東アジア共同体研究所

「台湾有事は日本有事」を思考実験する 【Alternative Viewpoint 第34号】

2021年12月28日

 

はじめに

去る12月1日、安倍晋三元総理は台湾のシンクタンクが開催したシンポジウムにオンラインで参加してこう述べた。曰く、「尖閣諸島や先島、与那国島などは台湾からものの百キロ程度しか離れていません。台湾への武力侵攻は、地理的、空間的に必ず、日本の国土に対する重大な危険を引き起こさずにはいません。台湾有事、それは日本有事です。すなわち、日米同盟の有事でもあります」と。[i]

安倍に言われるまでもない。多少なりとも安全保障の知識を持つ者にとって「台湾有事が起きれば非常に高い確率で日本有事になる」という認識は〈当たり前〉のことである。しかし、「台湾有事がなぜ日本有事になるのか」という肝心な点について、安倍の説明は曖昧であり、ふらついている。12月8日のBSフジLIVE「プライムニュース」に出演した安倍は「重要影響事態は、放置すれば我が国への直接の武力行使に至る恐れがあり、平和と安全に重要な影響を及ぼす事態。台湾は与那国島などから100kmほどしか離れておらず、そうなる可能性は高い。だから日本有事と表現しました」と述べていた。[ii]  ところが、12月13日のBS日テレ「深層NEWS」に出た時は「台湾で何か有事があれば『重要影響事態』になるのは間違いない。アメリカの艦艇に攻撃があれば、集団的自衛権の行使もできる『存立危機事態』となる可能性がある」と言い添えた。[iii]  私の目には、安倍が12月1日の講演で発言した後、にわか勉強を繰り返しているように映る。

台湾有事が起きても米軍が中国軍を圧倒する、と安心していられたのはもう昔の話だ。つまり、「台湾有事は日本有事である」ということは、台湾有事によって日本が壊滅的な損害を受けるということにほかならない。にもかかわらず、台湾有事が日本有事となることの意味を十分理解することもなければ、日本がこうむる損害を直視するでもなく、只々勇ましさを見せることに自己陶酔しているのが安倍晋三だ。この程度の人物に惑わされるようでは、日本の未来は暗い。

AVP本号では、台湾有事のシナリオを思考実験(thought experiment)することを通して、「台湾有事はいかにして日本有事となるのか」を解説し、「台湾有事が起きれば自衛隊はどう動くのか」「台湾有事で我々の生活はどのような影響を受けるのか」について考えてみたい。なお、本稿は12月2日に行われた国際アジア共同体学会(進藤榮一会長)の年次大会における私の発表を基に書き下ろしたものである。

議論の前提

思考実験に入る前に、いくつか断っておくことがある。

≪台湾独立=台湾有事≫

まず、私は、台湾有事が近い将来に起きそうだ、などとは思っていない。だが同時に、台湾有事が万一起きれば、我が国は軍事的、経済的に破滅的な損害を受ける可能性が高い。多分起きないだろうと言って無視するわけにはいかない。だから、本稿を書くのである。

では、可能性が低いとは言え、台湾有事が起きるとすれば、どんな場合であろうか? 米中対立が激化する今日、最も危ないのは「米国や日本の後ろ盾を過信した台湾が自己のアイデンティティを強く主張し、中国側がそれを独立に向けた動きとみなした」時である。中国共産党は台湾統一を〈歴史的任務〉と位置付けてきた。台湾独立を座視すれば、共産党による中国支配の正当性が土台から崩れかねない。最高指導者が習近平であろうと誰であろうと、それは絶対に容認できない。中国は後先を考えずに武力行使に打って出ざるをえなくなる。

≪台湾有事のシナリオ≫

次に、一口に「台湾有事」と言っても、様々な態様が考えられる。そして、どのような態様のシナリオを採用するかは、我々が行う思考実験の中身にも微妙な影響を与える。国防総省が米議会に提出した『中華人民共和国に関わる軍事及び安全保障状況についての報告』の2021年版から、中国がとり得る代表的な武力行使のシナリオとして以下の4つを見てみよう。[iv]

