東アジア共同体研究所

ウクライナ戦争と「国際社会」 【Alternative Viewpoint 第39号】

2022年4月30日

 

はじめに

ロシアがウクライナに侵攻した2月24日岸田文雄総理はウクライナ情勢に関して「力による一方的な現状変更は断じて認められないという原則の下、G7をはじめとする国際社会と引き続き緊密に連携しつつ、今後の情勢に対応することと指示した。[i]

一見したところ、岸田の指示は極めて〈まとも〉にみえる。しかし、よくよく考えてみると、これはかなりバイアスのかかった指示だ。第一に、「力による一方的な現状変更」とは何なのか、という点について現実の世界における解釈は一つではない。第二に、岸田指示は国際社会がロシア批判で一致団結していることを前提にしているようだが、世界の実情はもっと複雑である。

AVP本号では、2月24日のウクライナ情勢に関する岸田指示に出てくる「力による一方的な現状変更」と「国際社会」という言葉の意味を吟味してみたい。その先に、今日の世界と日本外交の問題点が多少なりとも見えてくるはずだ。

 

力による一方的な現状変更、とは何か?

岸田指示は「力による一方的な現状変更は断じて認められない」ことを〈原則〉と呼んだ。日本以外の国は「力による一方的な現状変更は断じて認められない」という言い方をあまりしない。したがって、これは国際社会における一般原則という意味ではなく、(安倍内閣以来の)日本政府にとっての原則、という意味だと考えられる。

岸田は3月27日に行われた防衛大学校卒業式の総理訓示でも「(対露制裁とウクライナ支援を行うなど)国際社会が一致して、力による一方的な現状変更に毅然と対抗していかなければなりません」と訴えた。さらに、「今回のような力による一方的な現状変更を、インド太平洋、とりわけ東アジアにおいて、決して許してはなりません」と続け、「力による一方的な現状変更」への反対姿勢を(名指しこそしていないが)北朝鮮や中国にも向けている。[ii]  「力による一方的な現状変更は認められない」という言葉は、もともと、日本政府が近年、中国を批判する時の決まり文句であった。

「力による一方的な現状変更(の試み)」は官邸ホームページで〈unilateral attempts to change the status quo by force〉と英訳されている。ここで「力」は「武力」と解釈しておいてよい。[iii]  この言葉は、平和主義を重視してきた戦後の日本人にとって受け入れやすいものだ。しかも、ロシアを非難するだけでなく、中国に厳しく当たる姿勢を示すこともできるため、政府にとっては使いやすい表現である。だが、少し掘り下げて検討してみると、この言葉が多くの矛盾を抱えていることに気づかされる。

イラク戦争≫

米国政府が「大量破壊兵器がある」と言ってイラクに侵攻し、フセイン体制を打倒したイラク戦争はどうか? 結局、大量破壊兵器は見つからなかった。文字通りに解釈すれば、これも立派な「力による一方的な現状変更」と言えるはず。しかし、日本政府は開戦当初から米国を支持し、イラクに大量破壊兵器がなかったことが明らかになった後もブッシュ大統領を批判しなかった。

ウクライナ戦争の原因≫

ウクライナ戦争が起きたのはプーチンが「力による一方的な現状変更」を試みたためである、という見方も一方的かつ皮相的だ。プーチンの肩を持つつもりなどないが、ロシア側に言わせれば、「力による一方的な現状変更」を仕掛けてきたのはNATO加盟を執拗に求めるゼレンスキー大統領やそれを支持した米国であろう。「力による一方的な現状変更」という決めつけの下では、相手側の抱く「不安」は無視される。それでは、ウクライナ戦争のような悲劇は何度でも繰り返されてしまおう。

台湾独立と武力行使≫

台湾有事についてはどうか? 台湾側が何もしないのに、中国がいきなり台湾を武力併合すれば、それは「力による一方的な現状変更」以外の何ものでもない。だが、このような事態が起きる可能性は限りなく低い。

