東アジア共同体研究所

Alternative Viewpoint

米中対立時代の安全保障論議~その3. 米国の対中軍事戦略と日本

米中対立時代の安全保障論議~その3. 米国の対中軍事戦略と日本



Alternative Viewpoint 第9号

2020年8月29日



はじめに~米国の対中軍事戦略を日本列島へ適用したら?

 8月22日付AVP 8号で米軍が現在検討中の対中戦略を概観した。米軍が従来の戦略を抜本的に改めようとしているのは、〈西太平洋地域で中国軍に対する優位を失った〉という強い危機感があるためだ。米軍は〈小規模で敵に見つかりにくく、低コストで打撃力を備えた〉部隊を第一列島線内に分散展開する方向で準備を進めている。その際、鍵を握るのは長距離精密誘導ミサイルの配備だ。

戦後75年間、米国と米軍に依存することに慣れ切った日本人は「米国さえ日本の側についてくれれば、中国も北朝鮮も恐くない」と思い込んでいた。しかし、〈無敵〉と思っていた米軍が日本周辺を含む西太平洋地域で中国軍をかくまで〈恐れている〉とは! 

衝撃はそれだけにとどまらない。「第一列島線内の分散展開」と言う場合、日本列島や南西諸島がモロに含まれる。米軍の新戦略が実行に移されれば、台湾有事などの際には日本列島や南西諸島から中国を攻撃し、中国からもミサイル攻撃を受けることを覚悟しなければならない。日本はいつの間にか、前線基地/戦場になるのだ。

日本列島に米国の新軍事戦略を適用したらどのようなことになるか? 本稿でイメージ・トレーニングを行いながら、その意味を考えてみたい。





蘇る「日本列島の戦略的価値」

 昨年8月3日、米露間のINF条約(中距離核ミサイル全廃条約)が失効した。その翌日、マーク・エスパー米国防長官は中距離ミサイル――射程500~5500㎞の地上配備・精密誘導型――をアジアに配備するのかと問われ、「配備したい。でも、(核弾頭ではなく)通常弾頭であることは明確にしておこう」と答えた。[i] この射程のミサイルで米国が中国に大幅な後れを取っていることは前号で述べたとおりだ。

エスパー発言は、海兵隊などの戦略提案に「第一列島線内での長距離精密誘導ミサイル配備」が出てくるのとも符合している。実際の配備は、米軍内でテストを行い、同盟国と協議したうえで決まる。2020年代半ばあたりが目標になりそうだ。

 

≪米ソ冷戦期の日本列島≫

一般にはあまり知られていないが、米ソ冷戦期、日本は米軍の対ソ戦略上、極めて重要な役割を果たしていた。海上自衛隊の持つ〈3海峡封鎖〉能力のことだ。

当時、ウラジオストクを中心とするソ連太平洋艦隊の潜水艦が対馬・津軽・宗谷海峡を経由して太平洋に進出し、核ミサイル(SLBM)を米本土へ発射することは米国にとって深刻な脅威であった。そこで、海上自衛隊が海上、海中、空中で警戒監視活動を行い、いざとなれば機雷で3海峡を封鎖する運びとなっていた。日本が哨戒機P-3Cを100機も導入したのはそのためでもあった。

3海峡封鎖の主要な目的は、米国を防衛することにあった。だが、形式的には自国防衛として行えたため、集団的自衛権の誹りを受けずに済んだ。日本政府も米国に対して〈同盟国としての貢献〉を水面下でアピールすることができた。

 米ソ冷戦が終わると、3海峡封鎖のニーズもなくなる。冷戦期に日本列島が持っていた戦略的価値は著しく低下した。時が過ぎ、今また、米国にとって日本列島の戦略的価値が高まろうとしている。ただし、今回は〈中国を射程に収める精密誘導ミサイルの配備先〉として、である。



