東アジア共同体研究所

Alternative Viewpoint

米中対立時代の安全保障論議~その2. 米軍の新戦略がもたらす激震

米中対立時代の安全保障論議~その2. 米軍の新戦略がもたらす激震



Alternative Viewpoint 第8号

2020年8月22日



はじめに~「米国防戦略の最前線」となる日本列島

7月17日付のAlternative Viewpoint(AVP)第6号に続き、安全保障論議の第2弾をお届けする。

現在、米国の国防戦略は大転換期を迎えている。ものすごく単純化して言えば、米軍は冷戦期にソ連を主敵とし、9.11以降は国際テロリズムへの対処に追われた。そして数年前から、最優先の標的は中国になった。米ソ冷戦が終わって以降はじめて、「自分たちが最強ではないかもしれない」という怖れを抱きながら、米軍は対中戦略を必死で練っているところだ。

加えて、世界中で猛威を振るうコロナ禍は、米軍の新戦略策定に対してもまったく想定外の影響を与えた。近年、米国防予算は膨張を続けていたが、コロナのせいで国防予算を増やせない――現状維持か、減らさなければならない――という状況になったのである。

米国の主敵が中国になれば、その最前線は必然的に日本列島を含む西太平洋地域となる。米軍の予算に限りがあるということは、日本など同盟国に対する米国の要求は今後ますます増大すると予想しておかねばならない。しかも、米国の要求は今後、トランプ大統領のような「金目」の話にとどまらなくなる可能性が高い。

戦後の日本の防衛戦略は米国の掌の上にあった。情けない話だが、その構図は今も基本的に変わらない。日本が従米路線を続ける場合はもちろん、それを正そうと考える場合はなおのこと、米国の安全保障・国防戦略を正しく理解することが不可欠だ。AVP8号(本号)では現在策定されつつある米国防戦略の中身を検討し、次号(9号)で米国の新戦略が日本の防衛戦略や今後の日米関係等に与える影響について考えることにする。





米軍がついに本気になった

 近年、トランプ政権は恣意的な関税引き上げや露骨なファーウェイ叩きなど、これまでタブー視されていた禁じ手を繰り出しながら中国に〈貿易・技術戦争〉を仕掛けている。一方、軍事面を振り返ってみると、オバマ政権の頃から中国に対する警戒感が徐々に高まり、今日に至ってそれがいよいよ顕在化してきた、と言える。

 本節では、米国の国防戦略が中国に狙いを定めるようになった過程を時系列でたどり、その〈現在位置〉を駆け足で確認する。



≪オバマ政権のリバランス≫

 2001年9月11日の同時多発テロ以降、ジョージ・ブッシュ(子)大統領の下で米軍は対テロ戦争――ここでは便宜上、イラク戦争も対「テロ」戦争と位置付ける――に人員、予算、関心の粗方を割き続けた。米国が中東に手足も頭も取られている間に軍事力を目覚ましく強化したのが北朝鮮であり、中国であった。

そのことに漸く気づいたのか、2011年11月になってバラク・オバマ大統領は「アジア太平洋における米国のプレゼンスと任務を最優先課題とする」と述べ、(中東からアジア太平洋への)リバランスという方針を示した。[i] だが、オバマ政権はリバランスと並行して中国との間で建設的な関係を志向する方針は維持した。しかも、オバマの言った〈アジア太平洋への回帰〉は概して言葉にとどまり、実行に移されたのは一部にすぎなかった。オバマ政権の後半期、米国はイスラム過激派ISIL、クリミア併合(2014年3月)など、アジア太平洋方面以外にエネルギーをとられ続けたのである。



≪トランプ政権の国家安全保障戦略(2017年12月)≫ 

『国家安全保障戦略(National Security Strategy、以下NSS)』は米国政府の国家戦略の大方針や世界認識を示す文書である。[ii] 大統領の4年の任期中に一度出されるのが通例だ。トランプのNSSを大雑把に要約すると、以下のような内容である。

第一に、米国が直面する挑戦(脅威)を、①現状の国際秩序を修正しようとする勢力=中国とロシア、②大量破壊兵器を求める地域的独裁者=北朝鮮とイラン、③聖戦を主張するテロリストと国際的犯罪組織、の3つのカテゴリーに整理した。

