東アジア共同体研究所

バイデン政権の北朝鮮政策 ~ その2. バイデン・レビューに見る「醒めた現実主義」

Alternative Viewpoint 第24号

2021年6月30日

前号(AVP 第23号『バイデン政権の北朝鮮政策~その1.対北朝鮮戦略の4つの選択肢』)では、米国政府が現在、論理的にとり得る対北朝鮮戦略を概観した。[i] それを受け、本号ではバイデン政権が4月にレビューを終えた北朝鮮政策を点検してみたい。

 

北朝鮮政策のレビュー

本年4月、バイデン政権の外交防衛チームは北朝鮮政策の見直し(レビュー)を終えた。同チームはその過程では国内の専門家たちの意見を聴取する一方、日米2+2(3月16日)、米韓2+2(3月17日)、アンカレジにおける米中外交トップ会談(3月18日)等を通じて関係国とも協議を行っている。

≪3つのパラグラフ≫

レビューの全容は機密扱いとなっており、その詳細を正確に知ることはできない。今後の対朝交渉のことを考えれば、手の内を明かさないことは当然と言えば当然であろう。一方で、4月30日にホワイトハウスのジェン・サキ報道官は北朝鮮政策のレビューについて3つのパラグラフをメディア向けに読み上げた。これと米政府関係者等に対するメディアの取材や専門家の分析を総合すれば、レビューの大まかな方向性を推測することは十分に可能だ。サキの読みあげた内容は以下のとおりである。[ii]

 我々の目標は朝鮮半島の完全な非核化(the complete denuclearization of the Korean Peninsula)である。過去4代の政権(筆者註:クリントン、ブッシュ、オバマ、トランプ政権を指す)の努力によってこの目的が達成されなかったことを我々は明確に理解している。バイデン政権の政策は一括取引(Grand Bargain)を成し遂げようとしたり、戦略的忍耐(Strategic Patience)に頼ったりするものではない

 バイデン政権の北朝鮮政策は、調整された実際的アプローチ(calibrated, practical approach)となる。それは北朝鮮との外交を否定せず、対北外交の可能性を追求するものとなろう。そして、米国、同盟国及び展開する米軍の安全を高めるような実際的前進を成し遂げるであろう。

 米国政府はこれまで対北朝鮮政策を決めるすべての段階で韓国、日本、他の同盟国及びパートナー国と協議してきた。そうした協議は今後も続ける。

 ≪オバマ以上トランプ未満?≫

ブッシュ政権は北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んだが、金正日との間でかなり積極的に外交交渉を進め、外交的手段で北による核放棄を実現しようとした。しかし、北朝鮮は対米交渉の裏で核・ミサイル開発を着々と進めた。

オバマ政権は前任者の失敗に学び、北朝鮮に制裁を加えながら、同国が非核化に取り組むのを(直接交渉することなく)忍耐強く待とうとした。それが「戦略的忍耐」と呼ばれるアプローチである。しかし、北朝鮮は多少の制裁にひるむことなく、核・ミサイル開発を着々と進めた。オバマ政権が期待した中国の協力についても、これと言った成果は得られなかった。

クリントン以降の歴代政権をこっぴどく批判したトランプ大統領金正恩との個人的ディールを重視した。そして、「一括取引」と呼ばれるアプローチで「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」と対北制裁の全面解除をセットで実現しようとした。その前段で「最大限の圧力」と呼ばれる強烈な経済制裁と軍事的圧迫を北朝鮮に加えたことは記憶に新しい。しかし、両者の間でディールが成立することはなく、トランプ政権の下でも北朝鮮の核・ミサイル開発は大きく進展した。

サキが読み上げた文章の最初のパラグラフは、バイデン政権がトランプ流もオバマ流も採用しないことを明言している。ワシントン・ポストによれば、ある米政府関係者は「トランプ政権が“everything for everything(北が核・ミサイルを全部諦めれば、制裁を全部解除する)”だとすれば、オバマ政権は“nothing for nothing(核・ミサイルを放棄しなければ、交渉開始も見返りもない)”だった。バイデン政権(の北朝鮮政策)はその中間のどこかになる」と述べたという。[iii]