≪米軍の長距離ミサイル配備に同意する国はどこか?≫

 前号でも述べたとおり、米軍内には地上配備型の長距離精密誘導攻撃(LRPF)ミサイル――その射程は最低でも650㎞――をアジアへ配備する構想がある。650㎞と言えば、宮古島や石垣島に配備すれば、台湾を優にカバーし、福建省や浙江省の大部分にも届く。もちろん、射程がさらに伸びれば、中国大陸のより奥深くまで攻撃が可能となる。LRPFの開発状況に応じて、比較的短射程のものは第一列島線、3,000㎞以上のものはグアムに配備することができれば、米軍としては重層的な攻撃態勢として理想的かもしれない。

第一列島線に沿って米軍がミサイル部隊を多数配置しようとする場合、どの国が候補になるのか? 地図で見ていけば、フィリピン、(島ではないが)ベトナム、マレーシア、少しおまけしてシンガポール、インドネシアなど。いずれも、中国に脅威を感じる一方で「中国を刺激したくない」と考えている国ばかりだ。

近年、米国は南シナ海の領有権問題で中国と対立するベトナムへの武器輸出を全面解禁するなど、同国とのパートナーシップ関係を強めている。だが、ベトナムは中国とも政治・経済の両面で強いつながりを持ち、陸で国境を接している。ベトナム戦争で米軍と戦った歴史的経緯やイデオロギー上の問題もある。ベトナムが自国内に米軍を受け入れるとは考えにくい。同様に南シナ海で中国と領有権問題を抱えるフィリピンも一筋縄ではいかない。今年2月にドゥテルテ大統領が米軍地位協定の破棄を発表――6月になって破棄通告を保留した――するなど、米比関係は荒れ模様だ。

 台湾に米軍のミサイル部隊を配備したり、長距離ミサイルを売却したりすれば、台湾を防衛するうえでの純軍事的な効果は極めて大きい。しかし、それでは中国を刺激しすぎ、戦争の引き金を引きかねない。常識的に考えれば、近い将来、台湾へ長距離ミサイルを持ち込むことはむずかしい。

 

≪日本への期待≫

 こうやって見ると、第一列島線に米国の領土がないことは米軍の対中新戦略の大きな弱点と言えそうだ。そこに長距離精密誘導ミサイルを配備できなければ、衝撃的な米軍の大戦略も〈絵に描いた餅〉になってしまう。そこで俄然注目を集めるのが、日本、すなわち南西諸島を含む日本列島である。

日本には米軍が分散展開するための拠点となりえる米軍基地が既にいくつも存在する。有事の際には、自衛隊基地や民間の飛行場・港湾を使うオプションもある。地理的にも、南西諸島であれば、台湾や中国大陸に近い。米軍にとってこれほど魅力的な国はなかろう。

しかも、日本政府と日本の世論は対中脅威論に傾いている。中国外交も最近は「戦狼外交」とかに自己陶酔し、世界中に敵を作っている。対中警戒感を煽るには好都合だ。何よりも、日本政府は米国からの圧力に弱いことで定評がある。米国の〈期待〉が日本に一身に集まっても不思議ではない。

海兵隊のバーガー司令官は、対艦・対空ミサイルを装備し有事には島嶼部に分散展開する「海兵沿岸連隊(MLR)」を2027年までに沖縄へ配備するため、日本政府と協議を始めたとを述べている。[ii] 配備を予定するミサイルの射程はまだ明らかになっていない。

去る7月27日、河野太郎防衛大臣は、イージス・アショアに代わるミサイル防衛に関して、米国の打撃力を重視する方針を示したと言う。[iii] その意味するところは明らかでないが、中国の拡張主義的行動について「海洋秩序を侵そうとする国には高いコストを支払わせる」と米国がよく使うフレーズを使って牽制しているのも意味深である。

とは言え、日本政府にとっても、長距離ミサイルの受け入れは二つ返事で答えられるほど簡単な問題ではない。現状は、米軍が具体的な計画を詰めるのを様子見している、と言ったところであろう。