1.    海空封鎖

海空戦力によって台湾を封鎖し、降伏を迫る。同時並行的に、示威行為としてミサイルを発射したり、離島(金門・馬祖・東沙・太平島)の一部または全部を占拠したりする可能性もある。

2.    小規模限定攻撃または威圧的行動

台湾の政治・軍事・経済インフラに対してサイバー攻撃やミサイル・空爆等の限定的な攻撃を行い、独立をめざす台湾側の意志を挫く。

3.    空爆及びミサイル攻撃

台湾軍の防空システム(空軍基地、レーダーサイト、ミサイル車両、宇宙関連施設、通信施設など)に対して空爆やミサイル攻撃を加え、台湾側の決意を挫く。

4.    台湾侵攻

地上軍を投入し、台湾本島へ上陸作戦を敢行する。作戦を成功させるためには、制空権・制海権・兵站等を確保することが必要になる。

上記のうち、ノルマンディー上陸作戦ばりの台湾侵攻は、少なくとも近い将来、中国にとって成功の可能性は低そうだ。本稿では、ブルッキングス研究所のマイク・オハンロンに倣って「封鎖シナリオ」を想定し、米中有事の展開とそれが日本へ与える影響を検討する。[v]  私が思考実験した結果は、適宜解説を加えながら半分ストーリー仕立てにして示す。また、「台湾有事(封鎖シナリオ)と日本」事態想定表 を付録としてつけておくので参考にしていただきたい。では早速、見ていこう。

 

緊張の高まり

20〇✕年、台湾が独立に向けた動きを強める。中国は示威行動を行って台湾側に圧力をかけ、独立を阻止しようと躍起になる。中国空軍は台湾の防空識別圏(ADIZ)に前例のない機数と頻度で侵入し、中国海軍も空母を含む艦船を台湾周辺海域に展開した。台湾は強気を貫き、少数の駐留米軍が立ち合う中で台湾軍に沿岸防衛のための訓練を実施させる。これに対し、中国側は台湾沖にミサイルを発射するなど、圧力を一層強化。また、台湾の行政府や交通管制システム等は大規模なサイバー攻撃を受け、中国軍の関与が疑われた。

一方、米国大統領は中国に対して弱腰と批判されることを嫌い、中国の動きに対して何らかの対抗措置を取らなければならないと考えた。軍幹部は東シナ海と南シナ海で軍事訓練を行うことを提案し、大統領も同意する。横須賀から空母「ロナルド・レーガン」が派遣されたのをはじめ、米空母2隻を含めた海空兵力が台湾周辺に集結する。豪州軍の艦船も台湾海域に向かった。

自衛隊は既に東シナ海方面で警戒・監視活動を強めていた。日本政府は米国から要請を受け、共同訓練の名目で海上・航空自衛隊を米空母打撃群に同行させることにする。自衛艦は共に活動する米艦船に燃料等を補給した。[vi]  共同訓練中の自衛隊や米艦等が中国軍から攻撃を受ければ、自衛隊は武器等防護の名目で中国軍を攻撃することになっている。[vii]  ただし、自衛隊の武器使用は「反射的なもの」に限られるため、相手がすぐに引き下がらなければ、現場で混乱の起きることが予想された。防衛大臣は内閣総理大臣の承認を得て弾道ミサイル等破壊措置命令を下し、イージス護衛艦やパトリオット部隊が中国からのミサイルに対する警戒に当たった。[viii]

米国や日本の姿勢に力づけられ、台湾総統は独立に向けた意欲をますます明白にした。中国国内で反発が強まる中、業を煮やした中国共産党指導部は、米軍の態勢が整う前に台湾を軍事的に封鎖するよう人民解放軍に命じた。米軍や自衛隊の諜報網は中国軍の動きが異常なほど活発化したのを捉える。一気に緊張が高まった。