≪消えたCVID≫

トランプ政権下の米国政府は「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」をめざし、最初の2年間は北朝鮮に圧力をかけまくった。[iv] これに対し、バイデン政権の北朝鮮政策の目標は「朝鮮半島の完全な非核化」となった。[v]

AVP 第23号で指摘したとおり、今日の状況下で米国政府がトランプ時代の「最大限の圧力」に匹敵する強力な圧力を北朝鮮にかけることは現実的でない。仮にかけたとしても、CVIDを実現できる見込みはほとんどない。バイデン・チームが「実際的」であろうとすれば、CVIDという言葉にこだわる理由はなかったのだろう。さらに言えば、「前政権が使った用語を継続使用したくない」という〈よくある心理〉はバイデン政権にも当然働いたはずである。

≪外交の強調≫

サキが読み上げた文章の中でバイデン政権の北朝鮮政策を端的に説明しているのは第2パラグラフである。そこでは、北朝鮮との外交交渉を重視することが明確に打ち出されている。しかも、「圧力」という言葉を含め、北朝鮮を刺激しそうな言葉が出てこない。上述したように米国政府の掲げる目標がCVIDでなくなったことも、バイデン政権の外交重視姿勢と無関係ではあるまい。「検証可能」と「不可逆的」いう具体的な形容詞がはずれ、単に「完全な非核化」となれば、従来よりも曖昧な(柔軟な)解釈が可能となる。外交交渉の余地が広がるためだ。

今年3月25日、北朝鮮は短距離弾道ミサイル2発を日本海へ向けて発射した。その翌日、バイデン大統領はミサイル発射を非難したうえで「私はある種の外交を行う用意がある。ただし、それは非核化という最終結果に向かうことが条件となる」と述べた。この時点で既にレビューの基本線は出来上がっていたものと思われる。

≪長期にわたる段階的非核化≫

読者には、AVP 第23号で見た〈4つの選択肢〉を思い出していただきたい。[vi]  そこで見た「放置(+抑止)」のアプローチは、結果的にオバマ政権の姿勢と通じるところがあった。「強力な圧力による『完全かつ早期の』非核化」というアプローチはトランプ政権がその前半に採用したものだった。そして、バイデン政権のレビュー結果は、外交交渉を通じた「長期にわたる『段階的』非核化」に該当すると考えられる。

サキが読み上げた文章の第2パラグラフには「米国、同盟国及び展開する米軍の安全を高めるような実際的前進を成し遂げる」という表現が出てくる。これはバイデン政権が〈完全な非核化には至らないが北朝鮮の脅威を確実に減らせる成果をめざす〉ことを示唆するものだ。AVP 第23号の「(4)長期にわたる『段階的』非核化」において≪めざすべき成果≫として紹介した項目(「寧辺の核施設の閉鎖」「北朝鮮全土における濃縮及び再処理の停止」「核実験と長距離ミサイル発射実験停止の協定化」等)の実現が念頭にあると考えられる。(その引き換えとして北朝鮮に譲歩できる項目については、同所の≪見返りの候補)を参照して頂きたい。)

米議会調査局(CSR)が5月26日にとりまとめた報告書も「(バイデン政権の新しい)アプローチは(北朝鮮が)非核化に向けた段階的ステップを取るのと引き換えに(米国は)部分的な制裁解除を提示する漸進的プロセスを想定している模様だ」と記している。[vii]

≪醒めた現実主義≫

もう一つ注目したいのは、この短い文章の中に「実際的(practical)」という単語が2度も出てくることである。バイデン政権は、100点満点(=一気にCVIDを実現すること)をめざして零点(=北朝鮮の核・ミサイル能力をいささかも減じさせられないこと)に終わるよりも、50点でも60点でもとる方(=上述のような部分的成果を実現すること)が米国の安全保障にとっては得策である、と考えているのであろう。これは一種の現実主義と評価してもよい。

