東アジア共同体研究所

核・ミサイル保有国の領土内を攻撃するのか? ~ウクライナ戦争に学ぶ日本の防衛力整備① Alternative Viewpoint 第42号

2022年8月19日

 

はじめに

今年12月、政府は安全保障戦略、防衛大綱、中期防衛力整備計画を改訂する。2月24日に始まったウクライナ戦争がその議論に大きな影響を与えるだろう。自民党がまとめた全16ページの『安保提言』(2022年4月26日発表)には「ウクライナ」という言葉が15回も出てくる。[i] ウクライナ戦争は所謂「敵基地攻撃能力」に関する国民の意識も大きく変えた。時事通信が今年2月11~14日に敵基地攻撃能力保有について賛否を問うた時は、「賛成」=34.3%、「反対」=26.1%、「どちらとも言えない・分からない」=39.5%であった。[ii] ところが6月10~13日に同じく時事通信が自民党提言にある「反撃能力」(敵基地攻撃能力)は必要だと思うかと尋ねたところ、「必要だ」が60.9%となり、「必要ない」の19.2%を圧倒した。[iii]

我が国の防衛戦略を検討するに当たって、ウクライナ戦争を参考にすることは必要不可欠である。今日、日本が安全保障面で念頭に置くべきは中国、北朝鮮、ロシアの3ヵ国。わけても、台湾有事に絡んで中国と軍事衝突に至るシナリオが最も危ない。もちろん、台湾有事における中国軍とウクライナ戦争におけるロシア軍は同じではない。ウクライナと台湾(及び東シナ海、そして日本列島)では地理的条件も大きく異なる。中国もウクライナ戦争について必死で研究するはずだから、台湾有事が起きた時に中国軍がロシア軍と同じ戦略的・戦術的失敗を繰り返すとは限らない。それでも、中国との戦争は「ハイ・エンド紛争(大規模で、高烈度で、テクノロジー的に洗練された通常兵器による戦争)」となる可能性が非常に高い。[iv] 加えて、中国は核ミサイル保有国だ。紛争がエスカレートし、核戦争に至る可能性も念頭に置かざるを得ない。ウクライナ戦争はまさしく、〈核戦争の可能性を孕んだハイ・エンド紛争〉である。[v] 言葉は悪いが、これほどに稀有な教材はない。

しかし、〈ウクライナ戦争を参考にする〉ことと〈ウクライナ戦争に惑わされる〉ことは違う。最近は、ウクライナ戦争を見た国民の不安を利用して日本の防衛論議をおかしな方向に誘導しようとする国賊議員・メディアがやたらと目に付く。とんでもないことだ。本稿では、現時点でウクライナ戦争から学ぶべき教訓を私なりに抽出し、今行われている防衛論議に小さな石を投げてみたい。

ウクライナ戦争は何を教えてくれるか? 私のたどりついた結論は、国民の多くが感じていることの真逆だ。すなわち、敵基地攻撃能力の保有に血眼となることは愚策であり、専守防衛を抜本的に強化することこそが正しいAVP本号では、「ウクライナ戦争に学ぶ日本の防衛力整備」の第一弾として、核ミサイル保有国の領土内を攻撃することはできない(してはならない)と主張する。穴だらけの専守防衛を鍛えなおすべきことについては、近く出すつもりのAVP別号で議論するつもりである。

 

ウクライナ戦争~禁じられた敵基地攻撃

ウクライナ戦争が始まると、テレビやネット空間には「専守防衛では日本を守れない」「敵基地攻撃能力を持たなければ、日本もウクライナのように〈やられっ放し〉になる」という意見が溢れた。[vi] 例えば、今年6月9日付AVP第41号でも紹介したとおり、香田洋二元自衛艦隊司令官はテレビに出演し、「押し寄せてくるロシア軍を領土内で押し返すのが精いっぱいのウクライナの戦いは、今まで日本が70年間言ってきた専守防衛と同じ図式大国ロシアは本土がやられないから、限りなく何波も攻めてくる。(中略)専守防衛の典型的事例です」と述べた。だが、この手の議論はウクライナ戦争の本質をまったく理解していない――あるいは、意図的に曲解した――議論である。

