東アジア共同体研究所

ウクライナの次は台湾? 【Alternative Viewpoint 第37号】

2022年3月31日

 

2月24日にロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めてから1か月余りが過ぎた。開戦と相前後して、世界の至る所で「次は中国が台湾を攻撃する番だ」という説が広まっている。日本でも中国の台湾侵攻に不安に感じる人は多い。3月19・20日に共同通信が「あなたは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻をきっかけに、中国による台湾や尖閣諸島への武力行使を誘発すると懸念しますか、懸念しませんか」と問うたところ、「懸念する」と答えた人は75.2%にのぼった。[i]

この「ウクライナの次は台湾」という説、イメージだけはやたらと先行しているものの、何故そうなのかという論理の部分は杜撰の極みだ。こんなペテンのような説が広く信じられているとは、実に嘆かわしい。この一月ほどの間、私がクライナ戦争におけるロシアの苦境を見ながら考え続けてきたことは、「次は台湾」という説の真逆である。AVP本号では、「ウクライナ戦争が起きた結果、中国指導部は自ら台湾有事を起こすことに対してこれまで以上に慎重になる」という見解を読者にお届けする。

 

 

「次は台湾」と言われる理由

最初に、「ウクライナの次は台湾があぶない」と世上で言われている理屈を点検しておきたい。どれもこれも、〈瞬殺〉できる幼稚な議論ばかりである。

第一は、専制国家の「武力による現状変更」論。曰く、「ロシアという専制国家(または権威主義国家)がウクライナという民主主義国家を侵略した。同じ専制国家である中国もこの機をとらえ、民主主義の台湾を武力併合しようとするに違いない」と。しかし、専制国家は民主主義を攻撃するものだ、という理論は存在しない。百歩譲ったとしても、攻め入ったロシアの方がウクライナの抵抗と西側の制裁で苦境に陥っている現状を見て、中国が好機と捉えるはずはない

第二に、中露は事実上の同盟関係にある、とする説。曰く、「今年2月4日に習近平主席とプーチン大統領は中露共同声明を発表し、『中露の友情に限界はなく、協力する上で禁じられた分野はない』と謳った。ロシアのウクライナ侵攻に呼応して、中国も台湾に侵攻するつもりだろう」と。[ii] だが、共同声明にウクライナへの言及はなかった。この1ヶ月間、中国は対露支援に及び腰の姿勢が目立つ。中露関係の現状も、アブリル・ヘインズ国家情報長官が「米国と同盟国の関係に匹敵するレベルには達していないし、今後5年間で達するとも考えていない」と米議会で断言する程度のものだ。[iii]

第三は、バイデン大統領がウクライナに派兵しないと明言したのを見た中国が「米国は台湾有事でも動かない」と考える、という議論。曰く、「米軍の介入がなければ、中国にとって〈怖いものなし〉だ。安心して台湾を獲りに来る」と。だが、米台関係は準同盟関係であり、NATO加盟国でないウクライナとは違う。しかも、米国はウクライナに未曽有の軍事支援を行い、経済・金融制裁でロシアを痛めつけている。中国が安心して台湾を攻められる、ということはあり得ない。

第四は、米軍の配備状況や態勢がロシア・ウクライナ方面に向く結果、台湾方面への備えが手薄になるという見方。曰く、「ロシアがNATO加盟国を攻撃して米露が戦う事態になれば、米軍が中国に振り向けられる兵力は大幅に減る。その間隙をついて中国は台湾を武力統一しようとするかもしれない」と。現実には、米国はロシアと直接戦うことを明確に避けている。また、3月28日に発表した予算教書でバイデン大統領は、2023会計年度の国防予算を前年比4%増やして過去最大規模の8,130億ドル(約100兆円)とするよう要求した。ロシアへの対処を強調しながらも、中国を最優先の戦略的脅威と位置付ける姿勢は変えていない

 

 

習近平指導部の「動揺」

中国共産党指導部はウクライナ戦争のこれまでの推移をどういう視点で見ているのだろうか? 3月10日に行われた米上院情報特別委員会でバーンズCIA長官は次のように述べている。[iv]

 