迫られる「踏み絵」

 今年12月、政府は防衛大綱と中期防衛力整備計画を見直す予定だ。私の聞いている限りでは、イージス・アショアの配備を取りやめることに伴い、イージス・アショアに代わる新たなミサイル防衛体制を記載することが見直しのメインとなるらしい。敵基地攻撃については、与党内の調整次第というところだが、中途半端な内容になるのではなかろうか。本稿でとりあげた米軍の長距離ミサイルを国内に配備する計画については、新型コロナの影響で国防総省、米軍と防衛省、自衛隊、外務省等の人的接触がこれまで事実上止まっており、あまり協議が進んでいないようだ。

11月には大統領選挙もあるし、米軍の方もミサイルの開発とテストを行わなければならない。第一列島線内の米軍が長距離ミサイルを装備するようになるのは、早くても2023年以降となる見込みだ。米軍としてはそれまでに日本を中心とした同盟国・パートナー国からミサイルの受け入れ同意を取り付けなければならない。さもないと、せっかくの対中戦略が実行不能に陥ってしまう。

さる8月24日、エスパー国防長官はウォール・ストリート・ジャーナルに『ペンタゴンは中国と戦う覚悟がある』と題した投稿を行った。[iv] その内容は、人民解放軍の〈邪悪さ〉を強調したうえで、同盟国に対して「真のパートナーとして米軍の負担を公平・公正に分担する」よう呼びかけたもの。米軍戦略を実行に移すための対同盟国工作の一環に違いない。エスパーは8月29日にグアムで河野防衛大臣と会談し、中国軍への対応を話し合うことになっている。12月の防衛大綱に反映されるかどうかは別にしても、米国からの働きかけ(圧力)が今後ますます強まることは覚悟しておいた方がよい。



≪事前協議の関門≫

日米安保条約第6条の実施に関して、日米間には1960年に合意した岸=ハーター交換公文というものがある。[v] 外務省がホームページで説明しているところを引用すれば、以下の三項目に関して「我が国の領域内にある米軍が、我が国の意思に反して一方的な行動をとることがないよう、米国政府が日本政府に事前に協議することを義務づけた」ものだ。



① 米軍の我が国への配置における重要な変更(陸上部隊の場合は一個師団程度、空軍の場合はこれに相当するもの、海軍の場合は、一機動部隊程度の配置をいう。)。

② 我が国の領域内にある米軍の装備における重要な変更(核弾頭及び中・長距離ミサイルの持込み並びにそれらの基地の建設をいう。)。

③ 我が国から行なわれる戦闘作戦行動(第5条に基づいて行なわれるものを除く。)のための基地としての日本国内の施設・区域の使用。



 日本政府はまだ公式に確認していないが、米軍が射程550㎞以上のミサイルを日本の領域内に配備する場合は、よほどのイカサマをしない限り、②のケースに該当すると考えられる。

③については、米軍によるミサイル配備に関わる話ではなく、将来米中が戦うことになった時の話だ。台湾有事や南シナ海有事で米中が軍事衝突した場合、在日米軍基地から艦船、航空機が発進し、長距離ミサイルが発射されることになる。これは我が国から行われる戦闘作戦行動にほかならない。事前協議の対象と考えるのが自然である。

かつてベトナム戦争の時代、在日米軍基地から多数の爆撃機や艦艇がベトナムの戦地に向かった。当時、日本政府は「在日米軍は〈移動〉命令を受けて日本の領域を出た後、ベトナムで戦闘作戦行動に従事するよう命令されるのである」という世にも奇妙な国会答弁を繰り返し、「事前協議は不要」との立場をとった。だが、ミサイルの時代に同じような論理は通用しない。

ただし、実際に米中が戦うことになれば、中国は間髪を置かずに在日米軍基地や自衛隊基地をミサイル攻撃する可能性が非常に高い。となると、日本防衛(=日米安保条約第5条に基づいて行なわれる)に該当することから、米軍の行動は岸=ハーター交換公文による事前協議に必ずしも縛られない。