《敵基地攻撃保有論とは何か?》

「敵基地攻撃能力」とは、〈相手の領域内を攻撃する能力〉のこと。日本は今日まで、他国の領域内を攻撃する兵器や態勢を準備してこなかった。[vii] これまで敵基地攻撃を議論する際には、標的として相手のミサイル基地――TEL(テル)と呼ばれる〈発射台付き車両〉に搭載されたミサイルを指すことが多い――を想定していた。だが冒頭に触れた自民党提言は、「相手国の指揮統制機能等」を標的に含めた。相手国軍隊の飛行場、弾薬庫、燃料貯蔵庫、レーダー施設、通信施設等にまで攻撃目標が拡大されたということだ。[viii]

《敵基地攻撃が招く「核攻撃のリスク」》

開戦以来、ウクライナはロシア領内を(本格的には)攻撃していない。[ix] ウクライナがロシアに対して強く怒り、ロシア軍撃退に執念を燃やしていることは当然だ。西側からの支援によって手段(兵器、情報、資金)さえ得られれば、ロシア領内を含めてロシア軍を容赦なく攻撃したいというのが本音であろう。だが、それを控えているのには理由がある。

ウクライナが米国やNATO諸国から中距離ミサイルや最新鋭戦闘機等を大量に供与され、ロシア領内を大々的に攻撃して目に見えるダメージを与えることができたら、何が起こるだろうか? 一見、ウクライナにとって戦局が大きく打開され、祖国の領土回復が近づくと思えるかもしれない。だが、ロシア側の被害があまりに大きくなれば、プーチンはウクライナに対して戦術核兵器を使う可能性が出てくる。例えば、黒海上空での核爆発、②ウクライナ指導部を狙ったキエフに対する核攻撃、③ウクライナの軍事目標に対する核攻撃、④民間人を狙った都市への核攻撃、などの可能性が専門家によって指摘されている。[x]
ウクライナはロシア領内への攻撃をやりたくてもできないのが現実だ。少なくとも、ロシア側に大きな被害が出るような規模と形態での攻撃は抑制せざるを得ない。

コラム①:ロシアの核兵器使用ドクトリン

ロシアは最近、核兵器の使用について「ウクライナ情勢そのものではなく、ウクライナ情勢を巡ってNATO諸国から直接攻撃があった場合にのみあり得る」という見解を表明している。[xi] ただし、これは戦闘が基本的にはウクライナ国内で行われ、戦局も膠着状態に陥っているから言えることであろう。

プーチンは「国家の主権を守るためであれば、核兵器を使用する」と再三公言してきた。ロシアの核兵器使用ドクトリンも、①ロシア連邦及び同盟国の領域を攻撃する弾道ミサイルの発射に関して信頼の置ける情報を得たとき、②ロシア連邦及び同盟国の領域に対して敵が核兵器又はその他の大量破壊兵器を使用したとき、③死活的に重要なロシア連邦の政府施設又は軍事施設に対して敵が干渉を行って機能不全に陥れ、ロシアが核戦力による報復活動を行うことに障害がもたらされたとき、④通常兵器を用いたロシア連邦への侵略によって国家の存立が危機に瀕したとき、という4つのケースでは核兵器を使用する、としている。[xii] 米軍やNATO軍がロシア領内に入った場合はもちろん、西側の支援を受けてウクライナ軍がロシア領内を(大規模に)攻撃すれば、いずれかの条件が満たされる可能性もまた高まる。

 

《エスカレーション抑止》

近年のロシアは「エスカレーション抑止」という考え方に傾いていると言われる。通常兵器による戦闘では西側に勝てないロシアが〈戦術核を限定的に使用して米国に核攻撃の応酬がもたらす災禍を想起させ、対ウクライナ支援や戦争の続行を諦めさせる〉という戦略概念のことだ。「事態を鎮静化するためにエスカレートさせる(escalate to de-escalate)」と言ってもよい。

言うまでもなく、これはロシアにとって都合の良い〈希望的観測〉という側面が強い。だが、追い込まれた指導者は往々にして希望的観測にすがり、身を滅ぼすものだ。「真珠湾攻撃が成功すれば米国民の戦意を失わせられる」と考え、破滅への一歩を踏み出した戦前の日本政府を思い出すまでもない。

【核弾頭搭載可能なロシア製短距離弾道ミサイル「イスカンデル」】[xiii]

 

《結局、エスカレーションの可能性大》

ロシアがウクライナを核攻撃したとき、米国はどう反応するだろうか?