ただし、前号でも述べたとおり、「長期にわたる段階的非核化」というアプローチは、建前では「完全な非核化」を掲げつつ、本音の部分ではそれを半分以上諦めている。今後米朝間で交渉が持たれたとして、「米国が制裁の部分的な解除や朝鮮戦争終結などの見返りを与え、その代わりに北朝鮮が核・ミサイル能力の制限(前々節で述べた、寧辺核施設の閉鎖等)に応じる」といったディールが成立したとしよう。そこから先、北朝鮮を完全非核化に向けた次のステップに移行させるための具体的プランはバイデン政権にも描けていないと思われる。過去の北朝鮮の行動パターンに鑑みれば、未申告の核施設で核兵器の製造を密かに継続したり、制裁の一部解除で一息ついた後で核実験やミサイル実験を再開したりする可能性も十分にあり得る。

米国政府が北朝鮮を核保有国として公式に認めることは絶対になくても、北朝鮮は実態として核保有国であり続ける。おそらくバイデン政権は「そこは割り切るしかない」と考えることにしたのであろう。そうした割り切りが可能になったのには、二つの理由があると推測する。

第一は、米国は北朝鮮に対して核兵器及び通常兵器の両面で圧倒的な抑止力を保持しており、こちらから北朝鮮を攻撃しない限り、北朝鮮の方から核兵器やミサイルで米国や同盟国(日韓)を攻撃することはない、と考えていること。米国はロシアや中国の核ミサイルの射程に入っていても大騒ぎしていない。中露よりも劣った北朝鮮の核・ミサイル能力に過剰反応するのは軍事的に合理性がない、というわけだ。

第二は、バイデン政権にとって北朝鮮政策の優先順位はあまり高くないこと。外交面での最優先課題が中国であることは言うまでもない。中国との戦略的競争を前面に出すことは、単に外交安全保障面のみならず、失業増加やコロナ禍が助長した米国内での嫌中意識の高まりに応えるという意味でも、バイデン政権にとって不可欠だ。一方で北朝鮮の方はと言うと、過去3年間にわたって核実験や米国に届くような射程のミサイル発射を控えている。バイデン政権にとっては「北朝鮮は二の次」という側面がどうしても出てくる。

以上の含意を込めて、私はバイデン政権の北朝鮮政策に垣間見える実際的な志向を「醒めた現実主義」と呼ぶことにしたい。

 

コーンウォール・サミットに至るまで

バイデン政権が発足以降、米国政府が関わる外交文書で北朝鮮政策をどう記述してきたか、ここで振り返っておきたい。時系列で整理すると、以下のようになる。

【国家安全保障戦略暫定指針】 2021年3月3日

バイデン政権が当面の外交安全保障戦略について述べた文書である。北朝鮮に関し、「我々は米国の外交官たちに権限を与え、韓国及び日本と協力しながら、北朝鮮が増強しつつある核・ミサイル開発計画のもたらす脅威を減らす仕事をさせる」という記述があった。[viii] 短い文の中にも外交重視の姿勢が既に窺える。

【日米首脳共同声明】 4月16日

菅総理が訪米した際の共同文書では「北朝鮮の完全な非核化」へのコミットメントを再確認し、「朝鮮半島の――」ではなかった。[ix] 一方で、CVIDという言葉は使われなかった

【G7外相会合】 5月5日

「北朝鮮の全ての違法な大量破壊兵器及び弾道ミサイル計画の完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な放棄(abandonment)」が謳われた。[x] この点についてはコーンウォール・サミットの段で解説する。

【米韓首脳共同声明】 5月21日

サキ報道官の配布した文書の線に最も忠実なのは、文在寅大統領が訪米した際に発出された共同文書である。4月一杯でレビューが終了していたことを考えれば、それも当然と言えよう。「朝鮮半島の非核化」へのコミットメントを明記したうえで、「米韓首脳は板門店宣言(2018年4月)やシンガポール宣言――いずれも「朝鮮半島の非核化」にコミットしたものである――に基づく外交と対話が『朝鮮半島の完全な非核化と恒久平和の確立』を達成するためには不可欠である」ことも確認した。[xi]