では、台湾が何らかの形で独立を目指し、中国がそれを阻止するために武力行使する場合はどうか? 中国に言わせれば、「独立という〈一方的な現状変更〉を企てたのは台湾であり、我々の武力行使はそれを阻止するための正当なものだ」ということになるだろう。この反論に対し、中国側の行為が「一方的な」現状変更ではない、という部分については否定しにくい。

それでも、台湾の方は「我々は自由と民主主義を欲している」「中国は武力によって我々を弾圧しようとしている」などと主張し、日米や西側諸国を味方につけようとするに違いない。日本がどうしても台湾側につきたければ、この原則を捨て去るか、「力による現状変更には反対」というロジックに修正するか、しかない。何ともいい加減な話である。

尖閣有事の起こり方≫

「力による一方的な現状変更」というロジックは、尖閣問題においてすら、馬脚を露わしかねない。ここでも、中国がいきなり尖閣諸島を獲りに来れば、「力による一方的な現状変更」と中国を非難できる。日本の主張は米国を含め、国際社会からも概して受け入れられやすいだろう。だがもしも、日本側が(自民党などが主張しているように)尖閣諸島に灯台や船溜まりを作ったり、警察官を常駐させたりする等の動きを見せ、中国側がそれを阻止しようとして軍事衝突に発展したらどうか? 日本政府が中国を非難しても、それがどの程度世界から支持されるかは不透明だ。

尖閣の領有権に関しては、米国政府を含め、日本のものだと認めている国はない。米国は尖閣に対する施政権が日本にあることを認めている。だがそれも、現状維持が暗黙の前提であろう。当然、かかる事態で米軍が日本側に立って軍事介入する確率は低い。[iv]

現状維持勢力 対 現状破壊勢力≫

実は、「力による一方的な現状変更」を許さないという日本政府の〈原則〉は、ある世界観を前提にして成り立っている。それは、世界は〈第二次世界大戦以来、米国が中心になって作り上げてきた国際秩序を守ろうとする勢力〉と〈現状の国際秩序に不満を持ち、それに挑戦しようとする勢力〉がせめぎ合っている、というものだ。

この二分法的な世界観は客観的な説得力を持っているわけではない。中国は第二次世界大戦後に形成された自由貿易体制の恩恵を最も享受している国だ。国連安保理常任理事国としても優越的地位を保障されている。しかも、中国には自ら新秩序を作り、それを維持するためのコストを自らが担う、という発想も能力もない。だが、中国を敵視する人たちにとって重要なのは、実態よりも〈レッテルを貼る〉ことである。

「現状維持勢力 対 現状破壊勢力」という二分法的な世界観は、「米国の覇権を認める国  対 米国の覇権に挑戦する国」という二分法に置き換えれば、理解しやすい。長きにわたって世界の覇権国であり続けてきた米国は、自らに挑戦する国が出現することに対して常に警戒感を抱き、その国を「戦後国際秩序に挑戦する国」と呼んできた。第二次世界大戦後、冷戦期を通じて米国に挑戦したのはソ連だった。1980年代には、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた経済大国・日本を挑戦国とみなし、徹底的に叩いた。今日では、中国が旧ソ連以上に手強い挑戦国とみなされている。ロシアも挑戦国の一つだったが、ウクライナ戦争によって「対処すべき緊急度」は急上昇した。

民主主義陣営 対 権威主義陣営」という世界観も、以上に述べた二分法的な世界観にそっくり重なる。[v]  エコノミスト誌傘下のエコノミスト・インテリジェンス・ユニット研究所によれば、2021年にウクライナは(民主主義と権威主義の)混合政治体制に分類されていた。同国の民主主義指数は香港の次(!)、世界ランクで86位だった。[vi]  それが今では「民主主義国家のヒーロー」のような扱いを受けている。ウクライナが「米国の覇権を認める国」の筆頭格になったため、民主主義陣営の中での地位も向上したのである。