第1の選択肢は、ロシアとの停戦交渉に舵を切ること。ただし、その可能性はゼロではなくても、あまり高くはない。ウクライナはNATOに加盟していないが、米国のウクライナへの肩入れは事実上、同盟国に対するものと変わらない。米国がロシアの思惑通りに引き下がれば、世界中の同盟国・パートナー国が米国に寄せる信頼は失われてしまうからだ。
第2の選択肢は、ロシアまたは(ロシアの同盟国である)ベラルーシに対して戦術核攻撃を敢行すること。[xiv] 目には目を、である。
第3の中間的な選択肢は、米軍が通常兵器でロシア軍を徹底的に叩く、というもの。だがその結果、ロシアが2発目の核兵器を使えば、米国も結局は核兵器の使用に追い込まれるだろう。

第2、第3の選択肢を採った場合、ウクライナ、東欧、ロシア、ベラルーシ方面での戦術核の撃ち合いにとどまるのは初めのうちだけかもしれない。米露の核の応酬は極めて短期間にエスカレートし、世界規模の核戦争を引き起こす可能性がかなり高い。

《撃退せよ。だが、追い詰めるな》

米国政府は同様の理由から、ウクライナがロシアを追い詰めすぎないよう、ウクライナへの軍事支援の手綱も調整しているように見える。例えば、米国は高機動精密誘導ロケット砲システム「HIMARS(ハイマース)」をウクライナに供与するに当たり、ロシア領内の標的に使用しないことを約束させた。[xv] しかも、米国が供与したHIMARSは射程70-80㎞のバージョンだ。ウクライナはATACMSと呼ばれる射程300㎞のミサイルを合わせて供与するよう求めているが、米国は同意していない。[xvi] 英国がウクライナに供与している精密誘導ロケット弾M31A1も射程は約80㎞である。

*射程70~80㎞のミサイル/ロケット砲では、ウクライナの支配地域(黄色の部分)からクリミア半島(右下の赤い部分)主要部まで届かない。(上記地図左下の黒い枠内の最下部にある目盛りが280㎞。)[xvii]

 

加えて、米国はロシア領内の軍事目標に関するリアルタイム情報をウクライナ軍に与えていないと述べている。[xviii] バイデン政権は、ウクライナ軍がロシアを追い込んで核危機を招くことがないよう、早め早めに芽を摘もうとしているのだろう。

万一、ゼレンスキーが核攻撃のリスクを無視して猪突猛進するようなことがあれば、米国はウクライナに対する軍事支援を絞ったり、ロシア軍の動向に関する情報提供を止めたりするなど、ウクライナのロシア攻撃を妨害する挙に出ても不思議ではない。敵が核ミサイルを持つ軍事大国である場合、本気でその領土を攻撃する(=敵基地攻撃を行う)ことはできないし、米国もそれを許さないのである。

コラム②:クリミアというグレーゾーン

本稿の議論は、ウクライナ戦争でウクライナは核保有国・ロシアの領土を(少なくとも大々的には)攻撃できない、というもの。ただし、ウクライナに関しては、グレーな地域があるクリミアドネツク、ルガンスクの東部2州のことだ。2014年3月、ロシアはクリミアを併合した。今年2月に親露派が独立を宣言した東部2州についても、ロシアは併合を計画している模様だ。もちろん、ウクライナはそれを認めず、クリミアや東部2州は自国領土だと主張している。

最近、クリミアにあるロシアの空軍基地や弾薬庫で爆発が起こり、ウクライナ軍の関与が疑われている。ウクライナにとってクリミアは自国の領土だから、これはロシアの侵略に抵抗するための正当な攻撃ということになる。しかし、プーチンに言わせれば、クリミアはロシアの領土だ。これを失うような状況が生まれれば、ロシアによる核兵器使用の可能性が再浮上しかねない。

もしも将来、「クリミア奪還」という宿願が叶う目が出てきたら、強烈なナショナリズムと反露感情を持つウクライナ指導部は「ロシアによる核攻撃の脅し」によって抑止されるのか? 人間が理性に支配されるとは限らない以上、不透明が残る。

米国政府もクリミアをロシア領と認めていない。ウクライナによるクリミア奪還攻撃は正論であり、バイデン政権も表立っては抑えにくい部分があろう。「対露弱腰」を攻撃され、秋の中間選挙に悪影響が出ることはバイデンもできれば避けたいはず。とは言え、ウクライナがクリミア攻撃を強めた結果、ロシアが核兵器を使えば〈この世の終わり〉が近づく。

