東アジア共同体研究所

徴用工問題:個人請求権を認めて仲裁委員会での決着を図れ 


Alternative Viewpoint 第5号
2020年6月18日

前号(第3号)と前々号(第4号)で論じたとおり、米中対立は今後も一層激化し、日本も否応なくそれに巻き込まれることは避けられない見通しとなった。その時、日韓関係が今のように悪化したままでは何かと都合が悪い。日韓関係の改善に取り組むことは、日本外交が生き残るための「戦略的な要請」と捉えるべきだ。

本号ではこの問題意識に基づき、日韓関係の喉元に刺さった棘とも言える徴用工問題の解決策を検討する。

日韓の戦略的和解がなぜ必要なのか?

読売新聞と韓国日報社が先月行った世論調査では、現在の日韓関係が「悪い」と答えた人は日本で84%、韓国では91%にのぼった。[i] 近年の日韓関係は戦後最低の状態にある。米中間にみられるような「力の接近」が日韓の間でも起こり、日本による植民地支配という歴史問題が絡まっているだけに、問題の根は深い。しかし、この状態を放置すれば、日本外交も韓国外交も確実に手詰まる。

【蔓延する「ウンザリ感」】

    最初に私の経験談を紹介したい。専門調査員という肩書で私が官邸に常駐していた2012年6月29日、日韓両国政府は軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を締結する予定だった。ところが当日になって、韓国政府はキャンセルを通告してくる。その前日、何となく嫌な予感がした私は「明日は本当に大丈夫?」と外務省に尋ね、「先ほども向こうと話して確認しました」という回答を得ていた。韓国政府の〈ドタキャン〉に半ば驚き、日本外交の情報収集力もこの程度のものかと半ば呆れたことを覚えている。私も民主党政権の一員として韓国との和解には心を砕いてきたつもりだった。でもこの日以降、「韓国政府と外交するのはもうウンザリだ」という気持ちが膨らんだことは否定できない。

安倍政権になってからも日韓の間ではギスギスした関係が続き、日本人の嫌韓感情も悪化の一途をたどった。昨年10月に内閣府が実施した調査では、韓国に「親しみを感じない」とする日本人の割合は前年調査から13.5%増え、71.5%となった。[ii] 韓国人の反日感情については言うまでもない。日韓関係を改善しようという機運など、盛り上がろうはずもない。

日韓関係はしばらく放っておくしかない――。韓国に対するウンザリ感と両国世論の動向を踏まえ、最近まで私もそう思っていた。しかし、事情が変わった。

【米中対立の激化が迫る「日韓の関係改善」】

   従来、米中間の対立は基本的には当事者間の争いにとどまっていた。しかし、今後は米中対立の激化に伴い、日本を含めた世界中の国々が多かれ少なかれ米中対立の巻き添えを食う時代に入る。

とは言え、米中対立時代の世界は米ソ冷戦期のように真っ二つのブロックに分かれるわけではない。日本外交も「米ソ冷戦」型の日米同盟一辺倒では立ち行くまい。「バランス・オブ・パワー」型外交の要素を取り入れ、米中以外のミドル・パワーと連携しながら臨機応変の対応を迫られる局面が増えるであろう。その際、隣国である韓国と意思疎通すらできないようでは、日本外交の自由度も低下せざるを得ない。韓国が嫌いだから韓国を無視する、という〈贅沢〉はもう許されない。

徴用工問題をめぐる動き

日韓関係には、従軍慰安婦問題と徴用工問題という二つの「棘」がある。時間軸で考えた時、喫緊性がより高いのは徴用工問題の方だ。本稿では徴用工問題の解決策に特化して議論を進める。

【徴用工判決と日韓請求権協定】

2018年10月30日、韓国大法院(=最高裁に相当)は新日鉄住金(現・日本製鉄)に対して、かつて徴用工として働かされた韓国人4名へ1人当たり1億ウォン(約900万円)の賠償金を支払うことを命じた。11月29日にも大法院は三菱重工に対して同様の判決を下した。

元徴用工は21万人以上いるとされる。同様の判決が今後も続けば、韓国に進出している関連企業はとてつもない額の賠償金を支払わなければならない。加えて日本政府内には、韓国政府が長年の外交的約束事をまたしても破った、という怒りもある。

徴用工問題に関する日本側の立場は「1965年に締結された日韓請求権協定で解決済み」というものだ。同協定では、日本が韓国に無償(3億ドル)・有償(2億ドル)の援助等を行い、個人分の請求権については韓国政府が責任を持つ約束となっていた。[iii] 日本政府は「請求権協定に基づいて韓国政府が何らかの措置をとり、日本企業に損害が出ないようにすべきだ」と主張している。日本製鉄も今日まで賠償金の支払いに応じていない。