米国と敵対する国による現状変更に反対≫

日本政府が「力による一方的な現状変更を許さない」と言う時、上記のような二分法が前提であれば、日本政府の言わんとすることははっきりする。そう、日本政府の本音は「米国の覇権に挑戦することは許されない」ということなのだ。

こうした二分法的な世界観の下では、現状維持勢力=民主主義=善現状打破勢力=権威主義=悪、いう印象付けが行われやすい。善悪二元論の下では、米国がNATO拡大に対するロシアの不安に配慮しなかったように、両陣営とも相手陣営の国が抱える安全保障上の不安に鈍感となる。勢い、両者間の対立は助長され、尖鋭化しがちだ。

 

国際社会、とは何か?

ウクライナ情勢に関する岸田総理指示は、「G7をはじめとする」という断りを入れながら「国際社会との連携」を強調している。[vii]  その後も岸田は折に触れ、ロシアに対する「国際社会の結束の強さ」に言及してきた。例えば、3月16日の会見では「我が国を含めた国際社会の一致団結した怒りの声・制裁措置」という言葉を使った。3月27日の防大卒業式訓示では「今の我が国を含む国際社会の選択と行動が、今後の国際秩序の趨勢を決定づける。そうした大きな時代の転換点を迎える中で、国際社会が一致して、力による一方的な現状変更に毅然と対抗していかなければなりません」とぶち上げた。4月29日には訪問先のインドネシアで「国際社会はロシアとの関係をこれまで通りにすることはできない」とも述べている。[viii]

海の向こうでは、バイデン大統領も3月2日にウィスコンシン大学で演説を行い、「プーチンは今、これまでにないほど世界から孤立している」と叫んだ。このような発言を聞けば、我々は「価値観や利害を共有した一枚岩の「国際社会」というものが存在している。その国際社会は一致団結してロシアを非難し、こぞって厳しい対露制裁をかけている」という印象を持ってしまいがちだ。そこまでいかなくても、「中国など対露制裁に及び腰の国はあるにせよ、世界の大多数の国はロシアに厳しい姿勢をとっている」と信じ込んでいる人は少なくないのではないか。現実はかなり違う

≪3月2日の国連総会≫

3月2日、国連総会は緊急特別会合を開催した。会合はロシアの侵攻について「最も強い言葉で遺憾の意を表明」し、「ロシア軍の即時・完全・無条件なる撤退」等を求める決議案を採択した。
決議案に賛成したのは141カ国。加盟国全体(193カ国)の73に及んだ。一方で、反対した国はロシア、ベラルーシ、エリトリア、北朝鮮、シリアの5カ国(3%)にとどまった。中国、インド、パキスタン、南アフリカ、イラン、イラクなど35カ国は棄権票を投じた。東・東南アジアではモンゴル、ベトナム、ラオスが棄権している。無投票の12カ国を加えると加盟国全体の24%が棄権に回ったと考えてもよい。

ロシア支持を意味する反対票を投じた国がわずか5カ国しかなかった、いう事実は重い。この決議案に関しては、「国際社会がロシア批判で概ねまとまった」と言っても差し支えなかろう。[ix]

≪4月7日の国連総会≫

4月7日、国連総会はウクライナにおける人道危機の拡大を受けて緊急特別会合を開催し、国連人権理事会におけるロシアの資格停止決議案を採択した。[x]
賛成93か国に対し、反対は24カ国。3月2日の決議案に反対した5カ国に加え、中国、サウジアラビア、イランなども反対に回った。インドに加え、ブラジルやメキシコなども棄権票を投じた結果、棄権票国も58か国に増加した。東・東南アジアでは、日本、韓国 フィリピン、ミャンマーが賛成した一方、 モンゴル、シンガポール、インドネシア、タイ、マレーシア、カンボジア、ブルネイは棄権した。[xi]  前回棄権したベトナムとラオスは反対に転じた。