クリミア情勢の今後の進展如何によっては、バイデン、ゼレンスキー、プーチンの三者はそれぞれに究極の決断を迫られる可能性がある。その結果は我々日本人の生死をも左右しかねない。

 

対中敵基地攻撃の先にあるもの

日本が中国を想定して敵基地攻撃能力――すなわち、中国領土内の軍事拠点を攻撃する能力――を持つとは、どういうことなのだろうか? 前節での議論を踏まえ、考えてみたい。

《形式的な敵基地攻撃能力を持っても無意味》

中国は今や、質量ともに軍事大国と呼ぶべき存在となった。しかも、国土は広大である。中国領内の移動目標――移動式の発射台付き車両(TEL)を含む――を攻撃することはまず不可能である。空軍基地などの固定目標を攻撃する場合でも、日本側は単にミサイル等の〈足の長い飛び道具〉を持つだけでなく、航空優勢・海上優勢を獲得することが大前提となる。そのためには、日本は膨大なヒト・モノ・カネを中長期的に注ぎ込む一方で、中国がそれに対する対抗措置をとらないという幸運が必要だ。およそ現実的とは考えられない。

航空優勢・海上優勢を握れないままの状態で中国領内の固定目標を攻撃する能力を持ったとしても、役には立たない。無理に使えば、自衛隊員の命を無駄に危険にさらす

《核攻撃を受けるリスク》

では仮に、日本が防衛予算を劇的かつ持続的に増やしたり、米軍との協力を格段に進めたりすることによって、日本が中国の〈固定目標〉に対して十分な敵基地攻撃能力を保有したとすれば、どうなるだろうか?

有事の際には、自衛隊が中国の領土内にある軍事施設を攻撃し、中国軍に大きな被害を与えられる。当然、日本防衛にも有利な状況を作れるようになるはずだ。しかし、そこから先の日本の立場は、ロシアと戦っているウクライナと重なる。そう、中国による核兵器の使用を常に心配しなければならなくなるのである。

中国は現在、推定で約350個の核弾頭を保有している。ロシアの持つ核弾頭数に比べればずっと少ないが、万一使われれば日本にとって致命的な災禍をもたらすことは言うまでもない。核の運搬手段についても、ICBM(地上発射式大陸間弾頭弾)SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)核搭載可能な中距離ミサイルなど多様かつ多数だ。サイロに格納されていたり、潜水艦TELに搭載されていたりするため、日米が核ミサイルの発射拠点を叩くことはできない。核ミサイルが発射されれば、ミサイル防衛(MD)で迎撃できるのはせいぜい一部にとどまる。

コラム③:中国の核戦力

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、2022年1月時点で中国が保有する核弾頭数は約350発。[xix] 米国防総省はこれが2030年までに少なくとも1,000発に増えると予想している。[xx] ロシアの保有する核弾頭数5,977発に比べれば少ないが、日本はもちろん、米国を核攻撃して破壊するのには十分すぎる能力である。

なお、中国は「核兵器の先制不使用(No First Use、以下NFU)」を宣言している。[xxi] これがいかなる時も守られれば、日本や米国が中国本土を通常兵器でいくら攻撃しても、中国が核兵器を使う心配はない。だが、現実にはそうもいくまい。既に中国国内には「NFUを放棄すべきだ」とか「台湾有事は適用除外とすべきだ」という議論がある。[xxii] 米国防総省によれば、中国軍将校の中には「通常兵器による攻撃によって中国の核戦力や中国共産党の統治が脅かされることがあれば、中国の方が先に核兵器を使うだろう」と語る者もいるらしい。[xxiii]
NFUは平時の緊張緩和に大きな意味を持つ。そのうえで言えば、NFUは所詮、〈宣言政策〉である。戦時、特に戦局が中国に不利になった場合にもNFUが維持されることを前提にして日本の防衛政策を論じることはできない。

同盟国である米国の拡大核抑止があるからと言っても、決して安心はできない。米国との間で核のエスカレーションを招くリスクがあることを承知したうえでなお、プーチンはウクライナに対して戦術核兵器を使いかねない、と考えられている。日米の反撃によって中国軍が劣勢に陥った時、中国共産党指導部が「米本土ではなく日本に対して(高高度核爆発を含め)核兵器を戦術的に使った場合、米国は核のエスカレーションを恐れて戦争の収束に動くはずだ」と考えない保証はない。

