東アジア共同体研究所

日本は台湾を守るべきか?  「Alternative Viewpoint」第50号

Alternative Viewpoint 第50号

2023年5月8日

 

※ 本号は、米シンクタンク「クインシー研究所」のオンライン雑誌部門である「Responsible Statecraft(責任ある政治手腕)」に須川研究員が寄稿した Should Japan Defend Taiwan? – Responsible Statecraft の日本語版です。

 

 

ウクライナ戦争が起きてから1年以上が経過し、「次は台湾」という声がますます強まっている。バイデン大統領は「中国が台湾を攻撃すれば米国は台湾を防衛する」と繰り返し述べている。バイデンの言葉を額面通りに受け取ってよいのであれば、軍事衝突が起きた時に日本は極めて重大な決断を下さなければならなくなる。日本の立ち位置は台湾を巡る戦争の帰趨に大きな影響を与えるであろう。特に重要なのは、米国が日本にある基地を使えるか否かという点である。米国が軍事介入すれば日本も自動的に中国と戦うだろうと期待することは、あまりにも単純で幼い。

 

2つの選択肢

日本の政治家や官僚たちの中には公の場で中国に対して好戦的な発言を行う者もいる。だが、日本には単独で台湾を防衛する能力はないし、そのような意思も持ち合わせていない。日本政府にとって現実に問題が生じるのは、台湾を巡る紛争で米国が中国と戦うことを決めた時である。単純化して言えば、日本にはその時、2つの選択肢がある。1つは、米国と共に中国と戦うこと。もう1つは、中立を選ぶことだ。論理的に考えれば、ウクライナ・モデルとも言うべき第3の選択肢もあり得る。それは、中国と直接戦うことなく、日米で台湾に軍事支援を供与する一方、西側諸国を糾合して中国に様々な制裁を加えるというものだ。しかし、台湾はウクライナの約16分の1の面積しか持たない島嶼である。その島嶼の全体が戦域になっている時に、日米が空路または海路で台湾へ武器・弾薬を運ぶのを中国が黙って見ているとは考えられない。結局のところ、論理的に考え得る第3の選択肢は中国と戦うという第1の選択肢と同じことになる。

 

参戦~台湾防衛に貢献できるが、大きな犠牲を伴う

日本が米台と共に中国と戦えば、日本は重大な役割を果たすことができる。自衛隊の参戦米台の軍事作戦に有利に働くことは間違いない。だが、日本が提供できる最も重要な貢献は、米軍が在日米基地のみならず、自衛隊基地や民間の港湾・飛行場等のインフラを使って作戦行動を行うことに許可を与えることであろう。日本を拠点に行動する米軍は中国軍にとって恐るべき脅威となる。先ごろ米戦略国際研究所(CSIS)が実施したウォー・ゲームにおいても、米軍が日本にある基地を使用できなければ、台湾を巡る軍事紛争で米国は負けるであろうことが示唆された。(米軍が日本にある基地を使える場合には、中国の台湾侵攻は失敗に終わることが多かった。)
その一方で、中国と戦えば、日本は甚大なコストを払うことが避けられない。米軍が日本から自由に出撃する状況を許したまま、中国が台湾を屈服させることはほぼ不可能と思われる。米軍の能力を低下させようと思えば、中国軍には在日米軍基地や日本にあるその他のインフラを攻撃する以外の選択肢はないだろう。
先に触れたCSISのウォー・ゲームは、台湾を巡る戦争の結果、自衛隊を含めた米台中のすべての軍が衝撃的な規模で損害を被るであろうことを示した。実際には、日本が受ける被害は民間部門にも及ぶだろう。中国軍が通常兵器で米本土を攻撃する能力は限られている。だが、近接する日本であれば、主にミサイルによって日本に大きな打撃を与えることは十分に可能である。民間の被害に関しては、日本の方が米国よりも遥かに大きなものとなろう。また、日本列島も戦闘地域に組み込まれることから、日本経済に対する影響も深刻なものとなるだろう。戦争が長期化し、エスカレートすればするほど、日本が被る損害が膨れ上がることは言うまでもない。
台湾をめぐって米中が戦うということは、2つの核保有・軍事大国が直接戦うことを意味する。ウクライナ戦争では、少なくともこれまでのところ、戦闘地域が主にウクライナに限定され、米露という2つの核保有国が直接戦うことは避けられてきた。それは、米国が核戦争のリスクを冒したくないと考えているためだ。これに対し、台湾を巡って戦争が起きれば、米中という2つの核保有国は直接戦火を交える。グアムや日本の米軍基地が中国軍によって攻撃されたり、戦局が台湾側に著しく不利になったりすれば、米国は中国本土を攻撃しないとも限らない。状況がさらにエスカレートすれば、核兵器が使われる可能性も無視できなくなる。新アメリカ安全保障センター(CNAS)が昨夏行ったウォー・ゲームでは、中国チームのメンバーはハワイ上空で核爆発を起こすよう中国軍に命令を下した。CNASのウォー・ゲームはそこで終わっていたが、現実の戦争では日本が核の標的になったり、米中間で核攻撃の応酬が起きたりする可能性もなくはない。

 