私は、この間ウクライナで起きたことに習主席と中国指導部は少し動揺している(unsettled)と思う。中国側はロシアが現在直面している多大な困難を事前に予期していなかった。中国は(2月4日の共同声明等によって)プーチン大統領と密接な関係を築いたことで自らの評判に傷がつくかもしれないと戸惑っている。第二には、中国の成長率が過去30年間と比べて低下している今、ウクライナ戦争が(世界経済を通して)中国経済に悪影響を及ぼすかもしれないと動揺している。そして第三には、プーチンが米国と欧州を団結させてしまったことに対して中国は動揺している。

 

CIAの分析だから絶対に正しい、というつもりはない。だが、ロシアが直面する苦境を見るにつけ、私には「中国はロシアのウクライナ侵攻を見て勇み立っている」という議論よりも「中国はロシアのウクライナ侵攻を見て動揺し、当惑している」という議論の方がストンと腑に落ちる。以下では、「我々が中国指導部であれば、台湾有事の文脈から見てウクライナ戦争の何に戸惑うだろうか?」という設問に答える形で中国の思考回路を推察してみたい。

 

1.   経済・金融制裁の威力

ロシアがウクライナに侵攻するや、米欧諸国はロシアに対して矢継ぎ早に経済制裁及び金融制裁を科した。その結果、今年の経済成長率見込みは、当初のプラス3%からマイナス15%に引き下げられた。[v] インフレ率も年率20%程度に達すると見られる。[vi] 年明けに1622だった株価(RTS指数)は2月24日に742まで暴落して1月ほど取引停止となり、3月29日時点で820前後。ハイテク製品の輸入は止まり、AppleやMicrosoftなどもロシア国内における製品・サービス販売を取りやめた。西側による経済制裁がさらに強化され、長期化すれば、ロシア経済と市民生活への打撃はさらに増大する。ロシア経済と軍事力、そしてプーチンの権力基盤を痛めつけるうえでの効果は極めて大きい。

 

〈返り血〉の許容度上昇と西側の結束

経済制裁は仕掛ける方にも痛みが伴う。輸出停止なら代金が、輸入停止なら物資が入ってこなくなるからだ。ドイツをはじめ、欧州諸国はロシアの石油・天然ガスへの依存度が高い。開戦前は「ロシアに経済制裁をかけると言っても自ら限度がある」という見方が根強くあった。ロシアの侵攻が東部に限定されていれば、米欧の足並みは乱れ、ここまで厳しい制裁とはならなかったかもしれない。しかし、プーチンがウクライナ全土に侵攻したことで、欧州諸国も経済制裁を科す際の〈返り血〉の許容度を一気に引き上げた。ドイツが完成間近の国家プロジェクト「ノルドストリーム2(=ロシアから天然ガスを輸送するパイプライン)」の承認を停止したことは、それを象徴する出来事である。[vii]

 

西側の結束

今回の制裁は、米欧諸国が一致団結して厳しい措置をとったことで格段に効果が上がった。例えば、ロシア中銀の資産凍結という制裁措置は極めて厳しいものだが、米国だけが実行したのであればロシアにはまだ〈逃げ道〉が残されていた。しかし、米国のみならず欧州各国(ユーロ)や日本(円)も加わった結果、ロシアは保有していた金と外貨準備の半分近く(約35兆円相当)を使えなくなった。[viii]

 

ドル決済の停止

米国は今回、ロシアの銀行に対して「米ドル決済を止める」という〈伝家の宝刀〉を抜いた。具体的にはSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアの(一部)銀行を排除した。加えて、米国政府は米銀にロシアの銀行(最大手のズベルバンクを含む)との取引を禁じている。これによってロシアの企業は米銀やコルレス銀行を通じた貿易代金の決済ができなくなり、ロシアの金融機関も資金繰り等で重大な影響を被っている。しかも、他国の銀行がロシアの銀行と取引した場合でも、米国がそれを共犯行為とみなせば、米銀と当該銀行のドル決済まで止められてしまう可能性がある。世界の基軸通貨を握る米国だけが行使できる、経済的な大量破壊兵器のようなものだ。かつての米国は基軸通貨を提供する国の責任として、自らの外交目的のためにドル決済制度を(少なくとも露骨に)利用することは控えていた。だが近年、米国は北朝鮮やイランに対してドル決済を通じた圧力をかけるようになった。今回の対露金融制裁の発動は、ドル決済を止めることが米国の外交目的を達成するための一般的な手段になったことを示している。