4月7日の決議については、全加盟国のうち、賛成=48%反対=12%棄権=39%という比率だった。決議案は採択されたものの、賛成が過半数に達していない。国際社会が対露非難の意思表明を行った、と言うには抵抗がある。

≪G7≫

ロシアがウクライナ侵攻を開始した2月24日、日・米・英・仏・独・伊・加の7カ国首脳はテレビ会議を行い、「ロシア連邦軍によるウクライナ侵攻に関するG7首脳声明」を発出した。ロシアの軍事侵略を非難するとともに、「G7として厳しい、調整された経済・金融制裁を実施」することが明記された。その後も、3月11日[xii]、  3月24日[xiii]、4月7日[xiv]  に首脳声明が出され、対露制裁の強化などが謳われている。

国によって対露制裁の内容にばらつきがあることは周知の事実であろう。しかし、2014年にロシアがクリミアを併合した時と比べれば、G7各国がとった制裁は格段に厳しい。対ロシア非難/ウクライナ支援の姿勢も、ここまでのところよくまとまっている。ちなみに、2014年に最も弱い対露制裁しか科さなかったG7の指導者は、北方領土交渉への影響を懸念した安倍晋三総理であった。

≪G20≫

4月20~21日G20財務相・中央銀行総裁会合(議長国=インドネシア)がワシントンで開催された。[xv]  ウクライナ情勢をめぐってロシアに対する各国の姿勢が一致せず、共同声明は採択されなかった

イエレン米財務長官、パウエル米FRB議長、ラガルト欧州中銀総裁、フリーランド財務相、ベイリー英中銀総裁たちは、ロシアの代表が発言した際に一時退席した。しかし、日本(鈴木俊一財務相・黒田東彦日銀総裁)、ドイツ、イタリアの代表は席にとどまりG7の中でも対応が割れた中国、インド、ブラジル、韓国等の経済閣僚・中銀総裁も、ロシア代表の発言時に退席することはなかった

4月29日インドネシアのジョコ大統領今年11月にバリ島で開催されるG20への招待をプーチン大統領が受諾したと明かした。[xvi]  バイデン大統領はかねてより、ロシアはG20から排除されるべきだと述べてきた。しかし、ジョコは「インドネシアはG20の結束を欲している。(ロシア排除による)分裂はあってはならない。世界経済の回復と発展の鍵を握るのは平和と安定である」と述べ、全メンバーが参加するという原則を崩す様子を見せていない。[xvii]  ASEANの盟主を内心自認しているインドネシアは、米国であれ、中国であれ、東南アジア地域で影響力を増大されたくないと考えている。G20議長として今後ジョコがどのような舵取りを見せるか、要注目である。

対露制裁への対応≫

ウクライナ侵攻を受け、西側諸国は前例のないほど厳しい経済・金融制裁をロシアにかけている。しかし、国の数で言えば、ロシアに経済制裁を科している国は国際社会の4分の1程度にとどまる。対露制裁に参加しているのは、ロシアが3月7日に公表した「非友好的な国と地域」というリストに載っている48の国・地域(台湾)だ。[xviii]  下記の地図で青色に塗られた国・地域がそれに該当する。それ以外の国(=白地、紫色・灰緑色に着色された国)はロシアに経済制裁を科していない。東南アジア、南アジア、中央アジア、中近東、アフリカ、中南米では、対露経済制裁に参加していない国がほとんどである。[xix]

(By Artemis Dread – Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=117002168 )

ロシアの貿易・投資構造、外貨資産の預け先等を考慮すれば、上記地図で青く塗られた国・地域による経済・金融制裁はロシアに甚大な打撃を与えている。[xx]  だが、「全世界の約4分の3の国々はロシアに経済制裁を科していない」ということもまた、客観的な事実として知っておきたい。