中立~日本は無傷だが、台湾と日米同盟を失う

日本が中立姿勢を取って米軍に日本にある基地等の使用を認めない場合、日本にとってのプラス・マイナスは、参戦した場合と基本的には逆になる。日本が中立姿勢をとれば、中国が日本を攻撃する理由はない。実際問題としても、日本が中立姿勢をとっているのに中国が日本を攻撃すれば、日本政府は方針転換して米国と共に中国と戦うことになる可能性が高い。したがって、日本が中立姿勢をとった場合に日本が受ける物理的損害は、自衛隊についても民間についても無視できる範囲にとどまるはずだ。中立という選択肢の最大の利点はこのことに尽きる。
一方で、在日米軍基地が使えなければ、米台は大幅に苦戦することが避けられない。それどころか、米国はそもそも台湾防衛のために軍事介入すべきかどうかについても慎重にならざるを得ない。いずれにせよ、日本が中立姿勢をとれば、台湾が中国共産党に支配される可能性は高まる。日本が中立を選べば、日米関係も著しく悪化する。米側から「安保条約破棄」という声が出てきても驚くべきではあるまい。台湾を巡る戦争が終結した後、日本は米国との緊密な紐帯を失った状態で中国による威圧的態度に直面しなければならないかもしれない。

 

正解は存在しない

台湾の民主主義を守ることは確かに重要である。だが、それですべてを決めるというわけにはいかない。外交政策を決めるうえで自国以外の民主主義を守ることが絶対的な基準になるのであれば、米国を含めたNATO諸国は今頃、ウクライナのためにロシアと戦っていなければならない。実際には、米国等は核兵器による世界最終戦争を含めたシナリオのリスクを秤にかけ、ウクライナに対する支援を制限している。それ自体は正しい方針だ。
今年1月13日、岸田文雄総理は米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院(SAIS)におけるスピーチでロシアによるウクライナ侵攻を振り返り、「我々の自由と民主主義を守るために、日本は行動するべきである」と述べた。さらに岸田は、中国に関しても「力による一方的な現状変更の試みは決して認めない」と誓った。しかし、台湾を巡る武力紛争が現実のものになった時、日本の指導者たちは前述の2つの選択肢のプラス・マイナスを注意深く比較考量せざるを得ない。米国政府の欲するまま、期待するままに日本が唯々諾々と行動することを米国は当然視してはならない。
とは言え、中立という選択肢も自明の答というわけではない。中立を選んだ結果、日米同盟が弱体化すれば、日本は自らの安全保障や領土の一体性を守るうえで非常に不利な状態に陥るかもしれない。しかも、台湾を巡る武力紛争が起こった際に日本は中立姿勢をとることが当たり前だと思われるようになれば、中国が「台湾を自らの支配下に置くという目標を実現するためなら、武力に訴えても構わない」と勘違いする可能性が出てくる。実際のところ、台湾を巡る武力紛争に対する日本の最終的な態度は、中国が如何にして武力行使に至るかによって決まる可能性が高い。例えば、台湾が一方的に独立を宣言した場合、日本が台湾防衛のために悲惨な結果を招くようなリスクを冒すとは考えられない。これに対し、中国の方から台湾を一方的に武力併合しようとすれば、「次の標的は日本だ」という議論が説得力を増すことになるだろう。いずれにせよ、台湾を巡る戦争が本当に避けられなくなるまで、日本は自らの態度について最終的な判断を下すべきではない。

 

我々は東アジアに戦争を招来しようとしていないか?

参戦であれ、中立であれ、この二者択一は2つの凶事の間で行う選択となる。いずれかを選ばざるを得なくなったら、日本はもちろん、米国も甚大な危険と膨大な犠牲に直面する。結局のところ、日本の最優先目標は台湾を巡って戦争を起こさせないことでなければならない。
その目的を実現するため、日米は今日、軍事的な抑止力の強化に邁進しており、台湾も同様である。だが同時に、米国政府は台湾問題を米中間の戦略的競争の試金石と位置付け、結果的に米中対立を一層激化させているように見える。日本政府もまた、中国を声高に批判し、台湾に対する支持表明に余念がない。これでは、火災保険を積み増しながら周囲にガソリンを撒いているようなものだ。
日米台がいかに抑止力を増強したところで、台湾が断固として独立に向かい、日米両政府がそれを支持していると中国政府が受け止めれば、中国による武力行使を抑止することはできない。中国の指導部は、台湾の独立を容認して中国共産党による統治の正当性が失われることを心底怖れている。この心理状態の下では、抑止の論理が機能する余地はほとんどない。歴史は抑止が失敗した事例で溢れている。東アジアにおける勢力圏が失われ、国内の権力構造が動揺することを怖れた大日本帝国の指導層は、米国に勝てるとは思っていなかったにもかかわらず、真珠湾を攻撃した。プーチン大統領がウクライナへの侵攻を決断したのも、NATOの東方拡大によってロシアの生存が致命的に脅かされるという恐怖に取り憑かれていたことによる部分が少なからずある。
台湾をめぐる戦争を未然に防ぐためには、日米は適切な抑止力を整備するだけでなく、台湾独立という考え方を拒否して中国に正当な安心感を与えることが不可欠である。さもなければ、「ウクライナの次は台湾だ」という無謀で危険な言葉は〈自己実現的な預言〉(=間違った判断や思い込みが新たな行動を誘発し、当初の誤った判断や思い込みを現実のものにしてしまうこと)になるかもしれない。そして、日本は戦慄すべき決断を下さざるを得なくなるのだ。

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