 いずれにせよ、在日米軍が長距離ミサイルを日本に配備しようとする場合、日本政府は事前協議を求め、おそらく同意・不同意の意思表示を示さなければならない。中国に対して「あれは米国が勝手にやったこと」という言い訳が通用する余地はない。



≪米国か、中国か?≫

 これまで折に触れて述べてきたとおり、米中対立が激化する今日、米ソ冷戦期のように米国か中国のどちらかを選び、残りと敵対することは、日本にとって最善の道ではない。しかし、在日米軍の長距離ミサイル配備を容認するか否かをめぐって、日本政府は事実上、「日本は米国を選ぶのか、中国を選ぶのか」を迫る〈踏み絵〉を突き付けられることになる。

 長距離ミサイル配備を認めれば、米国は安堵する。だが中国は「日本は完全に米国についた」とみなすだろう。中国はこれまで、日本が5G対応などで米国に追随してもあからさまな制裁に出ていない。サプライ・チェーンをはじめ、中国が日本と経済的な相互依存関係にあることに加え、日本を完全に米陣営に走らせることは得策でないという計算があるからだろう。しかし、日本が米国の長距離ミサイルの最前線基地となることは、台湾統一という中国共産党が最重要視する国家目標に対する一大妨害行為とみなされよう。2010年に尖閣船長逮捕事件が起きた時、中国はレア・アースを事実上禁輸したり、中国在留邦人を拘束したりした。それ以上の反発が起きることは必至である。
 現時点でも米中が軍事衝突するようなことがあれば、南西諸島や日本列島は中国軍によるミサイル攻撃の標的となる可能性が高い。だが、米軍の長距離ミサイルが日本国内に配備されれば、中国軍の攻撃はより熾烈になるだろう。我が国の国土に米軍のミサイル部隊が我が物顔で展開するのも〈醜い光景〉である。

 逆に、日本が米軍の長距離ミサイル配備を拒否すれば、どうか? 中国はもちろん大喜びするに違いない。他方で米国は、まず困惑し、次に激怒する。米軍の新戦略は「絵に描いた餅」となり、米軍の弱点が放置されることになるためだ。日本以外の関係国も日本の決定に追随すれば、「第一列島線に米軍がとどまる」というスタンド・イン構想は瓦解する。米国からは、在日米軍の縮小、「核の傘」の提供停止、尖閣防衛コミットメントの取り下げなど、様々な圧力をかけられるかもしれない。トランプ政権が続いていれば、日本も中国のように関税戦争を仕掛けられる可能性も否定できない。
 軍事面では、米国が長距離ミサイルを配備できない一方で、中国のみが長距離精密誘導ミサイルで日本列島を優にカバーするという状態が将来にわたって続く。これはこれで、困った事態だ。しかも、日本が米軍に長距離ミサイルを配備させないと決めたところで、中国が尖閣周辺に侵入するのを控えるなど、行状を改める保証は何もない。

 さて、上記の二択。どちらも日本にとって望ましい選択とは言えない。ここで知恵を絞り、胆力を持って「第三の選択」を自ら作り出すことができるか否か? それが日本とアジアの安全保障の命運を分ける、と思う。

残念ながら、現時点で私に〈素晴らしい考え〉があるわけではない。ただ、岸=ハーター交換公文の事前協議を拡充し、「事前の協議」で長距離ミサイル等の導入を承認した後でも、日本政府の事後的な求めがあれば米軍は長距離ミサイルを撤去しなければならない旨を明文で合意するくらいのことはあってもよい。本当なら、米国の長距離ミサイル導入を断って自主防衛路線をひた走る、という選択肢もありえる。だが、そんなことは右翼でさえ言わないのが戦後日本の惨状だ。

