東アジア共同体研究所

防衛費問題を語らずして減税や給付を言うなかれ ~ 参院選公約の欺瞞     Alternative Viewpoint 第79号

2025年7月15日

 

はじめに

次の日曜日、2025年7月20日は参議院選挙である。今回の選挙は石破・自公政権に対する審判の様相を強めているが、最大の政策的争点は物価対策と言われている。しかし、それだけに目を奪われていると落とし穴にはまるので注意を喚起しておきたい。

経済の停滞が30年以上続く中、日本は防衛費がGDP比1%を超えて2%に近づきつつある。さらに、トランプ政権は日本にも防衛費のさらなる大幅増を求めてくることが必至の情勢だ。こうなると、防衛問題は我々の生活や手取りに直接的な影響を与えざるを得ない

AVP本号では、今後、防衛費の問題がどれくらい我々の手取りに影響することになり得るかを説明し、防衛費に関する各党の姿勢について私の個人的な所感を述べる。

※  「手取りを増やす」と言えば、玉木雄一郎国民民主党代表が〈元祖〉である。しかし、最近は同党に限らず、極めて多くの候補者が「手取りを増やす」と声を張り上げるようになった。本稿で「手取りを増やす」と言う時も、決して国民民主党の政策のみを意識しているわけではない。その点はくれぐれも誤解なきようお願いする。

 

防衛問題は生活問題

今回の参院選では、各党が物価対策を競っている。物価対策と言っても、米価を除けば、「物価を下げる!」という方向ではなく、「手取りを増やす!」という方向だ。しかし、給料を増やすための政策はどの党も抽象的なものばかり。結局のところ、自民党は2万円の給付を行うと言い、野党は様々なバリエーションの消費税減税、ガソリン代や電気代等の値下げ、社会保険料の軽減等を強調して百家争鳴状態となっている。

だが、ここで問う。参院選で議論されていない分野で政府支出がべらぼうに増え、それを賄うために国民負担が増えたらどうか? いくら給付や減税を行なっても、手取りは増えない場合によっては減る
では、そんな支出項目があるのか? ある。 防衛費だ。

 

再び風雲急を告げ始めた防衛費問題

2022年12月に閣議決定された国家安全保障戦略など安全保障関連3文書は、①2022年度に5.4兆円だった狭義の防衛費(≒防衛力整備計画対象経費[武器・弾薬・人件費等])2027年度には約8.9兆円に増やす、②2027年度の安全保障関連経費(狭義の防衛費+海保+国連PKO+空港・港湾整備+防衛関連の研究開発+サイバー防衛等)2022年度のGDPの2%まで増やす、ことを決めた。この方針にも批判すべき点は多々あったが、本稿で問題にするのは、これとは別の〈新たな防衛費大幅増〉の可能性である。

去る6月25日、NATO(北大西洋条約機構)首脳会議は、加盟各国が2035年度までに広義の防衛費(≒日本の安全保障関連経費)をGDP比5%まで引き上げることに合意した。5%の内訳は、これまで目標値が2%だった「防衛費の中核部分」で3.5%安全保障インフラやサイバーセキュリティ等で1.5%だ。因みに、2024年時点で「防衛費の中核部分」が各国のGDPに占める比率は、英国=2.3%、フランス=2.0%、ドイツ=2.1%、ポーランド=4.1%等であった。[1] 周知の通り、NATOが広義の防衛費の対GDP比を5%に引き上げたのは、トランプ大統領に要求されたから。トランプは「NATO加盟国が防衛費を(GDP比5%まで)払わなければ、私は彼らを守らない」と圧力をかけていた。[2]

これは「対岸の火事」では済むまい。6月20日、米国防総省のパーネル報道官は「日本を含むアジアの同盟国もヨーロッパの同盟国と同じ水準の負担を担うべき」との認識を示した。[3] 6月26日にはホワイトハウスのレビット報道官も防衛費の増額について「NATOの同盟国にできるなら、アジア太平洋地域の同盟国や友好国も同様にできる」と述べている。[4]

 

防衛費の大幅増額 ➔ 消費税なら+5~10%も

最近、石破茂首相は、防衛費の対GDP比5%への引き上げについて米国の要求は「出ていない」と述べた。[5] しかし、韓国の魏聖洛(ウィ・ソンラク)国家安保室長は国防費増額問題について「米国がNATOと同じく複数の同盟国に似た注文をしている」と言い、「そのような議論が実務者の間で交わされている」ことを公式に認めている。[6] 日本だけ特別扱いのわけがない。