 

台湾有事と経済・金融制裁

台湾有事が起きた場合に米国や日本などが中国に経済制裁をかけることは、中国も既に想定済みだったはずである。しかし、今回ロシアがやられたような参加国数、対象品目、金融面を含めた制裁の烈度は、中国が覚悟していたレベルを遥かに超えていたと思われる。

ちちろん、中国とロシアでは、経済的な重みが全然違う。中国のGDP(2020年、世銀)は 14兆7千億ドルとロシア(1兆5千億ドル弱)のざっと10倍だ。米中貿易(2021年、米国勢調査局)は6,570億ドルと米露貿易(360億ドル)の18倍に達する。ロシアに対して行ったような経済・金融制裁を中国にかければ、「返り血」の量は対露の比ではない。しかし、西側では「民主主義 対 権威主義」というマインドセットがますます一般化し、反中・嫌中感情の高まりは止む気配がない。ウクライナ戦争によって米日欧では〈価値観や安全保障上の利害を重視し、経済的な損失を甘受する〉傾向が強まりつつある。トランプ政権下で進んだ「米欧の分断」もプーチンのおかげでかなり修復された。台湾有事に際しても、米日欧を中心に西側が結束し、対ロシア並みの強力な経済・金融制裁を中国にかけてこないとも限らない。そうなれば、中国経済への打撃は甚大なものとなり、人々の不満が中国共産党に向かいかねない。

 

 

2.   ロシア軍の苦戦

台湾有事とウクライナ戦争を同列に論じるのは乱暴な話である。2020年の軍事支出は、中国の2,523億ドルに対してロシアは617億ドル(SIPRI調べ)。練度や士気の点でも両軍は違う。台湾は中国大陸と海峡で隔てられている一方、面積的にはウクライナの国土の約17分の1しかない。また、台湾有事と言っても、中国軍が台湾へ上陸作戦を敢行するとは限らないミサイルやサイバーによる限定攻撃、または海空からの台湾封鎖といったシナリオの方が有力視されている。

その一方で、台湾有事とウクライナ戦争には似通った点も少なくない。中国軍の保有する兵器はロシアから購入したものやそれを改良したものが多い。それに対し、台湾の兵器システムは基本的には米国から導入したものだ。ウクライナ軍はロシア製の兵器のみならず、米欧から供与された兵器も使っている。また、台湾軍もウクライナ軍も米軍によって米国流の戦術を教育されてきた。ウクライナ戦争でロシア軍が苦戦していることから、「台湾有事でも中国軍は苦戦するのではないか」という疑念が生じるのは自然なことである。

 

既成事実化の失敗

武力紛争で侵攻した側が早期に戦略的要衝を押さえ、その支配を相手方や国際社会に黙認させることを「既成事実化」と言う。台湾有事における既成事実化は台湾の軍事的無力化――台湾を占領しなくても、台湾軍の拠点を破壊して航空優勢と海上優勢を獲得できれば足りる――である。一旦既成事実化されたら、米軍といえどもひっくり返すには多大な犠牲を伴う。また、中国は厳しい経済・金融制裁に直面するかもしれないが、「台湾を制圧して独立を放棄させた」という成果があれば、国民に団結して制裁に耐えるよう訴えやすい。ウクライナ戦争でロシアが追求した既成事実化のうちで最も重要だったのは、キエフの占領(及びゼレンスキーの追放)であった。しかし、ロシアはそれに失敗した。台湾有事の際にも中国が既成事実化に失敗すれば、戦局上も国内世論対策上も中国指導部は苦しい立場に追い込まれることになる。

 

米軍の影

ロシアがキエフ方面で既成事実化に失敗した最大の理由は、緒戦段階から今日に至るまでロシア軍が〈航空優勢〉と〈情報優勢〉を獲得できていないことにある。これは一体どうしたことか? ロシア軍には作戦、装備、訓練、士気、情報保全等、多岐にわたって問題がありそうだ。逆に、ウクライナ側の準備と奮戦振りには目を見張るものがある。そのうえで言えば、ウクライナ軍の背後に控える米軍の存在がやはり大きい昨年11月10日、バイデン政権はウクライナとの間で「戦略的パートナーシップ憲章」に合意した。そこでは両国が協力してロシアの侵略に対抗すべきことが謳われ、ロシアによる軍事侵攻、経済及びエネルギーの遮断、悪質なサイバー活動からウクライナを守るために米国が支援を行うことが明記された。[ix]

