東アジア共同体研究所

力関係から見た今日の世界  Alternative Viewpoint 第59号

2024年1月31日

 

はじめに

2024年を迎え、世界は益々混沌としてきたと感じている人が多いことだろう。2022年2月に始まったロシア・ウクライナ戦争は現在も停戦の目途すら立たない。昨年10月にはハマスがイスラエルをロケット弾で大規模攻撃したのを受けてイスラエルがガザ地区に侵攻、今も深刻な人道被害が続いている。そして今年は、米国、ロシア、インド、インドネシア、メキシコなど約50カ国、世界人口の4割以上を占める国々で選挙が行われる。かく言う日本でも、今年解散・総選挙が行われる可能性は相当に高い。[1] 「もしトラ(もしもトランプがまた大統領になったら)」という言葉が象徴するように、今年の選挙結果はいつもにも増して世界情勢に大きな影響を与えそうだ。[2]

混沌の中で漠然と不安を募らせるだけでは、我々は一層迷路に入り込んでしまう。こういう時に必要なのが世界の〈見取り図〉である。2024年の初頭に当たり、世界の見取り図を描くことにAVP数本分を費やそうと思う。本号では、最も基本的な切り口である〈国家間の力関係〉に着目し、次号では〈価値観〉を切り口にし、それぞれ世界を俯瞰する。

 

日本人が抱くステレオタイプな見取り図

現在、一般的な日本人は今日の世界についてどのようなイメージを持っているのだろうか?
現在、巷には「米中対立」、「米中新冷戦」という言葉が溢れている。そこからイメージされるのは、米ソ冷戦期の二項対立を現代に投影した世界であろう。また、日本人には自国を「世界第3位――2023年にはドイツに抜かれ、第4位になった――の経済大国」と形容して自らのプライドを満たす癖が染み付いている。その裏返しからか、成長著しい新興国の力を過小評価する傾向も見られる。以上から想像すると、日本人の持つステレオタイプ的な世界のイメージは、下図のようなものではないか。

簡単に解説しよう。片や米国が民主主義陣営を率い、NATO諸国や日本、豪州、韓国等の同盟国と共に権威主義陣営と相対している。一方、権威主義陣営のラスボスである中国ロシアや北朝鮮と結託して民主主義陣営を侵食しようと絶えず機を窺っている。米中両陣営の勢力圏争いは新興国や途上国にも及び、所謂グローバル・サウスが両陣営の草刈り場になっている・・・。

ところが、だ。直感ではなく、事実に目を向ければ、このようなイメージと現実世界の間には極めて大きな乖離が存在することがわかる。

 

3層構造のせめぎ合い

以下では、今日の世界を国力の大きさに応じて3層に分け、その構造と特徴を分析してみたい。

〈第1階層:米中2極〉

今日の世界の第1階層の特徴は米中の2極構造と言える。この点については一般イメージと基本的には同じだ。ただし、2極=米中対等というわけでは必ずしもない

まず、米中の経済力を比較する。経済力の指標としてGDPが万能なわけではないが、物差しとしてしては最もわかりやすい。[3] 下記のグラフは、国際通貨基金(IMF)の統計に基づいて2023年における経済規模の大きい5カ国についてそれぞれの名目GDPが世界全体に占める割合を示したもの。実勢為替レートでは、3位ドイツのGDPは中国の4分の1。購買力平価ベースだと、3位インドのGDPは米国の半分以下米中両国の経済力が突出し、かつ拮抗していることは明白である。

 

 

軍事面はどうか? ここで米中の力関係を2極構造と呼ぶかは微妙なところがある。下記グラフは2022年における各国の軍事支出が世界全体に占める割合を示したものだ。[4]

中国の軍事支出は世界第2位で2,920億ドル(世界全体の13%)。これは3位ロシアの3倍以上の水準であり、十分に大きい。しかし、米国の軍事支出は8,770億ドル(世界全体の39%)で中国のさらに3倍となり、まさに圧倒的だ。また、2023年1月時点における核弾頭の保有数では、ロシアの5,889発米国の5,244発が拮抗しており、中国の410発は米国の10分の1にも届かない。武器輸出の世界シェアも米国が40%を占める。中国はロシア(16%)とフランス(11%)に続く第4位だが、シェアは5.2%にすぎない。[5]