なお、対露制裁に参加している国の間でも、対露制裁の内容や規模には大きな開きがある。例えば、日本は米国などのように原油・天然ガスの禁輸にまでは踏み込んでいないロシアの航空会社による領空内の飛行も禁止していない。[xxi]

制裁しない理由≫

ロシアによるウクライナ侵攻を非難する一方で、制裁に加わらない国がこれほど多いのは何故か? 簡単にまとめてみたい。[xxii]

第1に、対露制裁に参加しない途上国の多くは、欧米流の民主主義国家ではない。選挙はするが権威主義的指導者が強権的に支配している国もあれば、サウジアラビアなど王制、君主制の国だってある。こうした国々にとって、「欧米流民主主義=善、権威主義=悪」という二分法は受け入れがたい。日本のように「民主主義国家なのに対露制裁に参加しなければ、米欧から除け者にされる」という強迫観念に駆られることも当然、ない。

第2に、途上国の中には、米ソ冷戦期以来の〈非同盟〉の伝統を持つ国が少なくない。彼らには、ウクライナ戦争を巡って大国(米露)間の争いに利用されてはたまらない、という思いが強い。ロシア寄りの姿勢をとるでもなく、米欧に従うでもなく、対露制裁の是非は経済・安全保障・外交上の国益に基づいて決めるべきだと考える傾向が強い。
かつて「非同盟の雄」と呼ばれたインドは、国連総会における対露決議案の採択に際しては棄権を続ける一方、ブチャでの民間人殺害に関してはロシアを非難。かと思えば、ウクライナ侵攻後の2か月間で2021年に購入した量の倍以上に及ぶロシア産原油を割引価格で購入したとみられている。[xxiii]  ロシアを孤立させて中露関係がこれ以上緊密になることはインドの国益にならない、と明言しており、バイデン大統領から対露貿易等について批判されても馬耳東風である。

第3に、中東・アフリカの国々には「ウクライナ戦争は欧州の問題だ」という突き放した見方がある。スポーツ界における対露制裁を含め、「他の途上国で武力侵攻や大規模な人道被害が起きても、米欧諸国がここまで騒ぐことはなかった」という、二重基準に対する憤りもある。[xxiv]  日本はウクライナ難民だけ、急に受け入れに熱心になった。これも白けた目で見られていることだろう。

第4に、ソ連時代からの〈遺産〉もある。典型的なのは兵器貿易を通じたロシアとのつながりだ。例えば、世界第2位の武器輸入大国であるインドは、輸入する兵器の49%をロシアから買っているエジプト=41%、中国=77%、アルジェリア=77%、ベトナム=66%、カザフスタン=89%など、武器輸入をロシアに頼る国は少なくない。[xxv]  また、アフリカ諸国の多くは植民地だった時代や白人支配下で苦労していた時代に旧ソ連から援助を受け、独立や解放を成し遂げた。その時の恩義をまだ覚えている国もある。

第5に、一部の国は(米欧にロシアを追い詰めさせたくない)中国の意向に沿ってロシア批判を抑制している。大半の中南米諸国にとって最大の輸出相手国は今や米国ではなく、中国だ。アフリカ全体で見た最大の貿易相手国も12年連続で中国となっている。

 

以上のような国際社会の実態を知らないまま、岸田が「国際社会」という言葉を多用しているとは流石に考えづらい。おそらく、岸田(日本政府)は「西側諸国との連携」、もっと突き詰めて言えば「米国との連携」を格段に進めることを決意し、それをカムフラージュするために「国際社会との連携」という言葉を敢えて使っているのであろう。

 

おわりに

以上、ウクライナ情勢に関する2月24日の岸田総理指示について考察を加えた。「力による一方的な現状変更は認めない」といい、「国際社会との連携」といい、その心は〈米国と共に歩む〉ということだとすれば、まったく笑えないオチである。米国のロシア・ウクライナ政策は決して無謬などではない。対中政策も同様だ。米国に寄り添ったところで、米国が間違えれば〈終わり〉ではないか。

