東アジア共同体研究所

Alternative Viewpoint

米中対立時代の安全保障論議~その1. 防衛予算 Alternative Viewpoint 第6号

米中対立時代の安全保障論議~その1. 防衛予算

Alternative Viewpoint 第6号

2020年7月17 日

はじめに~防衛戦略の大転換によって「戦後」が終わる?

6月24日、河野太郎防衛大臣が突如表明したイージス・アショアの撤回方針が国家安全保障会議(NSC)で了承された。相前後して、政府が安全保障のあり方について議論を始め、敵基地攻撃能力保有の是非を含めて9月末頃までに方向性を出すらしいことが伝わってきた。年末には『防衛計画の大綱(防衛大綱)』と『中期防衛力整備リスト(中期防)』を改訂する運びとなっている。

今日、日本を取り巻く安全保障環境が激変していることは誰の目にも明らかであろう。北朝鮮の核ミサイルはおそらく、日本列島を射程に収めるに至った。中国は「戦狼外交」に酔い、尖閣諸島の領海・接続水域に公船を連日侵入させている。米国の国内的分断は根深く、「世界の警察官」に戻ることはない。そして米中対立は一線を越え、激化するばかりだ。日本の防衛戦略が今までと同じでよいはずはない。問題は、どの方向に変わるかである。

日本で「安全保障に詳しい国会議員」とは、ほんの一部の例外を除いて〈兵器オタク〉と同義語である。自衛隊の組織維持や防衛産業の思惑に操られ、「軍事力によって平和と国益を追求する国家」になるべきだと無邪気に信じている人が多い。戦略不在は戦後長らく防衛戦略を米国任せにしてきた日本政府も大同小異。新大綱の蓋を開けてみたら、日本の新しい防衛体制は米国の対中戦略の「パーツ」にすぎなかった、という事態も十分にありえる。

防衛戦略の見直しは、日本の国力の限界を踏まえつつ、日本を主語とした防衛、外交、国づくりの総合戦略を考え抜くことが大前提でなければならない。Alternative Viewpoint(AVP)では、政府・与党とは違う「もう一つの防衛新戦略」を考えるために必要な材料を今後、断続的に紹介していきたい。その第1弾となる本号で取り扱うテーマは、防衛費である。



日本と世界の防衛費

防衛費は安全保障の議論において最も基本的な要素の一つである。「中国脅威論」の最大の根拠の一つも中国の国防予算の増加ペースだ。ところが日本では、「防衛費はGDP比1%」という固定観念が安全保障の専門家たちの間にこびりつき、防衛費問題をゼロベースで議論することは疎かにされてきた。

 トランプの例を持ち出すまでもなく、従来の非常識が一瞬にして当たり前のこととして罷り通るのが政治の世界。防衛戦略を今回見直すにあたり、防衛費が可変的要素として議論されても驚くべきではない。

 なるべく客観的な議論を行うため、世界の軍事支出(国防予算)の動向を概観しておきたい。以下の二つの表は、米ソ冷戦が終結して以降の過去30年間、世界の主要国の軍事支出がどう変遷したか、GDP比と絶対額(米ドル建て)で10年毎の数字を抜き出したものだ。



   《主要国における軍事支出の対GDP比~10年毎の推移》



( SIPRI Military Expenditure Database [i] から作成。中国をはじめ、SIPRIによる推計値を含む。空欄はデータなし。2019年のベトナムの数字は「2019年ベトナム国防白書」[ii] から採った。)



   《主要国の軍事支出(2018年基準ドル建て)~10年毎の推移》



(単位:百万ドル。出典は上記と同じ。)