第二に、国力の基礎としての経済とテクノロジーを重視する方針を打ち出した。それに基づき、①不公正な貿易をこれ以上許さない、②米国のテクノロジーやイノベーションを外部勢力による窃盗から守る、と宣言した。

第三に、米軍を再建・強化するとして、①宇宙とサイバーを含む広範な分野での能力を強化する、②ミサイル攻撃から米国を守る、③同盟国とパートナーにより大きな責任分担を迫る、という方針を打ち出した。

注意してもらいたいのは、NSSで示された世界観は「トランプ政権の目に世界がいかに見えているか」であること。以前は「グローバルな脅威」と位置付けられていた地球温暖化(気候変動)が消えるなど、トランプ色も満載だった。しかし、今読み返してみると、良きにつけ悪しきにつけ、その後のトランプ政権の(経済・通商面も含めた広義の)安全保障政策は大筋においてこの方針に沿って進められたことがわかる。



≪国家防衛戦略(2018年1月)≫

 NSSが米国政府全体で取り組む安全保障戦略であるとすれば、その中で国防総省と米軍が所管する部分が国家防衛戦略(National Defense Strategy、以下NDS)である。[iii] 概念上、NDSはNSSの下部戦略と言ってよい。発表時の国防長官はジェームズ・マティス(=2019年1月に退任)だった。

 以下にNDSのポイントを整理して示す。ちなみに、我々が読むことのできるNDSは公表版である。機密扱いの部分に何が書かれているかは、おそらく、同盟国である日本政府も知らされていない。

 NDSは、NSSで掲げられた3つの挑戦について、「中露>北朝鮮・イラン>テロ」という優先順位を明確化した。さらに、中露の間では、大筋において「中>露」という順番も示唆された。

 NDSが最も重視するのは〈軍の近代化〉である。スローガンは「昨日の兵器や装備」で「明日の紛争」を戦っても勝てない」。具体的には、①核戦力の近代化、②宇宙とサイバー空間の軍事利用促進、③指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・監視・偵察(C4ISR)への投資、④ミサイル防衛への投資、⑤米軍が攻撃を受けた時に〈展開し、生き残り、作戦行動を行い、再生する〉能力への投資(「大規模で、集中し、防御性能の低い」の基地インフラから「より小さく、分散され、強靭で、適応性のある」駐留形態への移行)、⑥〈先進的な自律的システム〉への投資(オートノミー、人工知能[Artificial Intelligence]、機械学習[Machine Learning]の軍事分野への適用)を挙げた。



≪軍種毎の具体的改革案(現在)≫

米軍は陸軍・海軍・空軍・海兵隊・宇宙軍(2019年12月創設)の5つの軍種からなる。NDSの発表を受け、各軍種はいかにNDSを具体化すべきか、現場サイドから検討を始めた。今年に入り、各軍種から提言の原案が発表されつつある。

各軍種の提言は、戦術、装備、部隊配置から兵士の採用・訓練・待遇まで多岐にわたる。次節では、各種文献を参考にしながら、米軍戦略のうちで日本に大きな影響を与えることになりそうな点をダイジェストで紹介したい。

特に注目すべきは、今年3月に発表された『兵力設計2030(Force Design 2030)』[iv] をはじめとする、デイヴィッド・バーガー司令官率いる米海兵隊の議論である。海兵隊は冷戦後、アフガニスタンやイラクでテロリスト等を相手に内陸部での陸上戦闘に駆り出されることが多かった。しかし、今度の相手は近代化を進めた中国軍であり、主戦場も太平洋西部の海洋や沿岸部になる。太平洋海兵隊司令官としての経歴を持ち、中国軍の能力増強を目の当たりにしてきたバーガーには危機感が一際大きい。

参照した論文の中には、今年のForeign Affairs 7月号に掲載されたミッシェル・フロノイの「アジアにおける戦争を防ぐには――米抑止力の形骸化と中国の誤算リスク」[v] も含まれる。オバマ政権で国防次官を務めた彼女の論じる内容も、現在米軍内で進行中の議論と基本線は重なっている。来年からバイデン政権になったとしても、国防総省や軍によって現在検討されている方向が大きく変わることはない、と考えてよかろう。

11月3日には米大統領・議会選挙が控えている。米議会には戦略、予算、人員等に関して〈うるさ型〉の議員も少なくない。各軍種の間で足の引っ張り合い(=予算の奪い合い)も当然起こる。ここで紹介する議論がそのまま米軍全体としての最終的な結論になるとは限らない。そのことを念頭に置きながら、以下をお読みいただきたい。