米国が名実ともに超大国と呼ばれた時代、米国の外交防衛政策には〈世界全体のバランスに対する戦略的配慮を感じさせる部分〉が多少なりともあった。だが今日、米国の国力や国際的影響力は(絶対的にはまだ大きいものの)相対的に低下した。国内でも社会の分断が進み、大統領選や議会選挙は常に大接戦になる。米外交の決定過程において、国内政局や選挙への影響を考慮しなければならない部分がかつてなく大きくなった。その結果、米外交は戦略性や慎重さをますます失いつつある。

クインシー研究所のベン・フリーマンによれば、ウクライナのために雇われたロビイスト2021年の1年間で議会、シンクタンク、報道関係者に対し、1万件以上の接触(意見書の送付や会合)を図った。[xxvi]  ワシントンで最も活発にロビイングを行うと評判のサウジアラビアですら、同年の接触件数は3千件に届いていない。ウクライナ・ロビーの暗躍(活動)の凄まじさが想像できよう。ワシントンでは「独露間のノルドストリーム2に制裁を科すべき」「モスクワはいかなる譲歩も弱さの印と受け止める」といった見解が溢れ、米国議会や米国政府の態度もその方向に流れていった。外国政府のロビイングで重要な外交政策が決まってしまうことがある、ということも米外交の一断面である。

 

単純な世界観の下、米国の戦略に合わせていれば何とかなる、という大甘の外交防衛政策で突き進めば、日本はやがて大火傷しかねない。今からでも世界を正しく知り、日本を主語にした外交防衛戦略を再構築することが肝要だ。

 

 

[i] 令和4年2月24日 ウクライナ情勢に関する総理指示(14:30) | 令和4年 | 総理の指示・談話など | ニュース | 首相官邸ホームページ (kantei.go.jp)

[ii] 岸田訓示は以下で読める。令和4年3月27日 令和3年度 防衛大学校卒業式 内閣総理大臣訓示 | 令和4年 | 総理の演説・記者会見など | ニュース | 首相官邸ホームページ (kantei.go.jp)

[iii] メディアの中には「力による」を〈by force and coercion〉と英訳しているところもある。この場合は、経済制裁を含めた強制外交も含まれ、もう少し意味が広がる。

[iv] 日米安保条約第5条は「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する」と定めている。日本国の施政下にある尖閣諸島が武力攻撃を受けても条約上、米国は必ず米軍を派遣しなければならないわけではない。中国軍の動きに関する限定的な情報提供など、水面下で形ばかりの支援が行われるだけという可能性もある。

[v] バイデン大統領は3月1日に行った一般教書演説でウクライナ戦争に触れ、「民主主義と専制主義の間の闘いにおいて、民主主義が攻勢に出る時が来ている」と述べた。

[vi] 民主主義指数 – Wikipedia

[vii] 総理指示が出されたのは侵攻開始の日である。G7の米欧メンバーは侵攻前からロシアに厳しい立場を打ち出し、我が国にも同調を迫った。G7との連携はこの時点で日本政府の既定方針であった。

[viii] プーチン氏のG20出席 総理 情勢変化を見極め|テレ朝news-テレビ朝日のニュースサイト (tv-asahi.co.jp)

[ix] ただし、4分の3近くが賛成したという事実を〈加盟国の自然な声〉が集積された結果と考えるのは間違いである。例えば、当初は「最も強い言葉で非難する」という表現が検討されていたが、賛同国を増やすためにトーンが少し弱められた。この結果を得るため、米欧など西側諸国は相当な根回しと圧力をかけた模様だ。2月28日にアラブ連盟加盟22カ国が発出したウクライナ情勢に関する声明には、ロシア非難の言葉はなかった。しかし、3月2日の国連総会ではサウジアラビア、UAE、エジプトなどが決議案に賛成した。How the Arab World Is Responding to the War in Ukraine | Time

