東アジア共同体研究所

核兵器保有は「犬の遠吠え」   Alternative Viewpoint 第83号

2025年12月30日

 

はじめに

12月18日、高市早苗総理が任命した尾上定正総理大臣補佐官(元空将)が「私は核を持つべきだと思っている」と記者団に述べた。[1] この発言について、総理や官房長官はダンマリを決め込み、外交防衛分野の専門家と称する人たちからは擁護の声すら出ている。[2] 今夏の参院選では、「核武装が最も安上がりで、最も安全を強化する策の一つ」と述べた参政党のさや氏(東京選挙区)が当選。その参院選で当選した125人の議員に対して毎日新聞が行ったアンケートでも、「核兵器を保有すべき」と答えた議員が8人(参政党6人、自民党・日本保守党各1人)にのぼった。[3] 我が国の水面下で〈核への誘惑〉が広まりつつある現実は否定することができない。

もっと悪いことに、政治家や専門家たちが振り回す核保有論は、威勢がよいだけで中身は薄っぺら。だが、昨今の日本の風潮を見ていると、そんなものでも世論を煽るには十分かもしれない。その結果、近い将来に日本が核保有に傾きかねないと思うと、暗澹たる気持ちになる。

私は日本の核保有に断固反対する。それは、私が広島に生まれたからではない。冷静に考えれば、核兵器の保有は日本の安全に資するよりも損なう部分が遥かに大きいからだ。また、核兵器の保有に至る道のりを具体的に想定してみれば、核武装は現実的な政策論たりえない

2025年最後となるAVP本号は、日本が核保有する姿をなるべく具体的に想定しながら、核兵器の保有が日本にとって愚かしい選択であることを明らかにする。

 

第1部:核保有と日本の安全保障

まず、日本が核兵器を持つメリットは何なのか? 核保有論者たちの議論から代表的なものを2つ取り上げ、検討してみよう。[4]

 

1.  拡大核抑止の補完

核保有論者が核武装を正当化する理由の1つ目は、〈米国の拡大核抑止(核の傘)の穴を埋める必要がある〉というものだ。拡大核抑止とは、米国の核戦力によって同盟国(日本)に対する(核)攻撃を起こさせない、という考え方。これが効いているから日本は敢えて核兵器を保有しなくてもよい、と信じられてきた。ところが、2010年代になって北朝鮮が米本土を攻撃できるミサイルを保有するに至ると、米国の拡大核抑止の信頼性に疑問を呈する声が出てきた。「米国は東京を守るためにロスアンゼルスが核攻撃されることを覚悟してまで核兵器を使ってくれるのか?」というわけだ。中国脅威論が強まり、日中関係も悪化した今では、拡大核抑止に対する不安は中国に対するものが中心となっている。

最小限抑止

核抑止と言えば、冷戦期に米ソ間で成立した「相互確証破壊(MAD)」が有名だ。[5] しかし、国力的にも地勢的にも、それは日本の選択肢とならない。日本がめざすとすれば、「最小限抑止」と呼ばれるものになる。[6] これは「日本が先制核攻撃を受けた後、残存する核戦力で敵に耐えがたい損害――対都市・産業目標も含む――を与えることができれば、当該敵国は日本に対する核攻撃を思いとどまる」という抑止概念である。生々しく言えば、「日本が核武装しても中国全土を壊滅させることはできないが、上海を焦土にする核能力があれば、中国は日本を核攻撃できない」ということだ。

核だらけの東アジア

米国の核の傘には穴があるので、日本は独自に核武装してその穴を塞ぐ必要がある――。論理的には、この議論には確かに一定の説得力がある。だが、「日本が核兵器を保有すれば、米国が日本を守るための核兵器の使用をためらうような場合でも、敵は日本を核攻撃〈しにくくなる〉」とは言えても、「日本を核攻撃〈できなくなる〉」という説明は間違いだ。
抑止は心理に基づく相互作用のゲームだ。抑止が成立するためには、各プレイヤーが正確な情報を持ち、理性的な判断を行うことが前提となる。その点、日本を含めた東アジアの政治指導部と軍隊は、率直に言って少し心配がある。[7] 米露・米中間に比べると日中・日露間の戦略的な意思疎通は本当に貧弱であり、誤解が生じやすいことも懸念材料だ。

日本が核武装すれば、高い確率で韓国もそれに続く台湾も核保有を検討するかもしれない。中国、ロシア、北朝鮮は既に核保有国なので、東アジアは「核だらけの世界」になる。通常兵力の軍拡も進むだろう。国境を接するほぼすべての国が核兵器を保有し、それぞれの関係が悪いと来ては、抑止の構造は複雑化・不安定化するしかない。核兵器が偶発的に使われる確率も当然上がる。