我々としては、トランプの要求する〈防衛費爆上げ〉が現実になった場合のインパクトについて、今のうちから十分に想定しておくことが不可欠である。
ここからは頭の体操だ。精緻な計算は私の手に余るが、ごく大雑把な推計を以下に示そう。試算の前提として、日本経済は2035年まで名目2.5%成長(年率)すると仮定する。それに伴い、2035年の日本の名目GDPは798兆円になる。[7]

まず、今回NATOが決めたように狭義の防衛費(武器・弾薬・自衛隊員の人件費等)の対GDP比が3.5%に上がればどうなるか?
現行国家安全保障戦略が見込む2027年度の狭義の防衛費は約8.9兆円。これは2022年度の名目GDP(約560兆円)の約1.6%に当たる。[8] このGDP比が2028年度以降、2035年まで変わらなければ、2035年の狭義の防衛費は12.8兆円(=798兆円の1.6%)になる。一方で、2035年に狭義の防衛費の対GDP比が3.5%となる場合、金額は27.9兆円(798兆円の3.5%)に膨れる。その差は15.1兆円。この全額を仮に消費税で全部賄えば、多分5~6%分の増税になる。[9]
2022年12月に2027年度までの防衛費大幅増額を決めた時、政府はその財源として、税外収入や決算剰余金の活用と言った〈懐の痛みにくい〉ものをほとんど使いきってしまい、それでも足りない分については増税を決めた。今度また防衛費を増やすことになれば、その大部分は(消費税かどうかはともかく)増税で賄うほかないだろう。[10]

次に、NATOが新たに導入した5%目標に合わせて、2035年の日本の安全保障関連経費を5%に引き上げたらどうなるか?
現行の国家安全保障戦略は、2027年度の広義の防衛費(=安全保障関連経費)は2022年度のGDP(約560兆円)の2%(=11.2兆円)にすると決めている。この2%というGDP比が将来も維持されれば、2035年の広義の防衛費はざっと16兆円だ。一方、広義の防衛費の対GDP比を2035年までに5%に引き上げれば、39.9兆円である。両者の差額は23.9兆円。そのすべてを消費税で賄えば、8~9.5%の引き上げが必要となる。

当然のことながら、日本政府がトランプ政権による防衛費爆上げ要求を門前払いすれば、上記の計算は無意味だ。一方で、日本が現行の国家安全保障戦略で決めた水準以上に防衛費を増やす場合でも、その着地点がNATOと同じ水準(広義の防衛費=5%、狭義の防衛費=3.5%)になるとは限らない。米国との間で話がつけば、NATOが決めた新しい数字と現行の国家安全保障戦略の数字の間に収まるだろう。それに応じて、必要な財源も上記より減ることは言うまでもない。

もう一度言い訳するが、上記の試算はとても荒い。だが、日本も欧州のようにトランプの要求を呑んで防衛費を爆上げすれば、今回の参院選で各党が「手取りを増やす」と言っている分など軽く吹き飛び、むしろ「手取りが減る」事態もあり得ることは、これでも十分にわかるはずだ。

 

各党は何と言っているか?

以上が日本と我々の生活が直面する近未来の現実である。有権者が手取りの増える政策を持った政党を選びたいのであれば、減税や給付等のバラマキ・メニューだけでなく、「これから防衛費をどうするのか?」についての考えも比較考量しなければならない。しかし、ざっと見たところ、トランプの防衛費爆上げ要求にどう対応するかについて、明確な姿勢を打ち出している政党はあまりない。共産党、れいわ新選組、社民党は、新しい防衛費増額に反対と見て間違いはなかろう。[11] それ以外の政党は、曖昧と言うのか、スルーしていると言うのか、はっきりした答を示していない。[12]

ここで「わかりません」と言って済ませたら、AVPの意味がない。そこで私は、各党の公約に加え、今回の参院選の討論会で各党党首が発言した内容と読売新聞のアンケート調査を参考にしながら、上記3党以外の政党の防衛費に対する姿勢を推察してみた。[13] (読売のアンケートは同社が参院選立候補者を対象に行ったもので、防衛費について「GDP比2%より増やすべき」「2%程度とすべき」「1%程度とすべき」「1%より減らすべき」から答を選ばせている。[14] )
以下にそれを記す。