以上からわかるように、比較の尺度を何に採るかによって、米中の力関係は必ずしも対等ではない。人口で比べれば中国は米国の4倍以上になる。だが何より重要なのは、米中双方が相手を自己に匹敵する唯一の存在と認識していることだ。軍事面においても、今日台湾を巡って米中が戦うようなことがあれば、勝ち負けにかかわらず、米軍も甚大な被害を覚悟しなければならない。米国政府が「国防方針の策定面で想定すべき脅威(pacing threat)」と位置付けるのも(ロシアではなく)中国である[6] 米中対立の本質を形容しようと思えば、やはり米中関係は「総体として2極」と見なければならない。[7]

 

〈第2階層:米の同盟ネットワークとスウィング国家群〉

第2階層は中堅国家(ミドルパワー)で構成される。この階層で「米国陣営」を探すことは容易だ。具体的には、欧州やカナダ等のNATO諸国、豪州、日本、韓国、イスラエルなど。米欧関係はトランプ大統領の時代に大きく揺らいだが、ロシア・ウクライナ戦争によって一枚岩状態に戻った。日本は昔から米国の最も忠実な(犬のような)同盟国である。

一方で、第2階層に明確な「中国陣営」というものを見出すことはできない。読者の中には、中国とロシアが同盟関係にあると思っている人もいるだろう。しかし、両国間に日米安保のような安全保障条約はない。ロシアのウクライナ侵攻後、中国は原油・天然ガスをはじめロシアからの輸入を拡大し、ロシアの戦争継続に一役買ってはいる。だが、ロシアが喉から手が出るほど欲しい武器・弾薬などの供与は控えている。長大な陸上国境で隣接するロシアが親米・反中国家になることは悪夢以外の何物でもない。その限りにおいて中国はプーチン体制を支えなければならない。さりとて、ロシア支援で一線を越え、米欧から二次制裁を受けることまでは甘受できない。ロシアの側も、ウクライナで米欧との代理戦争を遂行するために中国を取り込みたい一方で、経済面での対中依存の高まりや旧ソ連邦の中央アジアに対する中国の影響力拡大については内心快く思っていない。いずれにせよ、第2階層に米国のような同盟ネットワークを持たないことは、中国の弱みの1つである。

第2階層はこれで終わりではない。注目すべきは、近年新興の中堅国家が登場し、日本外交など比べものにならないくらいの国際的影響力を発揮しているという現実である。こうした国家群は〈スウィング国家〉と呼ばれ、米国陣営にも中国陣営にも属さず、自国の国益のために「ある時は米国、別の時には中国と組む」ことで国際政治を左右している。[8] ユーラシア・グループのクリフ・クプチャンがスウィング国家と呼ぶのは、インド、ブラジル、インドネシア、トルコ、サウジアラビア、南アフリカの6カ国だ。

 

上記のグラフは、IMFのデータに基づき、6カ国のGDPが世界に占める割合を所謂「西側」に属す中堅国家と比較したものである。国力の面から見て、これらの国家群は第3階層ではなく、第2階層の中堅国家として扱うべき存在であることが了解できよう。

多くの新興国・途上国がそうであるように、スウィング国家に分類される6カ国もロシア・ウクライナ戦争で対露制裁に加わっていない。それだけでなく、スウィング国家群には外交面で独自性の発揮が目立つ。以下でその一部を簡単に紹介する。
トルコウクライナへ大量の軍事用ドローンを輸出する一方、ロシアとウクライナの仲介に積極的である。スウェーデンのNATO加盟に拒否権をちらつかせていたが、米国からのF-16購入に目途がつくや、承認に転じた。
ウクライナ戦争後、インドはロシア産原油を割安で大量に購入している。そうかと思えば、昨年6月にはモディ首相が国賓で訪米し、米印の戦略的関係構築に道筋をつけた。インドは中国との間で国境問題を抱えており、QUADにも参加している一方、中・露・ブラジル・南アフリカと共にBRICSの創設メンバーでもある。
サウジアラビアは2023年3月に中国の仲介でイランと国交を回復し、世界を驚かせた。だがその後、米国の働きかけに乗ってイスラエルとの関係正常化に動いていた。ハマスのイスラエル攻撃とその後のガザ侵攻がなければ、今頃はサウジとイスラエルの国交樹立という仰天の事態が現実のものとなっていたかもしれない。サウジはイスラエルとの国交正常化の見返りとして、米サ安保条約の締結イラン並み原子力技術の供与米国に要求していた。[9]