核保有論者が「核保有すれば日本への攻撃は抑止され、攻められることがなくなる」と断言したら、眉唾という言葉を思い出してほしい。

思考実験によるテスト

抽象的な話ばかりしても仕方がない。日本の核武装による最小限抑止が、どのような場合に、どの程度の効能を持つのか、少し具体的に考えてみよう。
核兵器は破壊力が極端に大きいため、自国や体制が存亡の危機に瀕した時に「最終手段」として使われるのが基本だ。それを前提にすれば、北朝鮮と中国が日本を核攻撃するのは、以下のようなケースがあり得る。

【対北朝鮮】

北朝鮮が日本を核攻撃するとしたら、何らかの理由で米韓(日)との間で本格的な戦争状態に突入した時である。米軍の攻勢を鈍らせるため、在日米軍基地等を戦術核で攻撃する可能性はゼロではない。[8] しかし、在日米軍に対する核攻撃については、基本的には米国の拡大核抑止でカバーされるはずだ。日本の最小限抑止が意味を持つのは、北朝鮮が自衛隊基地だけを選んで核攻撃しようとするケースのみ。だが、それはいささか考えにくい。
あるいは、体制崩壊が目前に迫った北朝鮮が自暴自棄になり、(核ミサイルがまだ使用可能な状態であれば)日本等への核攻撃に踏み切るかもしれない。だが、そんな状態の相手に抑止を振りかざしても無意味である。[9]

【対中国】

中国が日本に核攻撃するかもしれないケースを敢えて考えれば、やはり台湾有事絡みだろう。台湾有事が起きて米中が戦い、戦況が中国にとって大きく不利になった場合には、核使用の可能性が出てくる。[10] 米本土を核攻撃すれば、米国が核兵器で報復することは確実。そこで、日本に対して戦術核を用い、同時に米国に停戦を呼びかけるようなシナリオでは、日本独自の核による最小限抑止が出番を迎える。ただし、日本は核兵器を持っても中国のレベルには届かないので、中国は日本の〈覚悟〉を信じないかもしれない。例えば、中国が「日本の大都市圏ではなく、地方の軍事拠点に対する限定的な核攻撃であれば、日本は核兵器による報復を控えるに違いない」と考えればどうか? 日本が中国に核報復すれば、次は日本の大都市圏への核攻撃が待っている。不愉快ではあるが、あながち間違った推論とは言えない。その場合、抑止は失敗する。

 

2. 通常兵力の補完

核武装を追求すべき理由の2番目は、中国に対する通常兵力面での不利を核武装によって補う必要がある、というもの。この発想にも米国の同盟コミットメントの〈揺らぎ〉が関係している。トランプ大統領は幾度も日米安保条約に対する不満を口にしているが、2019年6月には「安保条約を破棄する可能性を側近に漏らした」という報道すらあった。[11] それでなくても、トランプが中国との経済的ディールを重視していることは誰の目にも明らか。日本の外交防衛関係者の間に「米国は中国と戦う意思がないのではないか?」という疑念が生じるのも半ば当然である。だが、量のみならず質の面でも強大になった中国軍を相手に自衛隊単独では分が悪い。そこで、「核武装すれば、中国の核兵器のみならず、通常兵器を使った攻撃も抑止できる」という期待が生まれた。

実例

通常兵力における不利を核戦力で補おうとする発想自体は別に珍しいものではない。少しばかり例を挙げてみる。

  • l 冷戦期の欧州戦線では、ワルシャワ条約機構軍が通常兵力の面でNATO軍を圧倒していた。そのため、西側は戦術核で敵の軍事目標を攻撃する戦略を打ち立てた。
  • l ロシア・ウクライナ戦争では、2022年秋にウクライナ軍がロシア軍に(通常兵力で)攻勢をかけ、クリミアを奪還する勢いを見せた。この時、ロシアはウクライナ軍に対する戦術核の使用を真剣に検討したと言われる。[12] 結果的にウクライナの攻勢は鈍った。
  • l 北朝鮮が核・ミサイル開発に邁進したのも、通常兵力で米韓に圧倒されているという不安感からである。今や北朝鮮軍は、韓国や日本の軍事目標(基地等)を狙う戦術核米本土の大都市を標的にした戦略核を備えるに至った。戦争になれば北朝鮮の敗北は疑いないが、核がある故に米韓もおいそれとは手を出せない

反例

上記の事例だけを見れば、「核兵器があれば、通常兵力で優勢な敵に相対しても攻撃を受けることはない」という議論は正しいと思える。だが、それは決して一般化できる定理などではない。反例を見つけるのは簡単だ。最も典型的なものは、米国の核兵器が朝鮮戦争やヴェトナム戦争を抑止できず、小国と思われた北朝鮮や北ヴェトナムが米国を苦しめたという史実である。比較的新しい事例は以下のとおり。