【コーンウォール・サミット】 6月13日

米国が関わった北朝鮮関連の文書で一番最近のものは、G7及び印豪韓南アの首脳(モディ印首相はリモート参加)が集ったコーンウォール・サミットの首脳声明である。以下に引用する。[xii]

我々は、朝鮮半島の完全な非核化(the complete denuclearisation of the Korean peninsula並びに全ての関連する国連安全保障理事会決議に従った北朝鮮の違法な大量破壊兵器及び弾道ミサイル計画の検証可能かつ不可逆的な放棄(the verifiable and irreversible abandonmentを求める。我々は、全ての国に対し、これらの決議及び関連の制裁を完全に履行するよう求める。我々は、全ての関連するパートナーとの調整の下で外交的な取組を続ける米国の意欲を歓迎するとともに、北朝鮮に対し、対話に関与し、これを再開することを求める。我々は北朝鮮に対し、全ての人々の人権を尊重し、拉致問題を即時に解決することを改めて求める。

最初の文は5月5日のG7外相会合のライン(=CVIDの名残りを残している)と5月21日に行われた米韓首脳会談のライン(=朝鮮半島の完全な非核化)のハイブリッドである。また、北朝鮮に「対話」の再開を呼び掛けた点でG7外相会合の時よりも柔らかいトーンだが、制裁の完全履行に引き続き言及している点では(国連安保理決議の履行には言及しても)制裁という言葉を使わなかった米韓首脳共同宣言よりも厳しい。

G7で「朝鮮半島の非核化」というバイデン・レビューのラインに一本化されなかったのは何故か? 4月の日米共同声明で既にCVIDという言葉は落ちていたから、日本が強硬論をぶって抵抗した、という説明は通らない。

ここはむしろ、従来の国連安保理決議等の流れに沿ったと見るのが素直であろう。例えば、国連安保理決議第2397号(2017年12月22日)は北朝鮮に対し、「全ての核兵器及び既存の核計画を、完全な、検証可能な、かつ、不可逆的 な方法で直ちに放棄(immediately abandon all nuclear weapons and existing nuclear programs in a complete, verifiable and irreversible manner」することを求めている。[xiii] この決議は今も有効なものだ。米国政府が北朝鮮政策を見直したからと言って、G7が国連安保理の表現から勝手に逸脱するわけにはいかなかったのであろう。

また、バイデン政権にしても、いくら北朝鮮と交渉する用意があるとは言え、「最初からあまり柔軟姿勢を示せば、足元を見られる」という警戒感を持っていて当然だ。条件付きながら米朝交渉を支持する私の眼にさえ、米韓首脳共同声明のラインは〈柔らかすぎる〉と映った。硬軟とり混ぜたG7首脳声明の方がバランスは取れている。

 

バイデン・レビューの視界不良

バイデン政権はそのスタートから3か月余りで北朝鮮政策のレビューを終了した。それは、トランプ時代の「最大限の圧力」のように大向こうを唸らせるような内容でもなければ、ドナルド・トランプという稀代のトリックスターによって演じられるものでもない。先に述べたように「醒めた現実主義」に裏打ちされた、地味な政策である。だが、外交安全保障政策は目立てばよいというものではない。最たる例がトランプ政権の「最大限の圧力」だろう。北朝鮮の核・ミサイル開発はその最中に急加速した。結局、外交安全保障政策の良し悪しは、実質的な内容、すなわち結果を出せる否かによって決まる。その点、バイデン政権の北朝鮮政策はどのように評価できるのであろうか?