米国務省は台湾と中国に住む米国市民に対し、民間航空機を使って退避するよう勧告を行った。日本政府も追随する。中国に10万人超、台湾にも2万人超が在留する邦人の帰国は混乱を極め、スムーズに運ばない。中国国内では反米・反日デモが行われた。日系企業が焼き討ちにあう事態も懸念された。

 

封鎖開始と米中の睨み合い(重要影響事態)

△月☐日、中国軍は台湾軍の管制システムや指揮命令系統に対して大規模なサイバー攻撃を仕掛けると共に、レーダー施設等に限定的なミサイル攻撃を行った。同時に中国は「中国政府の許可なく台湾に出入りするすべての航空機及び船舶は攻撃または拿捕の対象になる」と宣言する。
封鎖の有効期限に入って間もなく、中国軍の潜水艦は警告を無視した商船を撃沈した。[ix]  台湾軍も中国軍の艦船や航空機に対して反撃を試みた。中国の出方によっては、台湾側が中国大陸の軍事拠点にミサイル攻撃を加える可能性もある。台湾軍の抵抗の強さに応じて、中国側は台湾領内の軍事施設に対するミサイル攻撃を本格化させるだろう。中国軍は金門島島(厦門の沖合5㎞)や馬祖列島(中国本土から約20㎞)に侵攻するかもしれない。その場合、台湾側が本島から離れた島を守り切ることはむずかしい。

この段階で米軍は、中国軍の動員状況などに関する軍事情報や作戦面での助言を提供するなど、台湾軍に対する間接的な支援を行っているはず。さらに、米軍が本格的に介入する事態に備え、米本土はもとより全世界から兵力を東アジア・西太平洋方面に集結させるべく、大動員をかける必要がある。ただし、ロシア軍の動向によっては、欧州及び中東には一定の兵力を残さざるを得ないだろう。

米兵や艦船、航空機等の兵器システムのみならず、弾薬、燃料、食料等あらゆる物資日本やグアムに向けて動き出す。米国政府は日本政府に対し、自衛隊や日本の自治体・民間企業等が米軍を支援するよう要請した。日本政府は〈重要影響事態〉を認定することとし、自衛隊による対米後方支援や民間及び地方自治体に対する対米協力の要求・依頼等を書き込んだ基本計画を閣議決定した。[x]

これ以降、自衛隊は米軍に対する後方支援と米兵の捜索救助活動に携わることになった。それまで自衛隊が行っていた燃料補給等は、自衛隊が米軍と共に警戒・監視・共同訓練等を行っている場合に限られていた。重要影響事態が認定されたことにより、米軍独自の作戦行動に携わっている米艦船等の所まで自衛隊が出張って行き、後方支援することが可能になる。ただし、日本の法体系上、重要影響事態は〈平時〉であるため、自衛隊に武力行使はまだ許されない。自衛隊が後方支援や捜索救助活動を行う場所は、所謂「非戦闘地域」に限定された。米軍が中国軍から攻撃を受ければ、自衛隊は後方支援を中断せざるを得ない。米軍の防護にも平時と同様の制約がつきまとう。米国政府が日本政府に対し、「早く存立危機事態を認定すべきだ」と催促しても不思議ではない。

重要影響事態の認定と相前後し、米国政府は「米軍が在日米軍基地外の日本の領土内へ展開する」ことや「在日米軍基地を含む日本領土内から米軍が直接作戦行動(=中国軍に対する攻撃)を行う」ことを認めるよう、日本政府に要求した。[xi]  中台間の戦闘激化を目の当たりにして狼狽する日本政府は、一も二もなく同意した。事前に策定していた日米共同作戦に基づき、米海兵隊が(在日米軍基地のない)奄美大島、石垣島、宮古島等に高機動ロケット砲システム等――将来的には地上発射式トマホークが配備されている可能性も排除されない――を分散展開し、中国艦船に対する迎撃態勢を準備した。[xii]