  • l 1998年に核実験を行ったインドとパキスタンは、その後もカシミール地方を巡って武力衝突を繰り返している。2019年には両国の空軍が交戦し、空爆を実施した。[13] 今年5月にはテロ事件をきっかけにインドがパキスタン領内を空爆。パキスタンも応戦した結果、両軍合わせて125機が交戦し、インド側の5機が撃墜されたとも言われる。インドはパキスタンの軍事施設にも攻撃対象を拡大したが、結果的に戦闘は4日間で終わる。[14] 核保有国の間でも武力衝突は現実に起こるのである。両国がエスカレーションを避けた要因の一つに〈核戦争への懸念〉があったことは間違いないが、毎度うまくいくかは誰にもわからない。
  • l 2022年2月に始まったロシア・ウクライナ戦争では、核を持たないウクライナが核大国であるロシア領内への攻撃を繰り返している。攻撃はミサイル、ドローン、特殊部隊等、多岐にわたり、一時はウクライナがロシアを追い込む局面もあった。
  • l 2023年10月、ハマスはイスラエルに4,300発以上のロケット弾を撃ち込み、戦闘員をイスラエル領内に侵入させた。イスラエルが1970年よりも前から核兵器を保有していることは公然の秘密であり、ハマスも当然意識していたはず。それでも大規模な攻撃が実施された。

繰り返しになるが、核兵器はあまりに破壊力が大きいため、むやみな使用は人道に反するとみなされ、国際社会からも強烈な非難や制裁を受ける。そのため、自国が滅亡に瀕するような事態でないと使いにくい。その事実は、核保有国と敵対関係にある国に「通常兵器を使った限定的(局地的・一時的)な攻撃を仕掛けても、自分たちに核兵器が使われることはない」という〈期待〉を持たせる。上記の「反例」では、核を持たない側がそのような期待に基づいて通常兵力による攻撃を行った。〈実例〉の方では、核を持つ側が「通常兵力による攻撃であっても国家存亡の危機に直結する」と認識し、核兵器の使用を検討したわけである。

核保有と尖閣

我々にとって関心の高い尖閣防衛についてはどうか? 核兵器の有無によって尖閣防衛が左右されることはない、というのが答である。

日本が核兵器を保有した後も、中国は「尖閣を軍事的に奪取すれば、日本は中国を核攻撃する」と考えたりしない。いくら右寄りの総理でも、たいした価値のない無人島のために中国を核攻撃し、「その報復として日本列島が核攻撃を受けても構わない」と思うことはあり得ないからだ。
他方で、日本が核兵器を持っていなくても、中国に尖閣諸島を占拠されるようなことがあれば、日本の指導者は通常兵力で奪還に全力を尽くすよう命じるはずだ。日本側も「核兵器もないのに尖閣奪還作戦を行えば、中国は核攻撃してくるかもしれない。それは困るからやめておこう」などとは考えない。

 

 

第2部:核武装のコストとリスク

本稿の前半では、核武装によって得られるとされる抑止効果について検討した。私の評価を一言で言えば、〈羊頭狗肉〉である。
後半では、核武装のコストについて考える。その際のコストとは、政治的なもの、経済的なもの、軍事的なものを含む。

 

日本核武装の形=原子力潜水艦+核ミサイル

まず、日本が核武装するとしたら、いかなるものになるかを検討しておこう。核武装には最低限、核弾頭それを運搬・発射するシステムが必要だ。[15]  実際にはそれだけで足りるわけではないが、本稿では単純化して議論を進める。

【核弾頭】

核弾頭は、日本が自前で製造しなければならない。米国から核弾頭を買うという選択肢は、米国が核不拡散条約(NPT)にとどまる以上、存在しない。[16]

核弾頭の製造には、高速増殖炉(常陽?)で作った使用済み燃料を再処理して高純度のプルトニウム239を製造するのが最も効率的。ただし、通常の原発から再処理しても小型核なら製造できると言われている。
抑止力として考えた場合、核弾頭が数発だけあっても意味はない。最低でも数十発は必要だ。日本が核保有する場合のモデルになりそうな英国――ただし、主な想定相手はロシア――は225発、中国とパキスタンを想定して核保有するインドは180発の核弾頭を保有している。[17]

ミサイルに搭載するためには核弾頭の小型化も必須だ。核実験をどうするか製造した核弾頭をどこに保管するか等の問題も出てくる。日本が核武装に至るまでには、おそらく10年程度は見ておく必要があるだろう。[18]