 

≪軍事援助≫

2014年のクリミア併合から昨年までの間、米国はウクライナに対して56億ドル(約6,800億円)以上の軍事・非軍事援助を行ってきた。バイデン政権発足以降の対ウクライナ軍事援助は20億ドル(約2,400億円)を超える。[x] レーダーシステムジャベリン(携行式対戦車ミサイル)、スティンガー(携行式対空ミサイル)、ライフル等々、米国が提供した武器や兵器システムがロシア軍との戦闘で大活躍していることは周知の事実であろう。[xi]  ちなみに、米国政府は台湾関係法によって「十分な自衛能力の維持を可能ならしめるに必要な数量の防御的な器材および役務を台湾に供与する」ことを義務付けられている。

少数ではあるが、ウクライナへは米軍も派遣されている。過去数年間にわたり、米軍特殊部隊がキエフ近郊でロシア軍の侵攻を想定した訓練をウクライナ軍に施してきた。今年1月時点で100名以上のフロリダ州兵がウクライナに派遣され、軍事顧問的な役割を果たしていた。[xii] なお、米国は台湾にも少数の特殊部隊と海兵隊を秘密裏に派遣し、台湾軍の訓練に当たらせてきたことが明らかになっている。[xiii]

 

≪情報共有≫

サキ大統領報道官によれば、米軍はロシアの侵攻作戦や作戦行動に関して、膨大な量の詳細かつタイムリーな情報をウクライナ側と常時共有している。ただし、スミス米下院軍事委員長(民主党)は、ロシア軍にリアルタイムで照準を定め、死傷させることに使えるような情報は提供していない、と説明する。「米軍がロシア軍との戦闘に直接関与している」とロシア側に受け止められないようにするためである。[xiv] 現実には、スミスの言うような〈戦闘行為に使用可能な情報〉とそうでない情報の間に明確な線を引くことはむずかしい。米軍による情報共有や作戦指導の実態が明らかになるのは、停戦が実現して米露両軍の武力衝突の可能性が消えてからであろう。

 

≪サイバー攻撃への対処≫

2015年12月、ロシアのサイバー攻撃によってウクライナで大規模停電が起きたのをきっかけにして、米国政府はウクライナのサイバー防御活動に協力を始めた。昨年10月以降は、米陸軍サイバーコマンドの兵士や米サイバー関連会社の民間人がウクライナ全土でロシアが仕掛けたマルウェアを集中的に駆除した。マイクロソフト社なども協力している。[xv] 今次戦争でロシアによるサイバー攻撃はあまり奏功していないと言われるのは、米国のこうした支援によるところが大きいと考えられる。

 

≪広義の情報戦≫

ウクライナ戦争では、広義の情報戦(=情報操作を含めた国家的広報活動によって政治目的の達成を競うこと)においても、ウクライナ側の攻勢が目立つ。これは想像だが、ゼレンスキー大統領の背後には、米国政府やPR会社がついているような気がしてならない。いずれにせよ、米欧日をはじめ世界の多くの国々でウクライナ戦争は「民主主義と専制主義の戦い」と位置付けられ、「ゼレンスキー=正義のヒーロー、プーチン=悪の権化」というイメージが人々の意識に刷り込まれた。この〈刷り込み〉があったからこそ、極めて多くの国々が厳しい対露経済制裁に参加したり、ウクライナへ武器を提供したりすることになった。戦争遂行上、広義の情報戦の意義は極めて大きいことがわかろう。台湾有事においては、今のままでは中国の方が広義の情報戦で守勢に回る可能性が高い。その結果、経済制裁や武器支援等で台湾側に味方する国が増えれば、中国にとって旨くない話だ。

 

ミサイルの限界?