 この二つの表から読みとれることを簡単にまとめてみよう。ただし、欧州と豪州については次節及び次々節で詳述する。

《米国》

米ソ冷戦後、「平和の配当」として国防支出はGDP比と絶対額の双方で減少した。とは言え、米国が世界最大の軍事大国であったことに変わりはない。その後、アフガン・イラク戦争によって米国の国防支出は増加した。アフガン・イラクでの駐留縮小や金融危機後の財政赤字拡大を受け、オバマ政権下で国防支出は再び減少トレンドに入る。しかし、トランプ政権の下で2018年からまた増勢に転じた。
 冷戦後、米国経済は堅調に成長してきたため、現在の国防支出のGDP比は歴史的に見れば低水準にある。冷戦期は4.9%~13.9%で推移し、冷戦後のピークは2009年及び2010年の4.9%であった。

《中国》

絶対額では文字通り「桁違い」に増えた。20世紀後半の数字を見れば、「日中友好」の時代に中国脅威論が聞こえてこなかったのも頷ける。今は日本など足元にも及ばない額となった。ただし、米国との間にはまだ差があることも事実。中国経済の成長が続いているため、絶対額の目覚ましい増加にもかかわらず、国防支出のGDP比は趨勢として低下した。過去7年間は1.9%に張り付いたままだ。

《韓国》

この隣国も一貫して国防予算を増やしてきた。今や金額ベースではほとんど日本と並び、抜くのも時間の問題であろう。北朝鮮情勢だけでなく、戦時作戦統制権を米軍から取り戻すための自主努力という側面が強い。文在寅政権は2023年まで国防予算を毎年7.5%増やす計画だ。GDP比は近年、2%台半ばの状態が続いている。

《インド、東南アジア諸国》

国防予算のGDP比は概して低下傾向にある。現時点で最も高いシンガポール(2019年=3.2%)もピークは1998年及び1999年の5.2%だ。ただし、各国とも経済が成長しているため、絶対額は増加している。だが、少なくともこれまでのところ、中国脅威論に伴って国防予算をシャカリキに増やしている、という感じは必ずしも受けない。

《日本》

 過去30年間、防衛費は絶対額でもGDP比でもほぼ横這いを続けている。この間、日本経済がほぼ横這いなのだから、それも当然である。

   《日本の防衛費の推移(円建て)1989年~》  



(縦軸:E+12=兆円、横軸:年度)

 上記は1989年以降の日本の防衛費(SIPRI基準、円建て)をグラフ化したもの。1990年代初頭まで絶対額は増えているが、バブルがはじけた後もしばらくは名目GDPが上昇したため、GDP比は1%近辺でほとんど変わることがなかった。

 

NATOとGDP比2%

冷戦後、ソ連の脅威が消滅したのに伴ってNATOは域外活動に重点を移した。NATO加盟の欧州諸国も国防予算を削った。ところが2014年春、ロシアがクリミアを併合し、ウクライナ東部に軍事介入する。ここに至り、NATOはロシアを念頭に置いた集団防衛機能の回復を図ることになった。

《 ウェールズ目標 》

米オバマ政権は金融危機(2007~2010年)やイラク・アフガンでの軍事作戦の長期化に手を焼いていた。オバマはトランプと違い、NATOの有用性を十分に認識していた。それでも、米国がGDPの4%近くを国防支出に充てながら、NATO加盟国の国防予算合計の約7割を負担しているという状況に不満を募らせる。結果的にロシア危機は絶好の〈触媒〉となった。2014年9月にウェールズで開催されたNATO首脳会議で、各加盟国は2024年までに国防費をGDP比2%まで引き上げ、国防費の2割を主要装備品(研究開発費を含む)に当てる、という目標が設定されたのだ。

下記のグラフはNATOのホームページの載っている2014年と2019年の加盟国の国防支出の対GDP比を示したもの。[iii] 全体としては、「ロシアの拡張主義復活」という事態を受けて欧州諸国の国防支出は反転局面に入ったと言えよう。ただし、米国以外の17ヵ国の間には温度差もはっきり見てとれる。