【運搬・発射システム】

核弾頭があっても、敵国に撃ち込めなければ無用の長物だ。核兵器の運搬・発射システムは、「原子力潜水艦+海中発射弾道ミサイル」が最も望ましい。「航空機(F-35等)+空中発射ミサイル」や「発射台付き車両(TEL)+地上発射ミサイル」も考えられるが、日本は国土が狭いので、大規模な先制(核)攻撃を受ければ大部分は破壊され、抑止機能が大幅に低下してしまう。その点、原潜は長期間、浮上することなく広大な海を高速で移動できるため、所在を特定されにくい。「日本が核攻撃を受けても、原潜から核報復する」と威嚇できる。

原潜は最低4隻。これで常時1隻は稼働できる。ただし、米国の同意なしに原潜を保有することはむずかしい。トランプ大統領は最近、韓国の原潜保有を承認するかのような発言をした――詳細は詰まっていない――が、核兵器を搭載する原潜になると話は違ってこよう。

最小限抑止を担保するためには、射程3,000㎞以上の中距離弾道ミサイル(IRBM)が50基以上欲しい。英国は自前の原潜に米国から購入したトライデントⅡD5(射程6,000㎞、最大8個の核弾頭を搭載可能)を搭載している。だが、米英関係と日米関係では次元が違うので、米国が売ってくれる可能性は低い。その場合は国産開発を目指すしかない。日本は「高速滑空弾」という名前で弾道ミサイル開発を行っているが、まだまだ発展途上である。

現実問題としては、原潜をプラットフォームにする場合は、米国が日本の核保有にゴーサインを出すことが前提になる。米国の同意なしにどうしても核武装したいのであれば、脆弱性に目をつぶって通常動力潜水艦、航空機、TELを検討することになる。

  • 政府は来年の安保3文書の改訂に向けて原潜の保有について議論する方針である。そこで想定されているのは通常弾頭ミサイルを搭載した攻撃型原潜のはず。しかし、今般の核保有発言によって、諸外国は「日本は核兵器の運用を前提にした戦略原潜の保有を構想しているのではないか」という疑念を持ったであろう。

 

制度上の対応

核保有に前向きな考えを持つ人たちの中には、「政治的な意志さえあれば、核保有を阻む障害は必ず解決できる」と自信満々で言う人がいる。ここでは、その政治的意志があったと仮定し、核武装を実現するために必要な制度(政治的取り決め、国内法、国際法)上の見直しについて考える。

①  非核三原則の廃止

当然のことながら、核保有は非核3原則の「核兵器を持たず、作らず」に抵触する。また、「持ち込ませず」は意味がなくなる。非核三原則は全面的に破棄しなければならない。破棄自体は政府が判断すれば可能だが、世論の支持がなければ政権は倒れる。

②  原子力基本法等の改正

原子力基本法や原子炉等規制法は、原子力利用を平和の目的に限っており、そのままでは核武装できない。核兵器を持ちたければ、これらの法律は国会で改正する必要がある。

③  NPTからの脱退

日本はNPT(核拡散防止条約)に非核兵器国として加盟し、日本の原発等も国際原子力機関(IAEA)の査察下にある。核兵器を保有するのなら、NPTとIAEAから脱退することになる。だが、事は単純ではない。
手続きとしては全締約国と〈国際連合安全保障理事会〉に3ヶ月前に通告するのだが、脱退には「この条約の対象である事項に関連する異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認める場合」という条件が付く。北朝鮮は2003年にNPT離脱を宣言したが、日本政府を含め、多くの国が現在も「北朝鮮はもはやNPT加盟国ではない」と公言することを控えている。国連安保理も北朝鮮にNPTへの復帰やNPTの義務履行を求め続けている。[19] 日本のNPT脱退についても、加盟国が「はい、そうですか」と認める保証はない。(制裁については後述。)

④  核実験禁止条約との関係

兵器としての信頼性を担保するためには、核実験の実施は必須だ。[20] イスラエル(NPT非加盟)は核実験を行わずに核保有国になったと言われるが、実は1979年に秘密裏に核実験を実施したという見方も根強い。[21]
核実験を行う場合は、放射能の問題等があるため、地下核実験以外はあり得まい。[22] 日本は包括的核実験禁止条約(CTBT)に署名・批准済みなので、それは撤回することになる。(CTBTは未発効。)
核実験や核弾頭の保管場所をどうするのかは、私の知ったことではない。核保有論者たちには、現実的な案を出してこい、と言っておく。[23]

⑤  二国間原子力協力協定の改訂

日本は米英仏加豪などと原子力協力協定を締結し、原発の燃料となるウランの輸入等を行っている。米国との協定は使用済み核燃料の再処理を日本に認めているという意味でも重要性が高い。こうした協定で定める協力は非軍事的なものに限られるので、日本が核兵器を製造することは、協定違反になる。少なくとも米国やウランを輸入する国々との間では、原子力協定を改訂しなければならない。もちろん、それが可能なのは相手国が日本の核武装を容認する場合のみである。