近代化した中国軍の脅威

 米軍の新戦略を理解するためには、大前提として「なぜ、米軍は軍事戦略を大きく見直そうとしているのか?」という問いの答を知らねばならない。

5月27日付のAVP第3号でも指摘したとおり、軍事支出や核弾頭数などを比較すれば、中国の急速なキャッチアップはあるものの、総合的な軍事力ではまだ米国が十分なリードを保っているように見える。だが、それは「森を見て木を見ず」とも言うべき議論。米軍が机上演習(war game)等を繰り返して検討したところ、「米軍は東アジアで中国軍に勝てないかもしれない。少なくとも、中国軍と戦えば大損害を被る」という結論に至った模様だ。この危機感と焦燥感こそが、米軍に対中戦略の抜本的な見直しを迫っている。



≪長射程、高精度、高速、多数のミサイル≫

 今年5月22日、故ジョン・マケイン上院議員の側近だったクリスチャン・ブローズが「米国の軍事的卓越の時代は終わった」という題名の論考をウォール・ストリート・ジャーナルに寄せた。[vi] ブローズによれば、2017年の年末にマケインを含む上院議員は中国の精密誘導ミサイルや長距離センサー、宇宙反撃能力等についてブリーフィングを受けた。ブリーフィング終了後、マケインは「アジアで米軍の前進基地が粉塵に帰し、米軍の空母や艦船が沈没させられ、通信ネットワークは遮断され、米国の衛星が撃ち落されたりした挙句、数千名の米兵が生命を失う」事態を真顔で心配していたと言う。

ブローズはカーネギー国際平和基金上級研究員の肩書を持つほか、先端軍需産業にも所属しているので、その点は割り引いて聞いた方がよいかもしれない。だが近年、「中国軍が配備する精密誘導ミサイルの射程が伸び、命中精度が向上したため、在沖米軍基地といった固定目標はもちろん、空母などの米軍艦船を破壊から守ることができない」いう危機意識が米当局者の間で急速に広まっていることは事実だ。ミサイルは地上(=中国大陸)、艦船、航空機から発射され、既存のミサイル防衛・防空システムでは防ぎきれない。

しかも、米国、ロシア、中国の3ヶ国は極超音速(Hypersonic)ミサイルや極超音速滑空体を鋭意開発している。[vii] ロシアが開発中の極超音速グライダー『アヴァンガード』は、マッハ27、航続距離6,000㎞と言われている。高速であることはもちろん、探知されにくく、軌道を自由に変えられることから、防御側にとっては極めて厄介な代物となる。

昨年、国防総省が米議会に提出した報告書によれば、中国が保有する陸上配備ミサイルは、短距離弾道ミサイル(射程300~1,000㎞)は精密誘導型で750~1,500発。台湾も南西諸島もすっぽり射程に収める。準中距離弾道ミサイル(射程1,000~3,000㎞)は精密誘導型、対地・対艦攻撃用で150~450発。中距離弾頭ミサイル(射程3,000~5,500㎞)は陸上移動式、準精密誘導型でグアムもカバーする。後述するが、米軍は現在、これらに対応する地上発射ミサイルを(ICBM以外は)保有していない。下図は中国の長距離ミサイルの射程を地図に重ねたものである。[viii] 米軍のみならず、自衛隊も圧倒的劣勢に立たされていることがわかる。



(Annual Report to Congress: Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2019, 国防総省(45ページ)より。)



≪システムをめぐる戦い≫

私が文献に当たった範囲で抱いた印象では、現状を〈米中が戦えば、必ず米軍が負ける〉と捉えるのは過剰反応である。先のブローズの題名を借りれば、「米軍の卓越(primacy)は終わった」という認識が正しいと思う。

近代化した中国軍を相手にした途端、タリバンやイラク、テロリストが相手なら心配しなくてもよかった懸念事項が頭痛の種として米軍の眼前に現れた。例えば、フロノイは「軍事的な衝突が始まった時、米軍が制空権、制宙権、制海権を速やかに獲得することはもはや望めない」「ナビゲーション、通信、早期警戒、ターゲティングなどに不可欠な役割を果たす米国の衛星が中国の攻撃を回避できることはもはや期待できない」と述べている。最近まで空軍参謀総長を務めたデイヴィッド・ゴールドファイン大将も、「米軍の兵站施設が攻撃を受ける」という〈これまで想定する必要のなかった事態〉に備えなければならない、と警鐘を鳴らす。[ix] 湾岸戦争以降、一極主義という言葉が使われた時代の楽観は微塵もない。