【自民党】

石破首相は「防衛力は日本の判断で強化をしなければならない。米国に言われて爆買いするようなことは考えていないが、何を持つことが日米同盟を機能させるのか、強化させるかの議論は必要」と述べており、新たな防衛費増額に含みを持たせているように見える。読売のアンケートに対する自民党候補者の回答は、「2%超」が25%、「2%程度」が71%である。ただし、これを以って「自民党の候補者の大多数が2%程度を適正水準と考えている」と思うのは間違いだ。与党である自民党の候補者はこの種のアンケートで政府方針を追認する傾向が特に強い。政府が今後「2%超」と決めれば、その答が最多になるだけの話である。

【立憲民主党】

公約には「防衛力を抜本的に強化」と書く一方、政策集では「防衛力の強化や真に必要な防衛予算の一定の増額は理解しますが、令和5年から5年間で2倍、GDP比2%という総額ありきの急激な予算増は無駄や不正の温床になりかねません」と記述。野田代表は「専守防衛に徹した防衛力の整備は必要」としたうえで「トマホークを爆買いしたようなことはやるべきではない」と述べる。読売のアンケートに対しては、「2%超」と答えた候補者はおらず「1%程度」が49%で最多。「2%程度」と「1%未満」が8%で並ぶ。一方で、「答えない」が35%に及ぶのは何かひっかかる。敢えて言えば、新たな防衛費増額については自民党よりも抑制的なのであろうが、立憲らしいわかりにくさがつきまとっている。

【日本維新の会】

公約では「防衛費は国民の負担増に頼らず GDP 比 2%まで増額」。したがって、読売のアンケートについても候補者の92%が「2%程度」と回答した。[15] だが、吉村代表は「防衛力の強化は必要。日本は危機感がなさすぎ」と言っている。同党の従来の防衛力増強に対する積極姿勢と併せて勘案すれば、新たな防衛費増額の議論が本格化した時、維新は「2%超」に反対しないのではなかろうか。

【国民民主党】

公約に防衛費に関する格別な記述はない。玉木代表は「自分の国は自分で守る、が大きな原則。その意味では防衛力の強化、防衛費の拡充は賛成」と述べている。読売のアンケートに対しては、「2%超」が25%「2%程度」が58%である。どこまで増やすかはともかく、2%超の新たな防衛費増額についての抵抗感は比較的小さいかもしれない。

【参政党】

神谷代表は「日本の国防は在日米軍なしでは考えられない状況なので、この体制を時間がかかっても見直していく」と述べているので、防衛費の増額には積極的なはずである。実際、読売のアンケートで「2%超」と答えた候補者の割合は35%と各党間で最も高い。「2%程度」は60%。ただし、同代表は「自衛隊を国防軍や自衛軍にするのか、という中で軍事費を増強するのならいいけれども、今の状況で軍事費だけ上げても、高い武器とかミサイルを買わされて終わるんじゃないかな」と発言するなど、選挙の最中に防衛費の大幅増額に賛成というニュアンスを与えたくないようだ。そもそも、この党の政策文書の記述や議員等の発言から真面目に政策を理解しようすることにどれだけの意味があるのか、私は疑問である。

 

近未来予想図

トランプ政権が防衛費の更なる増額を迫っていることに関し、石破総理は「(防衛費は)積み上げの結果決まっていくものだ。最初から何%ありきの粗雑な議論をするつもりはない」とムキになって力説する。でも私には、選挙後に「日本の防衛力について改めて検討してみたところ、現行の国家安全保障戦略で決めた〈2022年度のGDP比2%〉では足りないことがわかった。だから、GDP比〇%に増やす」と言うための伏線を張っているように思えてならない。

実は、岸田内閣の2024年2月に防衛省は「防衛力の抜本的強化に関する有識者会議[16]」を設置している。参院選の結果と選挙後の政権の枠組みにもよるだろうが、この有識者会議は今夏にも報告書を提出する可能性がある。[17] 報告書の中身は、現行の国家安全保障戦略で決めた2027年度までの防衛費増額目標を前倒しで達成し、28年度以降も防衛費増額の必要性を強調するものになると言う。(報道によれば、原子力潜水艦の配備も検討されているらしい。)政府はこの流れを上手く使い、〈トランプに言われたからではなく、我が国独自の判断として〉2035年度までに防衛費の対GDP比を大幅に引き上げることにした、と言うつもりなのではあるまいか。