[x] 資格停止には投票総数(棄権は含まれない)の3分の2以上の賛成が必要であった。決議採択後、ロシアは人権理事会から脱退した。

[xi] ミャンマーの国軍はウクライナ戦争でロシア支持を表明しているが、国連総会の場でミャンマーは当該決議案に賛成票を投じている。クーデターが起きる前に着任した民主派の人物が在ニューヨーク国連大使としてとどまっているからだ。

[xii] G7首脳声明|外務省 (mofa.go.jp)

[xiii] G7首脳会合|外務省 (mofa.go.jp)

[xiv] G7首脳声明|外務省 (mofa.go.jp)

[xv] G20のメンバーは、G7に加え、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、韓国、メキシコ、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ、欧州連合・欧州中央銀行である。

[xvi] ジョコはG20の正規メンバーでないウクライナのゼレンスキー大統領も招待している。ゼレンスキーは出席の可否を明らかにしていない。

[xvii] ロシアを排除するためには、ロシア以外のメンバーの総意(全会一致)が必要だが、少なくとも中国が応じる可能性はない。プーチンが実際に参加すれば、バイデン等がG20への参加をボイコットする可能性もある。いずれにしても、議長国インドネシアにとっては骨の折れるサミットとなりそうだ。

[xviii] 具体的に列挙すれば、以下のとおり。アメリカ、カナダ、EU全加盟国(27カ国)、イギリス、ウクライナ、モンテネグロ、スイス、アルバニア、アンドラ、アイスランド、リヒテンシュタイン、モナコ、ノルウェー、サンマリノ、北マケドニア、日本、韓国、オーストラリア、ミクロネシア、ニュージーランド、シンガポール、台湾。

[xix] 地図の色分けは以下のとおりである。赤(えんじ)色=ロシアとベラルーシ、青色=対露経済制裁を導入した国、紫色=制裁破りに加担していない国(中国、カザフスタン)、灰緑色=形ばかりの制裁を実行している国。見えにくいと思うが、シンガポールは青色で塗られている。本稿では、青色以外の国を制裁に参加していない国とみなした。

[xx] 2019年におけるロシアの輸出は、41.3%がEU、6.5%が米国、6.1%がスイス向けだった。同年の輸入は、EUからが47.5%、米国からが4%、スイスからが3.3%だった。単なる数字とは別に、半導体等を含めた先端技術、製品・部品が西側から入って来なくなったことの影響も大きい。

[xxi] 日本が領空通過禁止に踏み込めない理由については、下記がわかりやすい。ロシアより日本の損害大きければ「効果的な制裁と言えない」…対応に苦慮する日本政府 : 政治 : ニュース : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp) なお、各国の制裁状況については、Tracking sanctions against Russia (reuters.com)ロシアへの制裁 各国比較すると(4月19日時点) | NHK を参照のこと。

[xxii] 本節の記述は下記等を参考にしながら、私の観察も交えてまとめた。反ロシア連合に参加しない途上国の思惑 – WSJ′Not our fight′: Why the Middle East doesn′t fully support Ukraine | Middle East | News and analysis of events in the Arab world | DW | 23.04.2022How the Arab World Is Responding to the War in Ukraine | Time

[xxiii] 印、ウクライナ戦争後に21年の2倍超のロ産原油購入 | ロイター (reuters.com)

[xxiv] スポーツ界のロシア制裁は「二重基準」 アラブ系選手らが非難 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News

[xxv] Trends in international arms transfers, 2020 (sipri.org) p.6 なお、インドは近年、フランスやイスラエルからの武器購入を増やしつつある。

[xxvi] Ukrainian Lobbyists Mounted Unprecedented Campaign On U.S. Lawmakers in 2021 – Quincy Institute for Responsible Statecraft

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