米国務省は日本への渡航を制限した後、情勢の緊迫を理由に日本から退避するよう米国市民に勧告する。それは、日本が戦場になるであろうことを米国政府自身が認めたことを意味した。他国も米国の方針に追随した。

 

米中の軍事衝突(存立危機事態)

米軍による大動員や日本の重要影響事態認定を受け、中国共産党指導部は「米軍との短期的な戦闘もやむなし」と決意する。そうと決まれば、米軍の動員が完了する前に始めた方が中国軍にとって有利であることは言うまでもない。

米国内でも「台湾を守れ」という声が強まり、米国大統領も「中国軍との間で台湾防衛に目的を限定した限定的な戦闘となることは避けられない」と判断する。米国大統領は日本国総理に自分の決意を伝え、一緒に中国と戦うよう迫った。

日本政府は「米軍と中国軍の間で戦端が開かれるのと同時に〈存立危機事態〉を認定し、集団的自衛権を行使する」と約束する。(法律上、存立危機事態を認定するためには米国に対する「武力攻撃が発生」していなければならない。この「発生」の読み方を拡大解釈し、米軍と中国軍が実際に交戦を開始する前の段階で存立危機事態を認定できるか否かははっきりしない。)情勢の緊迫度合いによっては、日本がこの時点で武力攻撃〈予測〉事態を認定し、自衛隊に動員(防衛出動待機命令)をかけたり、防御施設の構築を始めたりすることもあり得る。[xiii]

今日、現代的な軍隊が戦争の第一段階で考えることは〈情報優勢〉の獲得である。中国軍及び米軍の双方は、敵の軍事衛星に対する攻撃、海底ケーブルの切断、指揮命令系統へのサイバー攻撃を試みるであろう。この段階で宮古島などにある航空自衛隊のレーダーサイト――その情報は米軍と共有される――がミサイル攻撃を受ける可能性も十分にある。自衛隊は地上配備型迎撃ミサイル(PAC3)を配備してレーダーサイトの防衛に努めるだろう。しかし、中国軍が多数のミサイルを撃ちこんできたら防ぎきれない。

戦端が開かれるのが宇宙空間となるか東シナ海となるかはさておく。米中が交戦を始めたことを受けて日本は存立危機事態を認定した。存立危機事態の下、自衛隊は集団的自衛権の行使として武力行使が可能になった。その中心的な任務は、米軍に対する後方支援・捜索救助活動を戦闘地域においても実施することであろう。それに伴い、自衛隊が中国軍と交戦することは言うまでもない。米軍の封鎖突破作戦に自衛隊の戦闘機や潜水艦、護衛艦等を参加させることも法律上は可能となる。

米中が戦えば、勝敗の行方は定かでない一方、双方に相当な損害が出ることは確実である。米中双方の指導者は「できれば戦いたくない」と内心は思いながら、台湾情勢の進展と国内政治要因に追い込まれて開戦を決意することになるだろう。だとすれば、緒戦段階では双方が「エスカレーションを防ぎながら戦い、どこかで停戦に持ち込みたい」と考える可能性も十分にある。その場合、台湾周辺に展開した米中の航空兵力及び海軍兵力(潜水艦を含む)は相手の出方を窺いながら、控えめに潰し合いを行うことになるかもしれない。双方がある程度の犠牲を出しながら、この状態は数日間または数週間にわたって続き得る。とは言え、「米中戦争が〈コントロールされた戦争〉のまま続く」というシナリオにあまり期待を寄せてはならない。政治指導者の当初の意図を超えて事態がエスカレートすることは、戦争にはむしろ〈付き物〉だ。その場合、文字通りの「日本有事」が始まってしまう。

 

中国軍による日本攻撃(武力攻撃事態)