 外交や国際政治というものは、所詮、白黒がはっきりすることの方が珍しいもの。米国と中国のどちらか一方に決定的に与しないことにより、日本は米国に対しても中国に対しても一定の影響力を発揮できる可能性がある。



≪米中INF条約の展望は見えず≫

 私の予想では、在日米軍への長距離ミサイル配備を正当化するため、所謂〈日米安保村〉の人たちや〈綺麗ごと好き〉の政治家などから、「米中間に存在する長(中)距離ミサイルのギャップを埋め、そのうえでINF条約の米中版をめざすのだ」という〈もっともらしい〉論理が語られるようになるだろう。

 米ソ冷戦期の1976年以降、ソ連は中距離弾道核ミサイル〈SS-20〉の配備を進めた。ミサイルの射程は約5,500㎞でウラル山脈以東からも欧州全域をカバー。1986年には400発以上が配備されるまでになった。これに対し、米国は核弾道ミサイル〈パーシングⅡ〉及び巡航ミサイルを西ドイツ等に配備する一方、ソ連に対してミサイル軍縮を求めるという「二重決定」を行う。これを受けて米ソが交渉した結果、1987年12月にレーガン大統領とゴルバチョフ書記長の間で中距離核戦力全廃条約(通称INF条約)が締結された。その結果、米ソは射程500~5,500㎞のミサイルを破壊した。

 約50年後、今度はアジアで米軍が第一列島線に長(中)距離ミサイルを配備し、米中間で当該レンジのミサイル能力を均衡させる。そのうえで、米中がINF条約を締結すれば平和が訪れる、というわけだ。耳に心地よい、美しい論理である。しかし、米中がミサイル軍縮に合意できる可能性は、率直に言って極めて低い。結局、この論理は米軍の長(中)距離ミサイルを日本に配備するための方便でしかない。

INF条約にこぎつけた当時の米ソは、1962年のキューバ危機によって核戦争の恐怖を体験し、1972年に弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM条約)と第一次戦略兵器制限交渉(SALTⅠ)、1979年に第二次戦略兵器制限交渉(SALTⅡ)に調印するなど、軍縮交渉の実績を積み上げていた。SS-20やパーシングⅡの配備を受けて欧州の西側では平和運動のうねりが高まる一方、西ドイツのシュミット首相(社会民主党)が中距離核ミサイルの均衡を最重視して米国政府を突き上げるなど、ミサイル配備の舞台となった国々も主体的に動いた。そして何より、ソ連の内実は弱体化が進んでおり、ミサイル競争に耐えられなくなっていた。

 これに対し、米中の間には今日まで、軍縮・軍備管理交渉のめぼしい実績がない。米中双方の指導者は、宥和=弱腰と受け取られがちな軍縮交渉に興味を示す素振りを見せない。日本の政治家に至っては全部、他人事だ。世論にも「米国が決めれば仕方がない」症候群と対中脅威論が蔓延している。醒めたことを言うようだが、米中が実際に戦争するか、その瀬戸際まで行って切迫した恐怖を共有しない限り、両国が軍縮・軍備管理に動くことはあるまい。

 中国の国力も、最近人口がピークアウトし、コロナ前から経済成長率が目に見えて低下し始めたとは言え、1980年代のソ連のようなことはない。米国についても、〈分断〉がもたらす経済的・社会的コストが今後どの程度のものになるか、気になるところ。とは言え、ミサイル競争を続ける体力は米中ともにまだまだありそうだ。





日本自身のミサイル能力増強

 米軍が長距離精密誘導ミサイルの分野で中国軍の後塵を拝しているということは、自衛隊も中国軍に劣位しているということでもある。近い将来、在日米軍が長距離精密誘導ミサイルを装備するという選択肢のみならず、自衛隊自身がそれを装備するという選択肢が議論の俎上に載ってくることはおそらく避けられない。