大日本帝国の軍部と違い、米軍は兵士の命が失われることに極めて敏感だ。「最終的に勝てれば、それでよい」という考え方は絶対にとらない。だからこそ、米軍は必死で対中戦略の見直しに取り組むのである。





第一列島線内での分散

米軍にとって中国軍が与える最大の〈目に見える脅威〉は、ミサイルである。嘉手納や普天間などの大規模な固定基地は格好の標的となり、ミサイル防衛等の手立てを講じても守れない。基地がやられるということは、そこに駐機する航空機も破壊されるということ。そこで、中国のミサイルの射程内にとどまったまま生き残るための鍵を握る考え方の一つが「分散」である。



≪しぼむ「スタンド・アウト」構想≫

 比較的最近まで、「分散」戦略と言えば、〈米軍が一時的に敵の主力ミサイルの射程外――グアム、ハワイ、豪州、米本土など――に退避し、中国本土に対する攻撃等によって海空の優勢を確立した後に、陸上兵力を現場へ投入する〉というスタンド・アウト、つまり〈インド太平洋における広域分散〉の考え方をよく耳にした。しかし、机上演習等を繰り返した結果、米軍内では最近、スタンド・アウトに否定的な見解が大勢になっている。

スタンド・アウトの最大の問題は、主力が一旦前線から遠くへ離れると、台湾や南シナ海、東シナ海へ戻るのに時間がかかる、ということ。高速艇で運べる海兵隊の数は限られており、全然足りない。[x] 陸軍は海軍の輸送能力の劣化に苦言を呈し、海軍は予算不足を訴えているのが現状だ。[xi] 中国軍は米軍が引いて手薄になった西太平洋地域で緒戦段階から優位に戦える。米軍が遠方でモタモタしている間に、台湾などの要衝を完全に制圧され、在沖・在日米軍基地なども大打撃を受けるだろう。

敵の圧倒的優勢が一旦〈既成事実化〉されてしまえば、それをひっくり返すためには、よほどの戦力差がない限り、膨大な犠牲とコストがかかる。2014年2月末、ロシアはものの数日でクリミアの要衝を占領し、3月11日にはクリミア最高会議が独立を宣言した。西側は遠方からそれを眺めていただけ。その後も経済制裁でお茶を濁すしかなかったことは記憶に新しい。



≪「スタンド・イン」構想の台頭≫

現在、米軍内でほぼ最終的な結論となっているのが「スタンド・イン」という考え方である。海兵隊の『兵力設計2030』から、それに関わる部分を下記に抜き出す。「敵」が「中国軍」を指していることは言うまでもない。



 〈敵の長距離精密誘導火力の兵器交戦圏(weapons engagement zone、以下WEZ)の内側で作戦活動を継続できる部隊〉は、〈生き残りのためにWEZの外側の場所に急速に移動しなければならない部隊〉よりも作戦上、意味がある。これらの「スタンド・イン」部隊は敵部隊を減耗させ、米統合軍による敵への接近活動を可能にする。敵が軍事目標を選定する過程を複雑にし、敵の情報収集・警戒監視・偵察活動手段を消耗させる。その結果、(敵による)既成事実化シナリオを妨害する。



海兵隊が昨年公表した『司令官による計画立案の手引き』[xii] によれば、スタンド・イン部隊は、感知されにくく、手頃な価格で、リスクにさらせる発射台(註:艦船・無人機・部隊等)や爆薬を多数配備する形態となる。そして、米海軍と協力しながら敵のWEZの内側で作戦を行い、迫りくる中国海軍部隊と対決するのである。

では、スタンド・イン部隊と米軍基地との関係はどうなるのか? これについては、フロノイの次の記述が手掛かりを与えている。



 (中国の接近阻止・領域拒否能力によって)第一列島線の内側は中国の攻撃に対して著しく脆弱となった。その一方で、第二列島線及びその外側はそれほど脆弱ではない。米国は(米軍の)展開と兵站のため、脅威に対抗して要塞化された基地を第二列島線の(米国から見て)向こう側で維持したいと考え続けるであろう。しかし、作戦上の全体的な原理は「重要なのは基地ではなく場所」という考え方に基づく。つまり、第一列島線の内側では、米軍は〈より小さく〉〈より機敏な〉部隊のパッケージ――中国の作戦を混乱させるために簡素で臨時ごしらえの基地の間を動き回ることのできる、潜水艦や無人潜水機、航空遠征部隊、海兵隊や陸軍の高度機動部隊など――に今後ますます頼ることになる。