ロシア軍は2月24日から3月28日までの間に1,370発以上の精密誘導ミサイル(短距離・中距離の弾道ミサイルと巡航ミサイル)をウクライナ領内に向けて撃ちこんだ。[xvi] ところが、これだけの数の精密誘導ミサイルを撃っても戦局上の決定打にはならなかった。中国にとってこれは少なからずショックだったに違いない。中国軍は地上発射式の中距離精密誘導ミサイルの配備数(推定2,200発)で米軍を圧倒している。ミサイルの威力が十分に発揮されなければ、台湾軍や米軍に対するアドバンテージが一つ失われることになる。ロシアのミサイル発射には失敗も多かった模様だ。[xvii] 失敗の理由が整備不良等ロシア側に起因するものなのか、あるいはサイバー攻撃を含めた米側の妨害工作によるものなのかについては、今のところわかっていない。[xviii]

 

 

3.  ロシアの弱体化

中国とロシアには〈対米関係が悪い〉という共通項がある。トランプ政権に続き、バイデン政権も昨年3月に発表した「国家安全保障戦略暫定指針」で中国とロシアを重視すべき二大脅威と名指しした。米中対立が後戻りできないほどに激化した今日、軍事大国・資源大国であるロシアは中国にとって、数少ない〈自然なパートナー〉である。とは言え、中国はロシアよりもずっと世界経済に組み込まれ、既存の国際秩序の恩恵にも浴している。対露関係を攻守同盟のレベルにまで引き上げ、米国との対立を抜き差しならぬものにするつもりは、中国にはないエネルギー供給面などで実利を確保しつつ、米国を牽制するためにロシアを使いたい、と計算しているのであろう。

 

台湾有事とロシア・カード

台湾有事との関連でも、ロシア・カードの持つ意味は小さくない。仮に台湾有事で米国が軍事介入することになった時、核大国であるロシアの動向次第によっては米軍が対中国戦線に十分な兵力を集結させられない事態も出て来うる。米国が中国に対する制裁の一環としてエネルギー供給を絞ってきた時も、ロシアから天然ガス・石油を輸入できれば心強い

狂った計算

ところが、ウクライナ戦争によってロシアは経済的にも軍事的にも急速に弱体化することが避けられなくなった。これはそのまま、ロシアを利用した対米牽制力が弱まることを意味する。それどころか、米欧諸国の明確な敵となったロシアとの距離感を誤れば、米欧の経済・金融制裁が中国にまで及ぶ「二次制裁」の心配をしなければならない。挙句の果てには、中国に警戒感を抱く輩がプーチンの姿を習近平に重ね、「ウクライナの次は台湾だ」と言って中国に危険分子のレッテルを貼ろうとしている。ウクライナにおけるプーチンの〈計算違い〉は習近平の計算をも大きく狂わせてしまった。

 

ロシアと欧州のトレードオフ

国力は衰えても、ロシアという国が存在しなくなるわけではない。プーチンやその系列の人物が実権を握っている限り、中国にとってロシアというカードの価値がゼロになることはない。それでも、対露関係の匙加減は極めてむずかしいものになる。例えば、台湾有事も念頭に置いてロシアとの間でエネルギー協力を進めれば、米国が中国に対する敵愾心を強めるだけでなく、欧州を米国や台湾の方に向かわせる可能性が高い。台湾有事の際に米日欧が結束すれば、強力な経済・金融制裁を科されて中国のダメージは増大するだろう。弱体化したロシアミドル・パワーの揃った欧州のどちらを重視するかは、悩ましい選択となる。いずれにせよ、今の国際環境下で台湾有事が起きることは、中国にとって決して有利なことではない。[xix]

 

 

結語:台湾武力統一はない。しかし・・・

以上見てきたところをまとめると、ウクライナ戦争がもたらした国際環境の変化には、台湾有事における中国の立場を強化する要素よりも弱める要素の方が遥かに多い。また、中国はウクライナ戦争を通じて米国が軍事・金融面で持つ力の大きさを少なからず再認識したはずである。