≪スタンドオフ・ミサイル≫

まず、日本の長距離ミサイル能力の現状を〈おさらい〉しておく。

2018年12月の防衛大綱で自衛隊は既に長距離巡航ミサイル――巡航ミサイルとはジェットエンジン付きで自力で飛ぶミサイルのこと。日本政府は「スタンドオフ・ミサイル」と呼んでいる――の保有を決めている。それを受け、戦闘機F15に対艦・対地ミサイル2種(米国製、射程900㎞強)、F35Aに対艦・対地ミサイル(ノルウェー製、射程約500㎞)を導入する予定だ。自衛隊の持つミサイルの射程が中国海軍のものよりも遥かに短いという現状の不利を是正するため、と説明されている。(日中の海軍力比較は、米海軍大学のトシ・ヨシハラが著した論文に詳しい。[vi] 下記は日本の対艦ミサイルの射程が中国軍に劣っている様子をわかりやすく図示したものである。)



(ヨシハラ、17ページより。nmは海里(約1.8㎞)。赤は中国艦船、緑は海自艦船の対艦ミサイルの射程。海自の対艦ミサイルが中国艦船へ届く遥か前に海自艦船は中国海軍のミサイルの射程に入る。)

 陸上自衛隊も負けてはいない。地対艦誘導ミサイル(SSM)を改良し、その射程を現在の2倍となる約400㎞に延伸することを検討している。2023年度から部隊配備を開始したい意向だと言う。[vii]



≪ミサイル時代の敵基地攻撃論≫

 ここで一言、敵基地攻撃論について私の考え(と言うよりも感想)を述べておきたい。結論の半分を先に言うと、ミサイルの時代にあっては早晩、すべての国が自国にいながらにして敵基地攻撃能力を持つに至る、というのが現実である。

仮に年末に策定される防衛大綱で日本がトマホーク・ミサイル(射程1,600㎞)を保有すると決めれば――そして米国が日本へのトマホーク売却に同意すれば――、日本は〈意図的に〉敵基地攻撃能力を獲得することになる。しかし、そのような決断をしなくても、日本は遅かれ早かれ、敵基地を攻撃できる能力を〈なし崩し的に〉持つようになる。ミサイルの射程は今後ますます伸び、命中精度も向上を続けるからだ。「自衛隊が不利になっても構わないから、日本は新型ミサイルを保有しない」と決めれば別だが、そうはなるまい。

もっと言えば、日本は不完全ながらも敵基地攻撃能力を既に保有しつつある。先述したスタンドオフ・ミサイル(射程500㎞と900㎞)の配備が完了すれば、自衛隊の戦闘機や艦船が中国や北朝鮮近くの公海上まで行き、中国大陸や北朝鮮の軍事拠点を一部射程に収めることができるようになる。日本政府は、自衛隊が装備するスタンドオフ・ミサイルは対艦用途であって地上目標(敵基地)を攻撃するものではないと説明する。しかし、スタンドオフ・ミサイルは性能上、対地攻撃も可能である。相手は日本が敵基地攻撃能力を持ったと受け止める。

ソ連の消滅で「北の脅威」がなくなり、存在意義の低下に悩んだ陸上自衛隊は近年、中国を睨んだ南西諸島の防衛に新たな存在意義を見出そうと躍起になっている。そうした〈成果〉の一つが宮古島駐屯地への地対艦・地対空ミサイル部隊の配備だ。今のところ、陸自が配備するミサイルの標的は中国軍の艦船や航空機。中国大陸に配備されたミサイルの発射プラットフォーム(=トラックやトレーラーなど)は射程の外にある。だが、先に述べた地対艦誘導ミサイルの改良版(射程400㎞)が与那国島に配備されれば、台湾のほぼ全域が射程に入る。将来、さらに改良が進んで射程が1,000㎞を超えたり、地上配備型トマホークの導入に踏み切ったりすれば、与那国島から中国大陸の沿岸部を攻撃することも理論上は可能になる。