≪北朝鮮は核・ミサイル能力の制限に応じるのか?≫

バイデン政権の北朝鮮政策は「完全な非核化」を標榜しつつも、「核開発の制限」に主眼がある。それを以ってバイデン・レビューを「北朝鮮を核保有国と認める敗北主義」と批判する意見も当然、出てくるだろう。

「北朝鮮の完全な非核化」というハードルの極めて高い〈ベスト〉を求めるか、「核・ミサイル能力の制約」というもう少しハードルの低い〈ベター〉を求めるか――? それは北朝鮮政策の永遠のテーマである。私は、〈ベター〉が実現できるのであれば、〈ベスト〉を大言壮語して何も実現しないよりも遥かにマシだと考える。

バイデン・レビューの持つ本当の問題は、〈ベター〉なら実現できるのか、ということ。バイデン政権の方はハードルを下げたつもりでも、北朝鮮がそれを越えてくるとは限らない。北朝鮮が「〈核・ミサイル能力の制限〉と〈部分的制裁解除や朝鮮戦争終結宣言等〉のバーター」というディールに乗って来なければ、バイデンの北朝鮮政策は「絵に描いた餅」以外の何ものでもない。オバマ政権の“nothing for nothing”と変わらない。

≪北朝鮮にとっての核廃棄≫

国際的な制裁措置が続き、北朝鮮経済の停滞は誰の目にも明らかである。昨年の台風被害やコロナ禍が北朝鮮の苦境に拍車をかけていることも間違いない。北朝鮮指導部が人民のことを真っ先に考える感覚の持ち主であれば、「北朝鮮が既に製造・保有している核・ミサイルには手をつけず、新規の核・ミサイル開発を制限する見返りとして経済制裁を部分的に解除する」というオファーは十分に魅力的なものであるはずだ。

しかし、北朝鮮指導部にとっては、自らの支配体制を維持することが何ものにも優先する。彼らは、核保有を諦めたが故に悲惨な末路をたどったイラクのフセイン大統領やリビアのカダフィ大佐に我が身を重ねている。そこから得られる教訓は「核兵器(及びその運搬手段であるミサイル)を諦めたら米国にやられる」ということ。また、過去数十年にわたって続いてきた核・ミサイル開発は金王朝による統治の正当性を裏打ちするためにも不可欠の位置づけとなっている。したがって、北朝鮮指導部が「完全な非核化」を受け入れる可能性は限りなくゼロに近い。

では、既に保有している核兵器――核弾頭数にして30~40と言われる――は温存することを認められたまま、新規の核・ミサイル開発を禁止することはどうなのか? これも北朝鮮にとってハードルの低い話ではない

米国は近年、核戦力の近代化を復活させ、地上発射式中距離ミサイルのアジア配備も検討している。後者は主に中国を念頭に置いたものだが、向きを変えれば北朝鮮を攻撃できることは言うまでもない。韓国も北の地下施設を破壊できるバンカー・バスターの開発をはじめ、ミサイル能力や防空能力を着々と強化している。既存の核兵器があっても、今後、核弾頭数を今以上に増やすことや核・ミサイル能力の高度化ができなくなれば、時間と共に米韓に対する抑止力は低下することが避けられない。

2019年2月にハノイで行われた米朝首脳会談の席上、金正恩は寧辺の核施設を破棄する代わりに米国が制裁を全面解除するよう求めた。しかし、米国はウラン濃縮等の秘密施設が寧辺以外にも複数あるとみており、寧辺だけを廃棄しても北朝鮮には将来も核開発を進展させる道が残る。バイデン政権もそれは認めないだろう。一方で、未申告分を含めた北朝鮮全土の核施設を廃棄することは、上述の理由から北朝鮮にとって耐えがたいはずだ。

≪米中対立の影響≫

トランプ政権からバイデン政権に交代しても、米中対立は続いており、近い将来に解消する兆しは見えない。そのことは北朝鮮問題へも無視できない影響を与えることになる。

第一に、米国が北朝鮮に譲歩を強いるために不可欠な〈中国の協力〉が今までよりも得にくくなる。従来も中国は米国の北朝鮮政策に協力的だったわけではない。しかし、トランプ政権は中国に対し、対北制裁に協力しなければ中国に対する金融制裁も辞さない姿勢を示したこともあり、中国にしてはかなり誠実に国連安保理決議に基づく制裁を実行した。