 

おわりに

新たな防衛費増額を検討していながら、選挙ではそれをおくびにも出さず、「2万円配ってやるから票を入れろ」と言わんばかりの自民党(と公明党)には腹が立つ。主要な野党もやはり防衛費の問題は棚に上げ、減税だの何だのと国民の歓心を買うことに血道を上げている。いくら減税してくれても、その裏で防衛費が今以上に増えるのであれば、結果的に手取りが増えるかどうかわからない。防衛費について旗幟を鮮明にしている野党も皆無ではないが、その主張の意味するところは継戦能力も覚束なくなるような防衛費の大幅削減だ。私的には付いていけない。

本稿が読者にとって投票する際の〈迷い〉を増やしてしまったとすれば、大変申し訳ない。だが、都合の悪い現実を無視して簡単に選択するよりも、不都合な真実も知ったうえで悩みながら選択する方がよい、と私は思う。

 

 

 

[1] Nato agrees spike in defence spending and stresses ‘ironclad’ security guarantee

[2] 「アジア太平洋地域の同盟国も同様に」NATO首脳会議でトランプ大統領に異例の厚遇、NATO防衛費5%合意が日本にも波及か【サンデーモーニング】

[3] アメリカ国防総省 日本含むアジア同盟国 “国防費GDP比5%に” | NHK | アメリカ

[4] “アジアの同盟国も国防費増額を” 米報道官 | NHK | アメリカ

[5] 防衛費増額要求「日本が決めるべき」と石破首相 参院選へ党首討論会 | ロイター

[6] 「国防費、GDP比5%にNATOのように増額…韓米間で協議開始」(1) | Joongang Ilbo | 中央日報

[7] 2024年の名目GDPは609兆円。これが毎年2.5%成長すると仮定して単純計算した。

[8] 国家安全保障戦略で定めた防衛費の対GDP比目標はリアルタイム(2027年)のGDPを基準にしたものではない。このイカサマについては、AVP第75号を参照のこと。» 2027年度の防衛費はGDP比2%に届かない   「Alternative Viewpoint」第75号|一般財団法人 東アジア共同体研究所

[9] 現在、消費税標準税率1%あたりの税収は約2.7兆円、軽減税率1%あたりの税収は約6000億円と言われている。それが2035年時点でどうなるのか、明確な試算は見つからなかったため、アバウトに2.5~3兆円として計算した。

[10] 理屈の上では、年金や医療費の大幅カットや国債の大増発という選択肢もありはする。だが、前者の現実味は乏しく、後者は一時しのぎにはなっても、結局は増税につながる。なお、参政党の主張する永久国債は暴論かつ空論に過ぎない。

[11] 米国の防衛費増額要求を拒否すべきだと明記しているのが共産党。れいわは現行国家安全保障戦略に基づく防衛費増額を中止するとあるから、それ以上の増額には当然反対であろう。社民党も「ミサイルよりコメを」と言っているのだから推して知るべしだ。

[12] NHKの政党アンケートには、「政府は、2027年度までの5年間におよそ43兆円を投じ、防衛力を抜本的に強化するとしています。防衛力の強化についてどう考えますか。」という質問がある。しかし、この質問はトランプの防衛費爆上げ要求を前提にしたものではないうえ、各党の答も選挙を意識した無難なものとなっているため、参考にならない。 政党 政策アンケート 参議院選挙2025 – NHK Q21

[13] 各党首の発言は下記による。 【参院選2025: 安全保障】防衛力の強化は必要か?NATOが加盟国の防衛費をGDP比5%に引き上げで合意、中国・台湾有事、日米地位協定、憲法改正|ニコニコ主催「ネット党首討論」

[14] 参議院選挙:参院選の候補者で目立つ「防衛増強」積極派、改憲も賛成派が上回る…読売アンケート : 読売新聞

[15] ただし、維新の公約はトランプ政権による防衛費増額要求を念頭に置いて作られたわけではなさそうだ。

[16] 防衛省・自衛隊:防衛力の抜本的強化に関する有識者会議

[17] 【独自】防衛費GDP比2%超提言 有識者報告書、原潜配備論も|47NEWS(よんななニュース)

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