冒頭で示したステレオタイプな世界の見取り図に従っていては、上記のようなダイナミック動きを理解することはできない。米中対立や日米同盟という単純なレンズだけを通して世界を見ることはもう終わりにすべきである。

 

〈第3階層:米中の取り込み競争とそれを利用する途上国〉

米ソ冷戦期を振り返ってみると、今で言う発展途上国は、米国の勢力圏(例えば、南ベトナムや革命前のイラン、中南米諸国等)、ソ連の勢力圏(中ソ対立前の中華人民共和国、モンゴル、北ベトナム、シリア、アンゴラ等の共産国家)、明確には前2者に色分けできない非同盟諸国(インド、インドネシア等)に分類することができた。

今日においても、日本を含めた米国陣営と中国(及びロシア)は第2階層のスウィング国家群と第3階層の途上国を自らの味方につけようと躍起になっている。だが、冷戦期と違って現在はグローバリゼーションが進み米中のいずれかが排他的な影響力を発揮できる国は大幅に減った。途上国の側にも、米国と中国のいずれかを選ぶのではなく両者を天秤にかけて米中双方に支援を競わせる姿勢が垣間見られる。米中は第3階層を一種の「草刈り場」と捉えているかもしれないが、途上国側は我々が思っている以上に〈したたか〉だ。

「民主主義 対 権威主義」というフレーズで自陣営の伸長を図る米国の手法は、この階層ではあまり効果がないか、逆効果ですらある。次号で詳しく見るが、第3階層には権威主義または権威主義寄りの国が多い。ロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・ハマスの戦闘についても、途上国の多くは米国の態度を「自分にとって大事な国を支援しているだけ」と醒めた目で見ている。

かつて中南米は「米国の裏庭」とも呼ばれた。だが今や、メキシコを除けば中南米諸国の最大の貿易相手国は中国であり、中南米の21カ国が一帯一路構想に参加している。中南米諸国(キューバ、ベネズエラを除く)に対する米国の影響力は全体としてはまだ中国のそれを凌ぐが、もはや〈裏庭〉と呼べるような排他的影響力ではない。
政権交代の度に親米と親中の間を振り子のように揺れる国も少なくない。最近では、2024年からBRICSに参加する方針だったアルゼンチンが、昨年11月に行われた大統領選で親米・反共(かつポピュリスト)のミレイ大統領が誕生した結果、参加を取りやめた。

中国にとって第3階層で確実な勢力圏と呼べる国々はラオス、カンボジア、ソロモン諸島など一部に限られ、小国が多い。米国と敵対するイランや武器購入の大半を中国に頼るパキスタンと中国の仲は確かに緊密だ。しかし、両者とも「中国の言うことなら何でも聞く」ような関係からはほど遠い。
中露が主導する安全保障関係の国際的な機構として、1996年設立の上海協力機構(SCO)がある。ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタンという原加盟国に加え、2015年にはインド、パキスタン、2023年にはイランも正式加盟し、中東諸国等も対話パートナーに名を連ねている。だが、攻守同盟的な性格を持つNATOや日米同盟とは異なり、SCOはテロや分離主義への対応を主眼とし、(対米)相互防衛機能を持たない。加盟国や対話パートナーには、中国との経済関係を強化したいという思惑からSCOに名を連ねる者もある。

北朝鮮はどうか? 表現は悪いが、これは中国の勢力圏と言うよりも「困った弟分」と言ったところであろう。中国は北朝鮮との間で参戦条項を明記した友好協力相互援助条約を締結している。中国にとって北朝鮮は一種の緩衝国家だ。戦争ではなくても現体制が崩壊しない程度には北朝鮮を支援する必要がある。しかし、北朝鮮が暴走して朝鮮半島有事が起きた時、中国が本当に米国と戦うかどうかは、実のところはっきりしない。[10] 北朝鮮も中国の本音と建て前はよくわかっているため、中国の指図を受けずに〈我が道を行く〉ところが相当に強い。

最後に、「グローバル・サウス」について簡単に述べておく。最近よく耳にするようになったが、この言葉に明確な定義はなく、漠然と開発途上国を指して使われることが多い。前節で見たスウィング国家群もグローバル・サウスの一部とみなされている。[11] グローバル・サウスの国々は開発段階も違えば、政治体制も様々であり、G7ほどの政治的一体性はまったく見られない。少なくとも今のところ、「グローバル・サウス」という集合体が存在し、外交的にも1つの塊で動いているという認識は持たない方がよい