だが今日、バイデン政権が中国に圧力をかけて協力を迫ったとしても、中国がそれに応じる可能性は低下した。米中対立の激化・長期化が予想される中、中国指導部にとって「軍事的・イデオロギー的な緩衝国家」としての北朝鮮の存在価値はこれまで以上に高まっている。国連制裁の抜け穴を含め、中国やロシアが北朝鮮の体制を維持するために水面下で支援を継続・強化する可能性が再び出てきた。中国からの「暗黙の支援」がある程度期待できるようになれば、北朝鮮の「何が何でも制裁を解除させたい」という〈必死さ〉も減少することになる。

第二に、米国政府の関心とエネルギーの多くは中国に向き、北朝鮮外交が疎かになる可能性が出てきた。実は、バイデン政権が最も注力すべきと考えているのは〈国内基盤を固めて来年の中間選挙でトランプ勢力を叩きのめす〉ことだ。バイデン大統領が外交にかけられる時間とエネルギーはさほど多くない。そのような状況下で、米国政府は北朝鮮と中国の二正面作戦に打って出ようとは思っていないはずだ。北朝鮮は「バイデン政権の〈脅し〉については、それほど心配しなくてもよい」と見切ってくるかもしれない。

北朝鮮の核・ミサイル能力の制限を交渉によって実現しようとするのであれば、中国の協力または理解を得ることは(十分条件ではなくても)必要条件であるはずだ。ところが、バイデン政権は中国との対立(競争)を殊更に強調している。チグハグ感を抱かれても当然であろう。

 

以上の諸要素を考慮すれば、北朝鮮がバイデン・レビューの企図する「核・ミサイル能力の制限」に意味のある形で応じる可能性は、控えめに言ってもあまり高くない。私は悲観的にならざるを得ない。

 

おわりに

5月3日、訪英中のブリンケン国務長官は「北朝鮮が外交的に関与をすることを望む」と北朝鮮に呼びかけた。前月に北朝鮮政策のレビューを終えたのを受け、バイデン政権からボールを投げたものと考えられる。

6月17日、金正恩総書記は朝鮮労働党中央委員会総会で、米国に対する「適切な戦略的抵抗」を維持し、米国との対話と対立の双方に備える必要があり、特に対立への備えを万全にすべきだ、と強調した。[xiv]

6月20日、ジェイク・サリバン国家安全保障担当米大統領補佐官は金発言について「興味深いシグナル」だとコメントする。翌21日には、韓国を訪問中だったソン・キム米国務省北朝鮮担当特別代表が「前提条件なしでいつでも、どこででも会うという我々の提案に北朝鮮が前向きに回答することを期待する」と反応してみせた。

6月22日、金正恩の妹の金与正(キム・ヨジョン)労働党副部長は談話を出して「誤った期待は自身をより大きな失望に陥れるであろう」と述べ、サリバンらを牽制した。翌23日には李善権(イ・ソングォン)北朝鮮外相が「我々は貴重な時間を無駄にする、無意味な米国との接触も、その可能性についても考えていない」と米国を批判した。[xv]

北朝鮮が二日連続で米国政府を批判したのは外交的駆け引きの一環であろう。最高指導者である金正恩が「対話と対立の双方に備える」と言っている以上、非公式な接触を通じて腹の探り合いをすることを含め、米朝間で何らかの協議が持たれる可能性は十分にある。しかし、北朝鮮は「無理をしてでも米国政府と合意に達し、制裁解除を勝ち取らなければならない」などとは思っていまい。未申告の核施設で核開発を(秘密裏に)継続できる可能性を残しつつ、国連や米国の制裁を極力広範に解除させることをめざすはずだ。[xvi] 事前に行われるであろう外交折衝で良い感触を得られなければ、北朝鮮は公式協議入りに同意しないかもしれない。その場合でも、バイデン政権が「最大限の圧力」のような強烈な圧迫を加えてこないと予想されるため、北朝鮮指導部は幾分落ち着いていられる。自助努力と中露の支援で食いつなぎながら、静かに核・ミサイル能力の向上を図ろうとするだろう。新しい軍事技術が一定程度蓄積されれば、国際的な政治状況も見極めたうえで、核・ミサイル発射実験を再開させるなど瀬戸際外交を再開させることもあり得るのではないか