たとえ米中双方がエスカレーションを望まなくても、戦闘が続けば、戦況にはどうしても優劣が生まれる。そうなれば、不利に陥った方は劣勢を挽回するための方策を考えるのが当然である。

仮に戦況が中国軍に不利となれば、中国側は米軍の発進基地となっている在日米軍基地やグアムのアンダーセン基地、そして米空母を叩く誘惑に駆られるだろう。最優先目標となるのは、台湾に近い嘉手納飛行場である。戦時には米軍も共同使用しているはずの那覇空港(軍民共用)、台湾に比較的近い岩国基地も危ない。戦況にもよるが、三沢、横田、厚木の飛行場も攻撃を受けない保証はない。中国軍は(精密誘導式の)中距離ミサイルを中国軍は多数保有している。下記は中国軍の保有する地上発射式ミサイルの数を示した表と、中国のミサイルの射程を落とした地図である。南西諸島はもちろん、日本列島全体が数百あるいは千以上のミサイルの射程に収められていることがわかる。


(前掲、米国防総省の議会あて報告書より。)

中国が在日米軍基地や自衛隊基地、日本の民間施設を攻撃するか、それが避けられない情勢になれば、日本は〈武力攻撃事態〉(狭義の日本有事)を認定することになる。武力攻撃事態が認定されれば、自衛隊は個別的自衛権の行使として武力を行使できるようになる。自衛隊が行うことのできる作戦行動の内容は存立危機事態の時と基本的には同じだ。ただし、憲法上の制約から、中国本土への派兵、臨検、占領行政は行ってはならない。どの程度前面に出て中国軍と戦うかなど、自衛隊が携わる具体的な作戦行動は、日本の被害状況を含めた戦況、自衛隊の態勢、米軍の要請等を踏まえたうえで決定される。

≪中国が緒戦段階から在日米軍基地を攻撃するケース≫

以上のシナリオは、存立危機事態(集団的自衛権)から武力攻撃事態(個別的自衛権)へ段階的に移行するものであった。しかし、政略論抜きの純軍事戦略論として考えれば、中国が「最初から全力で勝ちにいく」あるいは「緒戦段階で米軍を圧倒して米国の意図を挫く」つもりで戦端を開くというシナリオも十分にあり得る。

その場合、中国軍は米軍の軍事衛星等を攻撃するのとほぼ同時に、日本やグアムの米軍基地、そして米空母等を緒戦段階からミサイル攻撃するだろう。この場合、台湾有事を引き金にした米中戦争は〈開戦と同時に日本領土が攻撃される〉事態を招く。前節で述べたように、中国軍が緒戦段階で宮古島等にある自衛隊のレーダーサイト等をミサイル攻撃した場合も同様だ。日本政府は、存立危機事態をすっ飛ばすか、あるいは存立危機事態と同時並行で武力攻撃事態を認定する羽目に陥る。個人的には、こちらのシナリオの方が可能性は高いと思う。

≪自衛隊はもちろん、一般国民にも甚大な被害≫

極めて多数の移動式精密誘導ミサイルを保有する中国に対し、日米の持つミサイル防衛の効果は非常に限定的と言わざるを得ない。戦闘機等を格納するシェルターの数も(米軍でさえ)十分ではない。中国の攻撃に対し、在日米軍基地の被害想定は控えに見ても相当なものとなろう。

中国の〈追い込まれ感〉が強ければ、自衛隊基地や日本国内の飛行場・港湾施設などが攻撃対象になる可能性も排除されない。中国軍のミサイルが狙うのは日米の軍事施設や部隊が中心となるはずだ。しかし、誤爆を含め、周辺の民間人の生命や土地・建物にも被害が出ることは避けられない。飛行場や港湾施設が攻撃されれば、民間人の被害は拡大する。中国のミサイルにはクラスター弾が含まれることも厄介だ。住民の避難ももちろん試みられよう。だが、中国軍がそれを待って攻撃することは期待薄である。

