東アジア共同体研究所

G7広島サミットと「核兵器のある世界」  Alternative Viewpoint 第52号

2023年5月27日

 

5月19日から21日までG7広島サミットが開催された。日本では、広島出身――選挙区は広島[衆議院広島1区]なので本人もそう言っているようだが、岸田は東京生まれの東京育ちである――の岸田文雄総理が核廃絶のために頑張った、というイメージが持たれているかもしれない。[1] しかし、G7広島サミットにおける「核兵器のない世界」の実態はそのイメージからかけ離れたものである。AVP本号では、岸田の「核兵器のない世界」について私なりの解説を加えてみよう。

 

岸田の二枚舌~国内向けと海外向け

G7広島サミットの狙いについて岸田は、「G7として核兵器のない世界への決意を改めて確認する」ことを真っ先に挙げてきた。サミット開催の前日(5月18日)でも、岸田は次のように述べて「核兵器のない世界」と広島開催の意義を強調した。[2]

今回のサミットでは、G7として核兵器のない世界への決意を改めて確認するとともに、法の支配に基づく、自由で開かれた国際秩序を守り抜く、こうしたG7の意志を強く世界に示したいと思っています。開催される広島という街、原子爆弾によって壊滅的な被害を受け、そして力強く復興し、そして平和を希求する街であり、こうした広島でG7あるいは各地域の主要国が集い、平和へのコミットメントを示す、こうした取組は歴史に刻まれるものにしたいと思っています。

だが、岸田が「核兵器のない世界」を強調したのは、国内向けだった。サミット開催に当たって、岸田は外交専門誌のForeign Affairs、フランスのロピニオン紙、カナダのグローブ・アンド・メール紙、英語版ネットニュースのJAPAN Forward(産経新聞系)へ寄稿し、広島サミットの狙いを語っている。[3] そこで岸田が語ったサミットの優先事項は、第1に「法の支配に基づく、自由で開かれた国際秩序を堅持するG7の強い意志を示すこと」であり、第2は「グローバル・サウスと呼ばれる新興国・途上国に対するG7の関与を強化すること」であった。核軍縮・不拡散については、Foreign Affairsではそれなりの分量が割かれていたものの、ロピニオン紙とJapan Forwardでは〈その他のテーマ〉の一つという扱い。特にロピニオン紙では、気を付けて読まないと見落とすくらいの触れ方だった。フランスが核軍縮に強く抵抗していることに〈配慮〉したのであろう。グローブ・アンド・メール紙では「核軍縮・不拡散は広島出身の総理大臣である私のライフワークである」と述べているものの、やはりG7の主要議題という位置づけではない

日本政府のG7広島サミット公式ホームページはどうか? 重要課題のトップに〈2つの視点〉として掲げられているのは、「法の支配に基づく国際秩序の堅持」と「グローバル・サウスへの関与の強化」である。[4] つまり、岸田が海外向けに説明したものが日本政府(外務省)の公式見解ということ。「核兵器のない世界」に関する岸田の説明が国内向けと海外向けでここまで露骨に違っているという事実には、唖然とするしかない。

 

国内向けの政治ショーとしては大成功

今回のサミットで岸田がこだわったのも、核軍縮の実質ではなく、日本国民からの〈見え方〉であった。核廃絶を口にすることでしか政治家としてアイデンティティを示せない岸田総理のために、外務省も「核兵器のない世界」の国内向けショーアップに腐心したようだ。

まず、サミットの首脳会合は何としても広島で開かなければならなかった。さらに、G7や招待国(インド、ブラジル等)の首脳に原爆資料館を訪問し、原爆慰霊碑で献花してもらう。

(本稿の写真はいずれも官邸HPから)

仕上げはゼレンスキー大統領が岸田総理とツーショットで献花。ゼレンスキーは早くから来日を希望していた。[5] だが、セキュリティ上の理由から事前には発表されず、〈サプライズ出演〉となる。その演出効果は満点だった。