秘密裡に核開発を行うことは不可能

以上のような制度的見直しをクリアするということは、それ自体も大変なことであるが、別の意味でも日本の核保有に大きな不都合を生じさせる。新たに核武装をめざす国家は、初期段階ではIAEAや国際社会の目をごまかして秘密裡に開発を進め、それがバレるか核実験を行う段階に至った時に初めて、核保有の意図を認めるものだ。ところが、民主的な法治国家である日本は、上記のような制度上の障壁を最初に乗り越えてからでないと核兵器の開発をスタートさせることができない。このことは後述する制裁や武力攻撃のリスクを著しく増大させる。

 

財政負担

次は金目の話である。

①  核保有の費用

1968年に当時の内閣調査室が委託した研究報告は「プルトニウム原爆であれば、5~6年あれば製造可能」と指摘し、「ささやかな」核戦力を10年計画で取得・配備するのに6,120億円(現在価値で2兆2千億円程度)フランスの核戦力の小型版であれば、10年間で2兆160億円(現在価値で7兆4千億円程度)が必要になるという試算を示した。[24]

日本が「原潜+核ミサイル」による最小限抑止の実現をめざす場合、米国の技術協力が得られるか等によって費用計算は大きく変わってくる。参考として、英国は昨年時点で戦略原潜4隻を含めた核兵器プログラムの更新のために向こう10年間で約25兆円を見込んでいた。[25] ちなみに米国のコロンビア型戦略原潜は1隻約110億ドル(=約1.7兆円)イギリスの新型(ドレッドノート)戦略原潜は4隻で約6.5兆円と言ったところ。ミサイルについては、米国のトライデントが1基100億円前後だ。日本への売値はもっと高くなるだろうが、それ以前に米国が核搭載用ミサイルを日本へ売るとは考えにくい。核搭載ミサイルを国産で開発すれば、相当な時間がかかるうえ、費用も高騰する

ところで、元航空幕僚長の田母神俊雄氏は報道番組で「戦闘機1機と核ミサイル1発を比べたら、どっちが高いか? 戦闘機の方がはるかに高いですよ。そういうことで、核ミサイルの方が抑止力を担保するには安い」と語ったそうだ。[26] 原潜などの巨額な費用は無視して、戦闘機と核ミサイルの値段を比較するのだから、いい加減にも程がある。それが公共の電波やSNSで無批判に拡散するのだから、つくづく滅茶苦茶な時代になったものだ。

②  維持費用

核兵器は作って終わりではない。保有後も、核弾頭や原潜、ミサイル、指揮命令システム等のメンテナンスやアップデートが継続的に必要だ。下記は核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が示す〈核保有9ヵ国の2024年の核兵器予算〉のうち、英仏印3ヵ国の分をまとめたものだ。[27] この数字がそのまま維持費用というわけではないが、参考にはなるだろう。

③  通常兵器予算への影響

冒頭で触れたさや氏(参政党)の「核武装が最も安上がり」という発言は、核武装すれば通常兵器レベルの防衛力を減らせることが前提だと思われる。田母神氏も「(核武装した場合、自衛隊は)たぶん3割くらい減らしても大丈夫かなと思う。軍事費減りますよね」と述べたそうだ。[28]
しかし、第1部で指摘したとおり、核兵器を保有したからと言って、通常兵器による武力攻撃を日本が受ける可能性が目立って低下することはない。であれば、核武装した後の防衛予算は〈現行水準の防衛費に核兵器の取得費用や維持費用を上乗せしたもの〉に膨れ上がると考えるべき。それどころか、日本の核保有によって地域の緊張が高まれば、通常兵器分の防衛費は一層増やさなければならなくなる。まさにマッチポンプだ。

 

制裁を受けるリスク

核保有をめざす日本に対し、国際社会はいかなる反応を示すだろうか?

【新規核保有国と国際社会】

核開発に邁進する北朝鮮は長年にわたり、国連安保理決議に基づくものや二国間のものを含め、厳しい制裁を受けている。一方で、1998年に核実験を行ったインドとパキスタンに対する国際社会の対応は概して〈ぬるい〉ものだった。日本は無償資金協力の新規分を停止したが、欧州諸国は制裁をしないか、形式的な制裁にとどめた国が多かった。それでも、米国は、経済援助や武器売却の停止、金融取引の禁止等、かなり広範な制裁措置を科した。[29]