ここで言う第一・第二列島線は中国軍の戦略概念である。第一列島線は、千島から日本、台湾、フィリピン、マレーシアのライン。第二列島線とは、小笠原諸島からマリアナ諸島、パプア・ニューギニアに至るライン。イメージとしては下の地図(赤線が第一列島線、青線が第二列島線)を参照頂きたい。ただし、ここでの赤線は日本列島を含まないように遠慮して引かれている。



https://ichef.bbci.co.uk/news/555/cpsprodpb/1581A/production/_108409088_south_china_sea-nc-3.png

 

方向性としては、日本を含む第一列島線において米軍基地は今後も基本的には維持される。一方で、(無人機を含む)部隊の方は既存の基地にとどまらない広範な場所に分散展開し、移動しながら作戦行動を行う。それによって敵のミサイル攻撃で米軍が全滅する事態を避け、生き残った兵力で中国軍に大きなダメージを加える、というのが米軍の構想と思っておけばよかろう。





攻撃力の強化

 中国軍のミサイルの脅威への対応は、〈分散〉だけでは道半ばである。戦争である以上、敵のミサイル拠点を叩かない限り、終わりにはならない。米軍の新戦略には〈攻撃力の強化〉というもう一つの大きな特徴がある。



≪INF条約破棄と長距離精密誘導攻撃ミサイル≫

米軍が中国の艦船を攻撃する能力強化で一番早く実現するものは、米海軍と米空軍が配備を始めた新型の長距離対艦ミサイルとなろう。加えて、国防総省の幹部は海兵隊に対し、地上発射型の巡航ミサイルを「極めて早期に」配備するよう命令した。海兵隊は来年から射程1,600㎞のトマホーク・ミサイル――水上・潜水艦発射型が有名だが、地上発射型もある――を48基購入し、2023年からの実戦配備に向けてテストを始める予定だ。[xiii]

『司令官による計画立案の手引き』も、地上配備型の長距離精密誘導攻撃(LRPF)ミサイル――最低でも射程650㎞以上――の開発・配備を急ぐべきだと述べている。海兵隊や陸軍が様々な射程のLRPFミサイルを日本列島(南西諸島を含む)、フィリピン、豪州、グアムなどに配備すれば、中国軍が攻撃・防御の両面で対応しなければならない目標の数は格段に増加する。その結果、第一列島線付近において米軍が制海・制空権を確保できる見通しを改善させられる、と目論むのである。

 こうした構想は昨年8月にトランプ政権が中距離核戦力全廃条約(INF条約)を失効させたことによって可能となった。1987年に米ソが締結したINF条約は、核弾頭であると通常弾頭であるとに関わらず、射程500~5,500㎞――LRPFはこの射程を「長距離」と呼ぶので混乱しないでほしい――の地上発射型の弾道ミサイル及び巡航ミサイルの保有を禁じていた。しかし、同条約に縛られない中国は、西太平洋の米軍基地を射程に収める精密誘導ミサイルの開発を着々と進め、中国大陸の拠点に多数配備するに至った。西太平洋の米軍基地からこれに反撃しようと思っても、INF条約がある限り、米側は中国軍と同じ射程の地上発射ミサイルを開発・保有できなかった。INF条約を葬った今、米軍は長年〈不戦敗〉を続けてきた「射程の戦争(range war)」において巻き返しを図ろうと必死になっている。[xiv]



≪軍拡の時代≫

 攻撃力の強化はLRPFミサイルのみではない。昨年5月、ロバート・ネラー海兵隊司令官(当時)は「現代の戦場においては、空、陸、海から長射程かつ命中精度の高い致命的な攻撃を実行できる部隊が求められる」と議会で証言した。そのうえで、海兵隊が重視する装備として、F-35B/C戦闘機、精密誘導多連装ロケットシステム(自走発射式)、可動式の地上配備対艦ミサイル、低価格で無人飛行機を群れで使う技術(LOCUST)を応用した長距離無人海上艦などを列挙した。[xv]