サミットの合意文書についても、〈見え方〉は大事だった。工夫の一つは、核軍縮に関する議論を「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」として単独の文書にまとめたこと。そのうえで、「核軍縮に焦点をあてたG7初の独立首脳文書」という触れ込みでこれをマスコミに売り込んだ。[6]

岸田の面子を保つためには、成果文書の中に「核兵器のない世界」という言葉があることも必須条件だった。だが、G7のうち、米仏英は核保有国であり、ロシアや中国と同様、核廃絶に向けた具体的ステップを取る気はさらさらない。そこで、昨年6月にドイツで開かれたG7エルマウ・サミットで発出された首脳コミュニケの表現がほぼそのまま踏襲された。G7広島首脳コミュニケや広島ビジョンでの記述は「核兵器のない世界の実現に向けた我々のコミットメントを表明」するというもの。要するに、決意表明である。

日本のメディア政府の描いたシナリオどおりにサミットを伝えた。サミットの前後、NHKをはじめ、テレビはサミット関連のニュースを流し続けた。日本国民の多くは、原爆ドームや原爆慰霊碑をバックにした岸田と名だたる首脳たちの姿を繰り返し目にし、そのたびにアナウンサーが「核兵器のない世界」に触れるのを耳にした。勢い、国民の間には岸田が核廃絶で世界をリードしているという印象ができあがる。岸田や官邸は「してやったり」とばかり、ほくそ笑んだことだろう。

 

「全ての者にとって安全が損なわれない形で」

読者の中には、「決意表明だけだとしても、G7首脳に『核兵器のない世界』の実現を誓わせたことは岸田さんの立派な功績だ」と思われる方がいらっしゃるかもしれない。G7首脳が誓ったのが単なる「核兵器のない世界」の実現であれば、そのとおりだ。しかし、ここにも隠されたトリックがあった。

今回、G7首脳は確かに「核兵器のない世界の実現に向けた」コミットメント(強い決意)を表明した。だが、G7首脳コミュニケや広島ビジョンの文面をしっかり読むと、それには「全ての者にとっての安全が損なわれない形で」という条件が付されている。[7] 実は、2022年1月に米英仏露中という5大核保有国がとりまとめた共同声明の中にもこれと同じ文言を見つけることができる。[8] 同年8月のNPT運用検討会議では、中国代表が「核保有国は『グローバルな戦略的安定を維持する』ことや『全ての者にとって安全が損なわれてはならない』という基本原則に従うべきだ」と意見陳述した。[9] このことから、「全ての者にとっての安全が損なわれない形で」という表現が核保有にとって都合の悪くないものであることは容易に想像がつこう。

実際のところ、〈全ての者にとっての安全が損なわれない形〉での「核兵器のない世界」であれば、核保有国は「一方的に軍縮すれば、自国や同盟国の安全が損なわれてしまう」と言って核軍縮をサボタージュする道を確保できる。日本を含め、米国等と同盟関係にある国々も、表向きは核軍縮を求めながら「拡大抑止の能力が落ちるので核兵器を減らさないでほしい」と要求しても別に構わない

5月21日、岸田総理はG7広島サミットを総括する会見を開き、「今回、G7首脳と胸襟を開いて議論を行い、『核兵器のない世界』に向けて取り組んでいく決意を改めて共有」することができたと自画自賛した。このように、岸田が「核兵器のない世界」に触れる時、「全ての者にとっての安全が損なわれない形での」という挿入句はいつも省略される。完全版に言及すれば、岸田の「核兵器のない世界」は大幅に色あせてしまうためだ。メディアも多くの場合、岸田に倣って「核兵器のない世界」としか言わない。「全ての者にとっての安全が損なわれない形での」に言及した場合でも、メディアはその意味を説明していないと思う。ある記者に至っては、その説明の代わりとして「核廃絶を実現しても、1カ国でも核を隠し持っていたり、再開発したりすれば安全保障は却って損なわれる。核兵器のない世界にするには、抜け穴がないようにしなければならないという意味だろう」という外務省元幹部の発言を紹介していた。[10] 核軍縮の抜け穴を確保するための言葉遣いをまったく逆に説明するとは、噴飯ものだ。