《対中領土攻撃の現実》

中国が日本に対して核兵器を使えば、日本の存立にとって致命的な被害となる。米国が核兵器で応酬してエスカレーションが起きれば、第三次世界大戦だ。また、米中による核のエスカレーションが途中で止まったとしても、日本に何発も核ミサイルが撃ち込まれた後では、意味がない

もちろん、日本が中国の領土内を攻撃したからと言って、必ず中国が日本を核攻撃するというわけではない。だが、「多分、核攻撃はないだろう」という程度に考え、自衛隊に中国領内を攻撃させることは無責任すぎる。
結局のところ、中国に対する十分な敵基地攻撃能力を日本が持てたとしても、核の報復を怖れてビクビクしながら使うか、手加減しながら使うかになる敵基地攻撃能力保有論者が目論んでいるように、日本防衛を全うするという効果はまったく得られない。

《米国の抱えるジレンマ》

ウクライナ戦争における米国の態度を見る限り、台湾有事が起きた際にも米国は「米軍が中国軍と直接戦う事態を極力避けたい」と考えるかもしれない。とは言え、台湾関係法が存在し、すぐ傍に在日米軍基地もあることから、米中は戦わざるを得なくなる可能性の方が高いだろう。だがその場合でも、米国は〈中国が核兵器を使用せざるを得ないような状況をなるべく作りたくない〉と考えるはず。その延長線上で言えば、日本が中国領内を攻撃したいと望んでも、米国が同意しないことも十分あり得る。米軍からの情報共有や作戦支援がなければ、自衛隊が中国領内を単独で攻撃することは想定しづらい。

パレードにおける弾道ミサイルDF(東風)-17 [xxiv] ~核弾頭や極超音速滑空兵器を搭載可能とされる。最大射程=1,800~2,500㎞。

 

《敵基地攻撃のバランスシート》

最後に、少し違った視点から敵基地攻撃能力の保有について論じる。

日中が軍事衝突するとすれば、最も可能性が高いのは〈台湾が独立の動きを強め、中国がそれを阻止しようとして武力を行使し、日米も中国との間で戦争になる〉というシナリオである。元はと言えば台湾独立のために始まった戦争で日本が中国の領土内を攻撃し、中国から核攻撃を受ける危険に直面する――。これはどう考えても割に合わない

直接的な日本有事であっても、中国の領域内を攻撃することが必ず正当化できるとは限らない。例えば、尖閣有事。尖閣という無人島を獲られた場合に中国本土を攻撃するというのは、いかにもバランスが悪い。第一、そんなことをしても、中国が上陸部隊を引き揚げるはずはない。かと言って、奪還作戦を仕掛けるには、航空優勢・海上優勢の確保が必要だ。別の意味でエスカレーションを招く可能性が高いうえ、成功する保証もない。それよりも、尖閣に上陸した部隊をスタンド・オフ・ミサイルで撃退する能力を日本が持ち、それを中国に対してアピールする方がよほど賢明であろう。中国もおいそれとは手が出せないはずだ。

 

ロシアに対する敵基地攻撃

2月にロシアがウクライナに侵攻して以来、麻生太郎元総理(自民党副総裁)は「西(のウクライナ)に行ったけど、東(の日本)に行かないという保証はない」とアジっているようだ。ウクライナに侵攻したようにロシアが北海道などを狙って日本に侵攻する、という戯言は聞き流すに限る。ただし、ロシアに関しては〈ウクライナの飛び火〉というシナリオに注意しておかなければならない。

日本人はウクライナ戦争を「遠くの戦争」と思っている。だがもしも、米国・NATOがロシアと直接戦闘に及ぶような事態になれば、日本にロシアと戦う気があろうとなかろうと、〈米軍が重要な基地を置き、国境を接している〉日本はロシアの攻撃目標となる。前述のとおり、米国・NATOとロシアが戦えば、核兵器が使われる可能性が相当に高い。そうなれば、ウクライナの飛び火は大火となり、いきなり日本列島が核攻撃されるシナリオさえあり得なくはない。