韓国政府もかつては日本政府と同じ見解だった。だが、現在は「個人分の請求権は請求権協定によっても消滅せず、大法院判決は尊重されるべき」という立場に変わった。

【ミニ経済戦争と手詰まり】

昨年夏、日本政府は半導体製造に使われる3品目(フォトレジスト、フッ化ポリイミド、高純度フッ化水素)の韓国向け輸出を個別許可制にしたり、軍事転用の恐れが低い製品の対韓輸出を審査不要のホワイト・リストからはずしたりした。表向きは安全保障上の理由とされている。だが、徴用工問題をめぐって韓国に圧力をかけたものであることは誰の目にも明らかだった。

安倍や安倍に入れ知恵した連中は、日本以外からの調達に切り替えにくい品目を選んで輸出規制を仕掛け、韓国にお灸をすえたつもりだったに違いない。確かに韓国側も当初は慌てた。しかし、安倍は韓国の経済力とナショナリズムを過小評価していた。昨年を含め、韓国の一人当たりGDP(購買力平価ベース)は3年連続で日本を凌駕している。韓国は制裁に耐え、日本企業はシェアを失った。文政権が徴用工問題で態度を軟化させることもなかった。日本政府は今や、振り上げた拳の下ろしどころに困っているのが実情だ。

【徐々に迫る強制執行】

韓国側も大法院判決を強制執行すれば日韓関係に与える影響が大きいとわかっているのだろう。判決を事実上無視する日本製鉄の資産を差し押さえ、現金化するという最終手段の実行は今までのところ控えている。しかし、韓国も法治国家である以上、最高裁にあたる大法院判決を永遠に執行しない、というわけにはいかない

去る6月1日、韓国大邱地裁は日本製鉄の在韓資産を差し押さえするという公示通達を決定した。8月4日以降に効力が発生すると言う。8月になれば直ちに日本製鉄の資産が現金化されるとは限らない。だが、〈その日〉がいつ来てもおかしくない状態にはなる。

日本製鉄の資産が現金化されれば、日韓関係の改善どころではなくなる。徴用工問題の打開と日韓の戦略的和解をセットで進めることが急がれるのは、このためである。

担保すべき条件~ちゃぶ台返しはもう御免だ

外交交渉を通じて徴用工問題を解決する以上、日韓どちらかの主張が100%通るということはない。だが、我々としては譲歩云々以前の問題として、「いったん合意すれば、韓国側もそれを守る」という保証がほしい。

2011年8月、韓国大法院は慰安婦問題に関する李明博政権の対日無作為を違憲とする判決を出した。李の竹島上陸を含めた紆余曲折を経た後、2015年12月になって安倍晋三首相と朴槿恵大統領の間で妥協がようやく成立、安倍首相による謝罪表明や「和解・癒やし財団」の設立などが発表された。[iv] 日韓両国はこの合意を「最終的かつ不可逆的」なものだと確認していた。しかし、朴の失脚を受けて就任した文在寅大統領は「2015年の合意では問題を解決できない」と述べ、2018年11月には財団を解散してしまう。

かくして日本側では、政府内にも国民世論の中にも「韓国と交渉して何か合意したところで、いつ破られるかわからない。韓国と話すことに何の意味があるのか?」という憤りと絶望が広く共有されることになった。(逆に韓国側は、日本政府の謝罪は一時しのぎであって合意後は反省のかけらもない、と反発している。〈どっちもどっち〉の面があることは否めない。)

徴用工問題で日韓が手打ちをしても、韓国における政権交代などによってその合意が反故にされれば、「日韓関係を改善して米中対立時代の選択肢を増やす」という本来の目標は達成されない。徴用工問題の解決は「ちゃぶ台返し」を阻止できる枠組みで行うことが大前提だ。それが可能となってはじめて、新合意に対する日本国民の支持を得ることも可能となる。

問題解決の4つの枠組み

徴用工問題を解決する枠組みとしては理論上、次の四つが考えられる。「ちゃぶ台返し」を防ぐという観点を含め、それぞれの優劣を検討してみよう。

① 韓国による一方的解決

安倍政権の徴用工問題に対する姿勢は「韓国が約束(請求権協定)を守れ」というものである。大法院判決が出た後も文政権と交渉する気配は見せず、「韓国政府の責任でどうにかしろ」と突き放してきた。