核保有論者の中には、「日本は北朝鮮とは違うから、厳しい制裁はない」という見方をする者もいる。しかし、NPTとの関係で言えば、日本の核武装は北朝鮮に近いインドとパキスタンはNPTに元々非加盟だった。NPTに加盟して平和利用の名の下に核兵器開発のための技術を集積し、準備が進んでからNPTを離脱しても重罰はない、という前例が確立されればどうなるか? 核保有に走る国は激増し、核不拡散体制は崩壊するだろう。ましてや、日本が核武装する場合は、非核三原則の破棄、原子力基本法等の改正、NPTからの脱退通告等を通して〈核保有の意志〉が最初から明らかだ。「核兵器の開発はしていない」という嘘がつけないのだから、国際社会も見て見ぬふりはできまい。

【米中の反応と経済制裁】

そのうえで言えば、日本の核武装に対する制裁の強弱は大国の判断に大きく左右される。近隣諸国の中では、中国が猛反発することは疑いない。米国も〈対中戦略の駒〉とみなす日本に核兵器を持たせるつもりはないはずだ。尾上補佐官の核保有発言を受けて米国務省が「米国にとって日本は核不拡散と核軍備管理の推進で世界のリーダーであり重要なパートナーだ」と釘を刺したところを見ると、トランプ政権でもその方針は維持されている。このような状況で日本が核武装に突っ走れば、日本の核開発を非難し、制裁を科すための国連安保理決議が成立することも十分にあり得る。国際的な銀行間取引を止められでもしたら、日本経済は瞬殺されるだろう。

一方で、米国が日本の核武装を支持してくれれば、国連安保理決議による広範な制裁は回避できる。ただし、その場合でも中国は独自制裁を科す可能性が高い。日本の核武装=核拡散が理由なので、レアアースの禁輸を含め、中国は遠慮なく強力な措置を取ることができるはずだ。[30]

 

武力攻撃を受けるリスク

日本が核武装に乗り出すのであれば、その過程で日本が攻撃を受ける可能性についても考慮しておかなければ〈うかつ〉と言うものである。

【イスラエル・モデル】

日本に警戒感を抱く周辺国は「日本が核保有国になれば、自国の安全保障にとって危険極まりない」と考えても不思議ではない。その不安が高じれば、「日本が核武装する前に核施設等を破壊すべきだ」という結論に至るかもしれない。
所謂「外科手術的攻撃」と呼ばれるものだが、それを少なくとも2回やったのがイスラエルだ。1981年6月、イラクが建設して完成間近となったオシラク原子炉を空爆、破壊した。今年6月にもイランを攻撃し、最後は米国も加わって核施設の破壊等を行った。[31]

また、1994年6月にクリントン政権が北朝鮮空爆の一歩手前まで行ったことはよく知られている。トランプ政権も2017年に北朝鮮の核・ミサイル施設に対する攻撃を真剣に検討した。[32] 日本の核開発に対してそんなことはあり得ない、と笑うのはまさに平和ボケと言うべきだ。

【攻撃の実際】

日本の核武装を武力で止める国があるとしたら、中国、北朝鮮、ロシアが候補にあがる。(これらの国々が必ず攻撃する、と言うつもりはない。)イスラエルは航空戦力と特殊部隊でイランを攻撃したが、日本の領空ではさすがに自衛隊が航空優勢を握っている(はず)。確実性は落ちてもミサイルを使った攻撃になるのではないか。衛星情報を含め、核関連施設の位置等は比較的容易に把握される可能性が高い。日本は基本的にはミサイル防衛で対処すると思うが、飽和攻撃(=防御側の能力を超える数のミサイルを同時に使って行う攻撃)を仕掛けられたら守り切れまい。核施設を地下深くに作れば完全な破壊は免れるが、攻撃を繰り返されたら核兵器の製造は事実上困難になる。

なお、日本は「反撃能力」を持つに至ったが、核関連施設を攻撃した国を攻撃しても、それ以上の反撃を食らう結果を招くだけだ。とてもやれまい。[33]

【日米同盟は機能するか?】

このようなケースで日米同盟に期待はできるのか? 十中八九、答はノーだ。ロシアがウクライナへ侵攻した時も、米国は「核保有国であるロシアとの直接戦闘はない」と言下に否定した。その米国が「日本に核兵器を持たせるために核保有国(中露朝)と戦おう」と考えるはずはない。2010年11月に北朝鮮が韓国の延坪島(ヨンピョンド)を砲撃した時も、米軍は北朝鮮軍を攻撃せず、報復を誓う韓国政府を抑える側に回った。米国の気持ちを代弁すれば、「日本は自らの意志で核武装に走り、NPT脱退を宣言した挙句に周辺国の外科手術的な攻撃を招いた。我々にその尻拭いをする義務はない。核関連施設以外は攻撃しないよう周辺国に釘を刺してやれば、同盟国としての役割は十分に果たしたことになる」という当たりであろう。