存立危機事態や武力攻撃事態を認定すれば、自衛隊は武力行使できるようにはなる。しかし、事態を認定することによって日本人の安全が確保されるようになるわけではない。我々が大損害を受けることは不可避だ。

 

エスカレーションのリスク

以上、中国が台湾封鎖を図ったというシナリオに基づいて台湾有事に関する思考実験を行った。思考を巡らせながら、台湾有事の場合は〈戦争のエスカレーションの度合い〉の幅が極めて広いことに正直、私は戸惑った。

第二次世界大戦後、米国が戦った戦争は、ベトナム戦争からイラク戦争に至るまで、米国が戦った国は〈まともに戦えば、米軍の方が圧倒的に強い〉という意味で「米国よりも弱い国」を相手にしていた。しかし、米国にとって台湾有事はそうした戦争とはまるで違うものになる。中国軍は急速に近代化を進め、現代戦を戦う能力を身につけている。しかも、台湾は中国に近いため、中国側は同じ時間内で米軍よりも遥かに多い回数、出撃することができる。米中の軍事力を比較した時、少なくとも〈圧倒的な格差は存在しない〉と考えてよい。それはつまり、米国も中国も〈やられっ放し〉で終わる可能性は低いということを意味する。エスカレーションの幅も必然的に広がる。

一方の極論としては、まったくエスカレートしない、つまり「台湾有事の際に米国が軍事介入しない」という可能性も実はゼロではない。特に、台湾封鎖の主な原因が台湾による独立志向であれば、米国政府としては自国兵士の生命を犠牲にしたくない気持ちが強いはずだ。中国も決して米軍と戦いたいわけではない。米国が軍事介入しない代わりに中台関係を原状復帰させる方向で米中がギリギリの妥協を図る可能性もなくはなかろう。いずれにせよ、米軍が出てこなければ台湾側は引き下がらざるをえない米中が戦わなければ、日本が武力攻撃事態や存立危機事態を認定することも基本的にはない

逆方向の極論は、米中間の戦争がエスカレートして核戦争になることである。常識的に考えれば、〈まさか〉の話だ。しかし、核戦争を行う〈能力〉は、米中双方とも十分にある。2021年1月時点で米国は5,550発の核弾頭を持つ。中国の保有する核弾頭数は350発だが、2030年頃までには1,000発になると米国防総省は警戒している。[xiv]  しかも、中国は近年南シナ海での基地建設を進め、米国の第一撃を受けても自らのSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を生き残らせることのできる確率を高めた。では、核戦争を行う〈意志〉はどうか? もちろん、米中の指導者が理性的判断能力を維持する限り、核戦争など馬鹿げた話だ。しかし、戦局の推移に伴って米中のいずれかが「相手側が核攻撃を準備している」と疑心暗鬼に囚われる事態が生まれたりすれば、雲行きは怪しくなる。また、中国が米本土の電力システムに大規模なサイバー攻撃を仕掛け、電力網がダウンしたことによって大勢の死者が出る事態――猛暑や厳寒期であれば、あり得ない話ではない――となれば、米国は限定的な核兵器の使用を検討する可能性がある。

なお、本稿では、戦局が中国軍不利に推移した結果、中国側が攻撃をエスカレートさせるケースについてのみ、題材とした。しかし、米中の戦力に大きな格差がない以上、本来なら逆のケースも考慮するのがフェアであろう。米軍は今日、地上発射式の中距離ミサイルをほとんど保有していないが、急ピッチでその開発・配備を進めている模様だ。それでなくても、米軍は既に艦船、潜水艦、航空機から発射する中距離巡航ミサイル(主にトマホーク)を多数保有している。戦争が明日始まったとしても、米軍が中国の空母や中国本土にある中国軍基地を叩くことは可能だと考えてよい。