台湾統一は中国共産党にとって党是であり、中国にとっては国是である。建前として台湾統一の旗は絶対に下ろせない。しかし、巷の中国脅威論者の主張とは異なり、中国共産党指導部は今すぐに台湾を武力統一しようとも、それができるとも思ってはいない。「ウクライナ戦争によって台湾への武力行使の成否如何とそのコストは従来の想定よりも悪化した」ことがわかれば、習近平は台湾への武力行使に〈今まで以上に〉慎重になるだろう。「次は自分たちが台湾を攻める番だ」などと考えることなど、あり得ない。

中国の方から台湾を武力統一するシナリオはこれまでよりもさらに遠のいた――。これが本号の結論である。

 

ここで議論が終われば、AVP本号は大団円で締めくくることができる。だが、この議論には先がある。とても残念なことを言うようだが、今後の東アジアでは〈中国は自らの不利を悟ったが故にますます軍拡路線に邁進し、米国や日本も台湾有事を理由にして軍拡にひた走る〉というシナリオが現実のものになる可能性が極めて高い。それについては次号で述べることとし、ひとまず筆をおく。

 

[i] 「懸念しない」と回答した人の比率は 17.2%であった。

[ii] 以前はクレムリンのホームページで中露共同声明の全文(英語版)を読むことができたが、今はアクセスできなくなっている。

[iii] Hearings | Intelligence Committee (senate.gov)

[iv] China unsettled by Ukraine, but don’t underestimate Xi’s Taiwan resolve -CIA head | Reuters 及び前掲。

[v] ロシアGDP成長率、今年はマイナス15%に 制裁が影響=IIF | ロイター (reuters.com)

[vi] ルーブル暴落のロシア、今世紀最大規模のインフレショックへ – Bloomberg

[vii]  誤解のないように言っておくが、欧米諸国はロシアとの経済関係をすべて断ち切ったわけではない。例えば、米国や英国――いずれも産油国である――はロシア産原油・天然ガスの輸入禁止に踏み切った一方で、独仏伊などはロシアから原油・天然ガスを買い続けいている。日本、インド、中国なども同様だ。金融制裁に関しても、ロシアの最大手銀行は決済情報ネットワークSWIFTの排除対象となっていない。クレジット・カードもロシア・ブランドや中国ブランドに置き換わって継続されるかもしれない。

[viii] ロシア財務相、制裁で「35兆円凍結」 中国の協力期待: 日本経済新聞 (nikkei.com)

[ix] U.S.-Ukraine Charter on Strategic Partnership – United States Department of State

[x] U.S. Security Cooperation With Ukraine – United States Department of State

[xi] ロシア戦車撃退した“携帯兵器” 米に1日500基求めた威力とは(2022年3月25日) – YouTube

[xii] US special operations presses on in Ukraine amid threat of Russian invasion | Stars and Stripes

[xiii] U.S. Troops Have Been Deployed in Taiwan for at Least a Year – WSJ

[xiv] サリバン大統領補佐官を含めた行政府の人間は、米軍がウクライナとの間で「戦闘行為に使用可能な情報」を共有しているか否かについてコメントを拒否している。 Biden administration walks fine line on intelligence-sharing with Ukraine (nbcnews.com)

[xv] The secret US mission to bolster Ukraine’s cyber defences ahead of Russia’s invasion | Financial Times (ft.com)

[xvi] Senior Defense Official Holds a Background Briefing > U.S. Department of Defense > Transcript

[xvii] Senior Defense Official Holds a Background Briefing > U.S. Department of Defense > Transcript

[xviii] Exclusive: U.S. assesses up to 60% failure rate for some Russian missiles, officials say | Reuters

[xix] では、中国はプーチンを切った方がよいのか? いい悪いではなく、それはできないだろう。中国がプーチンを切ってもプーチンはすぐには失脚しない。4千kmの国境を陸で接する核大国との関係が不安定化すれば、何かと面倒なことになる。万一、ポスト・プーチンで親米欧政権が誕生しでもすれば、中国共産党指導部にとって悪夢以外の何ものでもない。今から約50年前、中露対立に直面していた毛沢東と米ソ冷戦を戦っていたニクソンは米中の国交を正常化し、「米中 対 ソ連」の構図を作ってソ連を追い込んだ。「米露 対 中国」の構図ができれば、今度は中国が戦略的に追い込まれることになる。また、ロシアで政変が起きれば、それが中国に飛び火しないか、共産党指導部は神経質にならざるを得ない。

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