 シンクタンクの新アメリカ安全保障センター(CNAS)も対中戦略を提言し、「能力を持った同盟国やパートナー国と協働し、長距離精密誘導火器、空気取り入れのために浮上しなくてもよいディーゼル・エレクトリック型の攻撃潜水艦、無人の海上艦船及び潜水艇、無人航空機を追加配備し、情報収集・監視・偵察活動、攻勢攻撃、主要拠点に対する防空・ミサイル防衛にあたらせる」ことを推奨している。[xvi]



≪他軍種の方針≫

海兵隊以外の軍種が検討している新戦略についても、ごく簡単に触れておく。紙幅の都合で駆け足となるが、ご容赦願いたい。

[海軍]

海軍は分散海洋戦略の一環として、中型の無人水上艦を建造して情報収集活動を行ったり、将来的にはミサイル発射のプラットフォームに使ったりすることを検討している。無人システムは比較的安価なため、同じ予算でより多く配備できるし、兵士の命も損なわない。[xvii] 「無人と言えば、飛行機」という時代が終わるのも近い。

[空軍]

空軍は中国から〈至近距離〉の嘉手納に極東最大の米軍基地を持つ。有人戦闘機に偏った配備は見直さざるを得なくなるだろう。比較的安価で殺傷力を持つ無人機を配備することや、グアムからの長距離爆撃及び空中発射巡航ミサイルの運用強化などが検討される模様だ。[xviii] 中国やロシアによるジャミング、ハッキング、海底通信ケーブルの切断、衛星の撃墜などから米軍の指揮統制ネットワークを防御することも課題となる。[xix]

[陸軍]

陸軍は地上発射型の長距離ミサイルや戦略的長距離キャノン砲の開発・保有に力点を置く。空軍からは陸軍の〈領空侵犯〉に対する反発も出ている。だが陸軍は、①イラクや北朝鮮の事例が示すように、空や海よりも陸上配備の方が敵の目から隠しやすい、②空中発射ミサイルの射程が数百マイルなのに対して、陸上発射ミサイル等の射程は1千マイルを超える、③トラックから発射できるため、安価で開発も早い、等の利点を強調して一歩も引かない様子である。





抑止力の回復

 米軍が新戦略で求める要求事項は多岐にわたり、要求水準も極めて高い。それらを本稿で万遍なくカバーすることはとてもできない。だが、米軍が中国軍に対してどれだけ危機感を持ち、革命的と言ってもよいほどの変革を進めようとしているかが本稿によって多少なりとも伝わったなら、幸いである。

対中戦略の見直しによって米国がめざしているのは、中国に対する〈失われた抑止力〉の回復だ。そのために米軍が重視するのは「中国の指導者が『侵略的な行為は自分たちの利益にならない』と最終的に判断するほどに大きなコストを中国軍に対して課す」こと。フロノイは次のように述べる。



南シナ海における中国軍の艦船、潜水艦、商船のすべてを72時間以内に沈めることができる、という米軍の脅しを中国側に信じ込ませることができれば、中国の指導者は台湾に対する封鎖や侵攻などを安易に仕掛けられないかもしれない。つまり、台湾侵攻等の行為が自分たちの全艦隊を危機にさらすだけの価値があるか、中国側はよくよく考えることになるだろう。



 フロノイは〈南シナ海に展開する中国軍が被る可能性のあるコスト〉を例に出しているが、それは政治的・外交的配慮を働かせたからである。米軍が目指している長距離精密誘導ミサイルの配備が実現すれば、南シナ海のみならず、中国本土の軍事拠点が射程に入ることは既に述べた。





新戦略の弱点

〈戦略〉として見た場合、米国の新しい軍事戦略には、弱点や問題点もある。ここでは以下の5点を指摘するにとどめる。

第1に、米軍の新戦略に中国が対応する結果、米軍が期待するほどには脆弱性が減らない可能性があること。ただし、現状を放置しても米軍の脆弱性は増す一方である。

第2は、中国側が「米戦略が実行されれば東アジアにおける相対的な対米優位性が失われる」と思った場合には、中国が「今のうちに」と考えて台湾や尖閣で軍事冒険主義に出ることはないか、という懸念。米軍が地上発射の長距離精密誘導ミサイルの配備を開始しても、中国軍に見合うだけの数を揃えるには相応の時間がかかる。