だからこそ、日本は敵基地攻撃能力を持つべきだ――。麻生なら、すぐにこう言うかもしれない。しかし、ロシアの保有する核弾頭数は6,000発に近い。広大な領土にICBMは300基以上、SLBMも100基以上保有している。はっきり言って、日本の敵基地攻撃能力に出る幕はない。核戦争に巻き込まれたくなければ、米露を戦わせない外交に注力する以外に方法はない。[xxv]

 

北朝鮮に対する敵基地攻撃

核・ミサイルの増強に余念のない北朝鮮。だが、この国が自ら日本だけを狙って攻撃してくるシナリオは考えられない。日米は安保条約を結んでおり、日本国内には米軍が駐留している。米国と戦争になるような真似は北朝鮮にとって自殺行為だ。しかし、何らかの理由で朝鮮半島有事が起これば、北朝鮮には日本を攻撃する誘因が強く働く。米軍の発進拠点となる在日米軍基地米軍の後方支援拠点となる日本を叩いておかなければ、それこそ〈やられっぱなし〉になるからだ。

《対日核攻撃のリスク》

米韓と北朝鮮の軍事力を比較すれば、総体としては米韓軍が北朝鮮を圧倒している。朝鮮半島有事で北朝鮮が勝利することはあり得ない。だが日本にとって、北朝鮮のミサイル攻撃は大きな脅威だ。核弾頭を搭載していれば、その被害は耐えがたい。

北朝鮮による核使用のリスクは、中国の場合とは性格が相当に異なる。前節で見たとおり、対中国では、日本(及び米国)の本格的な敵基地攻撃が中国の核使用を招く危険性に注意しなければならない。しかし、北朝鮮が核兵器を使う場合、念頭にあるのは在日米軍基地を機能停止させることである。[xxvi] また、日本に核ミサイルを撃ち込むとすれば、北の戦力が残っている緒戦段階の方がむしろ危ない。

コラム④:北朝鮮の核ミサイル

北朝鮮は現在、日本列島の一部または全部に届く弾道ミサイルを700~1,000発保有している。ミサイルの多くは発射台付き車両(TEL)から発射される。北朝鮮はスカッド(射程300~1,000㎞)用のTELを最大100両、ノドン(同1,300~1,500㎞)用のTELを最大100両、ムスダン(同2,500~4,000㎞)用のTELを最大50両保有している模様だ。[xxvii]

北朝鮮が保有するミサイルの中には核弾頭を搭載したものも既に存在すると考えられている。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の推定によれば、2022年初頭段階で北朝鮮は約20発の核弾頭を保有している。[xxviii] 北朝鮮が抽出済みの核分裂性物質は、2017年段階で核弾頭60発分を製造可能な量とも、2022年初頭段階で50発前後とも言われる。[xxix] 北朝鮮は現在も核分裂物質を製造し続けているため、核弾頭数は増加が避けられない。ランド研究所は北朝鮮の核弾頭数が2027年までに200発近くまで増大する可能性があると警告している。[xxx]


《北朝鮮のミサイル拠点は叩けない》

そう考えると、北朝鮮に対する「敵基地攻撃能力」は、北のミサイル発射拠点(TEL)を叩けてはじめて、意味がある固定目標に対する攻撃なら、米韓に任せておけば十分だ。

8月17日付読売新聞によれば、政府は北朝鮮を念頭に置いて、新規建造のイージス・システム搭載艦に対地攻撃可能な長射程巡航ミサイルを搭載することを検討している模様だ。[xxxi] しかし、移動するTELを巡航ミサイルで破壊することはできない。また、北朝鮮のミサイルもほとんどは移動式のTELに搭載され、発射直前まで地下施設やトンネル等に隠蔽されている。ミサイルの発射前にリアルタイム位置情報を得られる目途は立ってない。これでは、「なんちゃって敵基地攻撃能力」である。

 

おわりに

日本が防衛対処を考えるべき対象国は、すべて核・ミサイル保有国である。ところが、敵基地攻撃能力の保有を主張する人たちの多くは、核・ミサイル保有国の領土を攻撃することの意味を理解しないまま、犬の遠吠えよろしく、気勢をあげている。つくづく、日本は平和な国である。

誤解のないように言っておきたい。日本は今後、質量ともに防衛力を強化することが絶対に必要だ。ただし、防衛力整備の中身は賢明なものでなければならない。敵基地攻撃能力は、国際的な緊張を過度に煽るばかりで、核・ミサイル保有国を相手にする日本防衛の役には立たない。〈日本に対する攻撃を確実に撃退できる能力〉と〈攻撃を受けても生き残れる能力〉にこそ、限られたヒト・モノ・カネを最優先で注ぎ込むべきだ。