《 ポーランドとドイツ 》

 ロシアに近いポーランドやバルト三国などは米国を頼りにし、その要請に従ってGDP比2%目標を既に達成している。ポーランドのドゥダ大統領に至っては、ポーランドへ米軍の新基地――「トランプ要塞」と命名するという話もある――を建設するよう求め、そのための費用(20億ドル)を提供すると申し入れた。[iv]

 一方で、ドイツなどは国防費の総額が大きいうえ、「ロシアの脅威」に対する切迫感も東欧諸国ほどではない。2019年の独国防支出のGDP比は1.38%。2024年までにウェールズ目標を達成することは絶望的だ。昨年11月、メルケル首相は「2030年代のはじめまでに2%目標を達成する」と演説している。ドイツはフランスと共に欧州独自(=米国抜き)の戦力を構築することに熱心だ。国防費の増加分をすべてNATO強化に回すつもりなどなかろう。

 先月、トランプは「ドイツが金を払うまで、多くの兵士を退去させる」と述べ、駐独米軍を9千人以上減らして2万5千人規模に縮小する方針を打ち出した。9千人の一部は自分に忠実なポーランドへ移す意向だと言う。バイデン大統領が誕生すれば、この方針はさすがに見直される可能性もあろう。だが、米国が同盟国の国防支出の多寡を以って米軍の駐留政策を左右させた、という前例は残る。



豪州の決意~10年間で国防費を4割増やす

 西太平洋地域では、コロナ禍の中、中国の脅威増大に対応して国防費の大幅増を決めた国がある。スコット・モリソン首相(自由党)が率いるオーストラリアだ。

《 新国防戦略と中国 》

 さる7月1日、オーストラリア政府は国防戦略を改訂し、今後10年間にわたって2,700億豪ドル(約20兆円)を投じると表明した。[v] 4年前に決めていた方針から4割増となる。同日、国防戦略の発表に合わせてモリソンは演説を行い、コロナ禍による景気後退が国家予算を圧迫することを認めたうえで、今年の国防費を対GDP比で2%まで増やすとも誓った。

背景にあるのは中国の進出に対する警戒感だ。モリソンは「1930年代と40年代に世界と地域の秩序が崩壊し、豪州とこの地域は存亡にかかわる脅威(筆者註:日本のこと)に直面した。その時以来、世界経済及び軍事戦略上の不確実性が今日ほど高まったことはない」「インド太平洋地域は激化する戦略的競争の震源地になった」と述べて危機感を露わにした。[vi]

 近年、中国と豪州の関係は悪化が目立つ。2018年にモリソン政権はファーウェイの5G参入を禁止。これに対し、中国は豪州産石炭の輸入を妨害したほか、豪州へのサイバー攻撃を強化したと言われる。コロナ危機が発生するとモリソン首相はウイルスの発生源について国際調査を提案。これに猛反発した中国は豪州からの大麦輸入に関税を課し、食肉の輸入を停止した。中国軍による南シナ海への進出は、東南アジアを自らの勢力圏ないし緩衝地帯と考える豪州の利害と対立する。2018年には中国がバヌアツ――東海岸のブリスベンから1,500㎞ほどの距離にある島嶼国家――に軍事基地を建設するという噂も出た。

 新国防戦略の下で増加する国防費は、海空陸の装備にはじまり、サイバー防衛/攻撃能力の拡充、宇宙等の広範な分野の軍備近代化に注ぎ込まれる。〈目玉〉の一つは、800億豪ドル(約6兆円)をかけて米国から購入するAGM-158C対艦ミサイル。中国のミサイル技術が進んだ結果、豪州軍は現在、自らが保有するミサイルの射程外から中国軍のミサイル攻撃を受ける、という脆弱な状態に置かれている。新型ミサイルの導入により、豪州軍の射程は370㎞、現在の約3倍に伸びる。