第3に、米軍戦略の中では低い優先順位しか与えていない脅威が顕在化し、新戦略の実行が遅れるかもしれないこと。例えば、中東で大規模な戦争が起きて米軍が介入することになれば、新戦略の描く中露への対応はまたしても後回しになる可能性がある。

第4に、コロナ危機からの回復に手間取り、米軍が想定している以上に軍事予算を削減させられるかもしれないこと。

第5に、西太平洋地域の同盟国・パートナー国が米軍による長距離精密誘導ミサイルの配備に同意しなければ、新戦略は骨抜きになること。





おわりに

他人の敷地を我が物顔で使おうなんて、何様のつもりだ――?! 米軍が策定しつつある対中戦略を勉強しながら、何度も胸中を往来した思いだ。

詳しくは次号で述べるが、米軍の考えている〈第一列島線内における分散〉と〈長距離精密誘導ミサイルの配備〉は日本列島及び南西諸島なしには成立しない戦略である。しかるに、私の知る限りでは、米国政府・米軍は日本政府と打ち合わせすることなく、本稿で取り上げたような検討を着々と進めている。

米軍も必死なのはわかる。自衛隊が中国軍に対して不利な立場にあることも直視しなければならない。だが、米中が軍事衝突した場合、最も被害を受けるのは我が国土であり、自衛隊員やおそらく日本国民も米兵と同様に命を危険にさらす。中国の脅威に目をつぶることはできないが、日本が安っぽい中国脅威論や日米同盟至上主義に引きずられて米軍新戦略への対応を決めたら、それはそれで取り返しがつかない。この問題は引き続きフォローしていく。






[i] https://obamawhitehouse.archives.gov/the-press-office/2011/11/17/remarks-president-obama-australian-parliament

[ii] https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2017/12/NSS-Final-12-18-2017-0905.pdf#search='Trump+National+Security+Strategy' 
https://jp.usembassy.gov/ja/national-security-strategy-factsheet-ja/

[iii] https://dod.defense.gov/Portals/1/Documents/pubs/2018-National-Defense-Strategy-Summary.pdf#search='National+Defense+Strategy' 

[iv] https://www.hqmc.marines.mil/Portals/142/Docs/CMC38%20Force%20Design%202030%20Report%20Phase%20I%20and%20II.pdf?ver=2020-03-26-121328-460

[v] https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2020-06-18/how-prevent-war-asia
https://www.foreignaffairsj.co.jp/articles/202007_flournoy/ 

[vi] https://www.wsj.com/articles/the-end-of-americas-era-of-military-primacy-11590155833

[vii] https://news.biglobe.ne.jp/trend/0816/kpa_180816_1235583750.html

[viii] https://media.defense.gov/2019/May/02/2002127082/-1/-1/1/2019_CHINA_MILITARY_POWER_REPORT.pdf#search='Annual+Report+to+Congress+on+China+2019'

[ix] https://www.brookings.edu/wp-content/uploads/2020/07/fp_20200701_air_force_transcript.pdf

[x] https://breakingdefense.com/2019/08/secdef-marines-want-to-disperse-across-pacific-but-its-hard/

[xi] https://breakingdefense.com/2019/08/how-much-sealift-does-us-have-for-crisis-its-not-sure/

[xii] https://www.hqmc.marines.mil/Portals/142/Docs/%2038th%20Commandant%27s%20Planning%20Guidance_2019.pdf?ver=2019-07-16-200152-700

[xiii] https://www.reuters.com/article/us-usa-china-missiles-specialreport/special-report-u-s-rearms-to-nullify-chinas-missile-supremacy-idUSKBN22I16W

[xiv] https://warontherocks.com/2018/02/asia-inf/

[xv] https://www.appropriations.senate.gov/imo/media/doc/05.01.19--Neller%20Testimony.pdf

[xvi] https://www.cnas.org/publications/reports/rising-to-the-china-challenge

[xvii] https://breakingdefense.com/2020/07/navy-inks-deal-for-new-unmanned-fleet/

[xviii] https://www.brookings.edu/blog/order-from-chaos/2020/07/29/three-urgent-questions-for-the-air-forces-new-chief-of-staff/

[xix] https://www.brookings.edu/blog/order-from-chaos/2020/07/09/how-to-cut-and-not-cut-the-defense-budget/

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