中国不利の方向へ傾かざるをえない。しかも、地上発射式長射程ミサイルは中国にとって台湾防衛(または台湾侵攻)を担保する〈切り札〉でもある。よほどのことがない限り、中国指導部がその削減に応じることはあるまい。[vi]

 

≪核ミサイルと通常弾頭ミサイル≫

第三に、米ソINF条約の場合は軍縮・軍備管理の対象が基本的には核ミサイルだったのに対し、今日の東アジア・西太平洋で問題となるのは通常兵器弾頭ミサイルである。

米中の長射程ミサイルの多くは核弾頭も搭載できる。したがって、米中の軍事衝突がエスカレートすれば核兵器が装着され、核ミサイルとなる可能性がないわけではない。しかし、中国軍の接近阻止・領域拒否(A2/AD)戦略が想定しているのは通常兵器弾頭ミサイルだし、米軍が日本等へ配備しようとしている地上発射式長距離ミサイルも通常兵器弾頭となる予定だ。

核兵器の破壊力はまさに破滅的である。そのため、当事者双方が軍縮・軍備管理の重要性を認識しやすい。一方で、通常兵器弾頭ミサイルの破壊力は核兵器に比べれば限定的なものとなる。精密誘導攻撃の精度向上等によって通常兵器弾頭ミサイルの破壊力が向上していることも事実だが、「大量破壊」兵器とは一線が画される。その結果、「軍縮・軍備管理がどうしても必要」という切迫性は弱まってしまう。

 

≪軍備管理の経験値≫

第四に、今日の米中間には、軍縮・軍備管理交渉の前提となる最低限の信頼関係が欠如している。

冷戦を戦った米国とソ連は、1962年のキューバ危機で核戦争の瀬戸際まで行き、共に〈破滅の恐怖〉を経験した。その後、米ソ両国はINF条約を締結するまでの間に軍縮・軍備管理の分野で幾つもの〈ディール〉を行い、実績をあげた。例えば、1963年に署名された部分的核実験禁止条約(米ソ英)、1972年の弾道弾迎撃ミサイル制限(ABM)条約及び第一次戦略兵器制限交渉(SALTⅠ)、1974年の地下核実験制限条約、1979年の第二次戦略兵器制限交渉(SALTⅡ)などだ。

米ソと異なり、米中は朝鮮戦争(1950年6月~1953年7月)で戦っている。トルーマン大統領が韓国で原爆を使う可能性を示唆したこともあった。ただし、中国が核保有国となったのは1964年。朝鮮戦争で米中が「核の応酬」の瀬戸際を経験することはなかった。いずれにしても、米中間には、軍縮・軍備管理面で目立った実績が存在しない。今日の米中間には、ディールを成立させることを通じて政府間に信頼関係を少しずつ積み上げ、それを以って次のディールにつなげる、という米ソ冷戦後期に見られた好循環を見出すことはできない。

 

≪交渉参加者の数≫

最後に、今日東アジアで長射程ミサイルの軍縮・軍備管理交渉に加わるプレイヤーの数は、冷戦末期に核ミサイルを制限した時のプレイヤー数よりもずっと多くなりそうだ。

1970~80年代の欧州では、核ミサイルの軍縮・軍備管理を交渉する際のメイン・プレイヤーは米ソ2国でよかった。フランスやイギリスの核弾頭数は少なかったし、地上発射式核ミサイルの射程も短く、ソ連には届かなかったためだ。

これに対し、今日の東アジアには、米中のほかにロシアという核・ミサイル分野で中国以上の技術力とストックを持ったプレイヤーが存在する。ロシアを抜きに米中二国だけで長射程ミサイルの軍縮・軍備管理体制を構築することは(特に米国にとっては)意味がない。プレイヤーが2カ国から3カ国に増えるだけでも、交渉は格段に複雑になる。仮に中国とロシアが共同戦線を組んで米国と対立するようなことがあれば、交渉のさらなる難航は避けられない。

今日の東アジアで制限とすべき対象には、核弾頭ミサイルのみならず通常兵器弾頭ミサイルも含まれる。その意味では、北朝鮮に加えて日本韓国も潜在的にはミサイル軍縮・軍備管理条約のプレイヤーとなり得る。そうなれば、交渉は輪をかけて複雑なものになり、合意は遠のく。理想論を言えば、既に核ミサイルを保有している北朝鮮がミサイル軍縮・軍備管理体制に加わることは非常に望ましい。しかし、この国が参加すれば、交渉を引っ掻き回してくることは火を見るよりも明らかだ。北朝鮮は排除するしかあるまい。

 

 

本稿で私は、東アジアにおける軍縮・軍備管理に対してあまりにもたくさんの冷水をかけてしまったかもしれない。だが、ここで示した困難をわかったうえで取り組むのではなければ、「今日の東アジアでミサイル軍縮・軍備管理体制を構築する!」などと叫んでみても、あっと言う間に挫折してゲーム・オーバーとなるだろう。その程度の話なら、「最初から格好をつけるな」ということだ。

 

 

 

[i] 図表でみる世界経済(GDP編)~世界経済勢力図の現在・過去・未来 |ニッセイ基礎研究所 (nli-research.co.jp)

[ii] 中国GDP、米の7割に 20年14.7兆ドル: 日本経済新聞 (nikkei.com)

[iii] 米中の「新冷戦」が米ソ冷戦とは本質的に異なる理由 | 田岡俊次の戦略目からウロコ | ダイヤモンド・オンライン (diamond.jp)

[iv] Stockholm International Peace Research Institute, Data for all countries from 1988–2019 in constant (2018) USD.pdf (sipri.org) and Nuclear weapon modernization continues but the outlook for arms control is bleak: New SIPRI Yearbook out now | SIPRI

[v] 軍創立100年、27年に新目標 中国、西太平洋で「米軍排除」の観測:時事ドットコム (jiji.com)

[vi] 同様に、中国が核軍縮に応じる見込みも非常に小さい。中国が2020年7月8日、中国外務省幹部は、米国が核兵器の保有数を中国と同一の水準に削減するのなら(米露との)核軍縮交渉に喜んで加わる、と述べた。もちろん、米露がそれに応じないことを見越しての発言である。(CNN.co.jp : 核軍縮交渉、米が保有数を同一水準に削減なら参加 中国) (【寄稿】米露が中国に核軍縮を求める愚 – WSJ) 公正を期すために言っておくと、軍縮に後ろ向きなのは中国のみではない。2021年3月16日、英国政府は核弾頭の保有上限を180発から260発に引き上げると発表した。

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