ちなみに、「米軍の中国本土攻撃に日本も一枚噛もう」と言うのが所謂「敵基地攻撃」論だ。ただし、中国軍は米軍が叩き切れない数の移動式ミサイルを保有しているため、日米による敵基地攻撃の結果、中国軍の反撃を受けて日本側の被害はむしろ拡大するリスクがある。軍事オタクや単純右翼の政治家の尻馬にのって猪突猛進すれば、日本は道を誤るだろう。

 

見通せない出口

読者は既に気づいておられると思うが、本稿で展開した台湾有事の思考実験には〈結末〉が書かれていない。実を言うと、戦争を始めた米中両国がどうやって矛を収めるのか、確信を持てるシナリオが私には思い浮かばなかった。

言うまでもなく、中国は共産党一党独裁の国である。しかし、それは中国共産党の指導者が何でも好き勝手に物事を決められるということを意味しない。米国との戦闘が不利に推移するままで停戦に応じ、結果的に台湾独立を阻止できなければ、中国共産党が中国を統治することの正当性は根本から揺らぐ。それは共産党指導部が最も避けたい事態であるはずだ。一方で、戦況が米国不利に推移すれば、米国大統領も国内的に厳しい立場に立たされる。今日、米国民の間では反中国感情が前例のないほど高まっており、党派的な政治対立も深刻化している。米国が停戦に応じた結果、台湾が「第二の香港」になれば、大統領は国内的に立っていられまい

冗談話に聞こえるかもしれないが、この思考実験の過程で私は「米中が有事の展開を水面下で制御しあう〈歌舞伎プレイ〉を実現することが双方にとって最も望ましいシナリオだ」と思うことが何度もあった。本稿の中で「コントロールされた戦争」に触れたのは、そこにヒントを得ている。しかし、昨今の米中対立激化を目の当たりにした時、「米中がうまく話をつける」形で台湾有事を終わらせるシナリオにも迷いがあった。本稿のシナリオには終わりがないのは、以上のような理由による。

 

おわりに

本稿で行った思考実験によって、いくつかのことが明らかになったと思う。

万一、台湾有事が起こり、米国が軍事介入すれば、日本有事になることが避けられない。(その意味で、安倍は正しい。)

そして、台湾有事=日本有事はエスカレーションと背中合わせだ。戦闘がエスカレートすればするほど、日本の受ける損害も拡大する。勝とうが負けようが、それは変わらない。つまり、台湾有事に参戦するのであれば、自衛隊員も民間人も生命・財産の犠牲を甘受する覚悟を持っておかなければならない、ということだ。(この点については、安倍は何も言っていない。)

ミサイルの時代における戦争は、前線と後方の境目が曖昧である。ほとんどの日本人は「中国軍から攻撃されるとしても、沖縄が防波堤になるだろう」と高を括っているかもしれない。しかし、中国が関東地方や近畿地方をミサイル攻撃するつもりなら、東北部(旧満州)から撃ってこよう。今はミサイルの時代だ。安全な場所などない。

そのうえで、最後に改めて問いたい。我々は何のためにこれだけの犠牲を払うのか?
中国が日本を侵略するというのであれば、どんな犠牲を払っても戦うべきだ。しかし、台湾有事は日本侵略ではない。ましてや、台湾が独立志向を強めたために有事が起きるのであれば、論外だ。台湾の独立や民主主義のために、本稿の思考実験で見たような犠牲を日本人が払うことはまったく正当化されない。ふざけるな、と怒るべき話である。

にもかかわらず、一部の右の輩は、自分たちが命を懸ける覚悟もないくせに「台湾の民主主義を守る」とか調子のいいことばかり言っては緊張を煽っている。我々はその戯言に振り回されてはならない。同時に、「軍事反対、絶対平和」を叫ぶだけで平和が達成されることはない。その現実も受け容れる必要がある。