【孤立】

1981年にイスラエルがイラクの原子炉を攻撃した時、国連総会は対イスラエル非難決議を採択した。日本の核関連施設が攻撃されれば、国際社会にその非を訴えることはできるだろうか?
国連安保理では、少なくとも中露が拒否権を行使する攻撃国を非難する安保理決議が採択される可能性はゼロだ。総会決議も通る目はまずない。イラクが(少なくとも建前上は)平和利用のための原子炉を攻撃されたのと異なり、日本が攻撃された核関連施設は核兵器を作るためのものあることがはっきりしている。国際社会から同情が湧くことは期待できない。

 

おわりに

尾上補佐官の核保有発言を受けて、「核武装の議論をすることはよいことだ」と〈したり顔〉で言う政治家、メディア関係者、保守派の人たちがいる。しかし、そういう人たちに限って、核保有の本当の意味がわかっていない。いや、それを知ろうとさえ思っていない。一方で、リベラルな人たちから聞こえてくるのは情緒的な反核・非核論が多い。

これではマズいと思ったので、保守派の土俵に乗って核武装の実際を徹底的に議論してみたのがAVP本号である。「日本の核武装は議論の余地がないほどに悪手である」というのが私の結論だ。本稿を読んでもなお、「日本は核武装すべきだ」と言うのであれば、堂々とした反論を待つ。「核を持つべきだ」と言うだけでディテールに入らず、レベルの低い議論を拡散するだけの「犬の遠吠え」は卑怯である。

 

 

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[1] この発言はオフレコが前提の取材だったため、マスコミ各社は発言者の実名を報道していない。しかし、週刊文春が実名を出し、一部政党やネットメディア等も続いていることから、AVP本号でもそれに倣った。 《本人直撃》「日本は核保有すべき」発言をしたのは“核軍縮担当”の首相補佐官だった! 高市首相が更迭しない理由は… | 文春オンライン

[2] 例として以下。 「非核三原則を見直すべき」 前首相補佐官が提言… 元陸上幕僚長も「中国の核弾頭数が1500発に達する」「核の議論を行わずわが国を守れるのか」(全文) | デイリー新潮

[3] 「核兵器保有すべきだ」8人 参政党躍進で急増 参院選・当選者分析 | 毎日新聞

[4] この他にも、「日本が国際社会で戦前のような一等国になるためには核保有が必要だ」というような〈プライドに関わる核保有論〉を述べる人もいる。

[5] 相互確証破壊(MAD)とは、双方が「相手の先制核攻撃を受けた後、残存する核兵力で反撃を加え、相手に致命的な被害を与える」ことのできる状況を言う。「致命的な損害」に明確な定義はないが、相手の核兵力に打撃を加え、人口の4分の1以上、工業生産力の半分以上を破壊することなどが議論された。MADが成立したことにより、米ソは相互に相手を核攻撃することができず、「長い平和」と呼ばれる相互抑止状態が続いた。
ただし、日本がロシアや中国に対してMADを成立させようとしても、現実的ではない。ストックホルム国際平和研究所によれば、2025年1月時点でロシアは 5,459発、中国は600発もの核弾頭を既に持っているが、日本がそれに並ぶのは国力的に無理だ。(世界の核兵器保有数 – 国際平和拠点ひろしま | 広島県)しかも、中露は広大な国土に核兵力を分散配置できるのに対し、日本は国土が狭小で都市部に人口が集中しているため、相手の第一撃に対する脆弱性が著しく高い。

[6] 防衛研紀要21-1_04arie.indd

[7] 自国の総理を悪く言いたくないが、先頃の高市総理の台湾有事発言などを見ると、「大丈夫かな?」と率直に思う。

[8] 米韓は開戦前後から北朝鮮に徹底的な攻撃を加えて核発射能力を奪おうとする。中国の場合と異なり、北朝鮮の領空全域で米韓が航空優勢を達成しているため、少なくともある程度の時間が経過すれば、北朝鮮の核攻撃力ははく奪されることが期待される。

[9] 米国は北朝鮮に対し、「北朝鮮が核兵器を使わなければ、米国も核兵器は使わず、指導部の亡命または体制継続を保証する」と言った交渉を試みるであろう。その場合も、日本の核保有が米国の交渉力を強めることはない。

[10] 2022年に新アメリカ安全保障センターが行ったウォーゲームでは、中国本土への攻撃がエスカレートした後、中国チームはハワイ沖上空で戦術核を爆発させた。CNAS+Report-Dangerous+Straits-Defense-Jun+2022-FINAL-print.pdf

[11] トランプ大統領、日米安保破棄の考え側近に漏らしていた-関係者 – Bloomberg その後、トランプは「(日米安保は変えなければならないが)破棄については考えていない」と否定した。