≪求められるバランス感覚≫

中国との間でミサイルをめぐる競争が続く限り、自衛隊はミサイルの長射程化と命中精度の向上を求め、決して止むことがない。今後、米軍が中国本土を射程に入れたミサイルを南西諸島等に分散配備することになれば、その動きはますます加速するに違いない。それはそのまま、敵基地攻撃能力の保有に直結する。

とは言え、上記はあくまでもミサイルの〈射程〉の観点からみた敵基地攻撃論である。実際に意味のある敵基地攻撃を行うためには、敵の領土内にある基地、ミサイル車両、艦船などの位置情報を知る必要がある。日本が敵基地攻撃を企図する状況下では、相手国も日本のミサイル発射プラットフォームや戦域管理ネットワークに対してミサイルやサイバー等あらゆる手段で攻撃を仕掛けてくる。それへの対応も必須だ。さらに、日本が少数のミサイル――日本が中国や北朝鮮よりも多数のミサイルを配備できると考えるのは非現実的である――で敵基地を攻撃しても、向こう側がより多くのミサイルで日本を攻撃するかもしれない。日本の安全保障に対する総合的なプラス・マイナスを別途計算すべきことは当然だ。

日本が敵基地攻撃能力を持つことは、米国にとってどんな意味を持つのだろうか? 中国軍の能力増強に対する危機意識が強まってきたため、米軍は自衛隊の能力増強を基本的には歓迎するはずだ。例えば、自衛隊が長距離ミサイルを配備すれば、中国軍が対応すべき標的は分散して在日米軍が生き残る確率も改善する。その面だけ見れば、米軍にとって悪い話ではない。

ただし、中国大陸に届くミサイルを日本に持たせ、米国の同意もなく勝手に中国と戦争を始められたら、米国にとっては最悪の事態だ。在日米軍基地がある以上、日中がミサイルで相手の領土を攻撃すれば、米国も戦争に巻き込まれる可能性が高い。将来、中国内陸部にまで届くミサイルを日本が買いたいと言ってきた時は、米国も悩むだろう。





おわりに

軍事的な観点から米中対立時代の東アジアを見れば、目に見える形ところでは米中ミサイル競争が質量ともに熾烈化する。目に見えないところでは、サイバーや宇宙を含めた〈システムの戦争〉が繰り広げられる。

 本稿を読めばわかると思うが、テクノロジーにとりつかれた米中の軍事競争にはどこまで行っても終わりなど来ない。そして、日本列島はその位置ゆえに米中ミサイル競争の主要舞台となる可能性が高い。我々に「傍観する」という選択肢はないはずである。

 安全保障を米国任せにし、その実、米国の駒として使われるのは、もうやめにしたい。米国政府高官が大勢で〈価値観外交〉を唱導しても、日本が乗る必要はさらさらない。彼らが「関与は終わりだ」と叫んだところで、構いはしない。日本は、軍事の重要性を十二分にわかったうえで、関与政策を強めるべきだ。もちろん、関与の相手は中国であり、米国である。




[i] https://www.defense.gov/Newsroom/Transcripts/Transcript/Article/1925072/secretary-of-defense-esper-media-engagement-en-route-to-sydney-australia/

[ii] https://www.jiji.com/jc/article?k=2020072400218&g=int

[iii] https://www.jiji.com/jc/article?k=2020072800006&g=pol

[iv] https://www.wsj.com/articles/the-pentagon-is-prepared-for-china-11598308940

[v] https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/pdfs/jyoyaku_k_02.pdf#search='%E4%BA%8B%E5%89%8D%E5%8D%94%E8%AD%B0+%E5%B2%B8%E3%81%AF%E3%83%BC%E3%81%9F%E3%83%BC'

[vi] https://csbaonline.org/uploads/documents/CSBA8211_(Dragon_against_the_Sun_Report)_FINAL.pdf

[vii] https://www.sankei.com/politics/news/190429/plt1904290004-n1.html

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