日本外交は総力をあげ、中国、台湾、米国に対する働きかけを強めるべきだ。
中国に対しては、抑止力の強化だけではなく、戦略的保証(Strategic Assurance)の道を併せて提示する。
台湾に対しては、「調子に乗るな」と釘を刺す
そして米国に対しては、「台湾有事を起こさないための努力を怠るようであれば、有事の際の在日米軍基地の利用についても保証できない」と伝えるくらいの曖昧さを見せる。もちろん、米国は驚愕し、激怒するだろう。しかし、そんなことにビビっているようでは、日本外交も日本も生き残れない時代になった。
日本はもう、目を醒ますべき時である。

 

 

 

[i] 約16分間にわたるスピーチの全容を知りたければ、以下を参照のこと。ただし、親台バリバリの安倍が「民主主義の闘士」を得意満面で演じているのを見る覚悟が必要である。キーノートスピーチ / インパクト・フォーラム – YouTube

[ii] 安倍元首相に直撃! 「台湾有事は日本有事」発言の真意は…対中政策・安全保障戦略の今後 (fnn.jp)

[iii] “台湾有事は存立危機事態” 官房長官「状況に即し判断」 | 台湾 | NHKニュース

[iv] DOD 2021 Report on Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China (defense.gov)

[v] 本稿の思考実験で採用した封鎖シナリオの検討に当たっては、下記を参考にした部分が大きい。Amazon.co.jp: The Senkaku Paradox: Risking Great Power War Over Small Stakes (English Edition) 電子書籍: O’Hanlon, Michael E.: 洋書

[vi] 根拠法令は自衛隊法第100条の6。

[vii] 根拠法令は自衛隊法第95条及び第95条の2。

[viii] 根拠法令は自衛隊法第82条の3。ただし、巡航ミサイルに関しては隊法第84条。

[ix] 中国が「封鎖」を実行する方法は様々にある。最も過激なものは、台湾軍の艦船や航空機、管制システム、港湾施設、飛行場などをミサイル・爆撃機・潜水艦等で徹底的に攻撃する一方で、港湾に機雷を敷設し、警告を無視して台湾に出入りする商船や民間機は容赦なく攻撃・拿捕することだ。最も緩やかなものは、台湾に出入りする商船や民間機の安全を保証しないと警告を発するにとどめること。前者の方が封鎖の効果はもちろん高い。ただし、奇襲でなければ台湾側も激しく抵抗するし、国際世論の反発も極めて大きい。結果的に米国が軍事介入する可能性も高まる。ここでは、中国側が両者の中間的な選択肢を採ったことにしてシナリオをつくった。

[x] 中台が戦っても米国が軍事介入しないか、日本政府が自衛隊による対米軍後方支援を拒めば、重要影響事態の認定はない。重要影響事態とは要するに、米軍に対する後方支援を行う必要がある事態のこと。基本計画に記載すべき対米軍後方支援がなければ、事態認定も不要となるのである。

[xi] 1960年の岸・ハーター交換公文によれば、(日本が攻撃を受けていない時に)在日米軍基地から米軍が発進して中国軍と戦闘を行う場合には、日米両国政府は事前協議の主題とする必要がある。ただし、米政府はこの交換公文にかかわらず、日本政府から在日米軍基地の自由な使用について包括的な了承をとりつけようとする可能性が高い、と私は考えている。(なお、事前協議については、2021年4月8日付AVP第20号(https://www.eaci.or.jp/archives/avp/322)を参照されたい。)

[xii] 以下の記事を参考にした。台湾有事、南西諸島を米軍拠点に 共同作戦計画の原案策定 | 共同通信 (nordot.app)

[xiii] 武力攻撃予測事態とは、日本に対する武力攻撃はまだ発生しておらず、その明白な危険も切迫していないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態のことを言う。自衛隊の動員等はできるが、自衛隊による武力行使はまだできない。

[xiv] Global nuclear arsenals grow as states continue to modernize–New SIPRI Yearbook out now | SIPRI

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