[12] ロシア軍が核使う確率「50%以上」、22年10月頃にCIA報告…米報道 : 読売新聞

[13] 印パ空中戦-インドの空爆はどのような成果を上げたのか | 記事一覧 | 国際情報ネットワークIINA 笹川平和財団

[14] 核保有国インド・パキスタンの4日間の交戦と急転直下の停戦 | 記事一覧 | 国際情報ネットワークIINA 笹川平和財団

[15] 核弾頭を運び、発射することを英語でdeliver(=敵のところまで届ける)と言うため、安全保障の世界ではそのまま翻訳して「運搬」という言葉が使われる。

[16] 核保有国はNPTで「核兵器その他の核爆発装置又はその管理をいかなる者に対しても直接又は間接に移譲しない」ことに同意している。

[17] 世界の核兵器保有数 – 国際平和拠点ひろしま | 広島県

[18] 核兵器を保有するために必要なプロセスや機関については玉石混交で諸説が飛び交う。
[寄稿] プルトニウムと核拡散リスク (鈴木達治郎) – 核兵器をなくす日本キャンペーン
成毛眞×小泉悠×多田将が検証 日本は核兵器を作れるのか? | 日経BOOKプラス
田母神俊雄氏「決断すれば日本の核保有までの時間は1年間」|NEWSポストセブン

[19] 石神輝雄「核兵器不拡散条約における北朝鮮の法的地位」https://hiroshima.repo.nii.ac.jp/record/2035560/files/HLJ_40-2_196.pdf

[20] 最近はコンピュータ・シミュレーションを活用できるため、本来実験しないと得られないデータの問題をクリアできれば、核実験を行わないまま核兵器を保有できる可能性もあるのかもしれない。

[21] 渋谷和雄「昭和基地地震計が記録した疑惑の核実験」 メンバーズ・エッセー

[22] 万一核実験を「大気圏内、宇宙空間を含む大気圏外並びに領水及び公海を含む水中」で行う場合は、部分的核実験禁止条約から離脱する必要がある。

[23] 核弾頭の保管場所も頭が痛い。他国から攻撃を受けることが前提になるため、貯蔵施設は地下深くに建設する必要がある。狭い日本でどこに貯蔵するかという問題もさることながら、仮に選定してもその場所を秘密にしておくことが非常にむずかしい――特定秘密に指定したところで、関係自治体を含め、情報漏れは避けられないのではないか?――という別の問題が出てくる。情報が表に出れば、安全保障上極めて脆弱な話になるうえ、当該自治体はどんなに補助金を積まれても受け入れに同意しないだろう。

[24] 当該報告書の結論は日本の核保有に否定的であった。Int. Relations 182: 125-139 (2015)  全文は以下で読める。日本の核政策に関する基礎的研究.pdf なお、「小型核弾頭試作」については、2006年頃に政府が行った検討で「3年以上の期間、2~3千億円の予算と技術者数百人の動員が必要」という結果が報告されたと言う。 【正論6月号】経済快快 日本の核保有の経済的算段 産経新聞特別記者 田村秀男 – 産経ニュース

[25] UK’s ever more expensive nuclear submarines will torpedo spending plans for years to come | Nuclear weapons | The Guardian

[26] 田母神俊雄氏「さや議員に『核武装は安上がり』と教えたのは私です」真意説明 – 政治 : 日刊スポーツ

[27] ICAN_Spending_Report_Hidden_Costs_final_spreads.pdf

[28] 田母神俊雄氏「核武装、値段も安い」「インドができてなぜ日本できない?」TVタックルで持論 – 政治 : 日刊スポーツ

[29] (財)日本国際問題研究所 軍縮・不拡散促進センター「インド・パキスタンの核実験―内容、目的、動機および国際社会の反応―」https://www.jiia.or.jp/topic-cdast/pdf/003-084.pdf

[30] 「日本に制裁すれば中国も困るから、大したことはできない」という意見を時々耳にする。だが、2024年時点で中国の貿易全体に占める日本の割合は5%なのに対し、対中貿易は日本の貿易全体の20%だ。本気でやりあったら日本の方が明らかに不利である。

[31] イランが核兵器を保有する直前の段階にあったというのはイスラエル側の主張であり、米情報機関やIAEAはそのような証拠はないという見方だった。 » 「力こそ正義」の時代~イラン攻撃は「法の支配」にとどめを刺した   Alternative Viewpoint 第78号|一般財団法人 東アジア共同体研究所

[32] 北朝鮮とイラン、鼻血と鉄槌 【コラム】 : 社説・コラム : ハンギョレ新聞

[33] 法律上も、核関連施設に限定された攻撃が「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」事態とみなされ、武力行使の3要件を満たすかは議論を呼ぶであろう。

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