韓国側に日韓関係の軟着陸を図る動きがまったくないわけではない。例えば、文喜相(ムン・ヒサン)国会議長(当時)は昨年末、議員立法を国会に提出した。日韓の企業と個人による寄付金で基金をつくり、元徴用工に慰謝料や慰労金を支給して日本企業の賠償責任は代位弁済されたとみなす内容である。[v] ただし、文在寅を含めて与党はこの法案を支持しておらず、世論にも反発の方が強い。韓国側が自発的に軟着陸を図るのを待つ、というシナリオの実現はまったく見通せない。

また、この種の法案は仮に成立しても、将来的にひっくり返されるリスクが常につきまとう。安定的な解決策とはなりえない。


② 新たな日韓交渉

安倍政権と朴政権が慰安婦問題でやったように、徴用工問題でも日韓両国政府が交渉して妥協点を探る、というやり方だ。着地点のベースとなるのは、上述の文喜相案となる可能性が高い。これに両国政府による資金拠出や談話の発出が加わるかどうか、といったところであろう。

日韓両国が何らかの政府間合意に達したとしても、それが「暫定的かつ可逆的」な性格のものにすぎないことは慰安婦合意の前例が示している。日本政府も慰安婦合意がたどった末路を再演するような愚を犯したくはあるまい。何か知恵を出すとすれば、単なる政府間合意ではなく、少し不自然ではあるが請求権協定の付属議定書のような形にして両国の国会で批准する、といったことは考えられよう。


③ 国際司法裁判所

当事者同士で結論に達することができない場合、「出るところへ出る」ことも解決策の一つだ。国際司法裁判所(ICJ)で決着を図るのである。

ICJへ持って行く最大のメリットは、「ちゃぶ台返し」がないこと。厳密に言えば、米中露クラスなら判決に従わないこともあり得る。だが、日韓くらいの国なら判決を無視することはまずできない。

徴用工問題をICJで裁くためには、日韓両国が国際司法裁判所へ本件を付託することに合意し、その旨を記した特別合意書をハーグ法廷へ提出する必要がある。韓国側にしてみれば、徴用工問題は大法院で韓国側に有利な判決が既に出ている。わざわざICJで蒸し返すことに同意する可能性は低い。日本政府は1954年、1962年、2012年の三回にわたって竹島の領有権問題をICJへ共同付託(合意付託)するよう提案した。竹島は韓国側が実効支配しており、韓国政府は敢えて現状変更のリスクを冒そうとは思わない。韓国政府が日本の提案に同意したことは一度もない。

日本としては、ICJに持ち込めば「全面的に敗訴する」可能性が少なからずある、ということも覚悟しておかなければならない。近年の国際法解釈では「戦時賠償問題について、国家間の合意によって個人の賠償請求権を消滅させることはできない」という考え方が主流だからである。ICJでの判決は基本的には理詰めで決まるので、〈手心〉も期待しにくい。


④ 仲裁委員会

日韓請求権協定の第3条は、両国の間に意見の相違が生じたときの紛争解決方法を定めている。かいつまんで説明すると次のような仕組みだ。

協定の解釈や実施をめぐって日韓の間で紛争が起きた場合、両国はまず外交的な協議を通じて解決をめざす。それで駄目な場合は、日韓両国政府が任命する各1名の仲裁委員と第三国の仲裁委員1名の合計3名から成る仲裁委員会を設置し、当該紛争事案を付託する。日韓両国は仲裁委員会の決定に服する義務を負う。

第三国を事実上の立会人にして日韓両国が交渉する、というのがこの枠組みの実体である。政治的なメリットとして、日韓双方が国内的に受け入れ可能なギリギリの妥協を追求できるということが挙げられる。ICJほどの拘束力はないにせよ、仲裁委員を出した国が立会人のような役割を果たすため、一旦結論が出れば「ちゃぶ台返し」も起きにくい

実は、徴用工判決を受けて日本政府は既に請求協定第3条の手続きに入っている。昨年1月、韓国政府に外交協議を申し入れ、韓国側がそれを無視すると5月には仲裁委員会の設置を提案した。しかし、韓国政府は自国の仲裁委員を指名することもなければ、第三国の仲裁委員の選定に応じることもなかった[vi] 仲裁委員会を設置したうえで結論が出ないというのであればまだしも、仲裁委員会の設置そのものが拒否されたのだから、国家間の条約も軽く見られたものである。