 

 

 

[i] 新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言 ~より深刻化する国際情勢下におけるわが国及び国際社会の 平和と安全を確保するための防衛力の抜本的強化の実現に向けて~ (nifcloud.com)

[ii] 佐渡金山推薦、賛成6割弱 「敵基地保有」3割が肯定―時事世論調査:時事ドットコム (jiji.com)

[iii] 「どちらとも言えない・分からない」は19.9%であった。反撃能力「必要」6割超 防衛費増額、5割近くが容認―時事世論調査:時事ドットコム (jiji.com)

[iv] ロシアとの戦争も無論、ハイ・エンド紛争となる。北朝鮮の場合、通常兵器はテクノロジー的に洗練されているとは言いがたい。しかし、核ミサイルを保有していることを考慮すれば、ハイ・エンド紛争の性格が強いと言ってよい。

[v] 第二次世界大戦後、つい最近まで世界にハイ・エンド紛争の実例はほとんどなかった。米国が戦った戦争は、ベトナムにせよ、イラクやアフガニスタンにせよ、相手の軍事力・技術力は米軍に大きく後れを取っていた。ロシアが過去の行った戦争も、冷戦期のアフガニスタンから冷戦後のチェチェン、グルジア、2014年のウクライナまで、相手の軍事力は質量両面でロシア軍よりもはっきりと劣っていた。ところが、ウクライナは2014年以降、米国等の支援を受けながら驚くべきスピードで軍事力を整備し、今回のロシアによる侵攻に際しても西側から近代的兵器・弾薬等の供給を大量に受けている。かくして、ウクライナ戦争は、我々の目撃した最初のハイ・エンド紛争となった。

[vi] AVP第41号でも説明したとおり、本当は専守防衛の下でも相手の領域内を攻撃することは決して排除されていない。自民党が提言する敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有も「専守防衛の考え方の下で」という但し書きがついている。

[vii] 航空自衛隊はほどなく射程900㎞以上のミサイルを戦闘機に配備する予定である。空自の戦闘機が東シナ海や日本海上に出向き、中国や北朝鮮の沿岸付近からミサイルを撃てば、カタログ上は中国本土の一部や北朝鮮に届くようになる。だが、後述するとおり、上述のミサイルだけを保有しても実戦上の意味はほとんどないため、これを以って日本が敵基地攻撃能力の保有に至った、とは通常言わない。

[viii] 敵基地攻撃能力保有論については、賛否両論が様々にある。それについて詳しくは別の機会で徹底的に検討することにしたい。本稿では、「開戦から半年近く経つウクライナ戦争から敵基地攻撃能力保有論について何が言えるか」という視点に絞った議論を行いたい。

[ix] これまでウクライナはロシア領内をまったく攻撃していないわけではない。ロシアの石油貯蔵施設等がウクライナによる越境攻撃を受けた事実はどうやらありそうだ。ウクライナ政府は公式には否定している模様だが、〈大本営発表〉なのであてにはならない。

[x] What If Russia Uses Nuclear Weapons in Ukraine? – The Atlantic

[xi] ロシアの核攻撃シナリオはNATO次第=ロシア外務省高官 | ロイター (reuters.com)

[xii] https://www.mod.go.jp/msdf/navcol/assets/pdf/column179_01.pdf

[xiii] By Vitaly V. Kuzmin – http://www.vitalykuzmin.net/Military/ARMY-2016-Demonstration/, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=52213498

[xiv] ロシアが核攻撃に踏み切ったらアメリカはどこに報復するか? 米政権内で行われていた机上演習の衝撃的な中身 | 47NEWS (nordot.app)

[xv] ウクライナ、ロシア領攻撃の自粛約束 米国務長官 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
ロシア領狙わない確約、ウクライナの足かせに – WSJ

[xvi] Himars: what are the advanced rockets US is sending Ukraine? | Ukraine | The Guardian
【解説】アメリカ・ウクライナ 兵器めぐり意見の違いか (油井’sVIEW) – 国際報道 2022 – NHK
なお、クリミア半島西部に位置するロシアの空軍基地で8月9日に起きた爆発について、ウクライナ軍が射程300㎞前後のミサイル攻撃を行ったものという見方が出ている。(クリミア軍基地爆発、ウクライナの攻撃か 衛星写真が示唆 写真7枚 国際ニュース:AFPBB News) 米国防総省は米国が供与した武器を使った攻撃ではなかったとしており、真相は不明だ。いずれにせよ、ウクライナがロシア領内――クリミアを含む――に対する大規模攻撃を行うことに米国がゴーサインを出したとは考えにくい。