 

おわりに

以上、私の考える「世界の見取り図」について説明した。それを敢えて図形化したのが下図である。(絵の拙さはお許しいただきたい。)

冒頭で見たステレオタイプの一般イメージとは随分違うことがわかるだろう。見取り図が変われば、外交防衛戦略に関する考え方も大きく変わり得る
例えば、一般イメージの見取り図を使えば、「ロシア・ウクライナ戦争は中国陣営に属するロシアによる侵略である」→「これを許せば、次は中国が台湾等で我々を侵食してくる」→「それを防ぐためには絶対にウクライナを支援し続けなければならない」という結論にしか辿り着かない。
本稿の見取り図に従ったらどうか? 「ロシア・ウクライナ戦争は一義的にはロシアとウクライナの戦争であり、世界を巻き込むとは限らない」「ロシアは必ずしも孤立しておらず、戦争は長期化する」「中国に台湾を武力統一するために十分なパワーがあるとは言い切れず、ロシア・ウクライナ戦争が台湾有事を誘発する可能性は非常に低い」といった議論も出て来やすいはず。そうなれば、スウィング国家群と連携してウクライナの停戦に尽力したり、欧州・韓国等と組んで米中関係の制御に乗り出したりするなど、日本外交の選択肢は一気に増えることだろう。

AVP次号では、「価値観」という切り口から世界の見取り図を描いてみたい。今度はどんな世界が見えてくるか? 乞うご期待。

 

 

[1] 今年衆議院が解散されるとしたら、自民党は総裁選までに不人気な岸田総理・総裁の首を挿げ替え、「自民党は生まれ変わった」とうそぶいて選挙を打つことになるだろう。

[2] Beyond the U.S.: The World’s Most Important Elections in 2024 (foreignpolicy.com)

[3] 今日、世界の金融はドル決済が支配的であるため、米国(FED)は「ドル決済を止めて相手経済を窒息させる」という極めて強力な強制手段を有している。中国はこれに類する強制力を持っていない。

[4] SIPRIデータ(Trends in World Military Expenditure, 2022 (sipri.org))より筆者作成。本稿では一部の数値化された指標のみを紹介している。本来であれば、軍事力の比較には、実戦経験の有無、軍事ドクトリンの優劣、軍隊の士気、兵站を含めた戦闘継続能力等、数値化できない要素をもカウントする必要がある。

[5] International arms transfers | SIPRI

[6] マラソン大会ではペース・メーカーが参加選手の走行ペースを作る。一方で、米軍は(ロシアでも北朝鮮でもなく)中国を打ち負かすべく、防衛戦略・戦術・装備等を検討している。つまり、中国の脅威は米国の国防政策を引っ張るペース・メーカーのような役割を担っているわけだ。「pacing threat」という言葉は訳し方がむずかしいが、以上を念頭に置き、本文にあるような翻訳を行った。

[7] 冷戦期に2極と呼ばれた米ソの力関係も、あらゆる面で対称的だったわけではない。軍事面では対等と言えたが、経済面では米国の方が明らかに優位だった。例えば、1970年に米ソの名目GDPが世界経済に占めるシェアは、米国の31.6%に対してソ連は12.7%だった。図表でみる世界経済(GDP編)~世界経済勢力図の現在・過去・未来 |ニッセイ基礎研究所 (nli-research.co.jp)

[8] 6 Swing States in the Global South Will Decide Geopolitics (foreignpolicy.com)

[9] America’s Middle East Policy Has Failed (foreignpolicy.com)  Saudi-Israel Normalization Deal: The U.S. Should Ask Riyadh for Bigger Concessions on China (foreignpolicy.com)

[10] 中朝友好相互援助条約は2021年に20年間自動延長されたと言われている。ただし、中国側からは「参戦条項の適用は無条件ではない」という意見が出ている模様だ。

[11] 中国は自らをグローバル・サウスに属すると表明しているが、日本政府を含めた西側諸国はそのような見方に同意していない。

pagetop

■PCの推奨環境

【ブラウザ】
・Microsoft Edge最新版
・Firefox最新版
・Chorme最新版
・Safari 最新版

■SPの推奨環境

【ブラウザ】
・各OSで標準搭載されているブラウザ
【OS】
・iOS 7.0以降
・Android 4.0以降