請求権協定へのこだわりは「百害あって一利なし」

「ちゃぶ台返しがない」という点では、徴用工問題の解決は国際司法裁判所か仲裁委員会の枠組みに依ることが望ましい。徴用工問題は、突き詰めれば請求権協定の解釈の問題に行きつく。同協定に定められた手続きに則って――すなわち、仲裁委員会を通じて――解決を図ることは理に適っている。韓国政府に無視されたからと言って早々と諦めるようでは、やる気が疑われるというものだ。

日本政府は喧嘩腰をやめて「ディール」に持ち込め

    韓国政府に仲裁委員会の設置を呼び掛けた際の日本政府の対応を点検してみると、日本側の態度は完全に〈喧嘩腰〉である。総理大臣や外務大臣が口を開けば「韓国が度重なる国際法違反の状態を是正することが必要」だと言い、仲裁委員会の設置も「大法院の判決並びに関連の判決及び手続により韓国が国際法違反の状態にあるとの問題を解決する」ためという位置付けだ。これでは感情と面子の塊のような韓国が乗ってくるわけはない。

ここは一番、日本政府の方が柔軟な姿勢を見せるべきである。「1965年に日韓請求権協定を締結した当時の解釈が現在も有効か否かについて、日韓の間では意見の相違がある。第三国を交え、両国がこの問題をゼロベースで話し合おう」ともちかけてはどうか。

現状路線を続けても確実に負ける

   トランプよろしく韓国に経済圧力を加え続けたとしても、韓国政府が日本の要求に屈して日本企業の救済に動くことはない。逆に、韓国側は今年8月以降、いつでも日本製鉄の資産を現金化できるようになる。時間が経つほど日本は不利な状況に追い込まれる。日本が獲得目標と戦術を見直すために残された時間はそう長くない。

韓国側の動きを不愉快だと思うのは自由だが、今さらジタバタしたところで日本側の〈分の悪さ〉はいかんともしがたい。しかも、「1965年の請求権協定第2条で個人分の請求権も決着済みである」という日本政府の主張は国際的な〈通り〉が悪い。

繰り返すが、2015年の慰安婦合意のように後で蒸し返されるのであれば、韓国との間で新合意に達することに意味はない。しかし、仲裁委員会のような形式を踏んで最終決着であることが担保されるのであれば、個人の請求権を認めて〈ほどほどの線での手打ち〉に持ち込むというディールは考えられる最善の解決策だ。少なくとも、在韓日本企業の資産がいつ現金化されるかわからずにビクビクする、という屈辱的な状況よりはよっぽどマシなはずである。

仲裁委の第三国は米中以外で

韓国政府が仲裁委員会の設置に乗ってくれば、日韓以外の第三国から仲裁委員を選ぶことになる。その人選(国選)にも細心の注意が必要だ。

日韓の仲介役となる第三国の候補として誰もが最初に思い浮かべるのは、両国の共通の同盟国である米国であろう。しかし、トランプ政権は言うに及ばず、バイデン政権が誕生しても米国に仲裁役を頼むべきではない。米中対立時代に日本外交の自由度を高めるという観点から見た時、米国に〈借りを作る〉ことは避けるのが賢明だ。

中国に仲介役を頼むという発想は日韓ともにないと思うが、米国と同様の理由に加え、中国自身が日本との間に徴用工問題を抱えている。米国に痛くもない腹を探られても面白くない。やはり〈パス〉すべきである。

仲介役となる第三国はミドル・パワーや小国で構わない。過去に国際紛争の仲介役として実績を持つ国にあたってみるのもよいだろう。

結語

 日韓関係はむずかしいし、面倒だ。こちらが十分譲ったつもりでも、向こうは平気でそれ以上を求めてくる。しかし、韓国を植民地支配したという過去がある以上、両国関係が〈切れない〉よう配慮し、リードする責務は日本の側にある

 米中対立の時代にあって、米中のいずれか一方を取って他方を捨てる、という選択ができないのは韓国も同様だ。韓国政府に戦略的な思考ができれば、日韓関係の改善を欲しても不思議ではない。日韓関係の現実はきびしいが、そこに小さな希望がある。

今一度、我慢強く、粘り強く、韓国と向き合うことが肝要だ。

※    本稿で示した見解は筆者個人のものです。


(参考URL)

[i] https://www.yomiuri.co.jp/election/yoron-chosa/20200608-OYT1T50245/

[ii] https://survey.gov-online.go.jp/r01/r01-gaiko/zh/z10.html

[iii] https://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/JPKR/19650622.T9J.html

[iv] https://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html

[v] https://www.jiji.com/jc/article?k=2019112801056&g=pol

[vi] https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page4_005119.html

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