[xvii] By Viewsridge – Own work, derivate of Russo-Ukraine Conflict (2014-2021).svg by Rr016Missile attacks source:BNO NewsTerritorial control sources:Template:Russo-Ukrainian War detailed map / Template:Russo-Ukrainian War detailed relief mapISW, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=115506141

[xviii] 米国政府は開戦以来、ウクライナ領内に侵攻したロシア軍の動向については、そのリアルタイム情報をウクライナ軍に提供してきた模様である。春以降のロシア軍の東部及び南部における攻勢激化や米議会からの圧力増大を受け、現在はクリミアやドンバスにおけるロシア軍のリアルタイム情報もウクライナ軍に提供していると思われる。The United States and Allies Sharing Intelligence with Ukraine – EJIL: Talk! (ejiltalk.org)

[xix] Global nuclear arsenals are expected to grow as states continue to modernize–New SIPRI Yearbook out now | SIPRI

[xx] ただし、米国防総省の表現は「中国は2030年までに少なくとも1000発の核弾頭を保有する意図を持っているとみられる」という微妙な言い方である。どうやら、中国メディアの論調や中国のプルトニウム抽出量から逆算した予測のようだ。 2021 CMPR FINAL (defense.gov)

[xxi] 中国のNFUは最初に核実験を行った1964年以来の伝統ある方針であり、現在も中国政府は公式にはNFU政策を維持している。ほかにはインドも同様のドクトリンを持っている。

[xxii] 中国国内には、核弾頭数等で米国に対して不利なのだからNFUは維持すべきではないとか、通常兵器で三峡ダムを攻撃されれば戦術核と変わらない犠牲が出る等の批判も根強くある。 The Ukraine War Might Kill China’s Nuclear No First Use Policy – The Diplomat

[xxiii] 2021 CMPR FINAL (defense.gov) 90-91ページ。

[xxiv] China unveils Dongfeng-17 conventional missiles in military parade – Ministry of National Defense (mod.gov.cn)

[xxv] 米露間で外交をやるためには、米国だけでなく、ロシアとも話ができなければならない。だが、岸田総理が2月17日に25分間電話会談したのを最後に、日露は閣僚レベルで一切接触していない。その点、プーチンとのパイプを絶やさない仏独首脳などの方が岸田政権よりもよほどしたたかである。

[xxvi] 北朝鮮が日本に向けて核弾頭ミサイルを発射するのはどのような場合か? 米軍による全面攻撃が近づいていると北朝鮮が考えた時や米軍の攻撃が始まったタイミングが危ないだろう。例えば、北朝鮮は日本近海や太平洋上で核爆発または高高度核爆発を起こし、日米韓(特に米国)に警告を送って北朝鮮攻撃を思いとどめさせようと考えるかもしれない。北朝鮮が在日米軍基地を物理的に機能停止させようと思えば、通常兵器弾頭ミサイルで攻撃しても目的を達成できない。その場合、北朝鮮に残るのは核ミサイル攻撃という選択肢である。
常識的に考えれば、「在日米軍基地を核攻撃すれば米国が北朝鮮を核攻撃する」と考えられるため、そんな冒険はできないはずだ。しかし、体制崩壊の危機に瀕した北朝鮮指導部が「在日米軍基地を叩けば、米国民の士気は失われて北朝鮮攻撃を諦める」という希望的観測にすがらないとは限らない。

[xxvii] 令和4年度版『防衛白書』 p.85 脚注18及び19より。 wp2022_JP_Full_01.pdf (mod.go.jp)

[xxviii] Global nuclear arsenals are expected to grow as states continue to modernize–New SIPRI Yearbook out now | SIPRI

[xxix] US Intelligence: North Korea May Already Be Annually Accruing Enough Fissile Material for 12 Nuclear Weapons – The Diplomat

[xxx] What Are North Korea’s Military Capabilities? (cfr.org)

[xxxi] イージス艦に長射程巡航ミサイル搭載で政府調整…「反撃能力」想定した設計に : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)

 

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