《「自力」の模索 》

別の意味で興味を引くのが、豪州が独自の衛星ネットワークをつくり、米国の衛星ネットワークに対する依存を減らそうと模索しているように見えることである。

豪州にいる知り合いの安全保障専門家に聞いたところ、親米のオーストラリアでさえ、トランプの防衛政策が予測できないことに対する危惧の念は強くある。さらに、米国民が〈内向き〉になって世界に目を向けない状況は誰が大統領であっても変わらない、という考えも一般的に持たれている。豪州としては、改定した防衛戦略に〈対米依存に対するヘッジ〉を多少なりとも埋め込んでおく必要があった。

モリソンの打ち出した国防戦略を評して、現地メディアの一つは「不確実な新しい世界に対するタカ派色の強い新戦略」と形容した。[vii] しかし、この新戦略によって豪州の対中抑止力が向上し、地域が安定化の方向に向かうことが約束されたわけではない。豪州の対応を見た中国は軍備増強のペースをさらに加速させるかもしれない。インドネシアなどの近隣諸国が「豪州の〈軍拡〉は自国に向けられたものである」と受け止めれば、意図せざる軍拡競争を招来する可能性もある。



アフター・コロナの日本の防衛費

これまで横ばいを続けてきた日本の防衛費。しかし、NATOのように米国から迫られる形になるか、豪州のように自ら進むかはともかくとして、今後は急伸するというシナリオも現実味を帯びてきている。日本経済に伸びる要素が見当たらないため、それはとりもなおさず、GDP比1%という枠も撤廃ないし見直される、ということを意味している。

以下、今後の日本の防衛費を考える際に押さえておくべき要素をいくつか指摘しておく。ただし、「米国の対中戦略」がもたらす影響については、次号以降で別途論じる予定だ。

《 閣議決定でどうにでもなる「GDP比1%枠」》

日本の防衛費にはGDP比1%というシーリングがかかっている、と多くの人が思っているかもしれない。その元をただせば、1976年11月に三木武夫内閣が防衛費を(名目)国民総生産の1%以内に抑える方針を閣議決定したことに遡る。当時は年率10%程度の成長を見込めた時代である。GNP比1%枠を守りながら、防衛予算は1977年度以降の8年間で倍近くに増えた。

その後、経済成長率が鈍化すると、1986年12月に中曽根内閣は翌年度の防衛予算について対GNP1%枠を採用しないことを閣議決定し、防衛費は3年連続してGNP比1%を突破――と言っても、オーバーした幅は0.01%程度――した。だがこの時、政府は1976年閣議決定の「精神は引き続き尊重する」という方針も示していた。日本では財政規律を重視する考え方が強かったこともあり、安倍政権期を含めたその後のほとんどの期間、防衛費はGDP比1%以内に収まり続けた。

 上記からわかるとおり、防衛費をGDP比1%以内に収めることの根拠はそれほど強いものではない。その意味では、安倍総理が2017年3月に「1%という上限があるわけではない」と述べたのも間違いではない。極論すれば、黙って超えても構わないが、もう少し丁寧にやろうと思えば、年末に来年度以降の防衛費の大枠を閣議決定する際、GDP1%枠に縛られない旨を合わせて宣言すれば、それで済む。

それでなくても今年、日本のGDPが大きく下がる。IMFの予測では、▲5.8%(実質)だ。来年の防衛費が現状維持なら、それだけでGDP比1%を超えてくる。安倍またはその後継者がGDP1%枠を完全に葬り去る気になれば、絶好の〈きっかけ〉として利用することだろう。

《 自民党の提言 》

2年前、自民党政務調査会は防衛大綱と中期防策定に向けた提言をとりまとめている。[viii] そこには既に「NATOが防衛費の対GDP比2%を達成することを目標としていることも参考にしつつ、必要かつ十分な予算を確保する」という文言が入っていた。2%という数字の軍事戦略的な根拠を自民党に求めても詮無い話。今回、もっと強硬に要求してくるであろうことはほぼ確実だろう。