一方で、バイデン政権の方も、核施設の廃棄を寧辺のみに絞るなど、北朝鮮の要望のコアの部分に応じたうえで制裁の(部分)解除に応じることは困難なはずだ。北朝鮮の核兵力を制限するうえで抜け穴ができてしまうだけではない。政治的にもトランプ派が「未申告の核施設によって北朝鮮は今後も核弾頭を増やせる。トランプ前大統領が拒否した提案を受け入れたバイデンは弱腰だ」と批判することは火を見るよりも明らかである。民主党内からも同調する声が出てきかねない。そんなリスクを冒すくらいなら、「北朝鮮と交渉する姿勢は示す。だが、交渉上のハードルは下げない。結果的に北朝鮮との交渉が成果をあげなくても別に構わない」という姿勢に落ち着きそうな予感がする。

 

北朝鮮が核・ミサイル開発を本格化させて以降、クリントン・ブッシュ・オバマ・トランプの4代にわたって歴代米政権は北朝鮮の非核化を実現できなかった。バイデン政権にも大きな期待は禁物である。

 

 

===============================================

[i] https://www.eaci.or.jp/archives/avp/417

[ii] Press Gaggle by Press Secretary Jen Psaki Aboard Air Force One En Route Philadelphia, PA | The White House

[iii] Biden administration forges new path on North Korea crisis in wake of Trump and Obama failures – The Washington Post

[iv] トランプ政権が2017年12月に発表した国家安全保障戦略では「朝鮮半島のCVID」という言葉が使われていた。NSS_BookLayout_FIN_121917.indd (archives.gov)

[v] 北朝鮮の解釈では、「朝鮮半島の非核化」は〈米軍による核配備禁止〉や〈在韓米軍撤退〉までを含む米側の大幅な譲歩を意味する言葉だ。そのため、同じ非核化を謳うのでも「北朝鮮の非核化」の方がニュアンスはずっと強い。しかし、バイデン政権が「朝鮮半島の非核化」という言葉を使ったのは、北朝鮮流の解釈を認めたわけではなく、北朝鮮の面子を立てて交渉のテーブルにつかせたいがためであろう。2018年6月の米朝シンガポール宣言に盛り込まれたのも「朝鮮半島の非核化」であった。米国政府の意図を分析するうえで〈北朝鮮〉と〈朝鮮半島〉の使い分けについてあまり神経質になる必要はない、と私は考えている。

[vi] 前掲。https://www.eaci.or.jp/archives/avp/417

[vii] South Korea: Background and U.S. Relations (congress.gov)

[viii] NSC-1v2.pdf (whitehouse.gov)

[ix] (和)日米首脳共同声明 (mofa.go.jp)

[x] Microsoft Word – G7外務・開発大臣会合コミュニケ仮訳 (mofa.go.jp)

[xi] U.S.-ROK Leaders’ Joint Statement | The White House

[xii] 100200083.pdf (mofa.go.jp)

[xiii] 北朝鮮による弾道ミサイル発射等に関する国連安保理決議の採択について(内閣総理大臣コメント)|外務省 (mofa.go.jp)

[xiv] 北朝鮮、対米関係で対話と対立双方に備えを─金総書記=国営通信 | ロイター (reuters.com)

[xv] 北朝鮮のリ・ソングォン外相「米国といかなる接触や可能性も考えていない」 : 政治•社会 : hankyoreh japan (hani.co.kr)

[xvi] 北朝鮮は朝鮮戦争終結宣言等も要求するだろうが、その価値は決定的なものではなかろう。核・ミサイル能力を失えば、北朝鮮の軍事力は米国のみならず韓国にも大きく劣る。しかも、北朝鮮は米国政府が正当性を否定する権威主義国家である。「朝鮮戦争が終結すれば米朝が戦う理由はなくなるので、北朝鮮は核兵器を保有する必要がなくなる」という解説は机上の空論もいいところである。

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