 

核軍縮の現実

サミットが終わった後、5月24日の参議院本会議で岸田総理は「核兵器のない世界に向けた国際的な機運をいま一度高めることができた」と説明したそうである。[11] この人は「国民なんか簡単に騙せる」と高をくくっているのか? それとも、哀れな自己満足に浸っているのか? いずれにしても、核軍縮に関する日本国総理の現状認識としては、落第どころか退学レベルである。

他のG7メンバー国では、「核兵器のない世界」が広島サミットの主要議題になるという受け止め方は、そもそもされていなかったし、仮に議題になったとしても、成果は見込めないという醒めた見方が支配的であった。例えば、サミットが始まる直前、米ワシントン・ポスト紙はG7サミットに関する記事を載せている。そのタイトルは「広島サミットで日本は核兵器反対の動き進めようとしている――しかし、世界が同意することはない」というものであった。[12]

外国の政治指導者たちが原爆資料館を数十分見て回り、沈痛な面持ちで何か言ったり記帳したりしても、そのことと「核兵器のない世界」に向けた国際的な機運の間には何一つ関係はない。Talk is cheap. 言うだけなら簡単だし、責任を伴わない。それを真に受けた(振りをしている)日本国総理大臣の喜ぶ様を目の当たりにして、各国の首脳たちは岸田の「核兵器のない世界」が上っ面だけのものであることを的確に見抜いたに違いない。

世界を見回せば、ロシアはウクライナの反攻に手を焼き、プーチン大統領が核使用の脅しを繰り返しかけた。中国は台湾独立に絡んで米国との間で戦争になった時に備え、核兵力の増強に余念がないと言われる。北朝鮮の核開発は言うに及ばず。韓国世論の7割以上は核保有に賛成だ。米国でも、新START条約が2026年にも切れるのを見越して配備戦略核弾頭数を増やすべきだという議論や、海洋発射型核巡航ミサイルの開発再開を窺わせる動きが見られる。はっきり言って、核廃絶には逆風が強まっているというのが今日の世界の現実だ。

 

バリでの一歩前進を広島で帳消しに

私は、核廃絶に逆風が吹いている現状に鑑みて、日本は自国開催のサミットで核廃絶を議題にするような無謀(無駄)な真似をすべきではなかった、と言いたいわけではない。もちろん、米中対立が進み、ウクライナ戦争で米・NATOとロシアが間接的に戦っている今日、通常兵器であろうと核兵器であろうと、世界的な軍縮を進めることは事実上不可能だ。しかし、日本は被爆国の意地を見せ、核軍縮を進められないまでも、核軍拡の進行を踏みとどめさせるための戦いをすべきだったと思う。

その点、特に残念だったのは、「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」が「核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべき」と書いてしまったこと。昨年11月にインドネシアで開催されたG20 バリサミットの首脳宣言には「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」という画期的な一文が盛り込まれていた。[13] 広島ビジョンが「防衛目的なら核兵器を使ってもよい」という文言を入れたことは、大きな後退だ。[14] 岸田は、広島で踏みとどまるどころか、核軍縮への逆風に進んで身を委ねたことになる。

 

おわりに

私は広島生まれの広島育ちである。だが、今日の世界で核廃絶を進めることが極めて困難であることは十二分に知っているつもりだ。岸田がその現実を踏まえたうえで、政治家としてなお「核兵器のない世界」を目指すと言うのなら、私は岸田に2つのアドバイスを送りたい。

1つは、強国同士の対立、特に米中対立の構図を和らげるため、日本政府が外交努力を行うこと。特に、米中対立の制御を米中両国に働きかけることは、日本が最も果たさなければならない役割である。緊張と不信が高まる世界では、核廃絶はおろか、核軍縮・軍備管理は一歩も進まない迂遠なようでも、ここから手をつけることが〈はじめの一歩〉となる。一足飛びに「核兵器のない世界」は無理だが、まずは「核兵器が使われない世界」をめざすべき。今の世界の潮流を放置すれば、「核兵器のある世界」が続くのみならず、「核兵器が使われる世界」となりかねない。