ちなみに、NATO基準ではこれまでGDP比を計算する際に計上されていなかった国連平和維持活動(PKO)の分担金や旧軍人遺族らへの恩給費などが加わる。政府は、NATO基準に基づいて現在の『中期防』期間中の防衛費のGDP比を計算すると「1.1~1.3%程度」になると答弁している。[ix] 安倍内閣のことだから、「GDP比の定義をNATO基準に変更するのとセットで従来の1%枠を撤廃し、国民の目をなんとなく誤魔化す」といった手法をとることもありえよう。

《 膨らむ兵器購入リスト 》

紙幅の都合で細かくは述べないが、中国と北朝鮮の挑発的な活動はエスカレートするばかりだ。軍事的な対応を何もとらなくてよい、というわけにはなかなかいかない。

中国の公船が尖閣諸島の周辺に尋常ではない頻度で進出するなか、自衛隊も豪州と同様に対艦ミサイルの射程を伸ばしていかざるを得まい。サイバーや宇宙、中国のミサイルに対応した抗堪性(シェルターや復旧能力)の向上など、自衛隊の能力が見劣りする分野は枚挙に暇がない。

敵基地攻撃論については別の機会に議論するが、単にトマホークを数発持つ、という程度ですむ話とは違う。日本の防衛体制全体に大きな影響を与え、中長期的に防衛費を突き上げる要因となるだろう。

最近になって、多用途戦闘機F2の後継機を国産主体で米英と共同開発する方針も伝わってきた。2031年度からの量産をめざし、総額5兆円とも言われるプロジェクトになるらしい。2030年代も有人飛行機が幅を利かせているのかどうか、私にはわからない。ここまでやる以上、海外に売るつもりであろうことも透けて見える。いずれにせよ、防衛費を増やす理由がまたひとつ増えようとしている。

 軍人は武器があればあるほど安心するもの。大戦略をそっちのけにして自衛隊がほしいと言う装備をすべて買い揃えようとすれば、いくら予算があっても足りない。極論になるが、防衛費を中国と同額にするためには、年額で20兆円増やさなければならない。GDP比は5%を超える。財政の問題もさることながら、それで日中関係が安定するかと言えば、むしろ逆だろう。

《 コロナ禍とMMT 》

新型コロナの感染拡大に伴い、経済対策と生活保障のために巨額の財政支出を迫られる一方で、世界的な景気後退のために税収は大幅な減少が見込まれる。その結果、財政赤字が未曽有の規模に拡大することは確実だ。近年30兆~40兆円だった赤字国債と建設国債の新規発行額は20年度に90兆円を超え、900兆円台後半で推移していた発行残高は20年度末に1097兆円へ膨れ上がる。[x] 本来なら、防衛費を含めた既存の政府支出には削減圧力が働いて当然である。

ところが、コロナ禍はもう一つの変化をもたらした。返済の見込みなき国債発行がタブーでなくなったことだ。今は財政規律を云々する時ではない、という声が支配的となった結果、「インフレになるまで政府支出はいくら増やしても構わない」という現代貨幣理論(MMT)を実行したのと同じ現象が日本のみならず世界中で見られる。

仮に防衛費をGDP比2%まで増やそうと思えば、単純計算で約5兆円の追加歳出となる。これまでのような財政中立の考え方に立てば、社会保障費などをその分削らなければならない。何よりも選挙が大事な政治家には〈できない相談〉だった。しかし、赤字国債を発行しても金利は大して上がらない、という理屈を採用すれば、少なくとも目先は誰にも痛みがない。5兆円かどうかはともかく、MMTに悪乗りした防衛費増額論が出てくることも十分に想定されよう。

7月8日の政府経済財政諮問会議に示された「経済財政運営の基本方針(骨太方針)」の本年度原案からは、これまで2025年度と明記されていた基礎的財政収支(PB)の黒字化目標が抜け落ちていた。防衛費増額を目論む人々にとっては吉報に違いない。