2つ目は、日本が核兵器禁止条約にオブザーバー参加すること。今回のG7メンバー中では、ドイツが2022年6月に開催された核兵器禁止条約の第1回締約国会議にオブザーバー参加している。日本もオブザーバー参加を表明し、広島の地でドイツと組んで(露中だけでなく)米英仏の核使用にも釘を刺す挙に出ていれば、歴史は広島サミットを核軍拡の流れに一石を投じた出来事として記憶する可能性もあった。

広島サミットは終わったが、日本が核廃絶のために貢献できるチャンスがなくなったわけではない。せめて後世の人から広島サミットが〈核廃絶の仇花〉と呼ばれることのないよう、日本は地道な一歩を踏み出すべきだ。

 

 

 

[1] 岸田は小学生時代の3年間、ニューヨークで暮らしている。

[2] 令和5年5月18日 G7広島サミット等についての会見 | 総理の演説・記者会見など | 首相官邸ホームページ (kantei.go.jp)

[3] Fumio Kishida: The New Meaning of Hiroshima (foreignaffairs.com)
令和5年5月18日 岸田総理によるロピニオン紙への寄稿文 | 総理の指示・談話など | 首相官邸ホームページ (kantei.go.jp)
令和5年5月18日 岸田総理によるグローバル・メール紙への寄稿文 | 総理の指示・談話など | 首相官邸ホームページ (kantei.go.jp) お粗末なことに、少なくとも私が官邸HPを見た時点では、名称が「グローバル・メール」と間違えて掲載されていた。
令和5年5月13日 岸田総理によるJAPAN Forwardへの寄稿文 | 総理の指示・談話など | 首相官邸ホームページ (kantei.go.jp)

[4] 重要課題 | サミット情報 | G7広島サミット2023 (g7hiroshima.go.jp)

[5] G7への対面参加、4月に希望 ゼレンスキー氏、首相が説明|47NEWS(よんななニュース)

[6] 広島ビジョンはツッコミどころ満載であるが、紙幅の関係から本稿では部分的にしか触れない。

[7] Leaders_Communique_01_jp.pdf (g7hiroshima.go.jp)

[8] Joint Statement of the Leaders of the Five Nuclear-Weapon States on Preventing Nuclear War and Avoiding Arms Races | The White House
なお、「核兵器のない世界」と言う目標を「全ての者にとって安全が損なわれない」とセットで考える〈慣行〉自体はかなり以前から見られる。例えば、G7伊勢志摩サミット(2016年)では「我々は,国際社会の安定を促進する形で,全ての人にとりより安全な世界を追求し,核兵器のない世界に向けた環境を醸成するとのコミットメントを再確認する」という文が盛り込まれていた。なお、軍縮を「全ての者にとっての安全が損なわれない(undiminished security for all)」とセットにする考え方が最初に登場したのは、おそらく1978年の国連総会決議である。その後も2009年の国連安保理決議など、5大国を含む国際会議やEUなどでこのフレーズを含んだ文書が採択されている。

[9] Statement by H.E. Amb. LI Song on Nuclear Disarmament at the Tenth NPT Review Conference (china-mission.gov.cn)

[10] G7首脳広島ビジョンは、そんなにダメな文書なのか | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)

[11] 首相「核軍縮へ努力継続」 G7首脳文書の意義強調|47NEWS(よんななニュース)

[12] At Hiroshima summit, Japan to push against nukes — but world disagrees – The Washington Post

[13] https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100422034.pdf

[14] この指摘については、アメリカン大学講師の芦澤久仁子さんから教えて頂いた下記ニュースレターを参考にした。G7 Leaders at Hiroshima backtrack on norm against nuclear weapons (us12-campaign–archive-com.translate.goog)

 

pagetop

■PCの推奨環境

【ブラウザ】
・Microsoft Edge最新版
・Firefox最新版
・Chorme最新版
・Safari 最新版

■SPの推奨環境

【ブラウザ】
・各OSで標準搭載されているブラウザ
【OS】
・iOS 7.0以降
・Android 4.0以降