MMTの最大の問題は、それが歴史の実験をパスした理論ではないことだ。MMT支持派は日本が実例だと言うが、日本はこれまで〈おっかなびっくり〉で財政運営に当たってきた。アフター・コロナで大手を振って国債発行を続ける場合、大半は(言葉は悪いが)ゾンビ救済と全国民へのバラマキに使われることになる。防衛費に回る場合は、米国への武器代金支払いとコスパの悪い国産品開発が中心となろう。将来の税収増によって借金を返せるわけがない。大盤振る舞いした後で金利が上がるときはスタグフレーション(景気後退下の金利上昇)だろう。

《 公明党 》

安保法制の際に安倍政権の歯止め役になった、と自負しているのが公明党である。支持母体の創価学会は防衛費の大幅増を好まないだろう。自民党にとって、公明党(創価学会)なしで国政選挙を戦うことはもはや考えられない。今日の政治の世界を眺めたとき、防衛費増の〈最も頼りがいのある歯止め役〉となりえるのは公明党かもしれない。

だが、公明党も絶対に政権与党からはずれたくない。その意味で公明党と自民党の関係は一蓮托生だ。連立政権が長くなったため、防衛政策に詳しい公明党の国会議員の考え方も政府や自民党国防族とほとんど同化している。公明党にできることは、「防衛費を増加させない」ことではなく、「増加幅を抑え、それが国民の目にどぎついものと映らないようにする」ことであろう。

《 辺野古 》

昨年12月に防衛省が示した見通しによれば、辺野古に建設中の普天間代替基地にかかる総工費は、今後12年かけて約9,300億円――当初想定の2.7倍に当たる――だと言う。その内訳をみると、7,225億円は埋め立て工事などに使われる。この部分は防衛能力の向上には微塵も貢献しない。日本が厳しい安全保障環境と財政状況の真っ只中にあることを思えば、何たる贅沢! 加えて軟弱地盤の問題もある。国防族の議員たちにまっとうな感覚があるならば、敵基地攻撃論の前に「辺野古の埋め立てをやめて兵器の充実にあてるべし」という議論が出てきたもよさそうなものだと思う。

なお、冷水をかけるようで申し訳ないが、辺野古の埋め立てを見直し(取りやめ)たとしても、その先にハッピーエンドが待っている可能性は小さい。米国がタダで日本のリクエストに従ってくれることは絶対にないからだ。この議論は大きな話になるので別の機会に譲る。



 本稿では主に〈総枠〉の観点から防衛費にまつわる論点を紹介した。防衛費が一筋縄でいかないところは、増やさなければ日本の立場がどんどん不利になる一方で、増やしたからと言って日本の安全が確実に担保されるわけではない、という点にある。また、防衛費の使い道(兵器体系、人員)や防衛費の増額が日本の国家像に与える影響などについては今回、深く議論するまでに至らなかった。近い将来、立ち戻って論じてみたいと思う。

 


※ 本稿で示した見解は筆者個人のものです。


(参考URL)

[i] https://www.sipri.org/databases/milex

[ii] https://www.viet-jo.com/news/politics/191127201810.html

[iii] https://www.nato.int/nato_static_fl2014/assets/pdf/pdf_2019_11/20191129_pr-2019-123-en.pdf#search='Germany+Nato+Defense+spending+2%25' 3ページ。

[iv] https://jp.reuters.com/article/poland-president-interview-idJPKCN1TB2OP

[v] https://www.defence.gov.au/StrategicUpdate-2020/docs/2020_Defence_Strategic_Update.pdf

[vi] https://www.pm.gov.au/media/address-launch-2020-defence-strategic-update

[vii] https://www.abc.net.au/news/2020-07-02/australias-new-defence-strategy-strategic-shift-foreign-policy/12412650

[viii] https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/news/policy/137478_1.pdf

[ix] https://r.nikkei.com/article/DGXMZO43531210Z00C19A4PP8000?s=3

[x] https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59697440Y0A520C2EE8000/

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